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【bayfm78】ビートルズから始まる。11【小林克也】YouTube動画>257本 ニコニコ動画>1本


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1 :ジョン・キロックノン  忍法帖【Lv=40,xxxPT】 :2014/03/25(火) 13:11:37.85 ID:???0
●bayfm78 毎週日曜夜6:00〜7:00
石井食品提供
小林克也の司会でお送りする、ビートルズ特集番組

番組内コーナー
・ビートルズ・カレンダー
・ビートルズ・ストーリー
・リクエスト・コーナー
(紹介された人には石井食品の詰め合わせをプレゼント!)
メールアドレス beatles@bayfm.co.jp

▼前スレ
10 http://ai.2ch.net/test/read.cgi/beatles/1377163455/
9 http://uni.2ch.net/test/read.cgi/beatles/1359722581/
8 http://uni.2ch.net/test/read.cgi/beatles/1341307124/
7 http://uni.2ch.net/test/read.cgi/beatles/1320067779/
6 http://toki.2ch.net/test/read.cgi/beatles/1295841403/
5 http://toki.2ch.net/test/read.cgi/beatles/1268562055/
4 http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/beatles/1242461057/
3 http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/beatles/1213526085/
2 http://bubble6.2ch.net/test/read.cgi/beatles/1172396227/
1 http://bubble5.2ch.net/test/read.cgi/beatles/1104052809/

2 :ジョン・キロックノン  忍法帖【Lv=40,xxxPT】(1+0:8) :2014/03/25(火) 13:13:43.92 ID:???0
■石井食品Presents「ビートルズから始まる。」bayfm 78.0MHz
 2014年3月16日(日)18:00〜19:00 放送内容  DJ:小林克也

□ビートルズカレンダー(3月16日)
 ・1964年(今から50年前の今日)
  もう64年はね、もう誰でも知っている年だと、僕は思ってますからね。
  64年、つまり もうビートルズが世界を手にした、そのあと。
  50年経ってるわけですね。すぐあとです。

  今から50年前の今日。
  ビートルズのアメリカでの次のシングル、「I Want To Hold your Hand」の次のシングル「Can't Buy Me Love」これが発売になった。
  と同時に、ゴールドレコードになっちゃった、ていう。
  もう、すごい売れ方だから、国中がビートルズを待っているわけだから、ていう感じです。
  で、この「Can't Buy Me Love」ていうのは実は パリで録音されているんです。
  このパリ録音の話しはねえ、この番組、何年前だろうな、10何年ぐらい前にw、ちょっとお伝えしたことがあるんですけど。
  その時を 聴いてた人いるかなあ。
  ビートルズが世界で一位になって、で、ドイツでも発売するってことになって。
  で、ドイツのレコード会社が「ドイツ語でやってくれ」っつうんですよ。「I Want To Hold your Hand」を。
  それで、オッケーっていうことで、まあ最初の頃だから いう事を聞いたんだと思いますが。
  ジョージ・マーティンが パリに行くんですよね。
  なぜパリに行くかというと、ビートルズはオランピア劇場に出てるわけですよ。
  それで、これを ドイツ語を録音するんだ、ってことは前もって録音してたんだけど、ビートルズはゴネるんですよ。
  「なんで、俺たちがドイツ語で録音しなきゃダメなんだよ」
  それで、子供みたいに逃げ回ったりするんですよね。
  でもまあ、覚悟を決めて、ていうか。
  これはまあ ビートルズのイタズラ心だと思うんですけども。

3 :ジョン・キロックノン  忍法帖【Lv=40,xxxPT】(2+0:8) :2014/03/25(火) 13:14:25.72 ID:???0
  (続き)パリのスタジオへ行って、ドイツ語の「I Want To Hold your Hand」を録音するんです。
  でもこれは、ジョージ・マーティンがカラオケを持って来てるから、あっと言う間に出来上がっちゃって、スタジオの時間が余って。
  そこで、ポールがですね、『実はこの Can't Buy Me Love ていう曲があるんだ』っていうことで。
  これは、すごい曲ですよね。これを、録音するんですよね。
  まあ最初にCで歌、で、Dに上げて、で、Cに戻して、テイク3、4、録って、それを編集して。
  結果としてはポールが2声、2つ声があります。
  で、ジョージのギターソロ。これがけっこう短いけど、とてもマトモなギターソロになっています。
  じゃあ、それを ちょっと改めて聴いてみますかね。
  「I Want To Hold your Hand」に続いてナンバーワンになった、ビートルズの Can't Buy Me Love
   
  〜 The Beatles / Can't Buy Me Love
  
@YouTube



  (小林)というわけで、50年前の今日、これがアメリカで発売になった。
  まあ、アメリカの音楽の空気をちょっと想像してみてくださいよ。
  「I Want To Hold your Hand」がもう どこのラジオ局からも流れている。
  そして、これが流れて。
  これも勢いがあるし。
  もう、すごかったんだろうね。ビートルズのね、50年前のことです。

4 :ジョン・キロックノン  忍法帖【Lv=40,xxxPT】(3+0:8) :2014/03/25(火) 13:16:32.01 ID:???0
□ストーリー
 ・「あなたねえ。いったい何考えてるの?
  ジョンはまだ5歳よ。あんた母親失格よ。
  もういいわ、ジョンは私が立派に育てて見せるから。
  さあ、ジョンはどこなの?  
  すぐに、こっちに引き渡しなさい!
  さあ早く!」
  
  怒りまくっている言葉の主は、ジョン・レノンの実の母親ジュリアのお姉さん、つまりジョンの伯母さんに当たるミミ・スミス。
  ジョンの育ての親となる ミミ伯母さんである。
  ジョンの父親アルフは 家に居付かなくなり、ほぼ行方不明状態。
  母親のジュリアは、恋人が出来、ジョンと3人で暮らすようになっている。
  その妹の行動が「人の道に反している」と姉のミミは攻撃を開始した。
  リバプールの社会福祉事業機関に申し出て、この家庭環境を逐一説明し「経済的にも住環境的にも まともなものではない」と主張。
  結果ミミの申し出は認められ、ジョンはミミの家に引き取られることになった。
  
  ジョンがミミ伯母さんの家に住むようになって しばらく経ったある日、実の父親であるアルフがリバプールに現れた。
  サザンプトンの港に寄った時、ジュリアに電話を入れた際、ジョンがミミに育てられていることを初めて知らされた。
  それを聞いて、アルフは これ幸いと、ある行動に出たのである。

  アルフはミミに連絡を入れ、自分は休暇中なので「ジョンをリバプールから北に数十キロ行ったビーチリゾート=ブラックプールに連れて行きたい」と申し出た。
  意外にも ミミはそれを承知した。
  アルフがジョンと出かけてしまったことを知ったジュリアは、ミミに怒りまくった。

  「姉さん!どうしてアルフにジョンを渡したのよ!。
  あの人はジョンを連れて、どこか遠くへ行くつもりなのよ!。
  誘拐されたのと 同じじゃない!。どうしてそんな簡単なことがわかんないの?
  もう、どうするのよ!」

5 :ジョン・キロックノン  忍法帖【Lv=40,xxxPT】(4+0:8) :2014/03/25(火) 13:17:43.80 ID:???0
  〜 The Beatles / Everybody's Got Something To Hide Except Me And My Monkey
  
@YouTube


  
  〜 The Beatles / Lucy In The Sky With Diamonds
  
@YouTube


 
  (小林)2曲続きましたよ。

  1968年の、Everybody's Got Something To Hide Except Me And My Monkey、これは「ホワイトアルバム(The BEATLES)」
  「僕と僕のサル以外は みんな何か隠してる」wていう。
  wまあ、ラブソングを書かなくなるジョンたちは、いろんな面白いのをね。

  この、Lucy In The Sky With Diamonds もそうですよね。
  まあ、いろいろ言われている。イニシャルを取るとLSDになる、とかいろいろ言われている曲ですが。
  これは「サージェント・ペパーズ(Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band)」の中からお送りしました。

6 :ジョン・キロックノン  忍法帖【Lv=40,xxxPT】(5+0:8) :2014/03/25(火) 13:20:09.70 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「姉さん!どうしてアルフにジョンを渡したのよ!。
  あの人はジョンを連れ出して どこか遠くへ行くつもりなのよ!
  誘拐されたんじゃないの!。どうしてそんな簡単なことがわかんないの?
  どうするのよ!」
  
  怒りまくっているのは、ジョン・レノンの実の母親ジュリア。
  そして、そのジュリアが「姉さん」と呼んでいるのは、ジョンの育ての親となるミミ、通称ミミ伯母さん。
  行方不明であった ジョンの父親アルフが突然現れ「ジョンをビーチリゾートであるブラックプールに連れて行きたい」とミミに申し出て
  ミミは特に疑問も持たずに了承し、ジョンを引き渡した。
  ミミにとっては 特に問題のない行動であったが、ジュリアは母親として、妻として、そして女としての勘が働いた。

  「まずいわ。ジョンを取られてしまう」
  そう思ったジュリアは すぐにブラックプールに向かい、ジョンとアルフを追跡した。
  そしてついに、ジュリアはブラックプールのある民宿で二人を見つけた。
  「あんたねえ、私に内緒でジョンを連れ出すなんて、どういうつもりなの?キタナイじゃないの!」
  ジュリアの怒りは極限に達していた。
  すると、アルフは悪びれずに ゆっくりこう話した。

  「ジュリア、まあそう怒るなよ。
  確かに俺が リバプールに居付かなかったのは悪かった。謝まる。すまなかった。
  でも、その間に いろんなことがあって、なかなか帰ってこれなかったんだ。
  そんな中でも 船乗り時代のコネがあって、ニュージーランドに住めることになったんだよ。
  あそこは気候も良いし、物価だって安い。
  みんな大らかで ほんとうに住みやすい。
  ジョンを育てるには素晴らしい所だ。
  どうかな? 君も俺とジョンと一緒に、ニュージーランドに行かないか?
  また、三人でやり直そうじゃないか」
 
  すると、ジュリアは答えた。即答である。
  「いやよ! あんたとなんか。
  私が必要なのは ジョンだけよ」

7 :ジョン・キロックノン  忍法帖【Lv=40,xxxPT】(6+0:8) :2014/03/25(火) 13:21:38.78 ID:???0
  〜 The Beatles / Happiness Is A Warm Gun
  
@YouTube



  〜 The Beatles / Old Brown Shoe
  
@YouTube



  (小林)1960年代の後半のね、ビートルズですよね。
  いやあ、この頃は、若い人はどういう風に聴いてますかねえ。こういう風な曲は。
  ねえ、すっごいと思って聴いてますか。
  当時もねえ、やっぱり もちろんすごかったんだけど、付いて行くのが大変だったんだよねw。
  方や、ビートルズの裏では ビートルズに代わる新しい感覚の音楽が出てこようとしているわけですよ。
  そんな時代ですよ。すっごい時代なんですよね。
  
  Happiness Is A Warm Gun 。おかしい歌です、もともとこれは。
  でもw、ちゃんとやってるからw、カッコ良く なってるわけですw。
  サイケです。
  
  そして Old Brown Shoe これは1969年。

8 :ジョン・キロックノン  忍法帖【Lv=40,xxxPT】(7+0:8) :2014/03/25(火) 13:23:57.83 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「ジュリア。まあ そう怒るなよ。
  実は、俺ニュージーランドに移住するんだ。
  あそこは気候も良いし、物価だって安いし、みんな大らかで本当に住みやすい。
  ジョンを育てるには 素晴らしい所だ。
  どうかなあ、君も俺とジョンといっしょにニュージーランド行かないか?
  また三人で、やり直そうじゃないか」
  するとジュリアは答えた。即答である。
  「いやよ! あんたとなんか。
  私が必要なのは ジョンだけよ」
  
  これは、一人息子であるジョンを巡っての 父親アルフと 母親ジュリアの攻防。
  こういった記録は、ジョン・レノンの最初の妻となる女性=シンシア・パウエルの手記に基づいたもので。
  全て、シンシアがジョンから直接聞いた貴重な証言である。
  シンシアの鮮明なる記憶から、もう少し続けてみよう。

  アルフは、ジュリアと討論している部屋にジョンを呼び入れ、優しい口調でこう聞いた。
  「ねえ、ジョン。パパのお話し ちょっと聴いてくれるかな。
  パパとママはね、もう昔のように一緒には暮らせないんだ。
  残念だけど、もう仲良しじゃなくなったんだよ。ほんとに ごめんね。
  だから、ジョンは、これから、ママと一緒にいるか、それともこのパパと一緒に南の国のニュージーランドに行くか、決めなきゃならないんだよ。
  もちろん、パパもママも ジョンのことは大好きだよ。一番大切なものさ。
  この先どんなことがあっても、君のことは一生守り続けるし、悲しい思いもさせない。
  ただ、パパとママは一緒には いられないんだ。
  だから、ジョンはどっちか選んで欲しいんだ。」

  この時ジョンは5歳。
  もちろん、こんな決断が出来る年齢では無かった。
  しかし、しばらく考えて、ジョンは言葉を発した。
  「ぼく、パパと一緒に行くよ」
  
  この意外な決定に、ジュリアは泣き崩れた。

9 :ジョン・キロックノン  忍法帖【Lv=40,xxxPT】(8+0:8) :2014/03/25(火) 13:24:41.59 ID:???0
  〜 John Lennon / Love (Acoustic Version)
  
@YouTube


 
  (小林)これは ピアノのバージョンをご存知かもしれませんが。
  これは、デモに近い ジョン・レノンの録音で。
  2004年の「アコースティック(Acoustic)」の中に入っています。
  ギターで作った らしいですね。
  Love ジョン・レノン。

10 :ジョン・キロックノン  忍法帖【Lv=40,xxxPT】(1+4:8) :2014/03/26(水) 00:36:29.29 ID:???0
□リクエスト
  (小林)リクエスト採用の方にはイシイのミートボールなどセットにしてお送りしています。
  メールは beatles@bayfm.co.jp

  (水戸市/男性)
  番組前半ビートルズメンバーのエピソードは、ファン歴27年の僕にとっても大変興味深いものがあります。
            (小林)そうでしょうねえ。
                いつも言ってるんだけど、ストーリーはだいたいどうなるか判ってても 面白いよね。
  さて、リクエストですが、ビートルズが全米を席捲した60年代半ば大人気だったフォートップスの Reach Out I'll Be There。

  (小林)
  そうだねえ、ビートルズを迎え撃ったのはあれだよね、アメリカの なんか音楽元気なくて、モータウンが中心だったよね。
  特に、シュプリームズ(The Supremes)なんかすごかったわけですが。
  これも、モータウンのアーティスト。
  リードヴォーカルが、リーヴァイ・スタッブス(Levy Stubbs)という超すっごいヴォーカルで。
  曲のね、スペース感、めちゃくちゃ広い世界を醸し出しているのを聴いてください。

  〜 Four Tops / Reach Out I'll Be There
  
@YouTube



11 :ジョン・キロックノン  忍法帖【Lv=40,xxxPT】(2+4:8) :2014/03/26(水) 00:37:15.75 ID:???0
  〜 Queen / Radio Ga Ga
  
@YouTube



  (小林)なつかしい Queen の Radio Ga Gaが流れました。  

  (千葉市山武郡/女性)
  クイーンのラジオ応援歌をリクエストします。
           (小林)そうなんだよね。
               内容がレディオ・ガガ、レディオ・ググ、もう「くだらないラジオ、くだらないラジオどうしたんだ?」っていう歌ですよね。
               最後のところの「ラジオよ、まだ、あなたを愛している人がいるんだよ」っていうところが、ちょっと泣かせる。ラジオの応援歌ですよ。
               この頃はねえ、エルトン・ジョン(Elton John)の「Sad Songs」ていう「悲しい曲がラジオから流れる」っていう。
               これもね、ある意味ラジオの応援歌みたいな感じだったよ。
               なんか そういう盛り上がりってあるのかな?
  この曲、この番組で知った曲です。
           (小林)はい、ありがとうございます。
  克也さん、大滝詠一さんの所へもうすぐ逝く、なんて言わないでください。
           (小林)どっかで言ったんだ?俺w。覚えてましたかw。はい。
  まだリクエストに応えてください。
           (小林)ていうw。

12 :ジョン・キロックノン  忍法帖【Lv=40,xxxPT】(3+4:8) :2014/03/26(水) 00:38:01.45 ID:???0
  (浦安市/男性)
  ローリングストーンズのコンサート、行ってきました。
  今年はエリック・クラプトンを皮切りに 数々の大物アーティストが来日しますね。
  みんなビートルズと大いに接点がありますよね。       (小林)まあ、世代がそうだ、っていうことですね。
  そこで、ジェフ・ベックも来日することから、ジェフの「She's A Woman」か「A Day In The Life 」のリクエストを。

  (小林)という。
  これは、90年代の終わり、「ジョージ・マーティン最後のプロデュース」と言われるアルバムの中に入っている曲。
  やっぱり A Day In The Life って、ポールとジョンの曲が2つ合体したような曲で、なんか ちょっと独特じゃない?
  やっぱり ジェフ・ベックが、じゃあないと、やれないような感じもあるんですけども、どうでしょう?
  ジェフ・ベックの A Day In The Life
  
  〜 Jeff Beck / A Day In The Life
  
@YouTube



13 :ジョン・キロックノン  忍法帖【Lv=40,xxxPT】(4+4:8) :2014/03/26(水) 00:39:04.49 ID:???0
  〜 John Lennon / Stand By Me
  
@YouTube



  (小林)お馴染みの曲が流れました。

  (茨城県つくば市/男性)
  ちょうどジョン・レノンの恋愛事情を通して ビートルズの成長を話されているタイミングですね。
  若きビートルズが失敗しながら、泥臭く成長している時期。
  なんか、ジョン・レノンの Stand By Me が聴きたくなりました。

  (小林)まあ、失敗しながら、とかw
  これは失敗かどうかわからない。一生懸命生きている っていうことですよね。そうですよね。
  だけど、ジョン・レノンのボーカリストとしてのね、資質ってのは・・・。
  ほら、この曲なんか、みんながいろんな人が歌っている曲だから。
  だから、一般の人の心の中だと、この曲はリラックスしたような、柔らかい情緒がただよってる曲、っていうようなイメージがあると思いますが。
  ジョン・レノンの描く、ジョン・レノンの中で鳴るこの曲ってのは すごいですね。
  固くて、なんかモノを切り裂いて来るような、そういう感じ。独特ですよね。

14 :ジョン・キロックノン  忍法帖【Lv=40,xxxPT】(5+4:8) :2014/03/26(水) 00:40:21.71 ID:???0
  BGM= The Beatles / Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band (Reprise)
  
@YouTube



□エンディング  
  (小林)「ビートルズから始まる」いかがですか?

  さっきもね、みんな 前半のビートルズの話し、とても興味深く聴いているっていう。
  ほんとにね、結論は判ってるんですよ。
  でも、今日 話した所は、ジョン・レノンのお父さんが、
  「お前、お父さんとニュージーランド行くか? それとも、お母さんと残るか?」って言った時。
  5歳のジョン・レノンは「お父さんと行く」って言ったですよね。
  だけど、このあとどうなるんでしょう? 
  ねえ、気になるでしょう?w ねえw。
  いや、いや、いや、ジョン・レノンの生涯の中での、一番か二番目か三番目ぐらいのシーンですよ。
  どうなりますかねえ、また来週をお楽しみに。

  リクエストの方も、よろしくお願いしますね。
  採用の方にはイシイのミートボールなどセットにしてお送りしています。
  beatles@bayfm.co.jp
  こっちで、まかしといてください。
  待ってます。
  お相手は小林克也でした。

15 :ジョン・キロックノン  忍法帖【Lv=40,xxxPT】(1+0:8) :2014/03/26(水) 18:07:48.25 ID:???0
■石井食品Presents「ビートルズから始まる。」bayfm 78.0MHz
 2014年3月23日(日)18:00〜19:00 放送内容  DJ:小林克也

□ビートルズカレンダー(3月23日)
 ・1967年(今から47年前の今日)
  サイケの始まりです。サイケ時代。
  ブライアン、ビートルズのマネージャーがニューヨークへ飛んで、初日を見に行く。
  誰の初日かというと、クリーム(Cream)とザ・フー(The Who)の初日。
  このダブルパッケージはですね、マレー・ザ・K(Murry the K)というディスクジョッキーが主催するコンサートであった。
  で、これはRKOシアターってとこでやるんですけども。
  マレー・ザ・Kは ビートルズがアメリカへ行った時に、最初にビートルズをインタビューをやって。
  で、彼らの部屋から放送した、ということで とても有名になるんですよね。
  で、ニューヨークでね、「イギリスのことだったらマレー・ザ・Kにお任せ」っていうことで。
  マレー・ザ・Kがきっと マネージャーのブライアンに頼んだんでしょう。
  もうビートルズはツアーをやらなくなって、ブライアンはマネージメントだとか、アーティストを育てたりとか、そういうこと、ブッキングをやったり、ていうような仕事に専念しています。
  だから、フーとクリームを観に行ったわけですよね。
  こうやって見ると、やっぱり ビートルズが切っ掛けで、いろんな繋がりが出来ていたっていうことですよね。

  で、この日、エプスタインは、フーとクリームがどんなことをやるか観に来たわけですが。
  実はね、これはね、フーにとってはね、初めてのアメリカのライブのお目見えなんですよ。
  だから、フーなんかの音楽が好きな人にとっては、このニュースは、ザ・フーの初めてのw アメリカライブっていう感じがあるかもわかんないですけども。

  ビートルズ関係者にとっては、やっぱりビートルズと関わり合いのある エリック・クラプトン(Eric Clapton)が作ったグループ。
  このグループは ビートルズなんかの出来上がりと違うんですよね。
  スーパー・グループと呼ばれて、もうすでに有名になった、もう名人が集まって。
  だから、スーパー・グループです。

16 :ジョン・キロックノン  忍法帖【Lv=40,xxxPT】(2+0:8) :2014/03/26(水) 18:09:10.27 ID:???0
(続き) その「クリーム」はですね、一国一城の主(あるじ)っていうか グループのリーダーだった人間が集まって、3人で集まって。
  4人とか5人じゃなくて、3人で、その可能性をやるっていう事で、まあ、すごい影響を与えるんですよ。
  このあと どんどんスーパー・グループなんかが出て来るわけですけどもね。

  それじゃあ、ちょっと クリームの どんな音なのか、改めて ご存知ない方もいるかもわかりません。
  この頃は、やっぱり「サイケ」って言いましたけれど、ハードロックにサイケが加わった、クリームならではの独特の音でした。

  〜 Cream / I Feel Free
  
@YouTube



  (小林)いかがですか? クリームの。
  最初はこれはB面だったらしいんですが、デビュー曲とされています。I Feel Free
  これはビートルズが出せない味ですよねえw。
  まあ、一国一城の主って言いましたけど「自分たちはすごいミュージシャンだ」っていう3人とも思いがあるから。
  そのエゴが衝突して、短命で、すぐ2年も経たないで解散したっていう風なことを言われてるんだけども。
  その一つにね、エリック・クラプトンがね、サイケにもう入ってて。
  常に「新しい事をやろう。新しい事をやんなきゃダメだよ!」っていうんで、エリック・クラプトンが尻を叩きすぎた、っていう。
  それも原因の一つだ、と言われています。
  
  でもね、ジャック・ブルース(Jack Bruce)が、何年前でしたっけね、病気でお金に困っているっていうことを聞いて、
  3人のコンサートをニューヨークとロンドンで、エリック・クラプトンやるじゃないですか。
  やっぱりエリック・クラプトンはそういう風なことは ちゃんとやる人なんですね。
  クリームの I Feel Free 聴きました。

17 :ホワイトアルバムさん:2014/03/28(金) 20:29:41.82 ID:???0
17

18 :ホワイトアルバムさん:2014/03/29(土) 11:49:49.90 ID:???0
18

19 :ホワイトアルバムさん:2014/03/29(土) 12:01:12.16 ID:???0
19

20 :即死回避:2014/03/29(土) 12:01:53.20 ID:???0
20

21 :ジョン・キロックノン  忍法帖【Lv=40,xxxPT】(1+0:8) :2014/03/30(日) 19:06:45.23 ID:???0
□ストーリー
 ・「ねえ、ジョン。パパのお話し ちょっと聴いてくれるかな。
  パパとママはね、もう昔のように一緒には暮らせないんだ。
  残念だけど、もう仲良しじゃなくなったんだよ。ほんとに ごめんね。
  だから、ジョンは、これからママと一緒にいるか、それともこのパパと一緒に行くか、決めなきゃいけないんだよ。
  もちろん、パパもママも ジョンのことは大好きだよ。一番大切なんだよ。
  ただ、パパとママは一緒には いられない。
  だから、ジョンはどっちか一人 選んで欲しいんだ。」

  これはジョン・レノンが5歳の時のこと。
  家に居付かなくなった父親のアルフと、それに見切りをつけて 違う男との新しい人生を始めていた母親のジュリアとの間に起った、親権争いのシーンである。
  場所は、アルフがジュリアに内緒でジョンを連れ出した イギリスのビーチリゾート=ブラックプールの民宿の一室。

  こうした事実関係を記録に残しているのは、ジョンの最初の妻となる女性=シンシア・パウエル。
  これらは すべてシンシアがジョンから直接聞いたことを書き起こした、ロックの歴史上でもかなり重要なアーカイブとも言える。
  今週も このシンシアの手記から お送りしたいと思う。

  この時5歳のジョンは、こんな決断ができる年齢ではなかった。
  しかし、パパが久しぶりに遊んでくれたことが よほど嬉しかったのか、こう答えた。
  「ぼく、パパと一緒に行くよ」
  この意外な子供の言葉に ジュリアは泣き崩れた。
  ところが、ジュリアが帰ろうとすると、ジョンは泣きじゃくりながらあわてて立ち上がり、母を追って走った。
  この光景を見て、アルフもさすがに 気持ちにあきらめがついた。
  ジュリアはそのままジョンをリバプールに連れて帰り、それから長い間 ジョンは父親に会うことも消息を聞くこともなかった、という。

22 :ジョン・キロックノン  忍法帖【Lv=40,xxxPT】(2+0:8) :2014/03/30(日) 19:16:19.03 ID:???0
  〜 The Beatles / A Day In The Life 
  
@YouTube



  〜 John Lennon / Beautiful Boy
  
@YouTube


 
  (小林)聴いてもらったのは、「ダブルファンタジー(Double Fantasy)」の中からね
  ジョン・レノンのね、Beautiful Boy、1980年。
  遺作ですね、ジョンのね。
  
  そしてその前は、先週はジェフ・ベック(Jeff Beck)のインストゥルメンタルでかけたんですけども、本物登場。
  と言ってもこれは、ジョージ・マーティン、プロデューサー親子が、ちょっと音を作り直しておりましたけれども。
  2006年のことでしたね。A Day In The Life

  2曲。

23 :ジョン・キロックノン  忍法帖【Lv=40,xxxPT】(3+0:8) :2014/03/30(日) 19:18:00.98 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「ぼく、パパと一緒に行くよ」
  父親と母親のどちらかを選ばなければならない という、5歳のジョンにとって、あまりにも残酷な選択に対する答えを聞いて、母親のジュリアは泣き崩れた。
  ところが、ジュリアが帰ろうとすると、ジョンは泣きじゃくりながら あわてて立ち上がり、母を追って走った。
  この光景を見て、アルフもさすがに 気持ちにあきらめがついた。
  ジュリアはそのままジョンをリバプールに連れて帰り、それから長い間 ジョンは父親に会うことも消息を聞くこともなかった という。

  こうしてジョンは元通り 育ての親であるミミ伯母さんの元に戻り、その後も一緒に暮らし続けた。
  やがてジョンの実の母親であるジュリアの新しいパートナーであるボビーは、大きな家を見つけて住み始めたものの、
  せっかく精神的にも落ち着いているジョンを 再び混乱させるのは良くないと、その新しい家に迎えることは無かった。
  全てのことは 勝手な大人の事情によって決められていたのである。

  これらの事実を すべて手記でまとめたジョンの最初の妻=シンシア・パウエルはこう語っている。
  「もし、だれか一人でも ジョンの本当の希望を聞いていたら、ジョンは間違いなく母親と暮らすことを選んでいたに違いないありません。
  ジョンは私に、子供のころよく ミミ伯母さんの所から母親の所へ逃げ出す夢を見た、という話しをしていました。
  でも当時のイギリスでは 子供が家族の事に関して意見するという習慣も無かったし。
  また、そういった発言が許される環境もありませんでした。
  ミミ伯母さんが いったんジョンを手元に置くと決定したら、よほどの事が無い限り、誰もがそれを受け容れる、という不文律がありました。
  それが第二次大戦直後のイギリスであり、リバプールだったのです」

24 :ジョン・キロックノン  忍法帖【Lv=40,xxxPT】(4+0:8) :2014/03/30(日) 19:20:10.39 ID:???0
  〜 The Beatles / You Can't Do That
  
@YouTube



  〜 The Beatles / Two Of Us
  
@YouTube



  (小林)これは、改めて聴くとねえ、なかなかいい曲ですよね。
  「Let It Be」に入っています。1970年。

  で、その前は「Can't Buy Me Love」のB面でもあり「A Hard Day's Night」にも入っていました、You Can't Do That

25 :ジョン・キロックノン  忍法帖【Lv=40,xxxPT】(5+0:8) :2014/03/30(日) 19:21:31.48 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「もし、だれか一人でも ジョンの本当の希望を聞いていたら、ジョンは間違いなく母親と暮らすことを望んでいたに違いないありません。
  ジョンは私に、子供のころよく『ミミ伯母さんの所から母親の所へ逃げ出す夢を見た』という話しをしていました。
  でも当時のイギリスでは 子供が家族の事に関して意見するという習慣も無かったし。
  また、そういった発言が許される環境もありませんでした。
  ミミ伯母さんが いったんジョンを手元に置くと決定したら、よほどの事が無い限り、誰もがそれを受け容れる、という不文律がありました。
  それが第二次大戦直後のイギリスであり、リバプールだったのです」

  こう証言するのは、ジョン・レノンの最初の妻となるシンシア・パウエル。
  この、ロック史上において最重要人物の一人とも言えるシンシアの手記から、もう少し続けてみよう。
  これらは すべて彼女がジョンから直接聞いた 貴重な事実である。
  
  ジョンの実の母親=ジュリアとそのパートナー=ボビーは、一緒に暮らし続けて、二人の娘を儲けた。
  そのあとも ジュリアが不慮の事故で亡くなるまでの12年間、ジュリアとボビーは婚姻届を出さず 事実婚の関係を続けた。
  ジョンが幼かった頃は ジュリアが定期的に 育ての親である自分の姉ミミの家に息子を訪ねて行った。
  定期的と言っても それはジョンにとって充分な回数ではなかった。
  そして、ジョンが11歳ぐらいになると、一人でジュリアとボビーの家に遊びに行くようになった。

  このことは、ジョンにとって まったく新しい世界が開けたようなものであった。
  母の家はとても居心地がよく、ジョンは大好きになり、泊まることもちょくちょく。
  ジュリアの事実上の夫であるボビーは いつもジョンに優しく。
  また、お小遣いを約束よりもちょっと多めに、こっそりとポケットに入れてくれたりもした。
  こうして、少し歪(いびつ)な変わった環境での、ジョンの少年時代は続くのである。

26 :ジョン・キロックノン  忍法帖【Lv=40,xxxPT】(6+0:8) :2014/03/30(日) 19:24:17.83 ID:???0
  〜 The Beatles / Run For Your Life
  
@YouTube



  〜 The Beatles / Get Back
  
@YouTube



  (小林)まあ、あそこでしゃべった言葉まで ちょっと有名になっていますよね。
  お馴染みの Get Back。
  それから、これはジョン・レノンがリードギターを弾いていましたね。

  そして「Rubber Soul」のアルバムから Run For Your Life。
  これは、まあ、聴きながら「俺は、もう嫉妬深い男だから。お前が男といるのを捕まえたら、もうお仕舞いだよ」っていう。
  ねえ、クスクスって笑わせるタイプの曲です。
  Run For Your Life。

27 :ジョン・キロックノン  忍法帖【Lv=40,xxxPT】(7+0:8) :2014/03/30(日) 19:25:25.20 ID:???0
□リクエスト
  (小林)イシイのミートボールなどセットにして採用の方全員に差し上げておりますので、よろしくお願いします。
  beatles@bayfm.co.jp
  こちらで待っております。
  ハガキで来る方もいます。

  (栃木県芳賀郡益子町/男性)
  克也さんこんにちは、ビンテージなラジオご苦労様です。  (小林)ビンテージなラジオねw
  最近はレンタルCDなどでロックのアルバムを借りる日が多くなった自分です。
  そんな中 レッド・ツェッペリン「移民の歌」をお願いします。
  ジミーのギターテク カッコいいよマジで。

  (小林)って書いてありますw。
  そうですかw、これはもう、音全体がすごい。
  まあ、考えてみると、ビートルズの次の時代を切り開いたグループでもあるわけですね。
  じゃあ、Immigrant Song !

  〜 Led Zeppelin / Immigrant Song
  
@YouTube



  (小林)ツェッペリンがかかりました。
  短い曲で、さっぱりした感じw。だけど、曲調はw ねえ、すごいよね。

28 :ジョン・キロックノン !ninja:2014/03/30(日) 19:27:07.08 ID:???0
  (小林)続いて、ビートルズの同じ曲に 二人の方が来ているんですが。

  (市原市/男性)
  去年のポール来日以降、僕の周りではビートルズが盛り上がっています。
  僕は前からこの番組が大好きで聴いていたんですが、周りが盛り上がって来たので、この番組を自慢げに紹介しています。
  オールユーニードイズラブ がリクエスト。

  (小林)で、同じような年齢ですね。40代ですね。

  (板橋区/男性)
  仕事が休みの時 聴いています。
  ビートルズの公式の日本語タイトルの曲は28曲あるそうです。
  1枚目の「プリーズ()」では「蜜の味」の1曲。
  2枚目のアルバムではゼロ。
  一番多いアルバムは「ラバーソウル()」の8曲です。
  疑問なのは、どの曲を邦題に選んでいるのか。
  また「ベートーベンをぶっ飛ばせ」 (小林)これはまあ ビートルズは関係ないからね。前の世代の人たちが付けた曲だからね。
  「アイヲナビーユアマン」の「彼氏になりたい」
  むかし何かで見た「アイソーハースタンディングゼア」が「その時恋は盗まれた」公式に邦題にはならなかったみたいです。
  だれか詳しい事を知っている方は 教えてください。

29 :ジョン・キロックノン  忍法帖【Lv=40,xxxPT】(1+2:8) :2014/03/30(日) 21:03:40.62 ID:???0
  (小林)邦題に関しては、レコード会社が決めたことなんで。
  (あなた)に、あんまり邦題にね走らない方が・・・。
  特にビートルズの場合はね、最初のころ「ヤア!ヤア!ヤア! ビートルズがやって来る」っていう、あれが荒業の邦題なんですよ。
  日本語タイトルなんで。
  ビートルズがやって来るじゃない じゃないですかw ねえw。
  ぜんぜん違うタイトルですよ。ねえ。
  それで、実はね、こういう事情もあったんですよ。
  レコード会社 東芝でしたよ、その頃ね。
  それで、日本語訳なんかが付けられたんですけども。
  その頃の日本語訳はね、ここだけの話しね、けっこうね 間違えてたりしたんですよ。
  それで クレームが入るわけ、ビートルズだから。
  「天下のビートルズ、なんで間違えるんだ!」とかね。
  それから、タイトルなんかも、いろいろクレームが入るんで。
  やっぱりビートルズは「世界のビートルズだから、英語で分かってもらいたい」ていう風な。
  なんていうのかな、これは、ちょっと、やりにくいやつは日本語のタイトルを付けるけど「英語で」っていうようなポリシーが生まれてた みたいですよ。
  それじゃあ、「愛こそは全て」「All You Need Is Love」
  
  〜 The Beatles / All You Need Is Love
  
@YouTube



30 :ジョン・キロックノン  忍法帖【Lv=40,xxxPT】(2+2:8) :2014/03/30(日) 21:05:00.24 ID:???0
  〜 The Monkees / Daydream Believer
  
@YouTube



  (川崎市/女性)
  今回はモンキーズの「デイドリーム・ビリーバー」をリクエストします。
  清四郎さんのカバーが有名になりましたが、私は原曲の甘く優しい雰囲気が大好きです。
  たしかモンキーズはビートルズに対抗して作られたアイドルグループだった 気がしますが、記憶があやふやです。
  この曲はビートルズにも歌ってみて欲しかったです。 
  ポールの声など合いそうです。
  懐かしいこの曲、リクエストよろしく。

  (小林)ていうことで。
  まああれですよね、「ビートルズから始まる」っていう風に、この番組はタイトルは付いていますけど。
  ビートルズは自分の曲は、自分の音楽は自分で作る時代 を切り開いた人ですね。
  モンキーズ達は違うんですよね。
  もう、いろんなことが出来る優秀な人が 寄ってたかって造って、そして良いものを採用した、という。
  なんていうんですかね、ぜんぜん個人的に造ったものじゃないからね。違いますよね。
  だけど、音楽ってね、判んないんですよ。
  なんていうのかな、日本でも最近ほら、あの音楽を設計して細かに設計して 作曲した人は別だ、っていう事件があったじゃないですか。
  あれでも、結果はものすごい良いものが出来るんですよね。
  だから、音楽って 絶対こうしなきゃイケナイ、っていう方法とか決まったルールは無いんですよ。

31 :ジョン・キロックノン  忍法帖【Lv=40,xxxPT】(3+2:8) :2014/03/30(日) 21:05:49.28 ID:???0
  BGM= The Beatles / Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band (Reprise)
  
@YouTube



□エンディング  
  (小林)「ビートルズから始まる」いかがですか?

  やっぱり、ジョン・レノンの生涯の名シーン ね。
  「ぼく、パパと行く」っても、こんどお母さんが泣いちゃったら、泣いたお母さんにね追って付いて行った、ていう。
  そういう お話し。いかがでしたでしょうか?
  こういう話しは、めったに この番組で聴けないと思いますけど。
  
  リクエストの方 よろしくお願いしますよ。
  リクエストは
  beatles@bayfm.co.jp
  こっちで、待っております。
  イシイのミートボールなどセットにして皆さんを待ち構えておりまして、採用の方には全員に送らせていただいております。
  リクエストね、ほんとにね、みんな同じだと面白くないからね。おんなじ方向だと。
  もう、ぜんぜん違うから面白いんであって。
  ということで、待っています。

32 :ジョン・キロックノン  忍法帖【Lv=40,xxxPT】(1+0:8) :2014/03/31(月) 17:26:24.37 ID:???0
■石井食品Presents「ビートルズから始まる。」bayfm 78.0MHz
 2014年3月30日(日)18:00〜19:00 放送内容  DJ:小林克也

□ビートルズカレンダー(3月30日)
 ・1965年(今から49年前の今日)
  例のアビーロードのスタジオ2。
  第二スタジオでは「That Means A Lot」という曲が、20テイク目から24テイク目まで録音された、とあります。

  じつはこれね、解説が要るんですけどw。
  テイク20からテイク24ていうのは これは嘘っぱちで、実際は 2月20日ね、約一ヶ月前に2テイク録ったらしいんですよ。
  で、もう一回だけやってみようか?テイク3をやってみようか?っていうことだったんだけど。
  それをエンジニアのノーマン・スミス(Norman Smith)がちょっとふざけて「じゃあ、20テイク目 回してみようか?」って言ったんで 20テイクになった と。
  それをまた、49年前の今日はテンポアップして「テンポアップしたらちょっと変わるんじゃないか?」っていう事で「That Means A Lot」を やりました。
  結局 これは未発表。

  ビートルズは活動したのが1962年から1970年の間ですが、正式には発表されていない曲の一つになってしまいました。
  で、これはP・J・ブロビー(P.J.Proby)ていうシンガーが、シングルとして発表して、イギリスのチャートで24位。
  これはもうね、小ヒットですよね。

33 :ジョン・キロックノン  忍法帖【Lv=40,xxxPT】(2+0:8) :2014/03/31(月) 17:27:46.00 ID:???0
  (続き)では、今日は それを改めて聴いてみたいと思います。
  最終的に ビートルズの解散までには発表されなかったんですけども。
  1996年、ご存知の通り、事実上の再結成みたいな感じで「アンソロジー2」「アンソロジー3」まで発表されるんですが、2の中に入っています。
  ちょっと、ピーター&ゴードン(Peter&Gordon)、知ってる方は知ってると思いますがw。
  ピーター&ゴードンみたいな感じもします。
  ザ・ビートルズ、That Means A Lot
 
  〜 The Beatles / That Means A Lot
  
@YouTube



  (小林)というわけで ビートルズの That Means A Lot。
  どうですか?。初めて聴く方も多いと思いますが。
  ちょっと あれだよね。歌い始めから 韻の踏み方のところは「you〜」とか「got〜」とか なんかちょっとダサイような。
  それから、サビがシンプルに ね「That means a lot」
  次のCメロも、なんか「おや? ビートルズらしくないな」みたいなw、のはありますけどね。
  採用されなかった。採用されたとしたら「HELP!」のアルバムに入った わけですけど。
  というわけで、歴史のひとコマ、ふり返りました。

34 :ジョン・キロックノン  忍法帖【Lv=40,xxxPT】(1+0:8) :2014/04/02(水) 18:01:34.29 ID:???0
□ストーリー
 ・「ミミ伯母さんが いったんジョンを手元に置くと決定したら、よほどの事が無い限り、誰もがそれを受け容れる、という不文律がありました。
  それが第二次世界大戦直後のイギリスであり、リバプールだったんです」

  こう証言するのは、ジョン・レノンの最初の妻となるシンシア・パウエル。
  この、ロック史上において最重要人物の一人とも言えるシンシアの手記から、今週もお届けしてみよう。
  これらはすべて、彼女がジョンから直接聞いた 貴重な事実である。

  近所に住んでいるとはいえ、実の母親であるジュリアとは別々に暮らすという、歪(いびつ)な少年時代を過ごすジョンであったが。
  それでもジョンは 母親が大好きであった。
  陽気で人生を心から楽しむジュリアの人柄は、厳格で頭の固いミミの性格とは まるで違っていた。
  ジュリアは「人生とは楽しむべきもの」という考えを持っていて、姉であるミミは、そんなジュリアを「浮ついていて、我が儘な人間」と思っていた。
  ミミにとっての人生とは「賢明に働き。自制心を養う事にある」と固く信じていて。
  その考え方が、結果ジョンを躾(しつけ)の名のもとに厳しく叱りつけることになった。
  ジョンは ミミという厳しい育ての母親と、ジュリアという遊び心いっぱいの実の母親との間を 行ったり来たりしながら育った。
  すなわちそれは、極端に性格の違う二人の女性の両方と上手くやって行く、ということでもあった。
  
  ミミと一緒の時は、いつでもキチンとした身だしなみで、忠実で従順でいることを期待された。
  方や、ジュリアといる時は、笑ったり遊んだりふざけたりすることができた。
  ジュリアは もっと音楽に時間を使えるように応援もしてくれた。
  ミミは ジョンが家の中でギターを弾くことを許してくれず、「練習するならガラス張りの玄関のポーチで弾くように」と煩く言っていた。
  そんな二人の母親と接することは、ジョンにとってまるで二重生活であった。

35 :ジョン・キロックノン  忍法帖【Lv=40,xxxPT】(2+0:8) :2014/04/02(水) 18:02:18.78 ID:???0
  〜 The Beatles / Real Love
  
@YouTube


 
  (小林)いかがですか?「アンソロジー(Anthology)2」に入っている Real Love
  これはビートルズファンご存知のとおり ジョンの死後カセットテープが出てきました。
  その中にジョンが、これはね 自分で録音していた Real Love っていうのが残っていて。
  それを基に ELOのジェフ・リン(Jeffrey Lynne)がプロデュースしました。
  まあ、「遅く出てきたビートルズ」wみたいな感じでしたね。

36 :ジョン・キロックノン  忍法帖【Lv=40,xxxPT】(3+0:8) :2014/04/02(水) 18:03:23.73 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「音楽の簡単な手ほどきを教えてくれた 実の母親ジュリア。
  そして、家の中でギターを弾くことも許してくれない、厳しい育ての母親ミミ伯母さん。
  そんな正反対の女性の間を 行ったり来たりすることは、ジョンにとって まさに二重生活だったと思います」
  
  こう証言するのは、ジョン・レノンの最初の妻となる=シンシア・パウエル。
  この、ロック史上において、最重要人物の一人とも言えるシンシアの手記から、続けてみよう。
  これらは、すべて彼女がジョンから直接聞いた 貴重な事実である。

  高校生になったジョンが、仲間を集めて、最初のバンドである「クォーリメン」を結成すると、ジュリアも大喜びした。
  ジョンとその仲間が ロックンロールやR&Bの他に お手本にした音楽のスタイルは「スキッフル」と呼ばれたもの。
  アメリカのリズム&ブルースやブルースを基に、イギリス、アイルランドなどのトラディショナルなフォークソングの風味を加えた 当時の流行歌であり。
  その最大のスターは、ロニー・ドネガン(Lonnie Donegan)というシンガーであった。
  
  スキッフルの素晴らしい所は、洗濯板や、お茶を入れておく箱などのような物を 楽器代わりに使って、誰でも気軽に演奏できるところにあった。
  そういう楽器であれば、ギターのように誰かに習ったり、音楽の知識や才能に関係なく、合奏を楽しむことができた。
  スキッフルをやるのであれば、その他の楽器、例えばベースやギターでさえも、コードをいくつか覚えれば、それほど練習をしなくても大丈夫。
  ジュリアは喜んで クォーリメンを自分の家に呼んで、練習場所として提供した。
  それどころか、狭いバスルームに閉じこもって何時間も練習を続ける時など、ジュリア本人がバンドに加わって、洗濯板をかき鳴らすことも珍しくはなかった。
  このバスルーム、音響的には最高の場所だったのである。
  こうしてジョンの率いるスキッフルバンド=クォーリメンは、少しづつではあるが、その腕を上げて行ったのであった。

37 :ジョン・キロックノン  忍法帖【Lv=40,xxxPT】(4+0:8) :2014/04/02(水) 18:04:33.94 ID:???0
  〜 Lonnie Donegan / Rock Island Line
  
@YouTube



  〜 John Lennon / Crippled Inside
  
@YouTube



  (小林)いやあ、この Crippled Inside、ジョン・レノン。
  まあ、甘いし苦いし、みたいな曲ですよ。
  内容がねえ、Crippled Inside は まあ、ギリギリに訳すと、「内面が不自由だと、心の中は不自由だと、いくら隠したってバレるんだから」っていうw
  ジョン・レノンらしい 皮肉っぽいw。
  これをフィル・スペクター(Phil Spector)一座がやって。
  ジョージはスライドギターです。
  で、ピアノが聴こえましたがあれは、当時はストーンズ(The Rolling Stones)なんかにも参加していた、有名なピアノのニッキー・ホプキンズ(Nicky Hopkins)です。
  ジョン・レノンの家に みんな合宿してねえ、楽しく録ってましたけどもねえ。
  中には毒が入っていたねw。この曲はね。
  
  そしてその前は ジョン・レノンたちが高校時代参考にしたという、ロニー・ドネガン(Lonnie Donegan)、イギリスのスキッフルのスーパースターです。
  Rock Island Line

  2曲。

38 :ジョン・キロックノン  忍法帖【Lv=40,xxxPT】(5+0:8) :2014/04/02(水) 18:06:38.89 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「ジョンが高校生の時に 最初に結成したバンドはクォーリメンです。
  家の中でギターを弾くことさえ許してくれないミミ伯母さんとは対照的に、自宅のバスルームを練習場所として提供してくれたばかりか
  自分もパーカッションとして練習に参加していたのが、お母さんのジュリア。
  もちろん、ジョンの 実のお母さんです。
  ほんとうに天真爛漫な女性だったようですね」

  こう証言するのは、ジョン・レノンの最初の妻となる=シンシア・パウエル。
  この、ロック史上において 最重要人物の一人とも言えるシンシアの手記から、もう少し続けてみよう。

  ジョンのバンドが初めてステージに立った時にも、ジュリアは娘2人を連れて会場に演奏を聴きにやって来た。
  1956年5月24日、ビクトリア女王の誕生日を祝うストリートパーティでのことである。
  実は、この時点ではまだ、クォーリメンというバンド名は決定されておらず、とりあえずジョンのバンドは「ジョニー&ザ・レインボー」という名前で参加していた。
  ステージは トラックの荷台の上。ジョンは15歳。
  
  この時の状況を、ジョンの妹の一人は良く覚えているという。
  その妹はこう語った。
  「兄ジョンが ストリートパーティで演奏していた時、私は事の次第がよく分かりませんでしたが。
  ジョンのバンドが演奏を始めると、そこにいる人たちの多くは、音楽に合わせて踊ったり。
  通り沿いの建物の窓からは 人々が身を乗り出して、音楽を聴いたり、手拍子をしたり。
  それはもう、素晴らしい光景でしたね」

  これを機会に、ジョンのバンド=クォーリメンは本格的にパーティや結婚式に呼ばれて演奏するようになった。
  とはいえ、さすがにアマチュアの高校生バンドである。
  ギャラは、たいてい良い時でも2〜3杯のビール程度であったことは 言うまでもない。

39 :ジョン・キロックノン  忍法帖【Lv=40,xxxPT】(6+0:8) :2014/04/02(水) 18:07:36.51 ID:???0
  〜 The Beatles / One After 909
  
@YouTube



  〜 John Lennon / Jealous Guy
  
@YouTube


 
  (小林)Jealous Guy、これは「Imagine」のアルバムに入ってるやつ。
  自分の、個人的なラブソングですよねw。これは、ヨーコへのw、もともと、ヤキモチ男だから。
  Jealous Guy

  そしてその前は、ジョンが高校生の時に書いた曲。
  でも発表は 1970年の「Let It Be」の中に入っていました。
  One After 909

40 :ジョン・キロックノン  忍法帖【Lv=40,xxxPT】(1+0:8) :2014/04/07(月) 13:09:10.65 ID:fswWTU2g0
□リクエスト
  (小林)
  メールは beatles@bayfm.co.jp
  ハガキFAXでもお寄せください。
  採用の方にはイシイのミートボールなどセットにして差し上げております。

  (熊本市/男性)
  3月は仕事で1週間ほど台湾に行っていました。
  「ビートルズから始まる」を日曜日に聴いて台湾に旅立ち。
  ちょうど帰りの車で聴いた最初のラジオが「ビートルズから始まる」でした。    (小林)ああ、成田から行ったのかな?
  台湾で車で移動中も 取引先の会社の人もビートルズが大好きらしく、車での移動の時はずっとビートルズが流れていました。
  台中を高速道路で走っている時 聴いたジョン・レノンの「Free As A Bird」をお願いします。 

  (小林)うわあw
  仕事で台湾に行ってw、けっこうビートルズ尽くしだったようです。
  それじゃ(あなた)のリクエストは・・・

  〜 The Beatles / Free As A Bird
  
@YouTube



  (小林)というわけで、今日は Real Love といい Free As A Bird といい、死後発見された ジョンの音を、声を使って。
  いわば「悲しき 死後再結成」の曲を、2曲、流れていますね。お送りしていますね。
  

41 :ジョン・キロックノン  忍法帖【Lv=40,xxxPT】(2+0:8) :2014/04/07(月) 13:10:17.13 ID:???0
  (茨城県つくば市/男性)
  克也さん、番組いつもエアチェック(死語)しながら楽しく聴かせていただいています。
  先日、渋谷ヒカリエに「LET IT BE」を見に行きました。
  60代以上の人々が多かったですよ。
  When I'm Sixty-Four がラジオから流れてきた47年前は、自分がその歳になるなんて考えられなかったのに。
  あと2年で64歳。
  いま聴いて懐かしく思うのは当然ですが、47年前まだ中学生だったのに懐かしく思えたこの曲。
  ビートルズはすごい。
  リクエストはもちろん When I'm Sixty-Four をお願いします。

  (小林)
  あなたのリクエスト
  
  〜 The Beatles / When I'm Sixty-Four
  
@YouTube



42 :ジョン・キロックノン  忍法帖【Lv=40,xxxPT】(3+0:8) :2014/04/07(月) 13:11:21.60 ID:???0
  〜 RCサクセション / Love me tender
  
@YouTube



  (千葉県山武郡/女性)
  RCサクセション「ラブミー・テンダー」をリクエストします。
  克也さんスタッフのみなさん お体を大切になさってください。
  かしこ。

  (小林)w
  これはハガキで、絵ハガキでいただきました。
  アオバズクがこっちを睨んでいます。
  どうもリクエストありがとうございました。

  いや、清四郎さんていう人はすごいですよね。
  もうほら、亡くなって、この録音てのも だいぶ後けど、だいぶ昔のことなんだけど。
  こうやってラジオで聴いてもだよ、何を通して、たとえば電話を通して聴いてもね、なんか繋(つな)がっちゃうっていう。
  こういうものっていうのは、なかなか無いですよ。
  たとえば、ビートルズの曲でも繋がる曲と繋がらない曲あるしね。
  そうですよね。ジョン・レノンはどうですか?繋がりますかね?ポール・マッカートニー繋がりますかね?
  そうやって考えていくとねえ、音楽の世界でも。
  僕はね、落語の世界でも 何の世界でもねw、芸術の世界でも 絵の世界でも 同じだと思うんです。
  繋がるんですよね。
  良いものは。
  時間関係なく繋がるもの。
  というわけで、繋がるものに リクエストありがとうございました。

43 :ジョン・キロックノン  忍法帖【Lv=40,xxxPT】(4+0:8) :2014/04/07(月) 13:12:50.20 ID:???0
  BGM= The Beatles / Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band (Reprise)
  
@YouTube



□エンディング  
  (小林)というわけで「ビートルズから始まる」いかがですか?
  
  ジョン・レノンのねえ、バンドを結成したころの話しは、本当面白いよね。
  それから、二重生活?
  普通だとさあ、お母さんが厳しいとか お父さんが厳しいけど。
  嫁いだお姉さん家へ行くと自由にできた、とかそういうのはあるじゃない。
  まあ、そんな変わらないかもわからないけど、そういう生活をやっていたわけですよね。
  ジョン・レノンは どういう気持ちだったのかな? っていうのをね。
  ほんとに話しを聴いてると、ジョン・レノンになった気持ちで 想像しちゃいますよね。
  そこんところが けっこう面白いんだと思います。
  僕は話しを知ってるんだけど 一応。だけど面白いもんね、話しをお送りしていて。
  また来週を お楽しみに。
 
  そしてリクエストの方、よろしくお願いします。
  みなさんのリクエストによって、この放送は盛り上がっています。
  盛り上げてください。
  もう、初心者大歓迎です。
  よろしくお願いいたします。
  beatles@bayfm.co.jp
  リクエスト採用の方にはイシイのミートボールなどセットにしてもれなくプレゼントです。

  小林克也でした。

44 :ジョン・キロックノン  忍法帖【Lv=40,xxxPT】(1+0:8) :2014/04/08(火) 13:42:59.63 ID:???0
■石井食品Presents「ビートルズから始まる。」bayfm 78.0MHz
 2014年4月06日(日)18:00〜19:00 放送内容  DJ:小林克也

□ビートルズカレンダー(4月06日)
 ・1966年(今から48年前の今日)
  スタジオ3、第三スタジオで、夜から夜中にかけて「マークT」ていう、これは仮のタイトル。
  仮のタイトルっていうのは 英語で「ワーキング タイトル(working title)」って言うんですが。
  何の仮タイトルかというと、Tomorrow Never Knows
  例の あの曲です。

  ジェフ・エメリック(Geoff Emerick)がエンジニアを務めるんですけど。
  ビートルズは「リボルバー(Revolver)」のレコーディングに入って、もうやる気満々で。
  ツアーで演奏するとか、もうそういう風なことは考えないで、やっちゃう。
  この時は完全に 自由な感じですよね。
  自分たちを現わそう としています。
  だから「発想の赴くままに、考えるすべてのアイデアを音にしてみよう」という気持ちがみなぎっています。

  で、この「マークT」の、その宿題みたいなものとしては
  まず、イメージ「ダライラマが、偉いお坊さんが、山の上から説教している」
  それを俯瞰で見ているか、遠くから見ているのか、わかんないですよね、これね。
  であと、ジョンは「俺の足を縛って、天井から逆さ吊りして、ブラブラ揺れている状態で録りたい」
  これは、ジョン・レノンは自分の声に満足が行かなかったのか?
  ポール・マッカートニーに対して劣等感みたいなものがあったのか?。
  ほら、ポールみたいなオールラウンドな声じゃないからね。
  どうなのかな? っていうことですよね。
  で、なんで、そんなとこまで行っちゃうのか、考えさせられますけども。
  十代の若者エメリクッは もう大変です。

45 :ジョン・キロックノン  忍法帖【Lv=40,xxxPT】(2+0:8) :2014/04/08(火) 13:44:12.81 ID:???0
(続き)
  結果はですね、ジョンのボーカルは録音して、それをオルガン用のレズリースピーカー、つまり回転するスピーカーってご存知ですかねえ?
  それに通したものをダビングして 完成形とするんです。
  で、まだまだ他のいろいろな実験があるわけですが。
  リンゴのドラムのパターンも いろいろ。
  これはですね、決まるまでのことが「アンソロジー(Anthology)2」のアルバムに生々しく記録されているんですが。
  ドラムのパターンが決まる前のバージョンを、ちょっと今日は聴いてみましょうか。
  その「アンソロジー2」から、ビートルズの Tomorrow Never Knows
  
  〜 The Beatles / Tomorrow Never Knows (Anthology 2)
  
@YouTube



  (小林)いかがですか? ねえ。音として。
  歌詞としてはねえ、ほんとダライラマが説教垂れてるような内容なんですよw。
  これで、このあとポールが「テープの逆回転をやったら?」とか いろいろアイデアが加わったりするんですけどもね。
  すごい ですよね、この音ってのは。どうですか? 不快な気持ちもある人もいても、それも正解ですけどね。

  最近ねえ、イギリスの若いバンドでテンプル(Temples)ってバンドに会ったんですけどね。
  彼らは ちょっとね、今聴いたような音なんですよ。
  それで「影響はピンク・フロイドだ」って言ってるんですけど。
  ピンク・フロイド(Pink Floyd)に影響与えてますね、ビートルズはねえw。もう。
  ビートルズから始まってますねえ。

46 :ジョン・キロックノン  忍法帖【Lv=40,xxxPT】(1+0:8) :2014/04/10(木) 13:53:56.35 ID:???0
□ストーリー
 ・「私がジョンの父親違いの妹に聞いた話しによると、ジョンのバンドが最初に人前で演奏したのは、1956年5月のストリートパーティでのこと。
  ジョンのバンドが演奏を始めると そこにいる人たちの多くは音楽に合わせて踊ったり、
  通り沿いの建物の窓から人々が身を乗り出して音楽を聴いたり 手拍子をしたり。
  それはもう、素晴らしい光景だったそうです」

  こう証言するのは、ジョン・レノンの最初の妻となる=シンシア・パウエル。
  この、ロック史上において最重要人物の一人とも言えるシンシアの手記から、今週もお届けしてみよう。
  これらは、すべて彼女がジョンから直接聞いた 貴重な事実である。
  
  このストリートパーティでの演奏を機会に、ジョンのバンド=クォーリメンは本格的にパーティや結婚式に呼ばれて演奏するようになった。
  とはいえ、さすがにアマチュアの高校生バンドである。
  ギャラは、たいてい良い時でも2〜3杯のビール。
  しかし彼らは全員 未成年者の高校生。
  ビールが飲めない場合は、ビールがサンドイッチやサラダに代わったことは言うまでもない。
  
  ジョンが通っていたクォーリバンク・グラマースクールは、男子のための保守的なグラマースクールだった。
  小学生時代のジョンは成績も良く、進路決定のための試験に合格してグラマースクールに入学したものの、
  いったん入学してしまったら、全く勉強しなかったため、最も勉強の出来ない生徒のクラスに入れられてしまった。
  勉強に関して いくらミミ伯母さんが諭しても、ジョンは先生を敬う気持ちなどはまるで無く、試験で合格点を取ることにも全く興味が無かった。
  授業は妨害するし、学校ではトラブルばかり起こしていた。
  おまけに、数えきれないほど鞭打ちの罰をもらっても、一向に悔い改める様子もなかった。
  こうしてジョンは、かなりの問題児となってしまったのである。

47 :ジョン・キロックノン  忍法帖【Lv=40,xxxPT】(2+0:8) :2014/04/10(木) 13:54:53.00 ID:???0
  〜 The Beatles / Any Time At All
  
@YouTube


  
  〜 The Beatles / Norwegian Wood
  
@YouTube



  (小林)曲の方は 1964年の「A Hard Day's Night」に入っている Any Time At All

  そして今のは、「ノルウェーの森」「Norwegian Wood 」有名な曲。
  「This Bird Has Flown」「鳥が逃げてしまった。女の子の家へ泊まって、朝 女の子が仕事に出かけちゃった」っていう。
  内容はそうで、ちょっとサイケな感じがするのは、ジョージがシタールで入っている。
  で、この歌の内容はね、男が描いた「女性自立の歌」だとも言われているよね。歴史上初の。
  はい。

48 :ジョン・キロックノン  忍法帖【Lv=40,xxxPT】(3+0:8) :2014/04/10(木) 13:55:58.00 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「当時のリバプールでも かなり保守的な学校=クォーリバンク・グラマースクールに入学できた、とはいうものの。
  ジョンはすっかり勉強嫌いな生徒になってしまったそうです。
  もちろん、勉強しないのは困りますが、それよりも問題だったのは ジョンの態度です。
  ジョンには先生を敬う気持ちなど少しも無く、授業は妨害するし、問題ばかり起こしていたそうです。
  結果、鞭(ムチ)打ちのお仕置きを受けるわけですが。
  何度お仕置きを受けても、ジョンには それを改めようとする意志が無いんです。
  これには、ミミ伯母さんもホトホト困り果てていたそうなんですね」

  こう証言するのは、ジョン・レノンの最初の妻となる=シンシア・パウエル。
  この、ロック史上において 最重要人物の一人とも言えるシンシアの手記から、続けてみよう。
  これらは、すべて彼女がジョンから直接聞いた 貴重な事実である。

  ジョンはティーンエイジャー時代を、大切な人たちが相次いで亡くなるという、彼の人生の中でも節目となる様な痛ましい出来事に苛(さいな)まれた。
  最初は、ミミ伯母さんの夫=ジョージの 突然の死。
  伯父さんは、ある日曜日の午後に突然倒れ、病院に担ぎ込まれたものの あっという間に息を引きとった。
  ジョンのことを可愛がり、ジョンも大好きな伯父さんであっただけに、14歳のジョンにとっては あまりにショッキングな出来事だった。
  ジョンは伯父さんを亡くして 酷く落ち込んだ。
  ジョンが大学生になって いつも着ていた古いブカブカのオーバーコートは、ジョージ伯父さんの形見であり、いくら擦り切れてみすぼらしくなっても、ジョンはそれを着るのが好きだった。

  そして その3年後の、母親ジュリアの死も、不意に襲った不幸であった。
  ある7月の夕方、ジュリアは茶飲み話をしにミミの家を訪ずれていた。
  昔は仲違いをしていたが、二人はやはり気心が知れた姉と妹である。
  スタンリー家の他の姉妹たちと同じように、他愛もない話で盛り上がっていた。
  その数十分後、悲劇は起こったのである。
  

49 :ジョン・キロックノン  忍法帖【Lv=40,xxxPT】(4+0:8) :2014/04/10(木) 13:56:31.84 ID:???0
  〜 The Beatles / This Boy
  
@YouTube



  〜 The Beatles / If I Fell
  
@YouTube



  (小林)This Boy これは「I Want to Hold Your Hand」例の大ヒットのB面。
  1963年、イギリスではね。

  そしてザ・ビートルズの If I Fell
  「A Hard Day's Night」に入っています。
  1964年。

50 :ジョン・キロックノン  忍法帖【Lv=40,xxxPT】(5+0:8) :2014/04/10(木) 13:57:58.33 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「ティーンエイジャーだったジョンは、大切な人二人を相次いで亡くしています。
  一人は育ての親であるミミ伯母さんの夫=ジョージ伯父さん。
  伯父さんはミミ伯母さんと同じくらい まるで我が子のようにジョンを可愛がっていたそうです。
  そしてその3年後、実の母親ジュリアが、これまた突然亡くなりました。
  この出来事は、その後のジョンの人生に大きな影を落とすことになったんだと思います」
  
  こう証言するのは、ジョン・レノンの最初の妻となる=シンシア・パウエル。
  この、ロック史上において 最重要人物の一人とも言えるシンシアの手記から、もう少し続けてみよう。

  ある7月の夕方、ジュリアは茶飲み話をしにミミの家を訪ねていた。
  昔は仲違いをしてはいたが、二人はやはり気心が知れた姉妹である。
  スタンリー家の他の姉妹たちと同じように、他愛もない話で盛り上がっていた。
  ジョンは その場所には居合わせなかった。
  ジュリアの家で 彼女の夫であるボビーと二人の妹たちと ジュリアの帰りを待っていたのである。
  ジュリアは帰りのバスに間に合うように ミミに別れを告げ、道を横切ったその瞬間、車に撥ねられ亡くなった。
  即死だったという。

  その夜、ジョンとボビーは警察からの連絡を受けて 事故の事を知った。
  妹たちは もう眠っていたし、ボビーの母親も来ていたので、ジョンとボビーとでジュリアが運び込まれたセフトン病院に駆けつけた。
  ジョンはとても 母親の亡骸に会う気持ちにはなれず、ボビーだけが別れを告げに部屋に入った。
  部屋から出てきたボビーは ジョンの腕にすがって泣き崩れた。
  ジョンは 茫然自失したままで、母親の葬儀に参列した。
  あれだけ命に溢れ、いつも笑っていた母親が、今は皆が最後のお別れに列を作って前を通り過ぎて行く。
  その棺の中に眠っているとは、まだ信じることができなかった。

51 :ジョン・キロックノン  忍法帖【Lv=40,xxxPT】(6+0:8) :2014/04/10(木) 13:59:47.81 ID:???0
  〜 John Lennon / God
  
@YouTube



  〜 The Beatles / Across The Universe
  
@YouTube


 
  (小林)2曲とも フィル・スペクター(Phil Spector)が サウンドプロデュースしています。
  1曲目はジョン・レノンの God。
  たまに、この番組でかかりますけども。
  特別な心境にいないと、ああいう「何にも信じない、夢は終わった」っていうのは、詩は書けないですよね。
  
  Across The Universe は、まだ自分の心象世界ていうんですかね。
  こうやってジョン・レノンのものが作られるんだ、作品が作られるんだ、ていうのが判るような感じがする Across The Universe

  でも、前の Godていうのはね、これは、プラスティック・オノ・バンド(The Plastic Ono Band)としてですよね。
  プラスティック・オノ・バンドとかジョン・レノンていうのは、実は ポール・マッカートニーなんかのソロに比べると、相当売れなくなるんですよね。
  これは、どういう事かというとね、自分のヒーローでしょ?自分のヒーローがね、弱々しかったりね、苦しんだりね、悲しんだりするのをね、人は嫌うw。
  そういうw 嫌う人は いるんですよ。しょうがないんですよねw。
  でも、ジョン・レノンていうのは、面白いですよね。
  そういうのを知ってて、売るとか、売れるとか、なんか関係なく、出してるっていう態度ですよね。

52 :ジョン・キロックノン  忍法帖【Lv=40,xxxPT】(1+0:8) :2014/04/11(金) 18:02:20.34 ID:???0
□リクエスト
  (小林)
  アドレスは beatles@bayfm.co.jp
  採用の方にはイシイのミートボールなどセットにしてお配りしております。

  (神奈川県/男性)18歳
  ビートルズで一番好きなのは「アビーロード」、サザンで一番好きなのは「キラーストリート」。
  買った当初 ジャケットがアビーロードに似てたので「ああ、これがラストなんじゃないか?」と疑っていました。
  その予想は半分当たっていました。    (小林)まあ、日本風の解散ですからねw。全部当たってたんじゃないでしょうかね。
  しかし、去年の夏 サザンは5年ぶりの再始動を果たしました。
  今年は、もしかすると 再始動後の初のアルバムが出てくるんじゃないか。

  (小林)まあ、作ってるのは当たり前じゃないでしょうか。
  あなたのリクエスト。
  
  〜 サザンオールスターズ / ロックンロール・スーパーマン
  
@YouTube



  〜 Madonna / American Pie
  
@YouTube



  (小林)American Pie マドンナがね、ロックの本質を問う曲を過激にアレンジ。
  ミルウェイ(Mirwais)という新進のアーティストを使っておりました。

53 :ジョン・キロックノン  忍法帖【Lv=40,xxxPT】(2+0:8) :2014/04/11(金) 18:04:16.89 ID:???0
  (小林)
  さあ、今度はですね、12年間聴いていなかった方。12年前は聴いていたんだね。

  (住所不明/女性)
  当時中学3年生。受験勉強しながら毎週楽しみに聴きました。
  両親の影響でビートルズが大好きになって「ホワイトアルバム」や様々なレコードを両親から借りて聴いていたんです。
  ジョン・レノンの便箋をジョン・レノン・ミュージアムで買って、番組宛てに手紙を書き 克也さんに読まれた時は感動しました。
  あれから12年、私は就学・就職・結婚をし。
  でも、なお番組が続いていること、あの頃と変わらない克也さんの解説、オープニングのエリナリグビー   (小林)ww
  イシイ食品のCM、当時を思い出し、今 涙をこぼしながら視聴しています。
  さすがビートルズ、克也さんの声、ほんとうに根強い人気があるんですね。
  これからも、末永く。
  リクエストは当時かけていただいた While My Guitar Gently Weeps をお願いします。

  (小林)
  (/女性)さんのリクエストです。
  
  〜 The Beatles / While My Guitar Gently Weeps
  
@YouTube



54 :ジョン・キロックノン  忍法帖【Lv=40,xxxPT】(3+0:8) :2014/04/11(金) 18:05:43.89 ID:???0
  BGM= The Beatles / Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band (Reprise)
  
@YouTube



□エンディング  
  (小林)
  「ビートルズから始まる」いかがでしたか?
  
  リクエスト、待ってますよ。
  あて先は
  beatles@bayfm.co.jp
  採用の方にはイシイのミートボールなどセットにしてお送りしておりますのでね。

  それから ストーリーの方。
  ジョン・レノンのお母さんが亡くなってしまいましたが。
  そのあとは、どうなって行くのか、お楽しみに。
  お楽しみ?じゃない かw。
  
  お相手は小林克也でした。

55 :ジョン・キロックノン  忍法帖【Lv=40,xxxPT】(1+0:8) :2014/04/14(月) 13:27:37.89 ID:???0
残念ながら録音機材の不調のため
4月13日の「ビートルズから始まる」は記録(留守録)できませんでした。

使用ソフトはradika1.71です。
「問題が発生したため、プログラムが正しく動作しなくなりました」との表示。
OSはWin7なのでXPサポート終了との関連は無いように思われます。
4月6日までは正常に動作していました。
これ以上のことはスレチなので・・・。
m(´・ω・`)m

56 :ホワイトアルバムさん:2014/04/14(月) 19:25:47.41 ID:???0
よかったら、どこかにうpしましょうか?

57 :ホワイトアルバムさん:2014/04/15(火) 20:10:37.73 ID:???0
http://www1.axfc.net/u/3224341
キーワードは放送局名

58 :ホワイトアルバムさん:2014/04/15(火) 23:37:27.61 ID:???0
>>57
ジョンさんと同じradikaのエラーで録音できませんでしたが
ありがたくいただきました
どうもありがとう

59 :ジョン・キロックノン  忍法帖【Lv=40,xxxPT】(1+0:8) :2014/04/16(水) 13:39:19.03 ID:???0
>>57
おお!、まさに Help!
DLできました。ありがとうございました。

60 :ジョン・キロックノン  忍法帖【Lv=40,xxxPT】(2+0:8) :2014/04/16(水) 13:42:00.84 ID:???0
■石井食品Presents「ビートルズから始まる。」bayfm 78.0MHz
 2014年4月13日(日)18:00〜19:00 放送内容  DJ:小林克也

  BGM 〜 Instrumental / Eleanor Rigby
  
@YouTube



□ビートルズカレンダー(4月13日)
 ・1965年(今から49年前の今日)
  第二スタジオです。例のビートルズの第二スタジオw。
  ここで、歴史的な録音がくり広げられます。
  12テークで、一日で終わっちゃうんです。
  やっぱりね、これは傑作です。
  ジョンの頭の中に生まれて、それをポールと共に完成させた、ていうことですが。
  これは最終的には、2作目の主演映画のタイトルになります。
  「Help!」であります。
  アルバムで言うと 5枚目という事になりますが。
  これには最初から力が入ってるわけですよ。
  でも、映画会社の方が タイトルを仮に決めていて。
  そのタイトルは「Eight Arms To Hold You」、つまり「8本の君を抱く腕」?w
  つまり、メンバー4人おりますから、腕を数えると8本。
  ジョンもポールも「なぁんかな〜」みたいな感じだったんだけど、この「HELP!」が出てから、もうドンドンドンドン勢いが増して。
  ご覧のように、ご存知の通り「yesterday」も入っているアルバムになるわけですよね。
  で、この49年前の今日は、まず リズムから録音されて、8回録音されて、8テイクね。
  で、9テイクから ボーカルを入れるようになって、ジョンのボーカルが入って。
  10テイク目で ようやく完成したバージョンになって。11テイクで失敗して。
  最終テイクの12テイクが ベストテイクになって、これに、ジョージの半音で進行する印象的なギターのアルペジオが録音され。
  この曲は この日だけで録音が終わった。
  で、1965年6月、モノーラル、ステレオ、両ミックスが作られて、アルバムに収録されていた。というわけで。
  この曲は ジョンはもうかなり気に入っておりまして。
  1980年、暗殺直前のインタビューでは「近いうちに これセルフカバーやりたい」「もう一回やり直したい」みたいなことを語っていたそうであります。

61 :ジョン・キロックノン  忍法帖【Lv=40,xxxPT】(3+0:8) :2014/04/16(水) 13:42:42.34 ID:???0
(続き)じゃあその、改めて この曲のすごさを。
  
  〜 The Beatles / Help!
  
@YouTube



  (小林)Help! お送りしました。

62 :ジョン・キロックノン  忍法帖【Lv=40,xxxPT】(1+0:8) :2014/04/18(金) 13:33:02.85 ID:???0
□ストーリー
  ある7月の夕方、痛ましい出来事が起こってしまった。
  ジョンの実の母親ジュリアは、こちらはジョンの育ての母親とも言える 姉のミミの家を訪ね、他愛もない世間話で盛り上がっていた。
  ひとしきり話しを終えたジュリアは、帰りのバスに間に合うように ミミに別れを告げ、道を横切ったその瞬間、車に撥ねられ亡くなった。
  即死であった という。
  その夜、ジョンとジュリアの夫であるボビーは警察からの連絡を受けて病院に向かった。
  ジョンはとても母親の亡骸に会う気持ちになれず、ボビーだけが別れを告げに中に入った。
  部屋から出てきたボビーは、ジョンの腕にすがって泣き崩れた。
  ジョンは茫然自失のまま 母親の葬儀に参列した。
  あれだけ命に溢れ、いつも笑っていた母親が、今はみんなが最後の別れに列を作って前を通り過ぎて行く、
  その棺の中に眠っているとは、まだ信じることができなかった。
  
  「このお話しは 全てジョンから直(じか)に聞いたものです」
  こう証言するのは、ジョン・レノンの最初の妻となる=シンシア・パウエル。
  今週もそのシンシアが、ジョンとの思い出を綴った貴重な手記から、お送りしたいと思う。

  この事故の真実が判ると、ジュリアが死んだことは遺族にとって なおいっそうやりきれないものとなった。
  ジュリアを死に追いやった男は、その日は非番、つまり勤務の無かった警察官。
  この男は、車の運転は初心者であった上に、なんとアルコールを飲んでいた。
  つまり、酒気帯び運転だったのである。
  この警察官は、ジュリアが道を渡っているのを見た時、ブレーキと間違えてアクセルを踏んだことが明らかになった。
  そして その男は裁判にかけられて無罪放免となり、謹慎を受けて 一定期間だけ職務停止となっただけ、という信じられないような軽い処罰で済んでしまった。
  加害者が どう処分されたところで、亡くなった母親ジュリアはもどっては来ない。
  しかし、この処罰は なんともいたたまれなく、やりきれないしこりをジョンの心に残したのである。

63 :ジョン・キロックノン  忍法帖【Lv=40,xxxPT】(2+0:8) :2014/04/18(金) 13:35:10.70 ID:???0
  〜 The Beatles / I'm a Loser
  
@YouTube


 
  〜 The Beatles / Mother Nature's Son
  
@YouTube


 
  (小林)16:10
  2曲続きましたね。
  両方とも ちょっとフォークっぽかったですね。

  I'm a Loser これは今日お話しした「HELP!」 のアルバムの前のアルバムに入っていました。
  ジョン・レノンによると「ちょっと妥協が入っていた」ていうことでw。
  ちょっと、ちょっと嫌悪が入るw曲なんです。I'm a Loser

  そして、今聴いた曲は Mother Nature's Son
  もちろん「ホワイトアルバム(The BEATLES)」に入っています。
  ホワイトアルバムは、まあ ポールたちはインドで書きあげた、に違いない。
  で、ポールはこのころ ポール・サイモン(Paul Simon)とかね、そういうのが大好きで よく聴いていたそうです。
  なんとなく 分かりますよね。Mother Nature's Son
  
  2曲。

64 :ジョン・キロックノン  忍法帖【Lv=40,xxxPT】(3+0:8) :2014/04/18(金) 13:35:56.09 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「最愛のお母さん=ジュリアのお葬式のあと、
  ジョンは自分の深い悲しみや、怒りや、衝撃や、苦痛など、すべて無理に抑えつけて、心に受けた傷のことは誰にも話さなくなったんです」

  こう証言するのは、ジョン・レノンの最初の妻となる=シンシア・パウエル。  
  この、ロック史上において 最重要人物の一人とも言えるシンシアの手記から続けてみよう。
  これらは、すべて彼女がジョンから直接聞いた 貴重な事実である。

  ジョンの育ての母と言えるミミ伯母さんという人物は、もともと何でも話し合おう というような人では無かったかのように、再び同じ生活に戻って行った。
  それは、単純に「人生の続き」「昨日の続き」の連続であり、ジョンも同じようにしようとしていた。
  ジョンは母を亡くした悲しみを 二人の父親違いの妹とも分かち合えないでいた。
  亡き母ジュリアの姉妹たち、つまり、ジョンの伯母さんたちは、この時11歳と8歳の妹たちには 母親が亡くなったことを知らさない様にしていたからである。
  まだ小学生の二人には「母親のジュリアは病気で少し遠い所に静養に行っている」ことにしてあった。
  当時のイギリスでは、男親が家事の全てを取り仕切るということは滅多に無く、
  ジュリアを亡くした夫のボビーは 夜勤の仕事をしながら、親戚の力を借りてなんとか子育てをがんばっていた。
  
  当時をふり返って、ジョンの最初の妻となるシンシアは こう語っている。
  「ジョンは 父親違いの妹たちと とても仲良しでした。
  みんなが“コテージ”と呼んでいたハリー伯母さんの家にも ちょくちょく妹たちを訪ねて行っていました。
  美術大学に入って 私と付き合うようになってからは、よく私も連れて行ってくれました。
  妹たちを預かってくれていたハリーの家は、ミミ伯母さんの所とはまるで違っていて、チリ一つ落ちていないミミの家が少し冷たい印象であるのに対し。
  ハリー伯母さんの家は 温かみがあって、愛情に溢れ、いつも誰かが何かをしてにぎやかでした。
  そんなハリー伯母さんの家が ジョンも私も大好きだったんです」

65 :ジョン・キロックノン  忍法帖【Lv=40,xxxPT】(4+0:8) :2014/04/18(金) 13:36:51.52 ID:???0
  〜 The Beatles / All Together Now
  
@YouTube



  〜 The Beatles / Octopus's Garden
  
@YouTube



  (小林)
  音楽は似たような世界が続きましたね。

  1969年の「イエローサブマリン(Yellow Submarine)」の中に入っている All Together Now

  そして、いま聴いたやつは、リンゴ・スターが作りました Octopus's Garden
  タコの庭っていうかw
  そうだ、今日はほら「HELP!」の仮のタイトルが「Eight Arms To Hold You」ていうことを考えて、
  そういうのは引きずってないよね? きっとねw
  「アビーロード(Abbey Road)」の中からリンゴ・スターの Octopus's Garden
 
  2曲続きました。

66 :ジョン・キロックノン  忍法帖【Lv=40,xxxPT】(5+0:8) :2014/04/18(金) 13:38:07.53 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「ジョンは、父親違いの妹たちと とても仲良しでした。
  みんなが“コテージ”と呼んでいたハリー伯母さんの家にも、ちょくちょく妹たちを訪ねて行っていましたね。
  美大生になって、私と付き合うようになってからは、よく私も連れてってくれました。
  そこは温かみがあって、愛情にあふれ、いつも誰かが何かをしていて、にぎやかでした。
  そんなハリー伯母さんの家が、ジョンも私も大好きだったんです」
  
  こう証言するのは、ジョン・レノンの最初の妻となる=シンシア・パウエル。  
  この、ロック史上において最重要人物の一人とも言えるシンシアの手記から、もう少し続けてみよう。

  「ジョンは、ハリー伯母さんの家だけじゃなくて、スコットランドのメーター伯母さんの家にも連れてってくれました。
  その時は大学も夏休みで、エジンバラまでヒッチハイクで行ったんです。
  ほとんどの行程は トラックの荷台の中でしたねえ。
  この巨大なトラックの運転手は、明らかに超過労働をしていたので、今にも居眠りをしそうな気配。
  ジョンと私はトラックの荷台の中から 運転席の後ろの窓をドンドン叩いて、運転手を眠気から救ったんです。
  とても愉快な旅でしたねえ」

  エジンバラに到着すると、そこは土砂降り。
  おまけに、メーター伯母さんファミリーは外出中で留守だった。
  行き当たりばったりのジョンは、伯母さんに前もって知らせてはいなかったため、こうなるのも当然と言えば当然であった。
  仕方なくジョンとシンシアは、道の反対側にある教会の入り口で雨宿りをしながら時間を潰していると。
  2時間ほどして、ようやくメーター伯母さんの息子スタンリーが帰って来た。
  スタンリーは従兄弟のジョンを見て大喜びし、ジョンとシンシアを家に招き入れた。  
  翌日、旅先から帰ったメーターを紹介されると、シンシアはこのジョンの伯母さんと すっかり意気投合した。
  夜にはごちそうもいただき、シンシアはすっかり新しい家族に迎え入れてもらった気分になった。
  
  シンシアはこう語っている。
  「そう。この一件で ジョンと私の気持ちも、さらに近いものになったんです」

67 :ジョン・キロックノン  忍法帖【Lv=40,xxxPT】(6+0:8) :2014/04/18(金) 13:39:08.62 ID:???0
  〜 The Beatles / Mr. Moonlight
  
@YouTube



  〜 The Beatles / Ticket To Ride
  
@YouTube



  (小林)
  1965年「HELP!」の中に入っている Ticket To Ride

  そしてその前は、これは1964年ですね。
  もともと 人のオリジナルです。ピアノ・レッド(aka Piano Red))のヒット曲です。
  ポールが、真ん中あたりで ハモンドオルガンを引いてた。
  これがw これがジーンと来るでしょうw。
   Mr. Moonlight

68 :ジョン・キロックノン  忍法帖【Lv=40,xxxPT】(1+0:8) :2014/04/19(土) 18:52:37.80 ID:???0
□リクエスト
  (小林)
  メールは beatles@bayfm.co.jp
  採用の方にはイシイのミートボールなどセットにしてプレゼントしておりますので はりきってどうぞw。

  (茨城県竜ケ崎市/男性)
  最近休日は洋楽のCDアルバムを聴いて、歌詞の和訳をすることをしています。  (小林)偉いですね。26歳だから、がんばれ がんばれ。
  いろんなアーティストがいますが、その中でも心に残ったのはピアノのメロディに乗せてエルトン・ジョンが歌ってる「ユア・ソング」。
  歌詞も素敵だし、知らない皆さんたちにも教えてあげたい一曲です。
  なので、エルトン・ジョンの「ユア・ソング」をリクエストします。よろしくお願いします。
  
  〜 Elton John / Your Song
  
@YouTube



  (小林)
  エルトン・ジョン、久しぶりにかかりましたね。

69 :ジョン・キロックノン  忍法帖【Lv=40,xxxPT】(2+0:8) :2014/04/19(土) 18:54:09.43 ID:???0
  (習志野市/女性)
  克也さんこんばんは。久しぶりにメールします。
  来月 まさかの、ポールが再来日しますね。
  ニュースを聞いた時は 飛び上がりました。
  私、チケット取りました。
  前回が「最後だろう」と思っていたので「受験生だけど関係ない」と思って行ったんですが。
  まさか、こんなに早く「また会いましょう」が実現するとは。
  前回は 始まる前のBGMで、ビートルズからウィングズまで いろいろかかっていたんですが。
  Let 'Em In が かかった時、ドキドキが最高潮になって、すでに泣きそうになってしまいました。
  日本語では「幸せのノック」というそうで、すごく素敵な訳し方だと思います。
  ウィングスの曲は まだまだ知らない曲が多いので、ライブにまで もっといろんな曲を聴き込んで行きたいと思います。
  
  (小林)
  大学一年になったんだね。
  あなたが泣きそうになった、という・・・。
  今回どうだろう、泣くかもしれない。ウィングズの Let 'Em In。

  〜 Paul McCartney and Wings / Let 'Em In
  
@YouTube



70 :ジョン・キロックノン  忍法帖【Lv=40,xxxPT】(3+0:8) :2014/04/19(土) 18:55:07.81 ID:???0
  〜 The Beatles / If I Needed Someone
  
@YouTube


  
  (住所不明/女性)
  この曲は「ジョージのビートルズサウンド」と言える曲だと思います。
  ジョージのビートルズ初期の頃の個性が良く出ていると思います。
  ジョージらしく、単純に。

  (小林)
  これっきゃ 書いてないんだけど。
  なんか、愛情が窺がえますよね。
  よーく わかりました。ありがとうございます。

71 :ジョン・キロックノン  忍法帖【Lv=40,xxxPT】(4+0:8) :2014/04/19(土) 18:56:32.85 ID:???0
  (新宿区/女性)
  私は、赤ちゃんのころ別れた父と、私が5歳のころと、中学生の時の2回会ったことがあります。
  風呂敷包みを持った母に、5歳の私は手を引かれ、家から3〜4分歩いて行った所に 男の人が立っていて。
  私は本能的に、それが父だと判り、激しく泣き始めました。
  この時 一生分の悲しみを感じたような気がします。
  風呂敷包みを持った父と別れてからも泣きじゃくる私に、母は近くのお店で量り売りのジェリービーンズを小袋に買い、手ににぎらせてくれました。
  それで 少し気が済んだのを覚えています。
  私は、2回とも父と話すことはありませんでした。
  「パパと いっしょに行く!」と言ったジョンが、泣きじゃくって母さんのジュリアを追った時、私は本当に涙が出ました。
  この時のジョンと、5歳の時の私の気持ちが重なって、胸がいっぱいになりました。
  それでもジョンは ジュリアと暮らすことは出来なかったけど、絶対ジュリアを選んで良かったと思います。
  ジョンの生い立ちに こんな気持ちを感じるなんて、克也さんに この話しをするなんて。
  思いもしませんでした。
  
  (小林)
  どうもありがとうございます。あなたのリクエストです。

  〜 The Beatles / In My Life
  
@YouTube



72 :ジョン・キロックノン  忍法帖【Lv=40,xxxPT】(5+0:8) :2014/04/19(土) 19:00:01.72 ID:???0
  BGM 〜 The Beatles / Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band (Reprise)
  
@YouTube



□エンディング  
  (小林)
  「ビートルズから始まる」今日はいかがでしたでしょうか。

  やっぱり、ジョン・レノンの小さかった頃。それから少年時代から青年時代にかけて。
  やっぱ面白いですよね。
  これ、ソロ映像で、ポールだとか ジョージだとか リンゴ ってお話しがあるんですけども。
  4人分、この番組は まだやらなきゃダメな責任があるんですが。
  [新宿区/女性]さんの お葉書きなんかはね、やっぱりちょっと 身につまされましたよね。
  ほんとに、あのシーンは、やっぱり、なんて言うんですかね、名シーンと言うと怒られるかもわからないですけど。
  絶対に、小さかったね、ジョン・レノンが、「お父さんとニュージーランド一緒に行こう」「一緒に行こうよ」
  「うん、行くよ」つって、お父さんに付いてったんだけど、パッとお母さんのとこへ行っちゃう、ていう。ねえ。
  あれは、なんていうんでしょうねえ。ええ。
  きっと、なんか忘れない光景として、それぞれの人の心の中に残ってると思うんですけども。
  
  さあ、リクエストください!。
  メールは
  beatles@bayfm.co.jp
  です。
  イシイのミートボールなどをセットして皆さんにお送りしておりまーす。
  お相手は小林克也でした。

73 :ホワイトアルバムさん:2014/04/20(日) 00:46:13.74 ID:???O
あくまで、克也さんのスレが無いなー

74 :ジョン・キロックノン  忍法帖【Lv=40,xxxPT】(1+0:8) :2014/04/21(月) 18:00:08.00 ID:???0
■石井食品Presents「ビートルズから始まる。」bayfm 78.0MHz
 2014年4月20日(日)18:00〜19:00 放送内容  DJ:小林克也

  BGM 〜 Instrumental / Eleanor Rigby
  
@YouTube



□ビートルズカレンダー(4月20日)
 ・1970年(今から44年前の今日)
  アメリカで、ポール・マッカートニーのソロアルバムが なんと出ちゃうわけですよ。
  この頃の事情ってのは、なんかちょっと複雑なんですよねえ。
  その、メンバーのそれぞれ心の中と、それから、マネージャーが会社とお金とか いろいろ揉めたりしている中でね。
  1969年の秋に 実質的なラストアルバム「アビーロード(Abbey Road)」このレコーディングが終わって、もう全て終わっちゃうわけですよね。

  で、ここの頃のポールの状態てのはね、解かってあげるといいんですが。
  完全な抜け殻状態です。もう今まで自分はビートルズっきゃなかったわけですよ。
  それが終わっちゃった。だから、アルコールに始まって、イケナイものに手を出す。
  これ、ポールとしては珍しいんですよ。
  ポールはねえ、そんな時期は あんまり無いんですよ。人生の中で。
  これが、ポールのピンチですよね。

  で、スコットランドの別荘の農場に引きこもって、
  でも、でもポールなんですよ。明るいポールなんですよ。自分を表現したいポール。
  だから、その頃 なんかね、お金が回って来なかったらしいんですけども。自分たちのお金はあったんだけど、現金が無い。
  で、1本のマイクと4トラックのテレコを使って、デモテープを作るんです。
  ロンドンのセッションも加わって、天才ポールは作品を作っちゃいます。

  で、もう出来上がったやつをですね。
  その当時のマネージャーが アラン・クライン(Allen Klein)元ローリングストーンズ(The Rolling Stones)のマネージャーをやっていました。
  ジョンやジョージやリンゴはアラン・クラインを信用している。
  ところがポールはですね、自分の嫁のリンダの お父さんだとかお兄さんをマネージャーにしたかった。
  ところが、これがアラン・クラインに弾かれちゃうわけですよね。

75 :ジョン・キロックノン  忍法帖【Lv=40,xxxPT】(2+0:8) :2014/04/21(月) 18:01:09.80 ID:???0
(続き)だから、最終的には3人がね、ジョンもジョージもリンゴも、ポールに行くんですよ、会いに。
  で、「最後のアルバムを『Let It Be』を出すまでには、何も出すのをよそうよ」って言うんですが、ポールは拒否しちゃって。
  アメリカでw 出しちゃうわけですよ。
  でもその結果、さすがポールですよね。3週間連続アルバムは1位になるわけですが。
  
  さあ、内容的にはシンガーソングライター的。
  その当時の時代を反映しています。
  そのアルバムに入っている、重要なウィングズ(Wings)のツアーのレパートリーソングも入っています。
  それ、聴いてみますか。Maybe I'm Amazed
  
  〜 Paul McCartney / Maybe I'm Amazed
  
@YouTube



  (小林)06:50
  ポール・マッカートニーは、四人の中で一等最初に「もう、お前たちの言うこと聞かないよ、俺は」っていうんで。
  ソロアルバム アメリカで出しちゃったわけですね。
  最初は 実は「俺はやめたよ」って言ったのはジョン・レノンらしいですよね。
  でもジョン・レノンは周りに「今はやめて。今は音楽活動してもらっても、ビートルズとしてのものがあるんだから」ていうことで、極秘にしてたわけですが。
  ポールは「そんなの やだよ」wってことで 出しちゃったわけw。
  Maybe I'm Amazed
  でも、失意のドン底みたいな状態で、ポール・マッカートニーが書いたっていうことを 忘れないでくださいね。

76 :ジョン・キロックノン  忍法帖【Lv=40,xxxPT】(1+0:8) :2014/04/23(水) 13:40:47.34 ID:???0
□ストーリー
 ・「1960年代に入って、ジョンのバンド活動は いっそう本格的になって行きました。
  その背景には ある同級生の存在が大きかったんです」
  こう証言するのは、ジョン・レノンの最初の妻となる=シンシア・パウエル。 
  今週も そのシンシアがジョンとの思い出を書いた貴重な手記から お送りしたいと思う。
  証言の全ては、ジョンから直接聞いた 信憑性の高いものである。
  
  1960年、二十歳になるこの年。ジョンは同級生のスチュアート・サトクリフの部屋に 転がり込むことになった。
  床には2つ目、つまりジョンのマットレスが置かれた。
  部屋がとても広かったので スペースには余裕があったのである。
  しかし、もともとスチュアートが散らかし放題にしていた上に 追い打ちをかけるようにジョンが散らかしたため、
  良く言えば「風変わりな」、悪く言えば「家畜小屋のような」所だった。
  部屋には 天辺に黄色い球の付いた横断歩道に立てる交通標識や 棺桶などが家具として置いてあり、
  ジョンもスチュアートも そういう突飛なことをして大いに楽しんでいた。
  
  ミミ伯母さんは、ジョンが自分に背いて家を出て行ったことに 恐ろしく動転した。
  そして シンシアに こう頼みごとをした。
  「ねえ、シンシア。あなた ジョンに家に戻って来る様に、どうにか説得してもらえないかしら?」
  しかしシンシアは、ジョンが今の生活をどれだけ楽しんでいるかを知っていたし。
  ジョンが家を出たということは、恋人として好都合である、と思っていた。
  確実に ジョンと会える時間が増えたわけである。
  
  そしてシンシアは ミミに対して「私には どうすることもできません」とストレートに伝えた。
  本当の気持ちを言うならば、実はこう言うのが正確である。
  「せっかくジョンが 厳しいミミ伯母さんの仕切りから離れて自由になったんですから、このまま彼を放っておいてもらえないでしょうか?」
  という具合だろうか。

  それにシンシアが ミミ伯母さんの伝言を聞いたとしても、説得されてジョンが家に戻るとは到底想像できないこと。
  ジョンは、大人の男へ少しづつ近付いていたのである。

77 :ジョン・キロックノン  忍法帖【Lv=40,xxxPT】(2+0:8) :2014/04/23(水) 13:42:13.10 ID:???0
  〜 The Beatles / I Feel Fine
  
@YouTube


 
  〜 The Beatles / She's Leaving Home
  
@YouTube


 
  (小林)
  名曲が2曲 つながりましたよ。

  She's Leaving Home、これはもちろん「Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band」の中に入ってるやつだけど。
  やっぱり、こういう重要な曲が重しみたいにあるから、あれだよね「Lucy in the sky 〜」とか ああいう ぶっ飛んだ歌もw目立つっていうか。
  なんていうか、これはあれですよ、おそらく高校生か中学生ぐらいの女の子が 家出をするわけですよ。
  その家出の状態を、ナレーターとしてポール・マッカートニーが歌ってて。
  それで、「娘が出て行くよ・・・バーイ」とか、それを、そう言うお父さんお母さん役をジョンがやっているという。
  珍しいですよね、ビートルズがこんな ちょっとドラマティックな構成でやってるのはね。
  だから、これは効くんですよ。この曲は。
  
  で、その前は、もう一発でw もう最初の音で効いちゃうっていう I Feel Fine お送りしました。

78 :ジョン・キロックノン  忍法帖【Lv=40,xxxPT】(3+0:8) :2014/04/23(水) 13:45:23.95 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「ああ、ミミ伯母さんから解放されたのは嬉しいんだけど、唯一の問題は 洗濯なんだよ。
  このまま汚れ物が床に散乱し続けたら、間違いなくカビが生えて来るな。
  どうしようかなあ〜」

  この発言の主はジョン・ウィンストン・レノン。
  ここから数年後、あのビートルズのリーダーとして イギリス国内のみならず、アメリカや日本をはじめとする世界の重要国を ロックミュージックで征服することになる あのジョン・レノン。
  
  そして そのジョンの最初の妻となる女性がこの手記をまとめたシンシア・パウエル。
  ジョンに関することは すべて彼本人から聞いたこと、という 貴重で信憑性の高いシンシアの著作から続けてみよう。

  育ての親である あの超厳しいミミ伯母さんから離れ、大学の同級生スチュアート・サトクリフのアパートに転がり込んだジョンであったが、一人暮らしは初めての事。
  掃除はともかくとして、衣類の洗濯が一番の悩みの種。
  これにはジョンも耐え切れなくなり、ついに2〜3日おきに、山のような洗濯物を持ってミミの家に帰るのが日常となった。
  もちろん、アパートに帰る前には、伯母さんの手料理でお腹をいっぱいにすることも忘れなかった。

  ジョンのルームメイト=スチュこと スチュアート・サトクリフは、ある有名な絵のコンクールで60ポンドという 当時の価値としてはかなり高額の賞金をもらった。
  これを見たジョンは、すぐさまスチュにある提案をした。
  それは、その賞金でベースギターを買い、ジョンのバンドに加入すること。
  ジョンのバンドというのは ザ・クォーリメン。
  ポール・マッカートニー、ジョージ・ハリスンが顔を揃える、後のビートルズの母体である。
  このクォーリメンには、まだベースギターを担当するメンバーが在籍したことは無かった。
  本格的なロックンロールを演奏するには、ベースギターが必要であった。
  ジョンのスチュに対する提案は、100%本気であったことは 言うまでもない。

79 :ジョン・キロックノン  忍法帖【Lv=40,xxxPT】(4+0:8) :2014/04/23(水) 13:47:11.88 ID:???0
  〜 The Beatles / Long Tall Sally
  
@YouTube



  〜 The Beatles / Anna(Go To Him)
  
@YouTube



  (小林)
  カバーが2曲続きましたねえ。

  1963年、愛する女性にね、リングを返して「彼の所へ行けよ」
  これは、人のナンバーですが。「Please Please Me」の中に入っていました。
  
  そしてその前は、1964年。
  得意のポール・マッカートニー、リトル・リチャード(Little Richard)ものの 一発撮り。
  Long Tall Sally

80 :ジョン・キロックノン  忍法帖【Lv=40,xxxPT】(5+0:8) :2014/04/23(水) 13:50:21.00 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「なあ、スチュ。こないだの絵のコンクールの賞金 いくらだったっけ?
  えっ!60ポンド? すっげえ! お前その賞金でベース買って 俺たちのバンドに入らないか?
  経験なんて どうでもいいから。お前、ぜったいスターになれるって」

  この、なかば強引かつ一方的な言葉の主の名は ジョン・ウィンストン・レノン。
  この数年後 あのビートルズのリーダーとして、ロックの一番の天辺の さらに天辺、そのまた一番の頂点に君臨することになる あのジョン・レノンである。
  そんなジョンとの思い出を手記にまとめたのが、最初の妻となるシンシア・パウエル。
  彼女の手記は すべてジョンとの生活の中での記憶を 本にまとめたもの。
  ロックのアーカイブの中でも トップクラスに貴重であり、信憑性の高い物である。
  このシンシアの著作から、もう少し続けてみることにしよう。

  ベースギターを買ったとはいえ、スチュは生まれながらのミュージシャン、というわけでは無かった。
  あの天才 ポール・マッカートニーのレベルには 到底及ばない。
  彼がベースをマスターするには かなりの時間が必要であった。
  何時間も何時間も練習した結果、スチュの指にはタコが出来て、時に出血もともなった。
  文字通り「血のにじむような努力」は続いた。
  とりあえずのレベルまで達したあと、クォーリメンのメンバーとしてステージに立っても、
  スチュは本番では ほとんど音を出していなかったため、よく観客に背中を向け。
  実際には ほとんどベースは弾いていないことを隠した。
  しかし、ジョンにとって そんなことは どうでも良かった。
  心底スチュという男が好きだったジョンにとって、そのベーシストは一緒にいてくれるだけで満足だった。

  しかし、そんなジョンの甘ちゃん体質に 苦言を呈したのは、2つ年下のポールであった。
  彼にとってのロックは 自分の魂そのもの。
  未熟なメンバーなど いて欲しくなかった。 
  そして、それ以上に、ジョンと仲の良いスチュに嫉妬する心を、いつのまにか抱いていたのであった。

81 :ジョン・キロックノン  忍法帖【Lv=40,xxxPT】(6+0:8) :2014/04/23(水) 14:00:02.74 ID:???0
  〜 The Beatles / I Saw Her Standing There
  
@YouTube



  〜 The Beatles / Get Back
  
@YouTube



  (小林)
  というわけで、ビートルズ初期、後期、2曲。
  
  初期の I Saw Her Standing There、
  「Please Please Me」のアルバム。

  そして これは(2曲目)イギリス、アメリカ、いろんな国でおそらくナンバーワンですよね。
  Get Back

82 :ジョン・キロックノン  忍法帖【Lv=40,xxxPT】(1+0:8) :2014/04/24(木) 12:58:08.49 ID:???0
□リクエスト
  (小林)採用の方にはイシイのミートボールなどセットにしてプレゼントしております。
  メールは beatles@bayfm.co.jp

  (草加市/女性)
  いつもこの番組でビートルズの裏話を勉強させていただいています。
  最近サークルに入って 自分より年配の方々と話す機会が増えました。
  そんな時、ビートルズの話しをすると盛り上がるので 大変助かっています。
  いつも興味深い情報 ありがとうございまーす。

  (小林)
  ていうことで、あなたのリクエストは変わっていますね。
  ポール・マッカートニーはやっぱり こういう曲は大好きだったんだと思いますよ。
  ポール・マッカートニーがカバーしました。
  これは、いろんな人がカバーしてヒットしている有名なスタンダードナンバーです。
  
  〜 Paul McCartney / I'm Gonna Sit Right Down And Write Myself A Letter
  
@YouTube



83 :ジョン・キロックノン  忍法帖【Lv=40,xxxPT】(2+0:8) :2014/04/24(木) 12:59:37.42 ID:???0
  〜 The Beatles / Your Mother Should Know
  
@YouTube



  (小林)いやあ、久しぶりに聴きましたよ、 Your Mother Should Know

  (東村山市/女性)
  去年ポールが来日した時、こちらにリクエストして「毎年来てほしい!」と書いたら、まさか半年で再来日とは。
  さすがポール。神様はやることが速いですね。
  「マジカル・ミステリー・ツアー」の映画で、白いタキシード姿の四人がそろって階段を降りてくるシーンが印象的な この曲をお願いします。
  
  (小林)
  これはまあ トリビアですが。
  バックの群衆の中に 映ってないけど、子役のね、フィル・コリンズ(Phil Collins)がいたっていう話し。
  リクエストありがとう。

84 :ジョン・キロックノン  忍法帖【Lv=40,xxxPT】(3+0:8) :2014/04/24(木) 13:00:44.73 ID:???0
  (足立区/男性)
  克也さんこんばんは。
  ポール再来日という事で、今回は土日公演ということで、チケット予約、そして当選。今舞い上がっています。
  去年は平日だったので 無念の辞退で後悔しっぱなし。
  もしかして一生観られないか、と思って悪いことばかり考えていました。
  リクエストはポールとは関係ないですが、ジョンも絶賛していて。
  「この曲以外聴く気になれない」とお気に入りのベスト3に入ると言われる「プロコルハルム/青い影」をお願いします。
  以前もかかったかもしれませんが、よろしくお願いします。

   (小林)
  ありがとうございます。
 
  〜 Procol Harum / A Whiter Shade Of Pale
  
@YouTube



85 :ジョン・キロックノン  忍法帖【Lv=40,xxxPT】(4+0:8) :2014/04/24(木) 13:02:37.93 ID:???0
  〜 The Beatles / Let It Be
  
@YouTube



  (東京都板橋区/男性)
  いつも楽しく聴いています。もうすぐ4月10日。   (小林)もう 4月10日過ぎちゃいましたけども。
  「ビートルズ解散日」と言われてる日です。
  この日は 私の誕生日。
  ビートルズが解散した70年の一年後の、1971年生まれ。 (小林)w
  特に感想はないです。                (小林)そうですかww
  4月10日に合う曲は「Let It Be」になりますね。
  そう一人で決めていますね。
  決して「アビーロード」の曲ではなく、「Let It Be」です。
  ありきたりですが、リクエストはこれです。

  (小林)w ていう。
  変なこだわり。ありがとう。

86 :ジョン・キロックノン  忍法帖【Lv=40,xxxPT】(5+0:8) :2014/04/24(木) 13:03:50.11 ID:???0
  BGM 〜 The Beatles / Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band (Reprise)
  
@YouTube



□エンディング  
  (小林)
  「ビートルズから始まる」
  
  ジョン・レノンの青春時代、スチュ・サトクリフという男が登場します。
  この人に、もうジョン・レノンは心底惚れてるわけですよ。
  もう、なんてのかな、絵は上手いしね。
  「音楽はなんとかなるだろう」ていうw、これがまたジョン・レノンらしいw。
  そしてポールですよね。
  ポールはもう せっかくジョン・レノンの右腕のつもりでおりますからねえ。
  面白いですね、展開がね。
  
  それから皆さんリクエストよろしくお願いします。
  これは リクエストの方はですね、自分の世界をぶつけていただいて。
  音楽を ね、我々にオーダーしていただければ、と思います。
  採用の方にはイシイのミートボールなどセットにして漏れなくプレゼントしております。
  beatles@bayfm.co.jp
  こちらで待っております。

87 :ジョン・キロックノン  忍法帖【Lv=40,xxxPT】(1+0:8) :2014/04/30(水) 13:27:32.01 ID:???0
■石井食品Presents「ビートルズから始まる。」bayfm 78.0MHz
 2014年4月27日(日)18:00〜19:00 放送内容  DJ:小林克也

  BGM 〜 Instrumental / Eleanor Rigby
  
@YouTube



□ビートルズカレンダー(4月27日)
 ・1964年(今から50年前の今日)
  アメリカへ初上陸して、完全制覇して、2ヵ月経っています。
  もちろん「I Want To Hold your Hand」はもう大ヒット、そして続いての「Can't Buy Me Love」これもアメリカ1位。
  もう、ビートルズじゃないと何にも始まらない、みたいな感じの世の中。
  
  そこで、ですね。
  ようやくアメリカへビートルズが出てきた、その前の イギリスで売れたやつですよね。
  「She Loves You」だとか「Please Please Me」それからデビューソングの「Love Me Do」、これが注目を集めるようになって。
  ところがですね、この番組でも何回かお話ししたんですけども、ビートルズはイギリスの「EMIパ−ロフォン(Parlophone)」ていうレーベルでしたね。
  で、アメリカだと「キャピトル(Capitol)」なんですよ。
  キャピトルがほんとは発売しなきゃいけないんだけども、キャピトルはEMIパーロフォンのレコードは「アメリカでは売れないんじゃないか」
  ビートルズも、「アメリカじゃ これは売れない」「契約はやめておこう」 
  バカでしたねえ。先が読めなかったんですよねえ。
  だから、弱小の他のレーベルが契約しているわけですよ。
  これは、例えば「She Loves You」「Please Please Me」は・・・
  あ、「She Loves You」はスワン(Swan) ね。
  「Please Please Me」はビージェー(Vee Jay)
  それから、デビュー曲の「Love Me Do」はトリー(Tollie)っていうところ。
  で、このトリーは、ちょっと間に合わないっていうんでね、これ複雑なんですけどね。
  カナダのキャピトルね、カナダのキャピトルから輸入してアメリカで発売していた という。
  ここらへんが、なんか ちょっとややこしい感じになるわけですよ。

88 :ジョン・キロックノン  忍法帖【Lv=40,xxxPT】(2+0:8) :2014/04/30(水) 13:31:26.07 ID:???0
(続き)それから、おまけにビートルズがレコーディングを開始する時に、
  プロデューサーのジョージ・マーティンが「リンゴ・スターはドラマーとして、ちょっと問題があるなあ」
  「ダメかもわかんない」みたいな疑惑があったので、ちゃんとしたスタジオミュージシャンのアラン・ホワイト(Alan White)を呼んで、そして「Love Me Do」はやるわけですね。
  で、リンゴ・スターは仕方なく、傍でタンバリンで参加していた、っていう、悲しきバージョン。
  これは、アルバムに入ってるわけですが、
  ところがですね、イギリスでも アメリカでも 一番最初に発売されて ラジオでかかりまくったのは、実は リンゴがドラムを叩いているバージョンであったと。
  で、アメリカなんか もうすぐ回収されちゃうらしいんですけどもね、このリンゴが叩いているやつは。
  「正規のビートルズじゃない」っていうことでw
  これも ちょっとwバカらしいことですよね。
  改めて 聴いてみましょうか?

  〜 The Beatles / Love Me Do
  
@YouTube

Version)

  (小林)というわけで、これがリンゴ・スターが叩いているやつで。
  リンゴ・スターが叩いてなくて タンバリンのやつもご存知だと思うんですけど。
  そこらへんまで、どうでしょうね?みなさん意識して聴いていますかね。

  それから、面白いのは この Love Me Do、やっぱりハーモニカはジョンで、食って入ってる ていう。
  やっぱり、リズム&ブルースフィーリングいっぱいのビートルズですから。
  で、面白いことに、あのハモニカで・・・これがね、ビートルズがデビューして、ハモニカがめっちゃ売れしてるんですよ。
  あのね、5〜6倍売れるようになったらしいですよ。
  すごいよね、ビートルズが出て来た っていうことは。

89 :ジョン・キロックノン  忍法帖【Lv=40,xxxPT】(1+0:8) :2014/05/03(土) 11:40:18.90 ID:???0
□ストーリー
 ・「なあ、スチュ。こないだの絵のコンクールの賞金 いくらだっけ?
  えっ!40ポンド? すっげえなあ! お前その賞金でベース買って 俺たちのバンドに入らないか?
  経験なんて どうでもいいからさ。お前、ぜったいスターになるって」

  この、なかば強引かつ一方的な言葉の主の名は ジョン・ウィンストン・レノン。
  数年後、あのビートルズのリーダーとして、ロックの一番の天辺の さらに天辺、そのまた一番の先っぽに君臨することになる あのジョン・レノンである。
  そんなジョンとの思い出を手記にまとめたのが、最初の妻となるシンシア・パウエル。
  彼女の手記は、ロックのアーカイブの中でも トップクラスに貴重であり、信憑性の高いものである。
  今週も このシンシアの著作から、お届けしたいと思う。

  ベースギターを買ったとはいえ、スチュは生まれながらのミュージシャンではない。
  心底スチュという男が好きだったジョンにとって、そのベーシストには 一緒にいてくれるだけで満足だった。
  実際スチュはライブでは 後ろを向き、演奏はしていないこともあった。

  しかし、そんなジョンの甘ちゃん体質に苦言を呈したのは、2つ年下のポール・マッカートニー。
  彼にとってのロックは、自分の魂そのもの。
  未熟なメンバーなど いて欲しくなかった。 
  そして、それ以上に、ジョンと仲の良いスチュを嫉妬する心を、いつのまにか抱いていたのである。
  なんせ、スチュがバンドに入る前は、ジョンの注目をほとんど独り占めにしていたのは ポールであったから無理もない。
 
  ジョンが率いるザ・クォーリメンは、ジョンやスチュの通う美大の近くのスレーター通りにある”ジャカランダ”というクラブで演奏するようになった。
  ジョンや恋人のシンシアたちが「ジャック」と呼んでいたそのクラブは、地下にあり、結露した壁から水が滴り落ちるような店で、
  中は暗く、お互いの顔もよく見えないくらいだったが、そういうところが ちょっと危険でワクワクするような雰囲気を醸し出していた。
  そして クォーリメンにも、こうしたクラブで演奏するチャンスが訪れようとしていたのである。

90 :ジョン・キロックノン  忍法帖【Lv=40,xxxPT】(2+0:8) :2014/05/03(土) 11:41:26.37 ID:???0
  〜 The Beatles / That'll Be the Day
  
@YouTube


 
  〜 The Beatles / I'll Be Back
  
@YouTube



  (小林)ビートルズの初期のサウンドが流れています。

  まず、That'll Be the Day。
  これは 50年代ですよね、プレスリーが出てきて。
  で、早く亡くなったんですけど、バディ・ホリー(Buddy Holly)とか そういった人たちが出てくるわけですが。
  バディ・ホリーのクリケッツ(The Crickets)のヒット曲、それのカバーです。
  で、録音は1958年。
  名義はクォーリメンです。
  ジョン・レノンのバンド=クォーリメンのw 初々しいバディ・ホリーの曲はどうでしたか。
  
  そして、I'll Be Back は、これは「A Hard Day's Night」のアルバムの中から。
  「デル・シャノン(Del Shannon)にインスパイアされた」とあります。
  デル・シャノンは やはり60年代の初めに人気があった アメリカのシンガーソングライター。
  もちろん ロックンローラーですけども。
  ビートルズはつまり ちょっと先輩だとか、仲間からも けっこう影響を受けてる、ということですよね。

91 :ジョン・キロックノン  忍法帖【Lv=40,xxxPT】(3+0:8) :2014/05/03(土) 11:42:18.90 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「ジョンや私たちが“ジャック”と呼んでいたクラブ・ジャカランダは、地下にあって薄暗く、なんとも言えない危ない雰囲気を醸し出していました」
  こう話してくれたのは ジョン・レノンの最初の妻となる=シンシア・パウエル。 
  ジョンに関することは全て、彼本人から聞いたこと、という貴重で信憑性の高いシンシアの著作から続けてみよう。

  ジョン・レノン率いるクォーリメンが、このジャカランダ・クラブで演奏できるようになったのは、
  ジョンが アラン・ウィリアムスという無愛想なウェルズ人のオーナーにチャンスをくれるように頼み込んだからであった。
  ジャカランダ・クラブの通称「ジャック」のステージに立っていたリバプールの人気グループの中には、「ロリーストーム&ハリケインズ」がいた。
  そのバンドのドラマーが、後にビートルズのメンバーとして大人気を誇ることになる リチャード・スターキーつまりあのリンゴ・スターであった。
  
  リバプール市内の、一応は名の知れたクラブに出演できるかもしれない、という この頃になるとクォーリメンのメンバーもいくらかオシャレになっていた。
  全員 黒のジーンズにタートルネックのセーターを着て、リバプールの駆け出しバンドに較べると 見た目には完全に大きな差を付けていた。
  ジャックのオーナー=アラン・ウィリアムスは 眼を出し始めたリバプールのロックシーンに深く関わりを持っていて。
  市内のあらゆる会場でライブを企画しては、多くのバンドのためにチャンスを提供していた。
  
  そしてついに、ジョンの熱意に負けたウィリアムズは、クォーリメンのために市内のシーコム地区にあるグロブナー・ボールルームでのライブ出演を取り付けた。
  ところが、ここは地元のギャングスターがよく抗争を起こすような、ガラの悪い地域。
  さあ、そんな場所でのクォーリメンの演奏、いったいどうなるのであろうか。

92 :ジョン・キロックノン  忍法帖【Lv=40,xxxPT】(4+0:8) :2014/05/03(土) 11:42:57.86 ID:???0
  〜 The Beatles / You Can't Do That
  
@YouTube



  〜 The Beatles / Two Of Us
  
@YouTube



  (小林)というわけで、ビートルズがグループとしてアメリカで売れた 50年前の今ごろ。
  1位を走っていたのは、さっきもお伝えしましたが Can't Buy Me Love
  そのB面だったのが You Can't Do That という曲ですね。

  そしてその次、いま聴いた曲 これは Two Of Us
  お馴染みかもしれませんけれども。
  これはグループとしてビートルズが終わった「Let It Be」のアルバムに入っておりました。
  
  初めから終わりまで。

93 :ジョン・キロックノン  忍法帖【Lv=40,xxxPT】(5+0:8) :2014/05/03(土) 11:44:12.78 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「ジャカランダクラブのウィリアムズさんがブッキングしてくれた このライブ会場、ちょっとヤバいんじゃないか?
  市内でも、こんな不良連中 見たことないよォ。
  演奏するのやめて 帰ろうか?
  オイオイ、いったい どうしたらいいんだよ、俺たち・・・」

  この本気でビビッている言葉の主の名は、ジョン・ウィンストン・レノン。
  この数年後 あのビートルズのリーダーとして ロックの一番の天辺のさらに天辺、そのまた一番の頂上に君臨することになる あのジョン・レノンである。
  この史実は全て ジョンの最初の妻シンシア=シンシア・パウエルの手記にまとめられたもの。
  かなり信憑性の高いと言われるシンシアの著作から、もう少し続けてみることにしよう。
  
  ジョン率いるクォーリメンは、ジャカランダクラブ、通称「ジャック」のオーナー=アラン・ウィリアムスがブッキングしてくれた演奏会場グロブナー・ボールルームにやって来て
  すっかり怖気づいてしまった。
  そこはギャングたちのシマであり、しょっちゅう抗争が起こるような物騒な地域だったからである。
  
  シンシアは語る。
  「そこはそれまでに見たことも無いくらい危険な所で、私たちは出来るだけ人目に付かない様に おとなしくしているしかありませんでした。
  会場は ものすごい喧噪で、バンドの演奏なんて ほとんど聴こえやしないし、みんな聴いてもいませんでした。
  メンバーがステージを降りるやいなや、私たちは会場をサッサと飛び出して帰ったのを覚えています」

  そんなこともありながら、バンドのイメージは急速に変わって行った。
  スキッフルやクリフ・リチャード風、エバリーブラザーズ風のバラードはやめて、もっとずっと胸が高鳴るような音楽を目指すようになった結果。
  当時ヒットチャートを駆け登っていた ロックンロールに転向したのである。
  そうなると バンド名もそれ風にしないと格好がつかない。
  学生バンド=クォーリメンがひと皮むける その瞬間であった。

94 :ジョン・キロックノン  忍法帖【Lv=40,xxxPT】(6+0:8) :2014/05/03(土) 11:46:52.47 ID:???0
  〜 The Beatles / Paperback Writer
  
@YouTube



  〜 The Beatles / You Like Me Too Much
  
@YouTube



  (小林)You Like Me Too Much これはジョージ・ハリスンの曲ですよね。
  ジョージ・ハリスンの曲が久々に採用されました。
  これは1965年。
  まあ、彼が もう本気でやる気になっていたころ。
  「HELP!」の中に入っていますね この曲はね。
  
  そしてその前は、来日の頃には すでに大ヒットしていた。
  これはアメリカやイギリスなんかでもナンバーワンの Paperback Writer

95 :ジョン・キロックノン  忍法帖【Lv=40,xxxPT】(7+0:8) :2014/05/04(日) 01:20:43.93 ID:???0
□リクエスト
  (小林)リクエスト beatles@bayfm.co.jp
  あるいはFAXやハガキなんかでも受けているんですけども。
  採用の方には、全員イシイのミートボールなどセットにして差し上げております。

96 :ジョン・キロックノン  忍法帖【Lv=40,xxxPT】(8+0:8) :2014/05/04(日) 01:21:29.76 ID:???0
  (葛飾区/男性)
  ビートルズ、この偉大なロックバンドの影響を受けないアーティストなんて 音楽業界にいるものか?
  などと、勝手に思い込んでいる私なんですが。
  その中でも、ビートルズの影響を多大に受けているアメリカンハードロック、大御所をリクエストさせてください。
  そのバンドは去年 来日公演でも元気な姿をファンの前に見せつけてくれた、あのド派手なバンド=キッス(KISS)であります。
  メンバー全員がリードヴォーカルを担当し、ハードロックバンドにしては コーラス主体の曲作り。
  極めつけは デビューアルバムのジャケットは「With the Beatles」をパクったのではないか?、という噂まであるのは有名な話し。
  サウンド面において 具体的にキッスの音楽の どの曲のどの部分にビートルズの影響が見えるのか、教えてください。
  と 質問されても、お答えするのはむずかしくあるのですが。
  しかしながら、ジーン・シモンズ(Gene Simmons)とポール・スタンレー(Paul Stanley)が「I'll Be Back」とアカペラで口ずさむシーンが、
  キッスのとあるオフィシャルビデオに収録されていることから察するに。
  基本ハードロックでありながらも、ビートルズへの多大なるリスペクトは キッスの音楽性からも強く感じることができる、と私は思うのでありました。
                                         (小林)ていう。
  この曲は、ポール、ジーン、交互に歌い分けるハードでポップなナンバー。

  (小林)Shout It Out Loud ね。
  はい。
  やっぱり(あなた)が言ってるみたいに、全員歌えるっていうのは ビートルズのスタイルですよね。
  例えばイーグルスなんかも 全員歌える。
  音楽は直接「ここんところがビートルズ」とか そういうようなことは言えないですよね。
  ビートルズだって、いろんな所から頂いてるし、みんな頂き合いですから。この 特にロックの世界ではね。
  (あなた)はもう キッスという所の、必要な所を捕まえてると思います。
  それじゃあ、これを聴きましょうか? Shout It Out Loud

  〜 KISS / Shout It Out Loud
  
@YouTube



97 :ジョン・キロックノン  忍法帖【Lv=40,xxxPT】(8+0:8) :2014/05/04(日) 01:22:19.57 ID:???0
  〜 Cheap Trick / Magical Mystery Tour
  
@YouTube



  (小林)というわけで、
  KISS の Shout It Out Loud から
  Cheap Trick の Magical Mystery Tour。
  もちろん ビートルズのカバーですけど。
  なんか つながりましたねぇ。ビートルズの影響はありますよねぇ。
  でも 二つとも「俺たちは 俺たちだ!」って主張をしております。

  (つくば市/男性)
  克也さんこんばんは。春ですねえ。心が躍りますねえ。
  暖かくなってくるとツアーに出たくなりますね。
  行きましょう、みんなで。そうすれば 景気回復間違いなし。
  みんなで 世の中明るくしよう。
  
  (小林)
  なんという 素晴らしいコメントでしょうか。
  ありがとうございます。

98 :ジョン・キロックノン  忍法帖【Lv=40,xxxPT】(7+0:8) :2014/05/04(日) 01:22:59.77 ID:???0
  (流山市/男性)
  「ビートルズから始まる」を毎週楽しみに聴かせていただいています。
  僕は中学1年の時、友達の影響でビートルズに目覚めて 今月で3年目。
  ところで、5月にポール・マッカートニーが再び来日公演をしますね。
  66年のビートルズ初来日でも大変なことになったと聞いています。
  しかし、あの落ち着きのないマイクは どうにかならなかったんでしょうか?
                                (小林)という
  今回、初めてのリクエスト。

  (小林)はい。
  あなたのリクエストにお応えしましょう。
  And Your Bird Can Sing
  
  〜 The Beatles / And Your Bird Can Sing
  
@YouTube



99 :ジョン・キロックノン  忍法帖【Lv=40,xxxPT】(7+0:8) :2014/05/04(日) 01:24:15.51 ID:???0
  〜 The Beatles / Hey Jude
  
@YouTube



  (小林)
  というわけで この Hey Jude には、二人の女性からリクエスト来ています。

  (館山市/女性)
  寒いですね。         (小林)寒いですか? 暖かくなっているでしょう?
  前職では ちょうど仕事帰り。
  クタクタになりながらビートルズ、ジョンの話しを「へえー」と思いながら聴いていました。
  今日は 新しい職場でお休み2日目。
  家事と家族のストレスで酒をかっ喰らってきました。   (小林)ww だいじょぶ?w
  ビートルズは正直いろんなアーティストが影響を受けているので。
  小林さんの説明で すごく勉強になります。
  ビートルズの曲は あまり知りませんが、有名どころしか。
  「ヘイ・ジュード」お願いします。

  (小林)
  もう一人の方はね、住所本名なんか書いてないんですが「熊の嫁」って書いてあるんですが。
  もし良かったら住所知らせてくださいね。

  (住所不明/女性)
  4月から教習所に通い始め、いま帰りのバスの中で聴いています。
  普段はラジオを聴かないんですが、教習所に通い始めてから聴くようになり。
  今日 偶然この番組と出会いました。
  ビートルズ好きな私にとっては お気に入りになりそうです。
  なかなか疲れる教習所の帰り道、聴くと元気になれる「ヘイ・ジュード」を・・・ (小林)ていうことで
  定番中の定番ですが。

  (小林)ってw 照れてますけど。
  だいじょぶです。
  Hey Jude お送りしました。

100 :ジョン・キロックノン  忍法帖【Lv=40,xxxPT】(7+0:8) :2014/05/04(日) 01:25:25.95 ID:???0
  BGM 〜 The Beatles / Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band (Reprise)
  
@YouTube



□エンディング  
  (小林)「ビートルズから始まる」いかがですか?

  ジョン・レノンのバンドがね、やっぱり いろんな所で演奏し始めると。
  ほんとに ヤバい所でw 演奏しなきゃダメ。
  もう、演奏したらすぐに逃げ帰っちゃったりするような。
  でも、あれなんですよね。
  ジョン・レノンたちは、ジョン・レノンやポール・マッカートニーたちが ハンブルグへ。
  ちょうど 今日出てきた アラン・ウィリアムスかな?、あの人の縁で けっきょくハンブルグへ行くようになるんですが。
  そこでは、すごい体験をしたりして。
  もう、バンドとしての最高の勉強をするわけですよ。
  面白いですよ、ビートルズも 初期の頃は。ねえ。
  また話しを 楽しみにして。
  よろしくお願いします。

  それから、リクエスト。
  リクエストは
  beatles@bayfm.co.jp
  こちらで受けています。
  まあ、いろんなリクエスト、今日も楽しかったです。
  ありがとうございました。
  イシイのミートボールなどセットにして採用の方には送らせていただいております。
  よろしくお願いします。

101 :ジョン・キロックノン  忍法帖【Lv=40,xxxPT】(1+0:8) :2014/05/07(水) 18:18:20.90 ID:ZrT8hzvQ0
■石井食品Presents「ビートルズから始まる。」bayfm 78.0MHz
 2014年5月04日(日)18:00〜19:00 放送内容  DJ:小林克也

  BGM 〜 Instrumental / Eleanor Rigby
  
@YouTube



□ビートルズカレンダー(5月4日)
 ・1968年(今から46年前の今日)
  これはねえ、ちょっとした事だけども、ちょっと重要ですね。
  ツイッギー(Twiggy)っていうモデルがいます。いましたw。 1960年代。
  1960年代はやっぱりビートルズが、音楽的には やっぱりイギリスを代表していました。
  そして、ファッションでは、「ミニの女王」と言われたツイッギーが とても有名でした。
  彼女のおかげで、日本でもほとんどの女性たちが、若い女性たちが ミニスカートを穿くようになったりするわけですけども。
  そのツイッギーが、今から46年前の今日、ポール・マッカートニーの所に電話をして「ポール!すごい子がいるわよ!」
  「この人をプロデュースしたらいいよ!」っていうことを電話で教えてくれるわけです。

  で、ポール・マッカートニーたちは何をやってたかというと。
  もちろん ビートルズとしての活動と合わせて。
  1968年にはですね「アップル」ていう会社を立ち上げて、音楽ばっかりじゃなくて、ファッションだとか 映画だとか、芸術活動をやって行こう、ていう。
  「我々にしかできない芸術活動をやっていこう」ていう、アップルがスタートして。
  とりあえず、他の部門はね、アップルブティックなんかは すぐ潰れたりするわけですけども。
  音楽部門はポールの活躍で 持つわけです。
  「Hey Jude」これはアップルから出ます。で、700万枚売れて 大成功でしょう。
  で、続いて、そのツイッギーが知らせてくれた メリー・ホプキン(Mary Hopkin)のプロデュースをポールがやって。
  これは、Hey Jude を上回る、1000万枚のメガヒットになっちゃうわけですよ。
  アップルがすっごい勢いだった っていうのはねえ、やっぱり音楽は自分たちの専門ですからねえ。良く分かりますよね。
  で、ポールがメリー・ホプキンという人をプロデュースして、メリー・ホプキンは大スターになっちゃうわけです。

102 :ジョン・キロックノン  忍法帖【Lv=40,xxxPT】(2+0:8) :2014/05/07(水) 18:19:37.41 ID:???0
(続き)で、日本でも 万博で、1970年の大阪万博でコンサートをやって、ライブアルバムを出したり、もうすごく盛り上がりましたけども。
  実は、ポールがプロデュースする場合は、ポールが曲を提供したりしてね。
  全部自分の曲だったら 会社の儲けになったり、自分の儲けになったりするんですが。
  この曲だけはですね、作者不明のロシア民謡だったていう。
  これが、ちょっと残念だ、これはお金が入らなかったかもwわかりませんけどw。
  そんなことは どうでもいいことですが。w
  
  というわけで、改めて、「悲しき天使」という日本語のタイトルも付いて、日本でも大ヒットいたしました。
  ポール・マッカートニーがプロデュースして、アップルレーベルからレコードが発売になりました。
  Mary Hopkin です。Those were the days
 
  〜 Mary Hopkin / Those were the days
  
@YouTube



  (小林)すごいですよねえw。この曲はねえw
  いろいろ すごい所が見つかりますよ。
  やっぱり、ポールはジョージ・マーティンの基、いろいろアレンジなんかも勉強して。
  この、エキゾティックなメロディをアレンジ成功させていますよねえ。
  で、当時としては シングル長いですよ。
  シングル曲てのは みんな短かったんだけど。
  やっぱりあれですね、アップルの功績てのは、「Hey jude」も長いし、この Those were the days も長いし、
  「曲が良ければ 長くても構わない」っていうw。そういうところをね、常識化したところなのかな。
  Mary Hopkin 、Those were the days

103 :ジョン・キロックノン:2014/05/09(金) 19:11:11.39 ID:???0
□ストーリー
 ・「かなり危険な地域での演奏などを経験しながら、ジョンのバンド=クォーリメンのイメージは 急速に変わって行ったんです。
  それまでのイギリス特有の流行歌であるスキッフルやクリフ・リチャード風、エバリー・ブラザーズ風のバラードはやめて、
  当時ヒットチャートを駆け登っていたロックンロールバンドに転向したんです。
  そうなると、バンド名もそれ風にしないと格好がつかない。
  いろいろと考えましたねえ、ジョンとポールは」
  
  こう話してくれたのは、ジョン・レノンの最初の妻となるシンシア・パウエル。 
  ジョンに関することは全て、彼本人から聞いたこと、という貴重で信憑性の高いシンシアの著作から 今週もスタートしよう。
  
  「新しいロックンロールのイメージに合わせるために、バンド名も一新する」ということで
  いつも足を運んでいたコンサート会場のバーで ミーティングを開いた。
  これにはなぜか、ジョンも大はしゃぎであった。
  なにせバンドの2回目のデビューみたいなもので
  「これで一人前のロックンロールバンドになれる」とジョンの胸はかなり高鳴っていたのである。
  ジョンは あのエルビス・プレスリーと同じくらい大好きだった、メガネのロックンローラー=バディ・ホリーのバンド『ザ・クリケッツ』
  日本語で言うと『コオロギ』にあやかって 昆虫の名前から取ったバンド名をあれこれ考えていた。
  
  このミーティングの場にいたシンシアは語る。
  「メンバーの中でも、リーダーであるジョンは、一番アイデアを出していましたね。
  バンド名が そのイメージを大きく左右する ということを、彼は判っていたんです。
  それで、昆虫の名前から あれこれ考えた結果、『カブトムシ』が良い、ということで『The Beetles』というアイデアが出ました。
  さらにジョンは 綴りの2つ目の『e』を『a』にすることで、バンド名の中に『Beat(ビート)』という言葉を入れるのがカッコイイ、と言い出したんです。
  最終的にバンド名は『シルヴァー・ビートルズ(The Silver Beatles)』に決まりました。
  そのほとんどは ジョンのアイデアです。
  すごく冴えていたんですよ、この時のジョンは」

104 :ジョン・キロックノン:2014/05/09(金) 19:12:33.73 ID:???0
  〜 Buddy Holly / That'll Be the Day
  
@YouTube



  〜 Paul McCartney / It's So Easy(Buddy Holly Tribute)

  (小林)ポール・マッカートニーの It's So Easy
  これは、バディ・ホリー(Buddy Holly)のトリビュートアルバムにポールが1曲 これをやってね。参加してるわけですけど。
  なんかちょっと 黒人のリズム&ブルース・アーティストみたいな。
  ポールの得意のリトル・リチャード(Little Richard)のマネみたいな感じもいたします。
   It's So Easy バディ・ホリーの曲。をやっていました。

  そしてその前は、バディ・ホリーのグループ=クリケッツ(The Crickets)、That'll Be the Day

  とても有名な曲、2曲 お送りしました。

105 :ジョン・キロックノン:2014/05/09(金) 19:14:38.07 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「新しいバンド名に関して、ジョンはいろいろアイデアを持って来ました。
  それまでは面倒なことは ほとんどポールに丸投げをするジョンでしたが。
  『ロックンロールバンドとしてのイメージ造りは、先ずバンド名から』と思っていたのでしょう。
  この時のジョンは、すごく冴えてましたねえ」
  
  こう話してくれたのは、ジョン・レノンの最初の妻となるシンシア・パウエル。
  ジョンに関することは全て彼本人から聞いたこと、という貴重で信憑性の高いシンシアの著作から この物語は続く。

  幾度となくミーティングを重ねた結果、バンド名は「シルヴァー・ビートルズ」に決定。
  間もなくすると、ジャカランダクラブのオーナーであり、リバプールの音楽シーン、その中でも特にロックンロールバンドに大きな期待を掛けていた人物=アラン・ウィリアムスから連絡が入った。
  アランはジョンに こう提案した。
  「ジョン。ラリー・パーンズという音楽関係者がいるんだけど。
  この人がスターを誕生させることで評判が高いマネージャーなんだ。
  それで、そのラリー・パーンズが 今度ロックンロールバンドのオーディションを開くんだ。
  どうだ ジョン。一度 腕試しに受けてみないか?」

  当時このアラン・ウィリアムスが ジョンのバンドに目を掛けていたことは間違いないが、マネージャーとしては まだ成功していたとは言えないレベルであるのに対し。
  ラリー・パーンズは、すでに大スターである トミー・スティール、ビリー・フューリー、など 大勢のスターシンガーを手がけていた。
  実は、今回のオーディションは その人気シンガーの中の一人、ビリー・フューリーのツアーに同行するバックバンドを探しに来た、という趣旨のものであった。
  
  ロックンロールバンドとしては 少し不満もあるが、プロのミュージシャンになれるかなれないかの瀬戸際の話し。
  ジョンもポールも、興奮していたことは言うまでもない。
  そして、ドラマーのいないシルヴァー・ビートルズは、そのため一時的にドラマーを雇い、準備万端んで臨んだ。

  結果は どうなるのであろうか。

106 :ジョン・キロックノン:2014/05/09(金) 19:16:21.83 ID:???0
  〜 Bill Fury / Maybe Tomorrow
  
@YouTube



  〜 The Beatles / This Boy
  
@YouTube



  (小林)ビートルズの有名な This Boy
  これは「 I Want To Hold Your Hand」のB面の曲です。
  どことなく 50年代っぽい雰囲気が漂っている曲なんだよね。

  で、その前の ビル・フューリー(Bill Fury)。
  この ビル・フューリーのバックバンドのために、ジョンたちはオーディションを受けるわけですけど。
  そのビル・フューリーの イギリスでの中ぐらいのヒットね。Maybe Tomorrow
  これは 1958年、59年の、これも モロ50年代っていう曲。
  雰囲気がちょっと似てたね。

107 :ジョン・キロックノン:2014/05/09(金) 19:19:38.66 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「今回のオーディションが アイドルシンガーのバックバンドの仕事でもなんでもいい。
  とにかく、プロのバンドとしてデビューするんだ。
  俺たちは 絶対に合格するぜ」
  
  この少し興奮しすぎと思われる言葉の主は、ジョン・ウィンストン・レノン。
  この数年後、あのビートルズのリーダーとして、ロックの一番の天辺の さらに天辺、そのまた一番の頂点に君臨することになる、あのジョン・レノンである。
  この史実は、すべてジョンの最初の妻シンシア・パウエルの手記にまとめられたもの。
  かなり信憑性の高いと言われるシンシアの著作から もう少し続けてみることにしよう。

  ジョン率いる「クォーリメン」改め「シルヴァー・ビートルズ」は、イギリスポップシーンでは有名なマネージャー=ラリー・パーンズが主催するオーディションを受けた。
  しかし、いつもは居ないドラマーまで雇って臨んだにもかかわらず、結果は不合格。
  さすがに これにはバンドメンバー全員が 落ち込んだ。
  ポールは「ろくに練習もしないスチュアート・サトクリフのベースのせいだ」と、スチュをとがめた。
  しかし、彼らの演奏に ほんの少しではあるが才能の片鱗を見つけたラリー・パーンズは、
  代わりに自分の事務所に所属するシンガー=ジョニー・ジェントルのスコットランドツアーに同行する仕事をくれた。
  スコットランド北部を2週間周るというコンサートツアーである。
  ギャラは一人18ポンド。いつも地元で演奏する際の数十倍である。
  「さすが プロの仕事は違う」と、メンバー全員驚いた。

  しかし、このツアーに出るためには、ジョンもスチュアートも大学を休まなければならない。
  ジョンに関しては、このころすでに授業の大半を欠席していたので 同じこと。
  スチュは、その絵の腕前が学生ではなく プロ級であったため、授業を休むことなど少しも心配はなかった。
  ジョージは、すでに仕事に就いていたのであるが、有給休暇を使えば問題なし。

  一番の問題は ポール。  
  優等生であったポールは、この数週間のうちに進級試験を受けなければならなかった。
  学校とロックンロール、どちらを取るか、運命の決断を迫られていたのである。

108 :ジョン・キロックノン:2014/05/09(金) 19:23:23.38 ID:???0
  〜 The Beatles / Hey Bulldog
  
@YouTube



  〜 The Beatles / Nowhere Man
  
@YouTube



  (小林)2曲続きました。

  Hey Bulldog これは69年、「Yellow Submarine」アルバムはね。
  
  そして 今のは Nowhere Man。
  1965年、アルバムは「Rubber Soul」

109 :ジョン・キロックノン:2014/05/12(月) 18:45:57.89 ID:???0
□リクエスト
  (小林)採用の方にはイシイのミートボールなどセットにして差し上げております。
  メールは beatles@bayfm.co.jp

  (世田谷区/男性)
  今から20年以上前ですが、卒業旅行でリバプールに行きました。    (小林)うわあ、うらやましいねえ。
  ロンドンから特急電車に乗って3時間ぐらいかかったんですが。
  リバプールに到着する手前で、古いレンガ造りのトンネルをくぐりました。
  その時に「ビートルズの4人もこのトンネルをくぐってロンドンに通っていたんだぁ」なんて感慨深く思いました。
  キャバーンクラブの跡地にあったビートルズグッズ専門店の店員さんがかけてくれたのが、この曲でした。
  この曲 よろしくお願いします。

  (小林)
  (男性)さんのリクエストは Drive My Car

  〜 The Beatles / Drive My Car
  
@YouTube



  (小林)いやあ! Drive My Car が流れました。

110 :ジョン・キロックノン:2014/05/12(月) 18:47:43.85 ID:???0
  (茨城県常陸大宮市/男性)50代後半
  この番組を知って一年ほどです。
  ちょっとしたきっかけで、40年前の知り合いとメールのやり取りをしています。
  その知り合いは千葉の人で、この番組を聴いてる とのことです。
  私は40年近く前「ポプコン」の地区大会で「ゲットバック・ビートルズ」という曲で最優秀曲賞をもらったことがあります。
                               (小林)ああ、バンドやってたんだぁ。
  その時のゲストが、半年前に「時代」でグランプリを取った中島みゆきさんでした。
  ビートルズで1曲リクエストが難しいので「時代」をリクエストします。
  時代は廻ってもビートルズはナンバーワンですよね。
  かずみちゃんヤマちゃん いつか会いましょうね。 (小林)wwっていう。
  克也さん この番組ずっと続けてくださいね。

  (小林)w
  中島みゆきの この個性的な歌がいきなり入ると、「おお!ビートルズの番組で」と思うかもしれませんが。
  今日はねえ、考えてみてください。1曲目がねえ、ロシア民謡でした。ロシア風の民謡でしたねえ。
  Those were the days、ポール・マッカートニーがプロデュース。
  ちょっと共通の所がないですか? メロディに。
  そんな感じがするんですが。
  それじゃあ あなたのリクエストです。 

  〜 中島みゆき / 時代

111 :ジョン・キロックノン:2014/05/12(月) 18:50:34.12 ID:???0
  〜 The Rolling Stones / Paint It Black
  
@YouTube



  (小林)中島みゆきに続いて ローリングストーンズが流れましたが。
  雰囲気がやっぱり違いますねえ。ストーンズが独特ですねえ。

  (千葉市花見川区/女性)14歳
  私は最近ストーンズ来日で騒いでいた影響で、ストーンズを聴き始めました。
  今まではビートルズ一筋でしたが、ロックな感じが好きになり、初めて聴いた「黒く塗れ!」に感動しました。
  同じシタールを使っている曲でも、ビートルズの「ノルウェーの森」とは違う世界観で、ダークな感じがして、カッコイイと思います。
  「黒く塗れ!」「Paint It Black」お願いします。

112 :ジョン・キロックノン:2014/05/12(月) 18:52:50.07 ID:???0
  (小林)ていうことで。
  いやあ、中学生ぐらいですよね(女性)さんは。
  ビートルズが入り口として入って来て、ローリングストーンズを発見したっていう。
  これはすごいと思いますよ。やっぱりね。
  自分の世界を発見していますねえ。
  当時は、ビートルズの影響ってのは話してますけど。
  ローリングストーンズはビートルズと同じ時代じゃないですか。
  で、特にミック・ジャガー(Mick Jagger)とかキース・リチャーズ(Keith Richards)以外にも やり手がいたんですよ。
  若い、ミックたちより若い、オルダムというアンドリュー・オルダム(Andrew Oldham)というマネージャーがね。
  「もう、ビートルズはみんな良い子になってる」と。
  マッシュルームカットで坊っちゃん、良家の子女みたいな感じだから。
  「ストーンズは、それの反対のイメージで行け」
  もう、人の前で唾を吐いたりだとか、「不良で行け」
  「コンサートなんかは、絶対、定時にオープンしちゃダメだ。一時間ぐらいは絶対遅らせろ」
  「そうすると、みんな怒って来て、その中でストーンズとしての音楽が一番似合うんだ」
  ていうようなことを、イメージメイキングをやった人がいるんですよね。
  ええ。
  (女性)さんはロックの世界、もうビートルズの世界には戻れないかもわからないw ていうかw
  若いと、やっぱり ビートルズとかね、ローリングストーンズとか、そういった基本は聴いて欲しいけどね。
  やっぱり、若い人は 若い最新の、ポップスて意味じゃないよ。いろんな新しいのを聴かなきゃダメ。

113 :ジョン・キロックノン:2014/05/12(月) 18:54:23.51 ID:???0
  BGM 〜 The Beatles / Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band (Reprise)
  
@YouTube



□エンディング  
  (小林)「ビートルズから始まる」いかがでしたか?

  リクエストの方、よろしくお願いしますね。
  イシイのミートボールなどセットにして採用の方にはプレゼントしています。
  beatles@bayfm.co.jp
  こちらで 待っております。

  というわけで。
  来週は、ポールは、学業を取るのか、ロックンロールを取るのか。
  結果は 判っているでしょうw。
  だけどw、だけどw、待ちどおしいでしょうw。
  来週を お楽しみに。

114 :ジョン・キロックノン:2014/05/13(火) 13:50:21.23 ID:???0
■石井食品Presents「ビートルズから始まる。」bayfm 78.0MHz
 2014年5月11日(日)18:00〜19:00 放送内容  DJ:小林克也

  BGM 〜 Instrumental / Eleanor Rigby
  
@YouTube



□ビートルズカレンダー(5月11日)
 ・1970年(今から44年前の今日)
  もうビートルズも終わり。今から44年前の今日。
  アメリカで「Long And Winding Road」のシングルが発売になりました。
  これは「Let It Be」が映画として出て。
  そして、その後で「Long And Winding Road」が出て、これがアメリカで1位になる と。
  これが、やっぱりビートルズの最後の作品みたい。
  イギリスではね ちょっと事情が違うんですけど。日本もやっぱりあれですね「Long And Winding Road」が最後の作品。

  で、有名な話しは ポール・マッカートニーの、これは100%ポールの作品なんだけども、
  このドサクサの混乱を避けるために、もうみんな あの鬼才=フィル・スペクター(Phil Spector)に任せちゃった。
  で、フィル・スペクターは好き放題にアレンジ。お化粧しまくって、
  ポールは、特に「Long And Winding Road」のバージョンが気に入らない。
  だけど、僕らは やっぱりね、最初に聴いたやつが すっごい印象があるわけで。
  ポールの言い分が どうもよく判らない。
  で、未だに ちょっと判らない、気がするんですけど。
  というのは、「Long And Winding Road」の歌詞がね、やっぱり「あなたの所へ」っていう、
  「あなた」は「恋人」とも取れるし「神」とも取れるし。
  そうすると、やっぱりフィル・スペクターが やったやつの方が、なんか盛り上がって良いんじゃないかな?っていうふうに思うわけですけど。

115 :ジョン・キロックノン:2014/05/13(火) 13:52:55.58 ID:???0
(続き)
  ポール・マッカートニーは、あれですね「Naked」を 「Let It Be... Naked」で やり直していますからねえ。
  で、やり直したやつは、まあ・・・。
  ポールはその「Naked」でやり直した ばっかりじゃなくて。
  ソロなんかでも、「この曲は こういう風にやるんだ」みたいなバージョンを、やってて。
  それを聴くと「あ、ポールは、こういうことをやりたかったんだ」ってのが判るんですけど。
  僕らの頭の中では、もうほんとに ガッチリと決まってますよね。このバージョンがw。
  僕はそう思うんですよ。

  結局、これが20曲目のビートルズの ナンバーワンになりました。
  数えてみると エルビス・プレスリー(Elvis Presley)は ナンバーワン17曲。
  シュ・プリームズ(The Supremes)が12曲。
  ビートルズは偉い!ということで。
  それでは、そのフィル・スペクターがやって、ポールが嫌いなバージョンていうのを、改めて聴いてみたいと思います。 
  
  〜 The Beatles / The Long And Winding Road
  
@YouTube



  (小林)The Beatles の Long And Winding Road
  ポール・マッカートニーの作品。
  改めて聴いてみて、どういう風に感じられましたかねえ?
  なんかあの、空間の広さみたいなのは このバージョンがねえ・・。
  例えば、景色なんかも 俯瞰で見てたりとか、そういう風な感じ ありますよね。
  で、おそらく、ポールの場合は室内で、シンガーソングライターがやるような感覚で。
  とても狭い中で やって。
  自分の頭の中の想像は遠くへ行く っていう。
  ぜんぜん違う空間っていう風な感じがするんだけどもね、僕はね。
  どうでしょうねw

116 :ジョン・キロックノン:2014/05/16(金) 22:35:33.72 ID:???0
□ストーリー
 ・「今回のオーディションが失敗に終わったのは、スチュのベースが未熟だからだよ。
  いったい何なんだい?。スチュはロックンロールのベースをなめてるんじゃないか?」

  この少し興奮し気味と思われる言葉の主は、ジェイムス・ポール・マッカートニー。
  この数年後 あのビートルズの中心的人物としてロックの頂点に立ち。
  70歳を過ぎた今でも ツアーで世界を飛び回っている あのポール・マッカートニー。
  
  この史実は全て ジョンの最初の妻=シンシア・パウエルの手記にまとめられたもの。
  かなり信憑性の高いと言われる このシンシアの著作から、今週もお届けしよう。

  ジョン・レノン率いる「クォーリメン」改め「シルヴァー・ビートルズ」は、イギリスポップシーンでは有名なマネージャー=ラリー・パーンズが主催するオーディションを受けた。
  しかし、いつもは居ないドラマーまで雇って臨んだにもかかわらず、結果は不合格。
  さすがに、これにはバンドメンバー全員が落ち込んでしまった。
  ポールは ロクに練習もしないスチュアート・サトクリフのベースのせいだ、とスチュを咎めた。
  しかし、シルヴァー・ビートルズは このオーディションの主催者であるラリー・パーンズに認められ、アイドルシンガーのサポートバンドとしてツアーに出る仕事をもらった。

  もちろん まだ十代であるメンバーは学校がある。
  しかし、ロックの仕事となると 学校がどうの とは言ってはいられない。
  ジョン、スチュ、ジョージ、の3人は取りあえず大丈夫であったが、優等生であったポールは、この数週間のうちに進級試験を受けなければならなかった。
  すでに教育大学への願書も提出していたのである。
  妻を亡くし 男手ひとつで二人の男の子を育てていた父親のジムは、もちろんツアーに出ることには反対であった。
  しかしポールの「大丈夫だよ 父さん。このツアーは それほど大変じゃない。試験前のリフレッシュにもなるから、軽い気持ちで行ってこようと思うんだ」
  という言葉に 最終的にジムも同意。
  しかし、後になって、これがポールが吐いた嘘であったことが発覚するのである。

117 :ジョン・キロックノン:2014/05/16(金) 22:36:43.48 ID:???0
  〜 The Beatles / Ob-La-Di, Ob-La-Da
  
@YouTube


 
  〜 The Beatles / Maxwell's Silver Hammer
  
@YouTube



  (小林)Ob-La-Di, Ob-La-Da そして Maxwell's Silver Hammer

  Ob-La-Di, Ob-La-Daはお馴染みの、1968年のね、スカのリズムを使ったビートルズ。
  
  そして Maxwell's Silver Hammer、今聴いたやつは
  マル・エヴァンス(Mal Evans)が、ビートルズのスタッフのマル・エヴァンスが、シルバーハンマーですから、銀のハンマーですからw
  金槌の音で参加しておりました。

118 :ジョン・キロックノン:2014/05/16(金) 22:38:14.33 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「大丈夫だよ、お父さん。このツアーは それほど大変じゃない。
  試験前のリフレッシュにもなるしね。軽い気持ちで行ってこようと思うんだ」
  これは 1960年頃、リバプールのローカルバンドだったシルヴァー・ビートルズのメンバーだった、あのポール・マッカートニーの発言。
  まだ高校生だったポールは、教育大学に進学するための試験を控えていたのであるが、音楽の仕事を優先するための言い訳として、父親のジムに嘘を吐いた。
  18歳のポールは、ここで人生の岐路に立たされ、文字通り 腹をくくったのである。

  ポールがOKとなると、最後の問題はドラマー探し。
  このころシルヴァー・ビートルズには固定したドラマーは居なかったのである。
  運良く、トミー・ムーアという地元のジャズドラマーが同行してくれることになった。
  このドラマーは、他の4人よりも ずいぶん年齢は上だったが、そんな贅沢は言っていられない。
  こうしてメンバーは、主役であるシンガー=ジョニー・ジェントルが運転するギューギューのバンに乗り込んで、スコットランドに向けて出発した。
  
  ツアー中の2週間、ジョンの恋人であるシンシアは、彼に会いたくておかしくなりそうだった。
  それでも、ジョンはハガキを送ってくれたし、シンシアには勉強の遅れを取り戻す良いチャンスでもあった。
  もともと超真面目少女だったシンシアであるが、ジョンとの付き合いから、完全にバッドボーイのペースに巻き込まれていたのである。
  彼女が受ける進級試験まで日が無く、どうしても合格したい と思っていた。
  
  ツアーから戻って来た ジョン率いるシルヴァー・ビートルズのメンバーは、すっかり疲れ果てて、着ている物も汚れ。
  「バンを見るのも嫌だ」と言ってはいたものの、大成功を収めて、かなり興奮していた。
  スコットランドでも、かなり北の街のダンスホールや ナイトクラブでステージに立ち、熱烈な歓迎を受けた。
  サインをせがまれたのも、今回が初めて。
  自分たちがスターになったような気がして最高に気分が良い、プロデビューの仕事であった。

119 :ジョン・キロックノン:2014/05/16(金) 22:39:35.93 ID:???0
  〜 The Beatles / Birthday
  
@YouTube



  〜 The Beatles / Get Back
  
@YouTube



  (小林)いかがですか? 1969年の イギリスやアメリカ 大ヒットナンバーワン。
  日本でも大ヒットしました。
  シングル、モノバージョンで聴いていただきました。 Get Back
  ビートルズ、名前は、フィーチャリング(featuring)、最近流行のフィーチャリング、ビリー・プレストン(Billy Preston)ですよね。
  
  そしてその前は、あの「ホワイトアルバム(The BEATLES)」に入っていました。
  バックにオノ・ヨーコのヨーコ声も聴こえる、お馴染みの ビートルズの Birthday

120 :ジョン・キロックノン:2014/05/16(金) 22:42:28.23 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「スコットランドツアーから戻ってきた ジョンとシルヴァー・ビートルズのメンバーは、すっかり疲れ果てて、着ている物も汚れてはいましたが、
  このツアーで大成功を収め、かなり興奮していましたねえ。
  スコットランドでも、かなり北の田舎町のダンスホールやナイトクラブでステージに立ち、熱烈な歓迎を受けたとか。
  サインをせがまれたのも 今回が初めてで、自分たちがスターになったような気がして、最高に気分が良いプロデビューだったそうです」

  これは、ジョン・レノンの最初の妻となる シンシア・パウエルの証言。
  こうした史実は 全て彼女がジョンから直接聞いたもの。
  もしくは 彼女の目の前で起ったこと ばかりである。
  この実に信憑性の高いシンシアの手記から もう少し続けてみることにしよう。

  シンシアは、こう続けて話してくれた。
  「ジョンと私は二人きりになるのが待ちきれず、ジョンのルームメイトであるスチュには 数時間出かけてもらうようにお願いしたんです。
  二人きりで愛を交わし始めたその時、私はお腹に鋭い痛みを感じて悲鳴をあげました。
  全てがそこで急停止したんです」
  取りあえず二人は服を着けて、ジョンがシンシアを駅まで送った。
  シンシアは這うようにして電車に乗り込み、自宅に着くと玄関を開けるやいなや、彼女の母親が救急車を呼んだ。
  その時のシンシアの顔は痛みで歪み、血の気というものが全く無かったのである。
  シンシアの病名、それは虫垂炎。盲腸である。2週間の入院となった。

  手術から2日後には ジョンが見舞いに訪れた。
  弟分のジョージも一緒である。
  シンシアは回想する。
  「私はジョンに会いたくて たまらなかったのに、横にジョージがいるのを見て、ガッカリして、思わず泣いてしまったんです。
  するとジョンがそれを察してくれて、ジョージに『あっちへ行け』と命令してくれました。
  その後一時間、ジョンは私の手を握り続けて、気持ちを和らげてくれました。
  幸せな ひと時でしたねえ」

121 :ジョン・キロックノン:2014/05/16(金) 22:45:26.11 ID:???0
  〜 John Lennon / Oh My Love
  
@YouTube



  〜 The Beatles / Girl
  
@YouTube



  (小林)Girl 久しぶりに聴きましたね。
  これは1965年のね 「ラバーソウル(Rubber Soul)」の中に入っていて。
  もうビートルズ けっこう これ遊んでいますよね。
  別名「ティットソング」って呼ばれて。
  「ティット」ていうのは「Tit」で、「オッパイ」のことですねww。
  「Tit Tit Tit Tit」ていうコーラスが「オッパイ オッパイ オッパイ オッパイ」って言ってるよ。
  ていう風に 英語耳では聴こえるわけですね。
  
  で、その前は「イマジン(Imagine)」のソロアルバムに入ってて。
  これは フィル・スペクター(Phil Spector)。
  このころは ジョンと友達関係ですね、プロデューサー、フィル・スペクターとかね。
  Oh My Love という曲。

  2曲。

122 :ホワイトアルバムさん:2014/05/17(土) 13:03:09.86 ID:???0
Girlでおっぱいの話は、もう聞き飽きました
おじいちゃん

123 :ジョン・キロックノン:2014/05/20(火) 17:30:30.70 ID:Hap6g5QV0
□リクエスト
  (小林)採用の方にはイシイのミートボールなどセットにしてプレゼントしております。
  メールは beatles@bayfm.co.jp

  (住所不明/男性)
  俺は44歳の身体障碍者です。さっそくリクエストお願いします。
  これはビートルズじゃなくて申し訳ないんですが、エルビス・プレスリーの「ハートブレイク・ホテル」をリクエストします。
  あのころの衝撃は今も忘れられません。
  おじさんのかけてくれたレコードに夢中になって聴いたものです。
  あの頃は まだ俺は5歳で、「大きくなったらエルビスみたいにな歌手になってやる」という夢がありました。
  当時はまだ歩けなくて、訓練の時間になると逃げ出したかったけど、プレスリーみたいに立って歌いたいという野望がありました。
  今は歩けるんですが、とにかくエルビスの「ハートブレイク・ホテル」をかけてください。お願いします。
  
  (小林)
  (あなた)は、実はこれはね、生まれる前のヒット曲です。
  でもジョンやポールが、そうですね、 高校1年とか中学生3年、それくらいの、14〜5歳の時にこれを聴いて、(あなた)と同じような衝撃を受けるわけですね。
  そういう意味で、今日の一曲目、エルビスです。
  
  〜 Elvis Presley / Heartbreak Hotel
  
@YouTube



124 :ジョン・キロックノン:2014/05/20(火) 17:31:55.73 ID:???0
  〜 John Lennon / Nobody Told Me
  
@YouTube



  (小林)ジョン・レノンの Nobody Told Me がかかっていますが。
  
  (東京都板橋区/男性)
  日曜日、上野に行ってきました。レノンが使用したメガネを売っている白山眼鏡店。
  ショーウィンドウにレノンモデルが飾られていました。
  また、噂でレノンがヨーコ夫人とショーンを連れてきたという 黒船亭に行きました。
  ウェイターに訊いたところ、黒船亭の前身のステーキ店の時に 確かに食事したそうです。
  早めに帰宅して18時から「ビートルズから始まる」を聴き、充実した日曜日でした。(小林)wていうことで。w
  リクエストはジョン・レノン。

  (小林)wもうジョン・レノンに慕っちゃいましたね。

125 :ジョン・キロックノン:2014/05/20(火) 17:34:15.13 ID:???0
  (市原市/男性)
  克也さんこんばんは。
  曲はクイーンの「ライフ・イズ・リアル」です。
  この曲は「ジョン・レノンに捧げる歌」となっています。
  5月を目前にして ブライアン・メイ・・・ (小林)もう5月に入っていますが、5月の前にいただきました。
                               ブライアン・メイ、5月ですからね。
  思い出してしまったので、この曲を選びました(笑い)。
  
  (小林)波乗りオヤジって書いてありますが。
  あなたのリクエストで クイーンです。
  
  〜 Queen / Life Is Real
  
@YouTube



  (小林)ジョンに捧げた ね、クイーンの・・・
  リクエスト ありがとうございましたね。

126 :ジョン・キロックノン:2014/05/20(火) 17:37:43.77 ID:???0
  (長野県/男性)
  日曜6時は「ちびまるこちゃん」を見ずに、この番組を聴いています。こんばんは克也さん。
  ハガキの値段が上がって、ますますメールで送れるものはメールで送っています。
  こないだ、ついに2円切手を買ってしまいました。
  52円ハガキを 昔のように5円分広告を入れれば47円でも買う人はいるはずなのに。
  なんとか工夫しないものかと、地団駄を踏んでいます。
  カレンの歌声が聴きたいので この曲をリクエストします。
  克也さん、知ってたら教えてほしいんですが「プリーズ・ミスター・ポストマン」のオリジナルは誰ですか?
                       (小林)オリジナルはマーバレッツ(The Marvelettes)ていうね、黒人女性グループですよね。
                            あと ビートルズも もちろん奏っていますけども。
  今日も夜の献立を考えながら聴きます。
  またメール送ります。

  (小林)ていう。 
  どうもリクエストありがとうございます。
  じゃ、カーペンターズのバージョンで。

  〜 The carpenters / Please, Mr Postman
  
@YouTube



127 :ジョン・キロックノン:2014/05/20(火) 17:40:18.04 ID:???0
  BGM 〜 The Beatles / Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band (Reprise)
  
@YouTube



□エンディング  
  (小林)「ビートルズから始まる」いかがですか?

  リクエスト、今日も面白かった ですね。
  ほら、あの、滅多にかからないような、ジョンはやっぱり世界の事を心配してるんだっていう「Nobody Told Me」という曲とか。
  ジョン・レノンに捧げた クイーンの曲とか、どうもありがとうございました。
  みなさん、これに懲りず、ひとつリクエストよろしくお願いします。
  イシイのイシイのミートボールなどセットにして採用の方にはお送りしています。
  beatles@bayfm.co.jp
  で、待っております。
  
  お話しの方は、ジョン・レノンとシンシアがラブラブ、w。
  ジョンたちのバンド=ビートルズが売れる寸前。
  どうなって行くのか、お楽しみに。

  お相手は小林克也でした。

128 :ジョン・キロックノン:2014/05/21(水) 13:48:33.74 ID:???0
■石井食品Presents「ビートルズから始まる。」bayfm 78.0MHz
 2014年5月18日(日)18:00〜19:00 放送内容  DJ:小林克也

  BGM 〜 Instrumental / Eleanor Rigby
  
@YouTube



□ビートルズカレンダー(5月18日)
 ・1966年(今から48年前の今日)
  1966年つとあれですよ、もうすぐビートルズは「日本へ行かなきゃ」みたいにw 思ってるかもわかんないw。
  今から48年前の今日。例の第2スタジオでは、この日一日 一曲攻め。
  その曲というのは、ポール・マッカートニーが作った「Got To Get You Into My Life」
  これの、テイク8っていうのがOKなんで、それにオーバーダブ、ていう。
  やっぱり、楽器を被せて行くわけですよね。
  そしてこの日、ビートルズは 初めてホーンセクションを使います。
  この曲はねえ、なんか ちょっと評価されていないのかな?どうなのかな?
  めちゃくちゃ良い曲だと思うんですけども。
  だから、この曲が好きな人 結構いるんですよね。
  アースウィンド&ファイア(Earth, Wind & Fire)のカバーバージョンなんかとても有名ですよ。
  やぱりアースウィンド&ファイアなんかも 好きだったんだろうね、この曲ねえ。
  で、1965年のアルバム「HELP!」に収録の「Yesterday」で初めてストリングスを使ったんですけど。
  やっぱり、モータウンに影響を受けているポールは・・・
  ベースとか大好きですよ、モータウンのね。
  ソウルミュージックには必ず出て来る、ホーンセクションが使ってみたくてしょうがない、と思っていました。
  その後「Good Morning Good Morning」とか「Lady Madonna」とか「Penny Lane」
  ポールのセンスで管楽器は使われていますけど。
  この「Got To Get You Into My Life」のホーンセクション、やっぱりね ポール・マッカートニーのセンスを物語っています。
  やっぱり いろいろ音楽を聴いていて、やりたいことが「ああ、こういうことだったのか、ポールは」ていうのが判ります。
  そういうところが、やっぱりジョン・レノンと違って ポールの違う才能ってのをね、発見することができるんですけども。

129 :ジョン・キロックノン:2014/05/21(水) 13:50:35.18 ID:???0
(続き)
  ミキサーのジェフ・エメリック(Geoff Emerick)の録音も ですね、その当時のブラスロックサウンドそのもの っていう。
  昔のエンジニアは ですね、分かりやすく言うと、マイクロフォンにあんまり・・・
  例えばラッパだとか そういったの 近付けなかったんですけども。
  ジェフ・エメリックは、もう、スタジオのみんなが心配するくらいマイクにホーンセクションを近付けて録音した、というエピソードも残っています。
  
  さあ、ビートルズの、ポール・マッカートニーの、Got To Get You Into My Life
  
  〜 The Beatles / Got To Get You Into My Life
  
@YouTube



  (小林)というわけで。いかがでしたか?。
  ねえ、ギターバンドのイメージが強いビートルズが。
  ねえ、ポール・マッカートニーを中心に こんなことをやってたわけですねえ。
  Got To Get You Into My Life
  気に入った方。
  初めて聴く若い人たちは どうでしょうかねえ。
  60年代の終わり、もうビートルズが解散する頃ですけども。 
  ブラスロックの時代がね、短い、数年ぐらい あるんですよ。
  「シカゴ(Chicago)」だとか「ブラッド・スウェット&ティアーズ(Blood, Sweat & Tears)」だとか、
  それの前にポール・マッカートニーは こんなことをやっていますからねえ。

130 :ジョン・キロックノン:2014/05/23(金) 01:09:04.45 ID:???0
□ストーリー
 ・「スコットランドツアー中、会う事の出来なかったジョンと私は二人きりになるのが待ちきれず、二人きりで愛を交わし始めました。
  しかしその時、私はお腹に鋭い痛みを感じて悲鳴を上げました。
  全てがそこで急停止したんです。
  救急車で担ぎ込まれた私の病名、それは虫垂炎、盲腸でした。
  手術から2日後にはジョンが見舞いに来てくれました。
  でもなぜか弟分のジョージも一緒。
  私はジョンと会いたくてたまらなかったのに、横にジョージがいるのを見てガッカリして、思わず泣いてしまったんです。
  すると、ジョンがそれを察してくれて ジョージに『あっちへ行け』と命令しました。
  そのあと一時間ジョンは私の手を握り続けて気持ちを和らげてくれました。
  幸せなひと時でしたねえ」
  
  こう話してくれたのは、ジョン・レノンの最初の妻となるシンシア・パウエル。
  ジョンに関することは全て 彼本人から聞いたこと、という貴重で信憑性の高いシンシアの手記から 今週もスタートしよう。

  虫垂炎で入院していたシンシアではあったが、なんとか試験に間に合うように回復し、その試験には合格。
  めでたく進級することができた。
  ところが、ジョンはシンシアの懸命のサポートの甲斐もなく、なんと不合格。
  進級はできない結果となった。

  シンシアは証言する。
  「私はジョンに代わって何時間もレタリングの課題をしたのに、それでもジョンを救うことは出来ませんでした。
  本当に悔しかったですねえ」

  そしてその年、ジョンは何ひとつ勉強していなかった事が災いし、最終学年に上がる前に退学処分になってしまった。
  ところが、ジョンは少しも気にする気配はなかった。
  例のスコットランドツアーの後、シルヴァー・ビートルズは地元のナイトクラブなどで定期的に、少なくとも週に2回はステージに立つようになった。
  リーダーであるジョンは、「音楽こそが、ロックンロールこそが、自分の未来である」と 強い確信を持っていた。
  もう、後には引けないジョン・レノン。
  この時19歳であった。

131 :ジョン・キロックノン:2014/05/23(金) 01:10:00.33 ID:???0
  〜 The Beatles / Rock and Roll Music
  
@YouTube



  〜 The Beatles / Roll Over Beethoven
  
@YouTube



  (小林)ビートルズのカバー。
  いずれも チャックベリー(Chuck Berry)、ビートルズの先輩の、大先輩の作った曲のカバーです。

  Rock and Roll Music
  これは1964年、ジョンがボーカルを取っていましたね。「Beatles For Sale」
  
  それから、63年の(Roll Over Beethoven)。
  これはジョン・レノンの持ち歌なんだけども、ジョン・レノンはジョージに歌わせていました。
  昔は あれだよね、「もしジョン・レノンが歌ってたらなあ」なんて想像したことがありましたけれども。
  ジョージのボーカルはどうでしたでしょうか?

132 :ジョン・キロックノン:2014/05/23(金) 01:13:27.72 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「私がジョンに代わって何時間もレタリングの課題をしたのに、それでもジョンを救うことは出来ませんでした。
  本当に悔しかったですねえ」
  こう話してくれたのは、ジョン・レノンの最初の妻となるシンシア・パウエル。
  ジョンに関することは全て 彼本人から聞いたこと、という貴重で信憑性の高いシンシアの手記から、まだこの物語は続く。

  そしてその年、1960年、ジョンは何一つ勉強していなかったことが災いし、最終学年に上がる前に 退学処分になってしまった。
  ところが、ジョンは少しも気にする気配はなかった。
  シルヴァー・ビートルズのリーダーであるジョンは「音楽こそが、ロックンロールこそが、自分の未来である」と、強い確信を持っていた。
  スコットランドツアーのような ビッグチャンスが再び巡って来ないものか、ジョンだけではなくポールもジョージも 思い焦がれていた。
  そうしたチャンスを待っている間、彼らはバンド名から「シルヴァー」を取って「ザ・ビートルズ」と名乗るようになった。
  そして、次のチャンスがやって来るまで、そう時間はかからなかった。
  
  1960年8月、リバプールのプロモーターであるアラン・ウィリアムズが、ドイツのハンブルグのナイトクラブで演奏する6週間のまとまった仕事を持ってきたのである。
  ウィリアムズはすでに 定期的にハンブルグにバンドを送り込んでいた。
  現地にも何度か足を運んでいたウィリアムズは、ハンブルグのカイザー・ケラーというナイトクラブの経営者=ブルーム・コシュミダーという男と知り合いになった。
  ブルーノは「試しにリバプールのビートグループ=テリー&スニアーズを寄こしてもいい」と返事をした。
  このバンドが数週間のステージを成功させると、ブルーノはさらに もう一組のバンドを紹介するようにウィリアムズに求めてきた。
  そこでウィリアムズが提案したのが「ザ・ビートルズ」
  「ビートルズをハンブルグに送りたい」そう返事を出したのである。

133 :ジョン・キロックノン:2014/05/23(金) 01:14:21.92 ID:???0
  〜 The Beatles / Ain't She Sweet
  
@YouTube



  〜 The Beatles / Kansas City Hey, Hey, Hey, Hey
  
@YouTube



  (小林)ということで 初期の頃のね。

  それも Ain't She Sweet は、これはアメリカのスタンダードナンバーですが。
  ドイツの有名なプロデューサーでミュージシャンで指揮者であるベルト・ケンプフェルト(Bert Kaempfert)という人がプロデュースして。
  ビートルズを使って、レコードを作って。
  これがあれですよね、リバプールの店で「ないか?」っていうファンが 探しに来るやつですよね。
  その中に入っていた Ain't She Sweet という ビートルズの演奏。

  それから、これは64年の「Beatles For Sale」の中の、ポール・マッカートニーが頑張っていた Kansas City Hey, Hey, Hey, Hey

134 :ジョン・キロックノン:2014/05/23(金) 01:17:09.87 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「そうかあ。バンドの名前 変わったんだ。
  そうだなあ、シルヴァー・ビートルズよりビートルズの方がシンプルで良い。
  なかなかユニークな名前だし、私は好きだなあ。
  ところでなあ、ジョン、ポール。君たちハンブルグのナイトクラブに出てみないか?6週間の仕事だ。
  いやなに そんな心配はいらないよ。
  ギャラだって 高くはないけど、そこそこは出る。
  どうだ? いいチャンスだと思うよ。」
  
  この言葉の主は、ビートルズのホームタウン=リバプールのプロモーター=アラン・ウィリアムズ。
  この男は、ここの所 急激に数が増えたビートバンド、つまりロックンロールやリズム&ブルースを演奏するギターバンドに注目し、
  そういったムーブメントに乗っかろうと 頭角を現していた。
  
  こういった史実は 全てジョンの最初の妻シンシアの手記にまとめたもの。
  かなり信憑性の高いと言われるシンシアの手記から、もう少し続けてみることにしよう。

  ウィリアムズの提案に、ジョンもポールも 少し不安ではありながらも、かなり乗り気であった。
  すぐにでも返事をしたい。
  しかし、問題は この時点でも、ビートルズには決まったドラマーがいなかったこと。
  一応ハンブルグでの仕事は受けることにした。
  時間はもう2週間足らずに迫っていたが、寸前のところで 誰かが「ピート・ベスト」の名前を挙げた。
  ピートの居たブラック・ジャックスは、メンバーの内二人が辞めたことで分裂状態にあった。
  結果、ピートには素晴らしいドラムセットはあったが 肝心のバンドが無かった。
  彼も ポールと同じくらい学業優秀で、大学に進学できるくらいの成績を収めていて。
  グラマースクールを卒業していながら 進学はしなかった。
  ピートもまた ショービジネスの世界に興味を持ち、その道に進もうと決めていたのである。
  
  そんなピートの噂を聞きつけ、ポールは電話をした。
  「やあ、ポールだけど。ビートルズのポールだ。知ってるよね?
  単刀直入に言うけど、ビートルズでドラム叩いてくれないかな?
  もちろん 正式メンバーでだ。
  すごく急いでる。 この週末から どうかな?」

135 :ジョン・キロックノン:2014/05/26(月) 18:53:56.08 ID:???0
  〜 The Beatles / Love Me Do(Anthology 1)
  
@YouTube



  〜 The Beatles / For You Blue
  
@YouTube



  (小林)いやあ、やっぱり これはジョージ・ハリスンの世界ですね。 For You Blue
  「The Long And Winding Road」のB面の曲。
  もちろん、「Let It Be」に入っています。
  スティールギターは、ジョン・レノンが弾いておりました。
  
  そして その前はですね。 
  ちょっと ぎこちなく聴こえましたね。
  これは、EMIのオーディションセッションから。
  「アンソロジー(Anthology)1」に入ってるやつですけども。
  Love Me Do

136 :ジョン・キロックノン:2014/05/26(月) 18:55:31.76 ID:???0
□リクエスト
  (小林)リクエスト採用の方にはイシイのミートボールなどセットにしてお送りしています。
  メールアドレスは beatles@bayfm.co.jp

  (福岡県小郡市/男性)
  シンシアの手記はなかなか良いですね。
  3月に試験を受けてきました。危険物取扱者試験乙種4類という試験です。
  結果は合格でした。
  一年間勉強していたので とても嬉しかったです。
  考えてみると、合格できたのは家族の協力があったからだと思います。
  ありがとう。
                    (小林)あ、これは僕らにじゃなくてw そっちにありがとうって言ってますね。
                       というのは、ほら、
                       嫁さんが大好きな曲を、(あなた)さんはリクエストしようとしています。
  嫁が大好きな、渡辺みさと「世界で一番遠い場所」

  〜 渡辺美里 / 世界で一番遠い場所
  

137 :ジョン・キロックノン:2014/05/26(月) 18:57:45.37 ID:???0
  〜 Paul McCartney / Silly Love Songs
  
@YouTube



  (小林)
  「心のラブソング」「Silly Love Songs」 が流れました。
  今日は 1966年代「ポールがブラスセクションやりたくてしょうがなかった」っていうことで、もう、自由にやっていましたね。
 
  これは、ゴールデンウィーク前に いただいたんですが。
  ゴールデンウィークは ご主人が毎年田植え。

  (茨城県稲敷市/女性)
  残された私は 好きなように過ごしています。
  ラジオは 私の生活の一部で、
  ラジオから流れる音楽やトークにも癒され、励まされています。

  (小林)
  ということで、どうでしたか? 
  たっぷりと Silly Love Songs を お楽しみいただきました。

138 :ジョン・キロックノン:2014/05/26(月) 18:59:43.93 ID:???0
  (市原市/男性)匿名希望
  毎週「ビートルズから始まる」を録音しています。
  高校3年の卒業式の時 流れた、The Long And Winding Road
  懐かしくって。
  今から32年前の曲をリクエストします。

  (小林)ていうことで。
  これは、Long And Winding Road は先週のオープニングでおかけいたしました。
  やっぱり、あの、これは何ていうんですかね。
  あの時かけたのは、フィル・スペクター(Phil Spector)というプロデューサーが、もう混乱していたビートルズを救った、というか。
  彼のアレンジで Long And Winding Road は重厚なものになったんだけども、ポール・マッカートニーは嫌いだった。
  ていう風なこともお話ししました。
  そこで、今日はですね, Long And Winding Road を、ポール・マッカートニーが自分でやった、「Naked」のバージョンがあります。
  これは、先週かけたやつほど お馴染みじゃないかもしれませんが。
  頭の中で、あれ鳴ってますかねえ? Long And Winding Road 
  本来の Long And Winding Road
  こっちは ポール・マッカートニーがやった Long And Winding Road をおかけしますので。
  こっちを 一つ、聴いていただきたいと思います。
  いいですね?
  ネイキッドの Long And Winding Road
 
  〜 The Beatles / The Long And Winding Road(Naked)
  
@YouTube



  (小林)どうですかぁ?。
  Long And Winding Road 違ってたでしょう?
  やっぱり、本家の方はね 大げさなコーラスだとかストリングスを使ってるけど
  それを「みんな取っ払っちゃった」ていう意味で「Naked」ていう風な名乗り方をしたわけですけども。
  こっちはあれですね ポールのボーカルが もうど真ん中でハッキリ聴こえる。
  だから、語尾の細かな震えまでも聴こえるような。
  だから、どちらかというと、フィル・スペクターの本家本元の方は、景色だとか、そういったものを楽しませてくれるんだ。
  こっちはあれですね、教会でポールたちが奏っているような、感じでしたねw。

139 :ジョン・キロックノン:2014/05/26(月) 19:01:14.93 ID:???0
  BGM 〜 The Beatles / Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band (Reprise)
  
@YouTube



□エンディング  
  (小林)「ビートルズから始まる」いかがですか?

  シンシアの手記による ビートルズのお話し。
  ジョンとの恋物語。
  いよいよ ハンブルグへ行きそうですよ。ハンブルグへ。
  実は、ハンブルグへ行くことによって ビートルズは・・・
  そうですね、一つも二つも 大きなグループになるんです。
  もう、ハンブルグへ行ったら 大変な苦労するんですよ。ねえ。
  まだ 曲目なんか 沢山無いのに、一日5時間以上奏ったりするんだよ。
  そういうビートルズの話しも、お送りすることができると思いますので、待っていてください。
  
  それから リクエストの方もよろしくお願いいたします。
  リクエストはもう、皆さんの そのままの感じでいいですから。
  何が聴きたいとか、どういう事があったとか、どういう体験をした人間だとか。
  まあ、好きなこと書いて、お待ちしています。
  読むの楽しみにしておりますのでね。ハイ。
  そして採用の方にはもれなくイシイのミートボールなどセットにしてお送りしております。
  これはほんとにありがたいですよw。弁当に使ってもいいしwそのまま食べて酒のつまみにしてもいいしw。
  小林克也でした。

140 :ジョン・キロックノン:2014/05/28(水) 12:50:51.19 ID:???0
■石井食品Presents「ビートルズから始まる。」bayfm 78.0MHz
 2014年5月25日(日)18:00〜19:00 放送内容  DJ:小林克也

  BGM 〜 Instrumental / Eleanor Rigby
  
@YouTube



□ビートルズカレンダー(5月25日)
 ・1963年(今から51年前の今日)
  時期的に言うとね、ビートルズはイギリスで すごい事になり始めています。
  2枚目のシングル「Please Please Me」に続いて「From Me to You」これもイギリスで1位になって。
  もう これはすごい事になってるわけです。超右肩上がり。
  とにかく「この勢いをキープしないといけない」ていうことで、「電波の露出をどんどんやろう」ということでね。
  結果、ビートルズはデビュー8ヶ月にして、BBCでラジオのレギュラー番組を持って。
  このタイトルが「Pop Go The Beatles」というタイトル。
  最初は4回だけの予定がですね、あまりのすごさに、最終的には15回までやったっていうから。
  BBCは当時はね、レコードをかけ過ぎると、レコードをかけるじゃないですか?
  そうすると売り上げを邪魔することになる、と思って、基本的に生演奏の番組が主流だったんですよね。昔はね。
  で、今日はですね、その51年前の今日 録音されたものじゃなくて。
  51年前の今日、BBCの第2スタジオ、エアリアンホール、ここで その番組のための録音をやってるんですよね。
  「From Me to You」「Everybody's Trying to Be My Baby」「Do You Want To Know A Secret?」「You've Really Got a Hold on Me」「Misery」とか
  「Hippy Hippy Shake」とか、奏ってるんですけど。

141 :ジョン・キロックノン:2014/05/28(水) 12:52:31.65 ID:???0
(続き)
  今日、51年前の今日 録った音源が無いので、これに一番近い音源じゃないかと思われる、去年発売になった「On Air Live at The Beatles.Vol2」
  この中から。
  でも、これは 僕は、アメリカの放送を聴いてて知ったんですけど、BBCには この頃のやつは ほとんど残ってないんだって。w
  で、その去年発売されたCDのプロデューサーがね、丁寧に 自分の番組のディレクターの元に行って「こういうの やりたいんだ」って
  で、「ディレクター、あなたは持ってませんか?」で、「テープで あるよ」て言うの。
  そのディレクターが持ってたテープ。
  それから、リスナー達、それも自分が知ってるリスナー達が、オンエアーから録音したやつ。
  それが入ってるらしいよ。この「 Live At The BBC」ていうのは。
  ですけども、まあ、その時の雰囲気ってのは 伝わると思います。
  51年前の 今ごろ、ビートルズがスタジオでやった音は こういう音だったわけですね。
  ビートルズの持ち歌ではありませんでした。 
   
  〜 The Beatles / The Hippy Hippy Shake
  
@YouTube



  (小林)ザ・ビートルズ  The Hippy Hippy Shake
  ポール・マッカートニーがリードボーカルを取っていましたけども。
  このCDをやったプロデューサーの話しによると、この頃ビートルズを担当したディレクターが、レーティングを付けてるんだって。
  で、ボーカルは、ジョン・レノンはOK。それで、ポール・マッカートニーはOKじゃない、ちょっと ? マークが付いていた っていう話し。
  これでも 付いていたんだよ。
  だから、その頃 ジョン・レノンの響きっていうのはすごかった、てことなんですかねえw。
  個人的なものだったのかねえ。面白いですね。
  ポールだって「これは?」って疑問符が ちょっとあったらしいです。

142 :ジョン・キロックノン:2014/05/30(金) 13:34:22.29 ID:18YXBlEX0
□ストーリー
 ・「やあ!、ポールだけど。
  ビートルズのポールだ。知ってるよね?
  単刀直入に言うけど、ビートルズでドラムを叩いてくれないかな?
  もちろん 正式メンバーだ。
  すごく急いでるんだよ。
  もし可能なら、明日からでも どうかな?」

  この ポールと名乗っている言葉の主は、ジェイムス・ポール・マッカートニー。
  70歳を越えた現在でも、全世界をツアーで飛び回っている あのポール・マッカートニーである。
  この数年後には、ビートルズの音楽的リーダーとして、ロックの世界で トップのトップの そのまた一番天辺のさらに先っぽにまで登りつめる人物。
  そのポールが、「ドラマーとしてビートルズに加入しないか」と誘っている相手の名は、ピート・ベスト。
  1960年の8月の時点で、ビートルズには決まったドラマーはいなかった。
  そんな彼らに 夢のような話しが舞い込んできた。
  外国での演奏の仕事。

  「君らのバンド=ビートルズなんだけど、ハンブルグのナイトクラブに出てみないか?
  6週間の仕事だ。
  いやなに、そんな心配はいらない。
  ギャラだって そう高くはないけど、そこそこは出る。
  どうだ? いいチャンスだと思うよ。」
  
  こう誘ってきたのは 地元リバプールのプロモーター=アラン・ウィリアムズ。
  この男は ここのところ急激に数が増えたビートバンド、つまりロックンロールやリズム&ブルースを演奏するギターバンドに注目し、
  そういったブームに乗っかろうと頭角を現してきた。
  ドラマーの問題は、ピート・ベストが飛びついてきたことで難なく解決。
  こうして1960年8月16日、ピート、スチュ、ジョン、ポール、そして最年少であるジョージの5人は、リバプールからドイツのハンブルグを目指して旅立って行った。
  
  こうしてお送りしているビートルズの物語は、ジョン・レノンの最初の妻となる女性シンシア・パウエルが 直接ジョンから聞いた話しをまとめたもの。
  ビートルズに関する文献の中でも、トップクラスに信憑性の高いシンシアの手記から、このあともたっぷりお届けすることにしよう。

143 :ジョン・キロックノン:2014/05/30(金) 13:35:13.74 ID:???0
  〜 The Beatles / Free as a Bird
  
@YouTube


 
  〜 The Beatles / Norwegian Wood
  
@YouTube



  (小林)いかがですか、2曲続きましたね。
  まあ、ある意味有名な曲です。

  Free as a Bird は、ジョン・レノンが作っていた カセットに残っていた。
  オノ・ヨーコが見つけたテープを基に ビートルズの3人が作り上げたもの。
  「アンソロジー1」に入っている Free as a Bird

  そして Norwegian Wood。
  ジョージ・ハリスンが初めてシタールを演奏した有名な曲です。
  ノルウェーの森。

144 :ジョン・キロックノン:2014/05/30(金) 13:35:49.99 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「ビートルズは 本格的なロックンロールとリズム&ブルースを演奏するバンドを目指していました。
  でも、ハンブルグに行く前のビートルズには、正式なドラマーがいなかったんです。
  そんな中、ピート・ベストにポールが直接電話をして、彼に“一緒にハンブルグに行かないか?”って誘ったんです。
  思い立ったらすぐに行動に移す、これこそが まさにポール・マッカートニーですね」

  こう話してくれたのは、ジョン・レノンの最初の妻となるシンシア・パウエル。
  ジョンに関することは全て 彼本人から聞いたこと、という極めて信憑性の高いシンシアの手記から、この物語は続く。
  
  ビートルズに新加入したドラマー=ピート・ベストは人柄が良く、とても物静かで、どこか陰りのあるルックスで、官能的でさえあり、いつも女の子に取り囲まれていた。
  ビートルズの他のメンバーがリハーサル中、ずっと遠慮も加減もなく お互いをからかいあったり、皮肉っぽい冗談を飛ばしている間でも、
  ピートはほとんど物を言わず、一人自分だけの世界にいるかのようだった。
  感情を表わすこともめったにない。
  ハンブルグに行くことも、他のメンバーと同じくらい嬉しいはずなのに。
  到着後 他の四人が「よう!。ドイツ人ども!。はるばる、はるばる、やって来てやったぜ〜!」などと叫びながら、飛び跳ねるようにはしゃいでいる横で 
  ピートは肩をすくめ、ニッコリするだけで、あとは黙々と自分のドラムのセッティングをしていた。

  ハンブルグへの巡業について、メンバーのほとんどの親は応援していた。
  ジョージの両親は、とても素敵な夫婦で、まだ若い息子に対して、自分の夢に向かって進んで欲しいと願っていた。
  母のルイーズは、ハンブルグでは くれぐれも体に気を付けるように 念を押し。
  同行するマネージャーのアラン・ウィリアムズには「キチンと息子の面倒を見るように」とお願いした。
  こうしてジョージの母親は、息子に綺麗に洗濯した服を着せ、お手製のスコーンを一缶持たせて送り出した。
  無理もない。この時のジョージは まだ17歳だったのである。

145 :ジョン・キロックノン:2014/05/30(金) 13:37:11.41 ID:???0
  〜 The Beatles / Do You Want To Know A Secret?
  
@YouTube



  〜 The Beatles / Nowhere Man
  
@YouTube



  (小林)1965年「ラバーソウル(Rubber Soul)」のアルバムに入っています。
  いかにも、この頃の ジョン・レノンのメッセージ っていう感じです。Nowhere Man
  「ラバーソウル」あたりからね、ジョン・レノンはそういう風なものを込めるようになりましたね。

  そして、その前は、1963年「プリーズプリーズミー(Please Please Me)」から Do You Want To Know A Secret?
  ジョージ・ハリスンがリードボーカルを取っていました。

146 :ジョン・キロックノン:2014/05/30(金) 13:38:18.93 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「ジョージ、仕事はきちんとしなきゃいけないけど、無理はダメよ。
  シャワーはきちんと毎日浴びて、食べ物にも気を付けて。
  まだ17歳よ。お酒はダメ。
  それじゃあ、ウィリアムズさん、息子たちをよろしくお願いします」
 
  この言葉の主は、ビートルズのギタリスト=ジョージ・ハリスンの母親ルイーズ。
  息子たちのバンド=ビートルズをドイツのハンブルグに送り出す 別れの瞬間である。
  ルイーズに「ウィリアムズさん」と呼ばれているのは、リバプールのプロモーター=アラン・ウィリアムズ。
  この人物は、ここのところ急激に数が増えたビートバンド、つまりロックンロールやリズム&ブルースを演奏するギターバンドに注目し。
  そういったムーブメントに乗っかろうと 頭角を現していた。
  もちろん、詳細にまで及ぶ史実は、ジョンの最初の妻シンシアの手記にまとめられたもの。
  シンシアの自分の眼で見たり、ジョンから直接聞いたことがらをまとめた彼女の手記から もう少し続けてみることにしよう。

  17歳のジョージは まだ子ども扱いされていたのに対し、一つ年上のポールは ずっとしっかりしていた。
  しかし、ポールの父親ジムは、初めは息子の活躍を 不本意ながらという感じで受け留めていた。
  依然としてジムは、ポールには教育大学に進学して欲しいと願っていたのである。
  しかし、ポールの気持ちは ほぼ100%ビートルズとしてロックの世界で成功することに移行していたし、
  ジムも 息子の成功を祈る暖かい気持ちで、ポールをハンブルグに送り出した。
  ピートの母親は、ずっと以前からショービジネスの世界に入りたいという息子の気持ちを激励していたので、
  今回の巡業を 自分の事のように喜んでいた。
  最年長のスチュは、以前から 親からは独立していたので問題は無し。

  残る ジョン・レノン。
  彼の育ての親であるミミ伯母さんだけは、ビートルズのハンブルグ行きに 全面的に反対していたのである。

147 :ジョン・キロックノン:2014/06/01(日) 00:48:19.73 ID:???0
  〜 The Beatles / I Am The Walrus
  
@YouTube



  〜 The Beatles / You've Got To Hide Your Love Away
  
@YouTube



  (小林)1967年「マジカルミステリーツアー(Magical Mystery Tour)」に入っていました、I Am The Walrus、ジョン・レノン。
  やっぱり、マジカルミステリーツアーっていうのは、ご存知の通り ポールがものすごく積極的だったけど、ジョンは「ん〜」っていうことで
  こういうねえw、こういうのがあるから ミステリーツアーもマジカルミステリーツアーになっちゃうんですよねw。
  
  で、You've Got To Hide Your Love Away
  これはアルバム「HELP!」の中に入っています。
  ディランの影響を受けたのかもわかりません。
  フォークロック風です、You've Got To Hide Your Love Away

148 :ジョン・キロックノン:2014/06/01(日) 00:49:27.86 ID:???0
□リクエスト
  (小林)採用の方にはイシイのミートボールなどセットにして差し上げております。
  メールのアドレスは beatles@bayfm.co.jp

  (栃木県日光市/男性)60代
  最近 運動不足解消のため、サイクリングにハマっています。
  録音した番組を持ち出し 新緑の公園などで聴いては 悦に入っています。
  お金のかからない最高の過ごし方です。  

  (小林)ていう、
  で、また(男性)さんのリクエストが渋いです。
  1980年代後半、ちょっと脚光を浴びたブルース・ホンスビー(Bruce Hornsby)「The Way It Is」というヒット曲があるんですが。
  この人は、なんていうんですか、ピアニストとして優れていて、いろんなアーティストに愛された人でもあるし。
  そして、やっぱりあれですね、自分の音楽を作った時に、彼じゃないと書けないようなものを出しましたね。
  そんな所に(男性)さんは、やっぱり気に入ってるっていうことで。
  これはねえ 渋いですよ皆さん。
  ブルース・ホンズビーという、今でも活躍している人なんですけども
  彼のアルバムに入っている曲です。Mandolin Rain

  〜 Bruce Hornsby / Mandolin Rain
  


  (小林)ブルース・ホンズビーの「Mandolin Rain」ていう。
  この人は グラミー賞の新人賞を獲得して。
  もう「すごい人が現われた」みたいな感じで。
  その賞の対象になったのは「Just the Way it Is」ていう曲で。
  ただ、この人にもっと詩のすごいパワーみたいなものがあったら、もっともっとすごい事になっていたかもわかんない人なんですよね。
  ピアノの腕はもう抜群で、いろんな所から呼ばれた人です。
  レコード会社としても、ピアニストとして、レコード会社が契約しようとしたことも有ったほどです。

149 :ジョン・キロックノン:2014/06/01(日) 00:50:30.30 ID:???0
  (我孫子市/男性)
  4月から新しい職場になったのをきっかけに、聴き始めました。
  5月になってグッタリしている僕に 職場の先輩方が「5月病か?」なんて言いますが、違うんです。
  いまだに引きずっている「あまロス」なんです。
  ゴールデンウィークに最終回を見直したのがいけなかった。
  天野 アキちゃんが恋しい。
  この程度で、我ながら女々しいなどと思いつつ、すぐに傷つく僕は、ビートルズの解散にリアルタイムで立ち会えなくて良かったのかもしれないと感じております。
                                         (小林)www
  克也さんにも そういうものはありますか?

  (小林)
  僕は そういうのは あんまり無いですね。
  自分の方から サヨナラしちゃう方w だからw
  (男性)さんのリクエストは「『潮騒のメモリー』をお願いします」
  ええ、天野春子で行きましょう。

  〜 小泉今日子 / 潮騒のメモリー
  


150 :ジョン・キロックノン:2014/06/01(日) 00:51:14.30 ID:???0
  〜 The Beatles / Let It Be
  
@YouTube



  (茨城県稲敷市/女性)
  我が家では、毎年主人が田植えの手伝いです。
  母は、あの有名な江戸崎かぼちゃの手伝いに行っています。
  世間では、海外旅行行ったり、バーベキューをしたりと、楽しい時間を過ごしているようですが。
  我が家では考えられません。
  主人に「映画に行きたい」と言うと、一緒に行ってくれそうなので喜んでいます。
  あと、我が家に久しぶりにツバメが訪れました。
  二羽のつがいのツバメは一生懸命巣作りに励んでいます。
  その姿を見ているだけでも 心が和みます。
  二羽で巣作りに励んでいるので、巣作りもずいぶん出来てきました。
  ツバメは幸福の 幸せの使者と言われていますよね。
  我が家にも幸せが訪れますように。

  (小林)という、Let It Be
  

151 :ジョン・キロックノン:2014/06/01(日) 00:52:42.53 ID:???0
  BGM 〜 The Beatles / Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band (Reprise)
  
@YouTube



□エンディング  
  (小林)「ビートルズから始まる」いかがでしたか?

  リクエスト ほんとにありがとうございます。
  いろんな年齢層の、いろんな音楽ファンからの リクエスト。 
  そして、短いお便り。
  楽しみにしておりますので よろしく。
  
  それから、話しの方は。
  いよいよビートルズ、ハンブルグへ行くんですけども。
  ハンブルグの体験は、ジョン・レノンは、シンシアに話してないでしょう。w
  そういう風なw ハンブルグはけっこう・・・w
  ハンブルグは 「ハ」が付く「羽目を外すハンブルグ」ですから。
  そこら辺は お伝えできるかどうか 分かりませんけれども。
  他の資料なんかからw 拾ってw いつかお伝えできると 思っております。
  
  リクエスト よろしくお願いしますね。
  beatles@bayfm.co.jp
  です、よろしく。

152 :ホワイトアルバムさん:2014/06/01(日) 18:41:00.08 ID:yqI6SvkL0
このスレのこと触れられたな

153 :ジョン・キロックノン:2014/06/02(月) 18:38:19.98 ID:???0
■石井食品Presents「ビートルズから始まる。」bayfm 78.0MHz
 2014年6月1日(日)18:00〜19:00 放送内容  DJ:小林克也

  BGM 〜 Instrumental / Eleanor Rigby
  
@YouTube



□ビートルズカレンダー(6月1日)
 ・1973年(今から41年前の今日)
  ウィングズ(Wings)の、ポール・マッカートニーのウィングズのシングル、イギリスで発売になりました。
  「Live And Let Die」 これわかりますかぁ? Live And Let Die ていうと。
  今でも続いている あの「007シリーズ」の「Live And Let Die」「死ぬのは奴らだ」ていう日本語のタイトルが付いていました。
  これを、サントラをジョージ・マーティンが担当していて。
  ジョージ・マーティンからポールに要望、要請が来ます。
  「実はあの、俺は007の仕事をやってるんだけど、主題歌をポール・マッカートニーやってくれないか?」ていうことで。
  これはポールはどういう風に答えたか 知りませんけど。
  ポールはね、こういう風な仕事 速いんで。
  きっと「OK」って言って、速く書いたんだと思います。
  その頃、ポールの状態は?、ていうと、ビートルズの解散から3年が経っているわけですね。
  で、みんな4人 それぞれソロで忙しい。
  その中でも「ツアーが大好物」と豪語するほどのポールですから、
  もう、「生涯現役ロッカー」を宣言したポールです。
  まあ、ご存知の通り、今でもポールは元気にやってるわけです。
  70年代は、ツアーに家族全員を連れての大移動。
  もう、子供も、ねえw、本当に なんか犬まで連れてる ていうようなイメージが僕にはあったんですけども。それは、よくわかりません。
  最初のアルバム「McCartney」はポールの完璧なソロ。
  そして「RAM」はポールとリンダの名義でした。
  その次からは ウィングズとして活動を続けます。
  そのウィングズとして Live And Let Die を奏っているわけです。

154 :ジョン・キロックノン:2014/06/02(月) 18:40:02.61 ID:???0
(続き)
  ストラビンスキーを思わせる派手なオーケストレーションに関して ポールは
  「ジェームズ・ボンドと言ったら、轟音と銃声のイメージなんで、それをイメージして書いた」と語っています。
  これ「映画の中で演奏して欲しい」っていうのが、最初のリクエストだったみたいですけども。
  「それはちょっと、ちょっと勘弁してよ、ジョージ・マーティン」ってことで、実現しませんでした。

  じゃあ、ウィングズのシングル、改めて、そういうことで、ね。
  今から41年前イギリスで シングルとして発売になった。
  これはねえ、「My Love」は その前のシングル「My Love」は1位になりますけども。
  UKではイギリス7位、アメリカ2位、トップは逃しました。
  アメリカでウィングスを阻止したのは、ダイアナ・ロス(Diana Ross)の「Touch Me In The Morning」そしてストーリーズ(Stories)の「Brother Louie」その曲だったそうです。
  じゃあ、改めて41年前の今日発売の、ウィングズ Live And Let Die

  〜 Paul McCartney & Wings / Live And Let Die
  
@YouTube



  (小林)Live And Let Die

155 :ジョン・キロックノン:2014/06/04(水) 21:05:36.03 ID:???0
□ストーリー
 ・「ビートルズにとって 最初の大仕事となるハンブルグ巡業に際して
  ジョージの母親は、まだ17歳の息子を気持ち良く 送り出してくれましたし
  一つ年上のポールの父親のジムは 依然として ポールには教育大学に進学して欲しい」と語ってはいましたが。
  ジムも息子の成功を祈る暖かい気持ちで 見送っていました。
  ピートの母親は、ずっと以前からショービジネスの世界に入りたいという息子の気持ちを激励していたので
  今回の巡業を 自分の事のように喜んでいましたね。
  最年長のスチュは、以前から 親からは独立していたので問題は無し。
  残る ジョン・レノン。
  ジョンの育ての親であるミミ伯母さんだけは、ビートルズのハンブルグ行きに全面的に反対していたんです。
  これが一番 大変でした」

  こう話してくれるのは、ジョン・レノンの最初の妻となるシンシア・パウエル。
  ジョンに関することは全て 彼本人から聞いたこと、という貴重で信憑性の高いシンシアの手記から、今週もスタートしよう。

  ミミはハンブルグ巡業に 酷くショックを受けていて、ジョンを思い留まらせるために 考え付く限りの手段を講じた。
  それまでジョンは 音楽に対する情熱を、ミミの前ではほとんど隠していた。
  ミミから「ギターを弾くのはけっこうであるが、決して将来 音楽で食べて行くことはできない」という言葉を常々聞かされていて、いいかげんウンザリしていたからであった。
  ほんの 1〜2年前までは ミミにバンドを組むこと自体を禁止されていたので、彼女には音楽活動をしていることを隠し、いつでも嘘をついていた。
  バンドの練習は 友達の家か大学でして、夜クラブで演奏する時は「友達と出かけてくる」と言って家を出た。
  こんな具合であったから、ジョンがバンドを結成しているだけでなく、
  いつの間にかそのバンドの一員、いやリーダーとして何週間もの間 外国での演奏に呼ばれることになっていたと知り。
  相当なショックを受けていたのである。

  それでもやはり ミミは強硬路線を曲げたりはしなかった。
  さて、ジョンが言うことを聞いてミミが勝つか、それともミミが諦めるのか、
  周りはいつも以上に注目していたことは 言うまでもない。

156 :ジョン・キロックノン:2014/06/04(水) 21:06:47.98 ID:???0
  〜 The Beatles / Revolution
  
@YouTube


 
  〜 The Beatles / The Word
  
@YouTube



  (小林)2曲続きましたね。

  Revolution は「Hey Jude」のB面だった曲ですよね。
  ニッキー・ホプキンス(Nicky Hopkins)というピアニスト。
  フェンダーローズで参加しています。
  
  そして、いま聴いたのは The Word ビートルズ。
  もちろん「ラバーソウル(Rubber Soul)」のアルバムに入っている。
  最初のサイケの、サイケデリックの曲 と言われる曲であります。

157 :ジョン・キロックノン:2014/06/04(水) 21:08:38.16 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「私は最初から、ジョンの育ての親ミミ伯母さんとは相性が良くなかったんですが。
  それにしても、ハンブルグ行きに関して、伯母さんのジョンへの攻撃はすごいものでした。」
  こう話してくれたのは、ジョン・レノンの最初の妻となるシンシア・パウエル。
  書いてあること全て、シンシアが遭遇したか、ジョン本人から聞いたこと、という貴重で信憑性の高いシンシアの手記から、まだこの物語は続く。

  ジョン・レノン率いるビートルズがハンブルグに行くと知ったミミ伯母さんは、強硬な路線を曲げることなく、ジョンに攻撃を仕掛けてきた。
  伯母さんはジョンに向かって舌打ちし、説教し、「大学に戻って 大人しく勉強しろ!」と怒鳴りまくった。
  いや、怒鳴るだけではない。時に泣いて お願いしてくることもあった。
  それでも ジョンの信念は堅く、その決心を変えることは無かった。
  結果、とうとうミミ伯母さんも承諾するしかない場面を迎えた。
  ジョンの勝利である。

  ハンブルグに出発する少し前に、ジョンからシンシアに電話がかかって来た。
  「あ、俺、ジョン。
  伯母さんが親戚んちへ出かけてて、夜まで帰って来ないんだよ。
  こんなラッキーなことは無い。すぐに来いよ!
  出来るだけ速くな」
  ジョンに急き立てられて シンシアはミミ伯母さんの家に行った。
  ジョンはカメラを借りてきて、ドイツに持っていくシンシアの写真を撮り始めた。
  ジョンもまだ19歳の健康な男子である。
  何週間も恋人と離れ離れになることは 相当辛いことであった。
  「そうそう、そうそう。もっとエロティックにさ。
  そう、髪を掻き上げて、そんで、スカート少し巻くって。
  いいね、いいね。
  こんどは後ろ向いて」

  まるでグラビアの撮影である。
  基本的には真面目な女子大生であるシンシアも、ジョンのために出来るだけブリジッド・バルドーぽく演じて見せた。
  二人だけのフォトセッションのあとは、もっと楽しいこと、つまり二人は愛し合った。
  その後は暖炉に薪をくべて、冷蔵庫にあるものを手当たり次第に食べた。
  そんな甘く大切な時間を引き裂くかのように、突然電話のベルが鳴ったのである。

158 :ジョン・キロックノン:2014/06/04(水) 21:10:15.59 ID:???0
  〜 The Beatles / Rain
  
@YouTube



  〜 The Beatles / A Taste of Honey
  
@YouTube



  (小林)2曲続きましたよ。

  「Paperback Writer」まあ、日本にビートルズが来るころのヒット曲の、そのB面が Rain ていう。
  さっきかけた。

  3曲目が、 The Word サイケデリック。
  そして Rain が それをもっともっとw。
  あのころ どう思ったのかなあ、日本の女の子たちは。
  Rain を聴いて。
  
  そして 今聴いたのは A Taste of Honey
  61年の 映画の主題歌です。
  もともとは ハーブ・アルパート(Herb Alpert)という、ティファナ・ブラス(The Tijuana Brass)ていう。
  メキシコ風のブラスセクションで、A Taste of Honey てのは大ヒットしたんですが。
  それのカバーで、やはりポールのアイデアで取り上げていますね。
  A Taste of Honey

159 :ジョン・キロックノン:2014/06/04(水) 21:11:33.82 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「そうそう、そうそう。もっとエロティックに。
  そう、髪を掻き上げて、そんで、スカート少し巻くって。
  いいね、いいね。こんどは後ろ向いて。もらおう かな」
  まるでグラビアの撮影である。
  カメラマンは この時19歳のジョン・レノン。
  ハンブルグに巡業に出かける直前、恋人のシンシアの写真を持って行こうと 不慣れな手つきで写真を撮っていた。
  基本的には真面目な女子大生であるシンシアも、ジョンのために出来るだけブリジッド・バルドーぽく演じて見せた。
  二人だけのフォトセッションのあとは、もっと楽しい時間。そう、二人は愛し合った。
  その後は暖炉に薪をくべて、冷蔵庫にあるものを手当たり次第に食べた。
  そんな甘く大切な時間を引き裂くかのように、突然電話のベルが鳴ったのである。
  もちろん電話にはジョンが出た。
  かけて来たのはミミ伯母さん。
  ジョンもシンシアもなぜか緊張した。
  ジョンが切り出した。
  「伯母さん、ジョンだけど。
  そろそろバスで帰って来る時間だね」
  するとミミからは意外な回答が。
  「それがね ジョン。こっちは霧がひどくて、交通規制されちゃって。バスが走れないのよ。
  だからね、明日の朝早く帰るから。晩御飯は家にあるもので何とかしてほしいの」
  ジョンはガッツポーズで答えた。
  「ああ、もちろん大丈夫だよ!。なにも心配しないで。
  こっちは うまくやっとくから!」
  降って湧いたような幸運に ジョンもシンシアも 信じられないと思った。
  そうなると シンシアに必要なのはアリバイ工作。
  親友のフィルに電話して事情を説明。
  次に母親に電話して、大学のレポートを書くためにフィルの家に泊めてもらう、と伝えた。
  もちろん、母親は全く疑っていない様子。
  全ては完璧である。
  こうしてジョンとシンシアは付き合い出してから初めて一晩を一緒に過ごした。
  ジョンのシングルベッドに一緒にもぐり込んで、体を丸めて抱き合って眠った。
  ベッドは少しも小さいとは感じない、二人の夜であった。

160 :ジョン・キロックノン:2014/06/04(水) 21:12:58.63 ID:???0
  〜 The Beatles / Anna (Go To Him)
  
@YouTube



  〜 The Beatles / Ticket to Ride
  
@YouTube



  (小林)2曲続きました。

  ビートルズの Anna
  アンナ ていう、女の子の名前ですけど。
「彼の所へ行けよ」っていう。エヘヘw
  不思議な歌ですよねw これねw。
  「もういいから、お前。行ってやれよ」ていう、そんな歌でしょうかね。
  
  Ticket to Ride
  これは65年の「HELP!」の中に入っていました。
  リードギターがポール・マッカートニーね。
  ジョージはちなみに12弦を弾いております。

161 :ジョン・キロックノン:2014/06/05(木) 17:27:50.41 ID:???0
□リクエスト
  (小林)リクエスト採用の方にはイシイのミートボールなどセットにしてもれなく差し上げています。
  メールアドレスは beatles@bayfm.co.jp

  (富士見市/女性)
  『2ちゃんねるの過去ログ』も また読ませてもらったり、かかった曲も検索できるので。
  「あ、こんな曲もビートルズなんだあ」って思いながら聴いています。
  いろんなエピソードも、とても興味深いです。
  ほんとにすごいですねえ。ビートルズも、克也さんも。  (小林)ww ついでに ありがとうw
  では、いちおうリクエスト Lovely Rita
  ミーターメイドのラブリーなリータで、どんな人だろうと思いながら聴いています。

  (小林)みんな そうでしょう。
  僕なんかはね、きっとね、「ミーター」 これは「メーター・メイド(Meter Maid)」ね、要するに駐車場のメーターがあるじゃないですか。
  あの1分経過2分経過っていう。それを見て回る駐車場係りの女の子。
  だから きっと「ラブリー」って言ってるけど そんなラブリーじゃないんじゃないか、とかさあ。w
  きっと そういう仕事をするから、のんびりした子なんだろうな。ひょっとしたらデブかな?とか、勝手なw。
  僕の頭の中だよw。みんなの頭の中じゃないからねw。言っとくけどねw。
  そういう風な想像をしたり しておりますけど。
  そういう想像をしながら(女性)さんも聴いたことでしょう。
  
  では、改めて Lovely Rita
 
  〜 The Beatles / Lovely Rita
  
@YouTube



162 :ジョン・キロックノン:2014/06/06(金) 13:36:35.73 ID:???0
  〜 The Beatles / Day Tripper
  
@YouTube



  (小林) Lovely Rita に続いて Day Tripper が流れました。
   
  (東京都台東区/男性)
  初めてリクエストさせていただきます。現在 大学1年です。
  数年前からバンドでベースを弾いているんですが。
  ビートルズというバンドを 名前だけ知っているという日々が続き、最近になり、気になり過ぎてアルバムを買いました。(小林)w
  この曲は そのアルバムの中で一番良いと思った曲です。
  「ビートルズって深いなあ」って、なんとなくですが思いました。
  
  (小林)ていう
  やっぱりあれですよ、どの曲が気に入るかっていうことで、その人のことが良く分かったり しますけど。
  (男性)さんのことは、ちょっと、分かる様な気がしますね。
  ビートルズの、なんていうの、ロックンロール系じゃないんだよね。
  こういうのが好きなんですよね。
  はい。

163 :ジョン・キロックノン:2014/06/06(金) 13:38:43.86 ID:???0
  (千葉市稲毛区/男性)
  「Meet The Beatles!」は日本盤の方が、アメリカ盤より選曲が良いような気がする。 (小林)ああ・・・
  CDでは日本盤も復刻してくれないかな。
  リクエストは All Together Now をお願いします。

  (小林)ていう
  そうだよね、その時の状態で、やっぱり、まあそのイギリス盤とアメリカ盤は違うのは、なんていうんですか 事情はねえ、ご存知だと思いますが。
  日本盤の場合はね、アメリカに準じてるわけでしょう。そうですよね?
  だから、どうなんだろうなあ。イギリス盤があるから イギリスを参考にしてやってるのかなあ?
  だけど 復刻するんだったら そういうのも・・・
  でもねえ、ちょっと混乱するから やらないんだろうなあ。
  はい、あなたの気持ちは分かりますが。
  じゃあ、(男性)さんのリクエストです。
  
  〜 The Beatles / All Together Now
  
@YouTube



164 :ジョン・キロックノン:2014/06/06(金) 13:40:30.85 ID:???0
  〜 John Lennon / Imagine
  
@YouTube



  (小林)いやあ、ビートルズの All Together Now から不意打ちのようにかかった、ジョン・レノンの Imagine。
  いかがですか?
  
  (匿名匿住所/女性)
  2002年から この番組を聴き始めて、もう12年です。
  小林克也様、リクエストを希望いたします。
  まったくビートルズを知らない私に、彼から教えてもらいました。
  公開録音も2回ほど行きました。
  盛り上がりましたぁ。
  とても楽しかったです。
  大好きな彼とは、事情があって離れることになりましたが。
  私にとって、ビートルズ、特にジョン・レノンは人生ソングの一つになりました。
  なんと、彼と何回も行ったジョン・レノン・ミュージアムの巨大スクリーンで流れていた「イマジン」をリクエストします。
                                  (小林)特別な感じでしょう。
                                      もし、ラジオを聴いていらっしゃったらねえ。
  二人の新しい門出に・・・ 

  (小林)お・・・、別れることになったんですか?
  別れることになったら、まあ 新しい門出は門出ですよねえ。
  だけどね、お互いにがんばっていただきたいと思いますよねえ。

  何となく、ビートルズていう 灯台みたいな。
  ああいう風に 生きているんだよなあ、ポール・マッカートニーとか。
  とか、そういうのって あるじゃないですか、目標が。ねえ。
  がんばってくださいね。
  どうも、リクエストありがとうございました。
  Imagine お送りしました。

165 :ジョン・キロックノン:2014/06/06(金) 13:42:08.62 ID:???0
  BGM 〜 The Beatles / Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band (Reprise)
  
@YouTube



□エンディング  
  (小林)「ビートルズから始まる」いかがでしたか?

  リクエスト、毎回ありがとうございますね。
  採用の方にはイシイのミートボールなどセットにしてお送りしておりますので、きっと喜んでもらえてると思います。
  よろしくお願いします。
  メールは 
  beatles@bayfm.co.jp
  こちらで。
  
  それぞれの方がね、さっきの匿名希望の方もそうだったけど。
  やっぱり、どれくらい生活の中にビートルズが入っているかっていう。
  人によっては「ビートルズを受け容れよう」っていう方と、
  「ビートルズ、もうこのくらいにしておこう」っていう距離を保つ方だとか、
  いろいろ いると思うんですよ。
  そういった方たちも、みんなありますよね。ビートルズ 聴きたい曲とかね。
  そういうのをリクエストしてください。
  待っております。
  
  そして、話しの方は、
  ジョン・レノンとシンシアの恋物語 みたいな感じです。
  でも、大きな ビートルズというグループがあるわけですよね、二人の恋の舞台には。
  でも、やがて その舞台からはシンシアは去って行く。
  ジョン・レノンは次に新しいパートナーを迎えるわけですよ。
  でも、どこら辺まで シンシアが言ってくれるか、ね。
  来週をご期待ください。

166 :ジョン・キロックノン:2014/06/09(月) 19:31:12.44 ID:???0
■石井食品Presents「ビートルズから始まる。」bayfm 78.0MHz
 2014年6月8日(日)18:00〜19:00 放送内容  DJ:小林克也

  BGM 〜 Instrumental / Eleanor Rigby
  
@YouTube



□ビートルズカレンダー(6月8日)
 ・1964年
  ビートルズが 世界的にブレイクした年。今からちょうど50年前の今日。
  「マネージャーのブライアンは、ロンドンに帰って来た」とありますけど。
  これ、順番に話しをすると。
  まあ、ビートルズがすっごい人気になってくるわけですね。
  そうすると、アメリカの方の芸能社がいろんな、ビートルズ以外のイギリスのグループでも興味を持ち始める。
  で、ブライアン・エプスタインは、マネージャーはNEMSという事務所を持っておりまして。
  そこに、いろんなグループを抱えているわけですが。
  ビリー・J・クレイマー(Billy J Kramer)というグループの仕事で、広報担当のトニー・バーロウと一緒にアメリカに行って。
  そして、正味2日間アメリカに滞在して、トンボ返りして。
  なんで トンボ返りするか?、まあ、いろいろ仕事があるわけですが。
  その一つの仕事が、ライブ業務=コンサート業務です。

  で、ブライアンとしては、クリスマスのショーをやらなきゃだめ。
  というのはね、ビートルズはアメリカで大々的に売れる前から、
  イギリスでは12月ぐらいからね、時によっては10日間 時によっては20日間「クリスマスショー」というのをファンのためにやっていたわけですね。
  それで、ブライアンが決めたのは、ビートルズの次に、自分は「これは行ける」と思っていたグループがいるんですが。
  ジェリー&ペースメーカーズ(Gerry & the Pacemakers)。
  このグループは、今日これから聴いていただこうと思いますが。
  やっぱり、この頃のビートルズのサウンドを、皆さんもうこの番組を通して ちょっと何となく頭にありますよね。
  で、ビートルズも 一本立ちでクリスマスショーをやる。
  ビートルズに続けとばかり、ジェリー&ペースメーカーズもクリスマスショーをやる、という事が決定するわけです。

167 :ジョン・キロックノン:2014/06/09(月) 19:37:10.39 ID:???0
(続き)
  12月の おそらく20日ぐらいから、年が明けて1月の10日ぐらいまで、やるわけですよ。借り切って。
  それで、ファンを集めて。
  それを ビートルズがやっていた。
  で、引き続きジェリー&ペースメーカーズもやるという事は決定した。

  忙しいですね、1964年、つまり50年前の今日、急遽アメリカからロンドンへ帰って来て、そんな仕事をしていた っていうことで。
  先ほど お約束した、その、ジェリー&ペースメーカーズ。
  これは初めて聴く人がいるかもわかりませんが。
  ジェリーっていう人はですね、ジェリー・マースデン(Gerry Marsden)て言うんですが、
  なかなか声も良いし、自分で作詞作曲をやるという才能もあります。
  で、プロデュースは「5人目のビートルズ」ジョージ・マーティンが この曲はプロデュースしています。
  マージー河を渡るフェリーの歌 なんですね。
  マージー河はリバプールの河ですね。
  いいですね? 行きますよ。
   
  〜 Gerry & the Pacemakers / Ferry Cross The Mersey
  
@YouTube



  (小林)Gerry & the Pacemakers の Ferry Cross The Mersey という曲で。
  どうですか? すごいドラマチック。いい曲書くでしょう? ねえ、ジェリー・マースデンは。
  それからアレンジを中心に、ジョージ・マーティンが担当したと思いますけど。
  なかなか すごいですよ。
  これは、おそらく65年になると「Yesterday」だとか「HELP!」のアルバムとか出るわけですが。
  その前ですよ。
  だから 相当ビートルズもやばい。
  それから、僕らは聴いていて ビートルズの、この頃はビートルズが断トツだと、いう風なイメージを懐きやすいけども。
  ビートルズ、ほら、デッカのオーディションで落ちたりするわけでしょ。
  だから、ビートルズ、人によってはビートルズより良いって思うようなグループが、いっぱいいたってことですよ。ね。w
  そういう世の中だったんです。

168 :ジョン・キロックノン:2014/06/13(金) 21:14:51.83 ID:???0
□ストーリー
 ・「ねえ、シン。俺もうあと2、3日でハンブルグに行かなきゃならない。
  当たり前だけど、そうすると君にも会えなくなる。
  だからね、俺が持って行く写真を撮らせて欲しいんだよ。ね? いいだろう」
  このセリフの主はジョン・ウィンストン・レノン。
  そう、このほんの数年後にはロックの いや世界の音楽シーンの中で、いやいや1960年代の若者文化とアート全てひっくるめても
  そのトップの頂点の さらにもっと先っぽの天辺に登りつめることになる あのビートルズのリーダー=ジョン・レノンである。
  お送りする物語は、ジョンの最初の妻となる女性シンシア・レノンの手記から録ったもの。
  ネタ元は 全てジョンから直接聞いた話し、あるいはシンシアの目の前で起ったことである。
  ビートルズにまつわる数限りない文献の中でも極めて信憑性が高く、貴重なストーリーを 今週も続けてみよう。

  1960年夏、そのジョン・レノン率いるバンドは、名称を「シルヴァー・ビートルズ」から正式に「ザ・ビートルズ」と改めていた。
  そして地元リバプールを含むマージーサイドと呼ばれる地域の数百というバンドを取り仕切るアラン・ウィリアムズの尽力により
  ビートルズはドイツ・ハンブルグでの仕事にありついた。
  それまでは、必要に応じて雇っていたドラマーも、同じ世代で女性にも人気があったピート・ベストに決定し
  あとは ハンブルグに出発するその日を待つばかり。
  
  プロとして ある程度の期間外国で過ごすなんて、冥利に尽きる。
  しかし、ジョンにとっての問題は、恋人のシンシアと離ればなれになること。
  無理もない、ジョンもシンシアもまだ19歳か20歳の男子と女子。
  哺乳類の生物としてシンプルに表現するならば、間違いなく発情期である。
  そこでジョンは考えた。
  「シンにエロい格好をさせて写真を撮る。で、その写真をハンブルグに持って行けばいいじゃないか」
  ジョンがさっそく行動に移すことにしたのは、言うまでもない。

169 :ジョン・キロックノン:2014/06/13(金) 21:15:33.08 ID:???0
  〜 The Beatles / Tell Me Why
  
@YouTube



  〜 The Beatles / You're Going To Lose That Girl
  
@YouTube



  (小林)2曲続きました。
  いずれも有名な映画で演奏していた ジョンの曲です。

  「A Hard Day's Night」から、64年、Tell Me Why
 
  そして今のやつは You're Going To Lose That Girl
  もちろん「HELP!」1965年

170 :ジョン・キロックノン:2014/06/13(金) 21:16:35.04 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「ねえ、シン。今度は髪を掻き上げて。そう、いいねえ。
  で、もっと胸を突き出してみようか。
  ああ、良かった。これで、充分だ。
  この写真さえあれば、ハンブルグでもなんとかなる。ありがとう、シン。
  僕、この超エロい君の写真 ドイツに持って行くよ。」

  このグラビア撮影のようなフォトセッションのカメラマンは、当時19歳のジョン・レノン。
  ハンブルグ巡業に出かける直前、恋人のシンシアの写真を持って行こうと 慣れない手つきで写真を撮っていた。
  基本的には真面目な女子大生であるシンシアも、ジョンのために出来るだけブルジッド・バルドーぽく演じて見せた。
  もちろんフォトセッションの後はもっと楽しい時間そう二人は愛し合った。
  さらにもっとラッキーな事が起こった。
  いま二人が楽しくやっている家の主でジョンの育ての親であるミミ伯母さんが、お出かけ先で濃い霧に見舞われ、バスも止まり、今夜は帰って来れない。
  という連絡が舞い込んだ。
  もちろんジョンとシンシアは飛び上がって喜んだ。
  シンシアはすぐに友人に電話をかけて、アリバイ工作を開始。
  全ては上手く収まり 二人は付き合い出してから初めて同じ朝を迎えた。
  翌朝までには霧も晴れシンシアは早めにジョンの家を出た。
  危険を冒すような事は避けたかったからである。
  ジョンと一緒に過ごした夜はこの上ない幸せに満ちていて二人ともせっかくの幸せをミミ伯母さんの突然の出現で台無しにしたくなかった。
  シンシアはジョンとの恋の話しをこう語ってくれた。
  「ジョンと私はものすごく心が寄り添っていたので、ジョンと数ヶ月も離ればなれになるなんて とても恐ろしい事に思えました。
  私たちはもう、2年近くも ほとんど毎日一緒に過ごして、長く別れ別れになるなんて 想像も出来ませんでした。
  おまけにプロモーターが言うには“演奏が認められると契約期間も延長される”ということで私の不安は更につのるばかりでした。
  “ああ、どうしよう。どうしよう” それが私の口癖になったのもこの頃からでしたね」

171 :ジョン・キロックノン:2014/06/13(金) 21:17:27.68 ID:???0
  〜 The Beatles / Strawberry Fields Forever
  
@YouTube



  〜 The Beatles / And I Love Her
  
@YouTube



  (小林)いかがですか。And I Love Her
  And I Love は知られた曲ですけども、これがかかるの久しぶりじゃないかな?
  1964年「A Hard Day's Night」に入っています。

  で、その前は 67年の有名な Strawberry Fields Forever

172 :ジョン・キロックノン:2014/06/13(金) 21:19:16.79 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「ジョンと私はものすごく心が寄り添っていたので、彼と数ヶ月も離ればなれになるなんて とても恐ろしい事のように思えました。
  “ああ、どうしよう。どうしよう”それが私の口癖になったのも この頃からでしたね」
  こう語ってくれたのは ジョン・レノンの最初の妻にして ジュリアン・レノンの母親。
  そしてビートルズに関する文献の中でも最も信憑性の高い手記の著作者でもあるシンシア・パウエル。
  このロックの歴史上 最も貴重な文章から 続けてみよう。
   
  ビートルズの最初のハンブルグ巡業の日が迫り、ジョンとシンシアは二人だけの取り決めを交わした。
  それはまず、お互いに 他の異性によそ見をしないこと。
  毎日 手紙を書くこと。
  そしてジョンは一方的にシンシアに対し「あまりタバコを吸い過ぎないように」ということも約束させた。
  しかし実際にはシンシアが吸うタバコの本数は一週間に2本程度で、ジョンが吸う一日に一箱以上という本数に比べると ほとんど吸っていないに等しかった。
  おそらくジョンは女性がタバコを吸うという事をかなり嫌っていて、シンシアにも完全にやめて欲しいと思っていたのであろう。
  そして残酷にもハンブルグへ旅立つ日がやってきた。
  地元リバプールのプロモーター=アラン・ウィリアムズは、自ら楽器とメンバーとを乗せたバンを運転し 
  フェリーを乗り継ぎ、ビートルズをハンブルグまで送り届けることになった。
  シンシアはジョンに別れを告げる際に、ずっと手を握り続け 何度もキスを交わし、名残惜しそうに自分の恋人に手を振った。
  そしてメンバーを乗せた車が見えなくなると、シンシアは一人 涙を流した。
  「私はハンブルグのことも、そこに住む女の子に関しても全く情報を持っていませんでした。
  帰って来てからも ジョンは私のことを相変わらず愛してくれるんだろうか?
  それだけが心配で恐くなるほど不安だったのです」

173 :ジョン・キロックノン:2014/06/13(金) 21:20:14.71 ID:???0
  〜 The Beatles / Happiness Is A Warm Gun
  
@YouTube



  〜 The Beatles / I'll Be Back
  
@YouTube



  (小林)2曲かかりましたね。

  I'll Be Back という、これは1964年。

  そしてその前は、悪名高きっていうか「ホワイトアルバム(The BEATLES)」に入っています。
  これは やっぱりすごい曲ですよね、ジョン・レノン。
  ジョン・レノンが、今日は音楽ずっと続いていますが。
  Happiness Is A Warm Gun

174 :ジョン・キロックノン:2014/06/14(土) 15:38:38.85 ID:???0
□リクエスト
  (小林)採用の全ての方にイシイのミートボールなどセットにしてお送りしております。
  メールアドレスは beatles@bayfm.co.jp

  これは、ちょっと前に届いたリクエストですが。

  (小平市/男性)
  この番組は毎週必ず聴いていますが、5月18日は聴けないはずでした。
  しかし、聴けちゃいました。
  理由はご存知の通り ポール様の来日公演が全て中止になってしまったから。
  なぜかポール様が日本に来るとコンサートを全くやらずに、刑務所とか病院とか、あまり行きたくないような所へ行く運命のようです。
  しかしながら、こういった事にも懲りずに ポール様には再々来日公演をぜひとも期待します。
  そこで、リクエストですが、この曲はスピード感があってものすごくカッコイイんですが。
  意外とライブでは披露されないナンバーです。
  5月25日現在、都内の病院に入院中のポール様の全快と再々来日公演の実現を祈念いたしまして、The Night Beforeをお願いいたします。
  今後も楽しい番組を期待しております。

  (小林)ていう。
  それでは(男性)さんのリクエストで The Night Before

  〜 The Beatles / The Night Before
  
@YouTube



175 :ジョン・キロックノン:2014/06/14(土) 15:39:46.94 ID:???0
  〜 Paul McCartney / Another Day
  
@YouTube



  (小林)やっぱ ポールへのリクエストはけっこう多いんですよ。ねえw
  しょうがないですか。
  今日は 前半はジョン・レノン、そして後半はポールという感じになるのかな。

  (船橋市/女性)
  今回のポールのライブは残念でしたねえ。
  せっかく大相撲本場所にぶつけた時期だった、というのに。
  ほんと無理は禁物です。
  まあ、相撲で言えば 寄り切られた感じかなあ。
  またの来日を楽しみに待っていますよ。
  日本のファンは温かく迎えますよ。
  リクエストはポールの「アナザーデイ」をお願いします。
  時節柄、克也さん スタッフの皆さん、どうぞご自愛ください。

  (小林)どうもありがとうございますw。

176 :ジョン・キロックノン:2014/06/14(土) 15:41:21.68 ID:???0
  (中野区/女性)
  シンシアが語るビートルズの歴史、楽しく聴いております。
  ドラマーのピート・ベストが加入して、いよいよハンブルグに旅立つところでしたね。
  ピートに加入してもらうためポールは、「思い立ったらすぐ行動」で、すぐに電話した、
  この話しを聞いた瞬間、「ポールは江戸っ子かい?」と思い、同時にある曲が頭から離れません。
  そこで、私もポールに習って、思い立ったらすぐリクエスト。
  美空ひばりさんの「お祭りマンボ」をお願いします。
  かかるかなあ?。
                  (小林)そうか、江戸っ子で このつながりで来てるわけですね。
  ポール元気になって また来てね。

  (小林)ていう。みんなポールがらみです。
  でも、(女性)さんはw、ポールの話しから連想して・・・。
  これ、古いよ!。
  ビートルズも おそらく中学生ぐらいの時のヒット曲じゃないかな。
  美空ひばり「お祭りマンボ」
  
  〜 美空ひばり / お祭りマンボ
  
@YouTube



177 :ジョン・キロックノン:2014/06/14(土) 15:43:19.12 ID:???0
  〜 The Beatles / Hey Jude
  
@YouTube



  (小林)
  盛り上がる Hey Jude。
  何回聴いても 盛り上がりますねw。

  (上尾市/女性)
  末娘がコマーシャルを見て「これ ザ・ビートルズ?」と「英語の授業で歌うよ」とのこと。
  「母さんも 英語の授業で歌ったよ」と、反抗期の娘と話しが盛り上がりました。
  ザ・ビートルズは親子三世代 世代を超えて話しが盛り上がりますね。
  
  (小林)という(女性)さん。
  どうもリクエストありがとうございました。

178 :ジョン・キロックノン:2014/06/14(土) 15:54:55.13 ID:???0
  BGM 〜 The Beatles / Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band (Reprise)
  
@YouTube



□エンディング  
  (小林)「ビートルズから始まる」今日はいかがでしたでしょうか?

  やっぱり、ポールのことがw いっぱい。ねえw。
  でも、ポールはちゃんと帰ってくれるって みんな思ってるみたいね。
  なにしろ、仕事が好きだからね。ポールはね。
  そういう人だから。
  はい。
  
  それから、リクエストよろしくお願いします。
  イシイのミートボールなどセットにして用意しておりまして。
  リクエスト採用の方には全て送らせていただいています。
  メールは
  beatles@bayfm.co.jp

179 :ジョン・キロックノン:2014/06/16(月) 18:15:12.67 ID:???0
6月15日放送分の「ビートルズから始まる」は
不明の原因により録音に失敗いたしました。
記録はお休みいたします。<m(__)m>

なお録音ソフトはRadikoolです。
4月以降順調に留守録できていて、
当日も別の時間の別の局の放送はちゃんと留守録されていました。
なぜかbayfmの方だけが録れていませんでした。(´・ω・`)

180 :ポール・キロックトニー:2014/06/16(月) 20:24:03.33 ID:???0
わたしも録音できていませんでした
がっくり

181 :ジョン・キロックノン:2014/06/23(月) 18:09:50.77 ID:???0
■石井食品Presents「ビートルズから始まる。」bayfm 78.0MHz
 2014年6月22日(日)18:00〜19:00 放送内容  DJ:小林克也

  BGM 〜 Instrumental / Eleanor Rigby
  
@YouTube



□ビートルズカレンダー(6月22日)
 ・1961年(今から53年前の今日)
  ビートルズは、これは歴史的なことなんですけども。
  西ドイツ、当時は西ドイツと言っていましたね。ハンブルグにおりまして。
  ハンブルグには イギリスのバンドが結構稼ぎに来ている。
  イギリスのシンガーも稼ぎに来ている。
  で、ビートルズがドイツでレコーディングした日なんです。

  レコーディングというとあれですよね、すぐビートルズファンは思い浮かんでいると思いますけども。
  その実態はですね、ビートルズは毎日、毎夜ですね、毎夜「トップテンクラブ」で演奏していた。
  で、トニー・シェリダン(Tony Sheridan)ていう、ビートルズより まあまあ格上のイギリスのロックシンガーも稼ぎに来ていた。
  それで、その組み合わせで、つまりトニー・シェリダンに歌わせて、バックがビートルズでレコーディングしようと。
  で、実際に奏っているのを見たらですね「これは なかなか上手いし、一発録りで録音する方が良い」ということで。
  西ドイツの有名なプロデューサー=ベルト・ケンプフェルト(Bert Kaempfert)は そう決めまして。
  これは説によると、幼稚園か学校のホールらしいんですけども。
  そこで、記念すべき ビートルズはバックバンドとして ですけども録音をするわけですね。

  で、夜フルに演奏するじゃないですか、クラブで。
  で朝、8時きっかりにビートルズを迎えにくる、車で。
  そして、録音をして、レコーディングをして、夕方からトップテンクラブに入って、またそこでライブのお仕事をして。
  それが終わったら、また戻って行って、そして再びトニー・シェリダンのバックで・・・
  もう、めっちゃクチャこき使われていた、めっちゃクチャタフなスケジュールですよね。ハードなスケジュールですよね。
  で、朝呼ばれて、まあその前の夜まで演奏していてw
  ちょっとしか寝てないですよ、朝8時にやるわけだから。

182 :ジョン・キロックノン:2014/06/23(月) 18:10:59.89 ID:???0
  で、朝呼ばれて スタジオへ行って、というか、学校か幼稚園のホールへ行って、最初に録音したのがこの曲です。
  おそらく もう皆さん聴いたことがある曲なんですけども。
  改めて今日聴きましょうか?
  トニー・シェリダン、そしてビートルズが「ザ・ビートブラザーズ(The Beat Brothers)」というクレジットです。

  〜 Tony Sheridan & The Beatles / My Bonnie
  
@YouTube



  (小林)トニー・シェリダンが歌っています。
  そしてビートルズが、ビートブラザーズというクレジットで バックを務めております。
  一発録りです。
  特に後半では、ジョンとポール・マッカートニーがw がんばっていましたねえw。ね。
  で、このマイボニーのレコードを、まだマネージャーになっていないブライアンが勤めていた、お父さんが経営していた、レコード店に買いに来て。
  そして、キャバーンクラブにビートルズが出てる、っていうんで 会いに行くていう 伝説の一部になるわけですね。
  その伝説の一部の My Bonnie をお届けいたしました。

183 :ジョン・キロックノン:2014/06/25(水) 23:09:35.64 ID:???0
□ストーリー
 ・「シン、君がこの黒い下着を着けている姿を見るのが待ち遠しいよ」
  これはジョン・レノンが まだデビュー前に、初めての外国での仕事先ドイツのハンブルグから、当時の恋人シンシア・パウエルに宛てた手紙に書かれていた文章。
  かなり直接的、性的な表現である。
  しかし、それも無理のないこと。
  この時のジョンはまだ19歳、生物学的に見ても発情期のオスの哺乳類である。
  シンシアはそんなジョンに返事を書き、お返しに自分なりのセクシーな写真を同封しようと決意した。
  彼女は世界各国で展開していた日用品の量販店ウールワースにあるセルフサービスの写真ブースで自分のセクシー写真を撮ることに挑戦。
  本来のシンシアは地味で優等生タイプであったため、こんなことをするキャラではなかった。
  しかし彼女はなんとかジョンを ドイツの女どもに盗られない様にするため がんばることにした。
  シンシアは持っていた中でも一番兆発的な洋服を選び、出来る限り最もセクシーに見せようとポーズも考え 唇を突き出した。
  言わば、物欲しそうに見えるセクシー系の女子を演じたのである。
  さらにシンシアは、狭苦しい撮影ボックスの中で、片手を頭の後ろに回し 胸を突き出し。
  まさに「早くベッドに来てちょうだい」というつもりの眼差しで、体をくねらせてそそる様なポーズを取ってみた。
  出来た写真は機械から出てきた。
  結果、シンシアの奮闘も虚しく、その写真は彼女が思い描いていた妖艶な女のイメージとは かなり程遠い可笑しなもの。
  それはまるでジョンがいつも描いている 滑稽な漫画の登場人物にそっくりであった。
  それでもシンシアは、何とかこの気持ちを理解してもらおうと、写真をハンブルグのジョンに送った。
  こういった一連の話しは 全てシンシア・パウエルが遭遇したか、ジョン本人から直接聞いたこと。
  もちろん彼女はジョン・レノンの最初の妻となる女性で、ジュリアンの母親である。
  このロックのアーカイブの中でも最上級に貴重で極めて信憑性の高い シンシアの手記から、
  二人の青春物語が 今週も続くのである。

184 :ジョン・キロックノン:2014/06/25(水) 23:10:23.74 ID:???0
  〜 The Beatles / One After 909(Anthology1)
  
@YouTube


 
  〜 The Beatles / Kansas City (Hey-Hey-Hey-Hey!)
  
@YouTube



  (小林)2曲 初期の録音が続きましたね。
  これは1995年に「アンソロジー(Anthology)」が出ましたね。
  「アンソロジー1」の中に入っている録音で One After 909 
  これ 63年に録ったものです。
  
  そして今聴いたのは、ポール・マッカートニーが がんばっていたカバーバージョンですね。
  これはもちろん「ビートルズフォーセール(Beatles For Sale)」1964年
  Kansas City (Hey-Hey-Hey-Hey!)

185 :ジョン・キロックノン:2014/06/25(水) 23:11:11.95 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「シン! 君のエロい写真 早く送ってくれよ」
  これは1960年当時 プロとしての初めてのハンブルグ巡業に行っているジョンが、恋人であり後にジョンの最初の妻になる女性=シンシア・パウエルに宛てた手紙の一節である。
  そしてそのネタ元は全てシンシアの手記に綴られたもの。
  1950年代から10年間もの間 ジョンの傍にいた彼女の記憶は、ロックの歴史の中でも最も重要で貴重なアーカイブである。
  そこから続けてみよう。

  ジョンからの手紙の内容は、あまりにダイレクトな表現であったため、シンシアはビックリした。
  もちろん心拍数はいつもの2倍くらいに跳ね上がった。
  そして鏡を見ると、顔は真っ赤である。
  それでも愛しい恋人のお願いに応えようと シンシアは、自分撮りのセクシー写真を ハンブルグのジョンに送った。
  そしてひと言「ジョン、私もジョンの写真を持っていないので、あなたの写真をリバプールまで送ってちょうだい」と頼むことも忘れなかった。
  すると、写真はたくさん送られて来た。
  けれども、友達や親兄弟に見せられる物も、笑わずに見られる物なども、ただの一枚も無かった。
  それは 背中を丸めてニカッと狂気の笑いを浮かべたものや、グロテスクなポーズや、あるいはゾッとするような意地悪い目つきをした写真もあった。
  あとでよく考えみると ジョンにマトモなものを期待する方が間違っていたのである。
  ジョンがハンブルグの旅立ってから数週間後、シンシアは21歳の誕生日を迎えた。
  21歳はイギリスの成人にあたり、彼女も自宅でお母さんと紅茶を囲んでお祝いをした。
  美術大学では、写生の時間に親友のフィルと、こっそり持ち込んだシャンパンを抜いてイングランド風のお祝いをして、友情の証に銀のスプーンを割って、それぞれが所有した。
  ジョンいないリバプールでは とても穏やかに時間が過ぎていたが、同じころドイツのハンブルグでは いったい何が起こっていたのか。
  番組の後半にお届けしよう。

186 :ジョン・キロックノン:2014/06/25(水) 23:12:11.36 ID:???0
  〜 The Beatles / Everybody's Got Something to Hide Except Me and My Monkey
  
@YouTube



  〜 The Beatles / Oh! Darling
  
@YouTube



  (小林)ジョン、ポール と、後半の作品が続きましたね。

  Everybody's Got Something to Hide Except Me and My Monkey
  これは「ホワイトアルバム(The Beatles)」に入っている 曲ですね。
  
  そして、熱唱していたのは、1969年「アビーロード(Abbey Road)」に入っている Oh! Darling

187 :ジョン・キロックノン:2014/06/25(水) 23:13:05.52 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・シンシア・パウエル、いや正確に言うと1962年にジョンと結婚して以来 ずっとシンシア・レノンを名乗っている女性であるが。
  彼女は10年前に手記を著わしている。
  本のタイトルは「ジョン」この手記の内容は ほとんど全てシンシアがジョンから直接聞いたこと。
  そしてシンシアが実際に遭遇し、その眼で見たことだけで構成されている。
  これは ロックの歴史を検証する上で 最重要なアーカイブの一つに数えられる。
  そんな貴重な手記の中から 物語は続く。

  ビートルズの最初のハンブルグ巡業の話しは、今やレジェンドとなっているが。
  シンシアはジョンから届いた 長くて詳しい何通もの手紙を通して、自分なりの観方をしていた。
  そこには ハンブルグでの生活の ありとあらゆる状況が綴られており。
  中には、ジョンがシンシアだけに打ち明けている内容もあった。
  それはジョンの育ての親であるミミ伯母さんには絶対知られてはいけないもの。
  シンシアはそのジョンからの手紙を何年間も宝物のように保管したが。
  離婚騒動のゴタゴタのため 処分してしまったものや。
  ずっと後になって お金に困り、オークションに出してしまった物もあると言われている。
  ジョンは自分たちの生活状況について、手紙に生き生きと描写して来た。
  仕事を持ってきてくれたリバプールのプロモーター=アラン・ウィリアムズによると。
  最初に出演する店は「カイザー・ケラー」というクラブと聞かされていた。
  しかし実際に到着してみると、ビートルズが招かれたのはカイザー・ケラーのオーナー=ブルーノ・コシュミダーが経営する かなりちっぽけな「インドラ」というクラブ。
  ビートルズが演奏を始めるまでのステージでは、際どいストリップショーを見せて、お客のほとんどはそのストリップが目当てであり。
  「ロックバンドなんてどうでもいい」といった雰囲気。
  ビートルズがプロのバンドとして遭遇した、最初の試練であった。

188 :ジョン・キロックノン:2014/06/25(水) 23:14:24.18 ID:???0
  〜 John Lennon / Sweet Little Sixteen
  
@YouTube



  〜 The Beatles / Day Tripper
  
@YouTube



  (小林)え〜っと Day Tripper ねw

  その前は Sweet Little Sixteen
  Sweet Little Sixteen は ジョン・レノンがロサンゼルスで録ったソロアルバム「Rock 'N Roll」
  あの中に 入っています。
  これはチャック・ベリー(Chuck Berry)の有名な曲なんですけどもね。
  それを・・、ねえ、フィル・スペクター(Phil Spector)という有名なプロデューサーと一緒にやっていますから。
  ちょっと違うふうに聴こえますよね。Sweet Little Sixteen
  
  そして Day Tripper、有名な曲 お送りしました。

189 :ジョン・キロックノン:2014/06/28(土) 14:08:28.28 ID:???0
□リクエスト
  (小林)
  リクエストいっぱい届いております。
  いろんな、もう、なんて言うんですかねえ、10代よりも下の方から60代ぐらいまでの幅で。
  まあその、ビートルズの愛し方加減もいろいろあると思いますけど。
  それが、みんなこう窺がえて 楽しい手紙ばっかりです。
  
  メールアドレスは beatles@bayfm.co.jp
  そしてリクエスト採用の方にはイシイのミートボールなどセットにして差し上げております。

  僕はね、匿名希望はもう本当に匿名にしますんで。
  あとだけど、自分の名前って書いてくださいね。
  それ見るとね、その人のこと想像するんです。想像できるんです。
  ラジオネームだとね、想像できなくなっちゃうんだよね。
  その人がふざけているのか、本気なのか、なんか。
  
  (匿名希望/男性)
  こんにちは。この番組を聴いて3年目になりますが、初めてリクエストします。
  ジョン・レノンの昔の話しを 毎週楽しみにしています。
  リクエストですが、このごろビートルズつながりで、ストーンズにハマっています。

  (小林)
  まあ、そういう人もいますw。
  でも、昔のストーンズだねw。
  (/男性)さんのリクエストは、Jumpin Jack Flash

  〜 The Rolling Stones / Jumpin Jack Flash
  
@YouTube



190 :ジョン・キロックノン:2014/06/28(土) 14:10:30.48 ID:???0
  〜 The Beatles / Yesterday
  
@YouTube



  (小林)いかがですか。
   もう、Jumpin Jack Flash そして Yesterday と、もうスタンダードですけども。

  (市原市/男性)
  イエスタデイは 私が大学の水泳部のコンパで37年ぐらいに 酒を飲みながら最後に歌っていたことを記憶しています。
                         
  (小林)
  なるほど。コンパで、要するにバラードで締めたわけですね。
  えーと、37年前。
  おそらくね(/男性)さんが60歳ですからw
  歳をここに書いてあるからバラシちゃうw
  カラオケじゃないコンパかもわからないね。
  今の人たちは、みんなほら「歌いました」っていうとだいたいカラオケ。
  場所がカラオケがある所っていうことですけど。
  60代だったらギリギリ無い所で、何も無い所でみんな歌ってたんですよね。昔はね。カラオケの。
  だから イエスタデイもストリングスのバックが無かったわけですよ。
  だから(/男性)さんがイエスタデイを歌ったていうことは、トリで歌ったていうことは、締めで歌ったてことは。
  相当上手かった ってことが想像できるんですけどもw。
  どうでしょうね?ほんとはねw。

191 :ジョン・キロックノン:2014/06/28(土) 14:12:57.57 ID:???0
  (東京都江東区/男性)
  いつも楽しい放送ありがとうございます。
  ワールドカップが盛り上がっていますが、開催地ブラジルのポップシンガーの曲をリクエスト。
  今から30年近く前、ブラジルに住んだことのあるアメリカ人の友人がいました。
  彼が好きだったのが、ブラジルで人気だった、ミルトン・ナシメント(Milton Nascimento)や ジャパン(Japan)でした。
  ミルトンはローカルっぽく、ジャパンはアメリカナイズされていた印象が残っています。
  ジャパンは渋谷パルコで来日コンサートがあり、一緒に行きました。
  ビートルズとは関係ないかもしれませんが、ワールドカップ繋がりで どちらかの曲を。

  (小林)ていう
  ミルトン・ナシメントはどちらかと言うと、ビートルズに影響を与えた方の音楽の、ちょっとね 人ですよね。
  で、ジャパンていうと、ビートルズから派生したグループていうことで、関係ありますよ(/男性)さん。
  独特の、特に80年代はあれですよね、ジャパンのブームが 短い間ですけどブームがあって。
  ロックの芸術性を追求した。まあ、音を聴いて頂けば、どの方向にいたかってのが判ると思うんですけど。
  ジャパンの一番売れた「ティムドラム(Tin Drum)」ね。「ブリキの太鼓」
  「ブリキの太鼓」ていうと、映画の有名な、あの映画を思い出す方もいるかもわかりませんけども。
  それからも やっぱりあれですよね、タイトルからも ジャパンの狙っていた世界が わかりますよね。
  そのアルバムの中から、一番売れたアルバムの中からシングルで出した「The Art of Parties」 Japan。
 
  〜 Japan / The Art of Parties
  
@YouTube



192 :ジョン・キロックノン:2014/06/28(土) 14:14:35.98 ID:???0
  〜 The Beatles / Yellow Submarin
  
@YouTube



  (小林)
  というわけで、Yellow Submarin ビートルズが、ね。

  ジャパンもイギリスのグループですからね。
  「ティムドラム」の中から The Art of Parties が。

  この、Yellow Submarin。お馴染みですが。
  これはリクエストは

  (我孫子市/男性)9歳
                   (小林)うわあ、って聴いてるか?。きっと聴いてるから、大騒ぎしてるだろうなあ。我孫子の方では。
  こんにちは、僕は小学4年生です。
  3年前から毎週家族で聴いています。
  リクエストは イエローサブマリン。

  (小林)
  リクエスト ございましたよ。

193 :ジョン・キロックノン:2014/06/28(土) 14:16:11.63 ID:???0
  BGM 〜 The Beatles / Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band (Reprise)
  
@YouTube



□エンディング  
  (小林)「ビートルズから始まる」いかがでしたか?

  ジョン・レノンたちはハンブルグへ行っちゃって。
  ハンブルグへ行ったら、約束と違うじゃないか。
  ストリップの前座みたい。
  お客が聴いてくれない。
  そんな情況ですよ。
  ビートルズが演奏しているハンブルグは、ねえ。
  続きを、また来週をお楽しみに。
  
  そしてリクエストの方よろしくお願いします。
  アドレスは 
  beatles@bayfm.co.jp
  採用の方にはイシイのミートボールなどセットにして差し上げております。
  お相手は小林克也でした

194 :ジョン・キロックノン:2014/06/30(月) 17:50:50.40 ID:???0
■石井食品Presents「ビートルズから始まる。」bayfm 78.0MHz
 2014年6月29日(日)18:00〜19:00 放送内容  DJ:小林克也

  BGM 〜 Instrumental / Eleanor Rigby
  
@YouTube



□ビートルズカレンダー(6月29日)
 ・1964年(今から50年前の今日)
  あの年、ビートルズが世界的になった年。
  50年前の今日、どこにいるかと言うとね。
  ビートルズはね、オーストラリアのブリスベン(Brisbane)という所でコンサートをやっています。
  もう世界的に有名になったから、もうメチャクチャなコンサートでねw。
  ファンがステージに玉子や野菜、つまり、まあトマトだとか ああいった物を投げるわけですよね。
  そうすると、ファンの間で分かれちゃうわけですよ。
  「そんな、ビートルズに向かって物を投げるなんて けしからん!」ていうことで
  客同士のケンカになっちゃうわけですね。
  云わば、投げる人は少数派だから、負けちゃうわけですよ。
  つまり、リンチ状態になるんで、警察が入って それを止めたっていう。ね。
  けっこう大変なコンサートだった、っていう。

  で、ビートルズのコンサートで物を投げるっていうのは、もうこれ伝統的でね。
  その1年ぐらい前から イギリスでは 
  ジョージ・ハリスンが記者会見で「ジェリービーンズが好きだから」って言ったら
  ジェーリービーンズを投げる、っていうのが流行って。
  ビートルズは、オーストラリアの後 アメリカへ行っちゃうわけですよね、アメリカへ。
  で、アメリカのファンは「ビートルズはジェリービーンが好きだ」っていうのを知ってて、投げるんですよ。
  ところが、アメリカのジェリービーンは 硬いんですよね。
  イギリスのやつは柔らかいんで あれだけど、アメリカは硬いんで大変だった、ていう話しがあります。
  あと実際 ステージに投げ込まれる物は、硬貨だとか、お金ですよね。オモチャだとか、リンゴだとか。
  ポールは実際に 投げ込まれた安全ピンで目をケガしたり。
  ジョージ・ハリスンは、コインで耳から血を流したり。
  ジョンは、ビビリなんで本当に恐がっていたw ていう、面白い話があります。

195 :ジョン・キロックノン:2014/06/30(月) 17:52:19.59 ID:???0
(続き)  
  そんなビートルズの アイドルフェロモン全開の1964年8月。
  だから、50年前の8月 ハリウッドボールのライブから行きます。
  まだ、CD化されてない 貴重音源です。
  ビートルズが、あの名曲の ロックの名曲をやっています。
  これは、歌ってるのはジョージ・ハリスンかな、ジョージ・ハリスン。
  ほんとはね、いつもはねジョン・レノンが歌っていた曲なんだけども。
  もう有名になってからはジョージ・ハリスンに歌わせている っていう。
  例の あれですよ。Roll Over Beethoven !
 
  〜 The Beatles / Roll Over Beethoven (Live At Hollywood Bowl)
  
@YouTube



  (小林)ねえ、アメリカのハリウッドボールです。ロサンゼルスです。
  すごいですよねえ、これは。
  ジョージ・ハリスンが歌っていましたww

196 :ジョン・キロックノン:2014/07/03(木) 13:45:36.12 ID:jHIf4h800
□ストーリー
 ・「前略、愛しいシンへ。
  僕らはハンブルグにたどり着いたよ。
  なかなかエキサイティングな街で いい感じ。
  ただ、演奏する店の事で少し面食らっている。
  実はね…」

  これは1960年夏、ビートルズが初めてもらった本格的なプロの仕事の巡業先=ドイツのハンブルグから
  ジョンが恋人のシンシアへ宛てた手紙の一節である。
  今週もジョンとシンシアの恋物語、そしてビートルズ立身出世のストーリーは
  シンシア・パウエルの貴重で信憑性の高い手記から お届けしたいと思う。

  ジョンは自分たちの生活状況について、手紙に生き生きと描写してきた。
  仕事を持って来てくれたリバプールのプロモーター=アラン・ウィリアムズによると
  最初に出演する店は「カイザー・ケラー」というクラブと聞かされていた。
  しかし 実際に到着してみると、ビートルズが招かれたのは、カイザー・ケラーのオーナー=ブルーノ・コシュミダーが経営する かなりちっぽけな「インドラ」というクラブ。
  ビートルズが演奏を始めるまでのステージでは、際どいストリップショーを見せて
  お客のほとんどは その踊り子が目当てであり「ロックバンドなんてどうでもいい」といった雰囲気。
  ビートルズがプロのバンドとして遭遇した最初の試練であった。

  ビートルズがステージに登場すると、酔っ払いの連中のヤジが飛んだ。
  「バンドなんてどうでもいい!さっきのオネエちゃん もう一回出せよ!」
  こういう環境でお客の関心を自分たちに向けさせるのは、容易なことではなかった。
  いちおうロックが少しは分かっている客になると、プロの演奏を期待するし。
  ビートルズは その期待を裏切らない様に意気込んだ。
  それまでは地元リバプールかその近辺の会場に出演し、いいところ一時間ぐらいのショーしか経験したことがなかった。
  しかし、ここでは一晩に7回から8回、合計すると10時間以上もの演奏が求められた。
  そのため、メンバーは演奏しながら狭いステージを飛び回り。
  ビートを強調するために、足を踏み鳴らしながら、一つの曲を20分にまで引き延ばすこともあった。
  つまり、それまでとは全く違ったショーを、ビートルズは強いられていたのである。

197 :ジョン・キロックノン:2014/07/03(木) 13:46:29.69 ID:???0
  〜 The Beatles / Sie Liebt Dich (She Loves You)
  
@YouTube


  
  〜 The Beatles / Taxman
  
@YouTube



  (小林)このギターソロは ポール・マッカートニーがやっています。
  1966年の「リボルバー(Revolver)」に入っている、Taxman ていうね。
  もうこの頃は、ほら ビートルズはラブソングを卒業して ていうか。
  だから税務署の事をw「もう俺たちが稼いだ9割り以上持って行くんだから」みたいな ことを
  平気で歌に したりするような時代になっていますよね。
  
  その前は、Sie Liebt Dich ていうのは、ドイツ語ですよね。
  wドイツ語で歌っていました。曲なんですけども。
  これは、ビートルズが1963年から64年にかけてね、オランピア、パリの劇場に出るんですよね。
  その時に、年が明けて「アメリカでナンバーワンになった」ていうのを聞くんですよね。
  で、もう喜ぶわけ。
  で、その後で、実は「ドイツの人たちにドイツ語で録音してくれないか?」ていうんで。
  これはもう、ビートルズは「もうやらなくていいんじゃないか?」つって。
  ビートルズは 渋々録音してるわけですよw。
  それを、お送りいたしました。

198 :ジョン・キロックノン:2014/07/03(木) 13:50:21.75 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「シン。僕らビートルズが 最初に宛(あて)がわれた店はインドラってクラブで。
  何とそこは、ストリップショーが売り物の店なんだ。
  演奏時間は一晩に7回から8回、合計すると10時間以上。
  正直、キツイっす」

  これは1960年当時、プロとしての初めてのハンブルグ巡業に行っているジョンが
  恋人であり 後に彼の最初の妻となる女性シンシア・パウエルに宛てた手紙の一節である。
  そしてそのネタ元は、すべてシンシアの手記に綴られたもの。
  1950年代から10年間もの間、ジョン・レノンのそばにいた彼女の記憶は、ロックの歴史の中でも最も重要で超貴重なアーカイブである。
  そこから続けてみよう。

  一晩で10時間も演奏するとなると、リバプールと同じことをやっていても無理。
  そのため メンバーは、演奏しながら狭いステージを飛び回り、ビートを強調するため足を踏み鳴らしながら
  一つの曲を20分にまで引き伸ばすこともあった。
  メンバーはプロの仕事の厳しさに、演奏の初日から叩きのめされてしまった。

  しかし、根っからのショーマンであるジョンは、踊っても転げ回っても、はたまた宙に向かって飛び跳ねても、実にサマになっていて
  たちまち観客もリバプールからやって来た この生意気な若者たちのロックショーを楽しむようになった。

  ビートルズの面々が寝泊まりさせられていた場所は「バンビ」という古い映画館。
  この場所は、かつては劇場だった所で、使われなくなった汚い楽屋が ジョンたちの生活する空間。
  ベッドは折りたたみ式の極めてチャチなもの。
  全員、これまた くたびれたボロボロの毛布にくるまって眠るしかない。
  そしてトイレは、蛆が湧くような公衆トイレ。
  おまけに シャワーもバスタブも無いので、トイレの洗面台で体を洗うのである。
  さらに酷いことに、明け方までクラブで演奏し、やっと2〜3時間寝たかと思うと
  映画館の最初の上映時間を知らせるブザーの音で起こされてしまう。
  汚さ という点では、一番マシだと思われる女子トイレで歯を磨いていると。
  たいていはストリッパーのお姉さんに こっ酷くしかられ、つまみ出されてしまう。
  そんな最悪の環境であった。

199 :ジョン・キロックノン:2014/07/03(木) 13:51:24.92 ID:???0
  〜 The Beatles / Hey Bulldog
  
@YouTube



  〜 The Beatles / I've Just Seen a Face
  
@YouTube



  (小林)ビートルズが2曲。

  Hey Bulldog お馴染みですかねえ。
  「イエローサブマリン(Yellow Submarine)」の中に入っていますよね。1969年の。

  そして、I've Just Seen a Face
  これは ポール・マッカートニーの曲なんですけども。
  ビートルズの曲なんですけども。
  「HELP!」に入っていて。
  これはねえ、70年代、もうポールがウィングズでツアーをやる時。
  途中でアコースティックセットになって。
  それで、ギター一丁ぐらいで、演奏したりする曲の一つです。
  I've Just Seen a Face

200 :ジョン・キロックノン:2014/07/03(木) 13:54:21.57 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「親愛なるシン。
  いやあ、ハンブルグは最悪だよ。
  演奏時間が長いのはともかく、俺たちが寝泊まりしている場所が最悪なんだ。
  そこはバンビていう古い映画館の楽屋なんだけど。
  ベッドは折りたたみ式の簡易ベッドで、誰だって腰が痛くなる酷さ。
  毛布だってボロボロで、いつ洗ったのかもわかんないもの。
  バスルームなんて無くて、トイレの洗面台で体を洗うしか方法が無いんだ。
  かろうじて女子トイレが比較的きれいなんだけど。
  ここに出入りしていることが、インドラクラブで踊ってるストリッパーのお姉さんたちにバレてしまって。
  ここも使えなくなったんだ。
  あ、もう 店に行く時間だ。
  また、手紙書くから、元気でね。
  シン、愛してるよ。」
  
  これはビートルズとして初めての プロとしての仕事のために滞在しているハンブルグから
  ジョンが恋人のシンシア・パウエルに書いた手紙の一節。
  ジョンはこうして よく手紙で自分たちがどれだけ酷い環境で生活しているかを
  まるで レポーターのようにシンシアに伝えてきた。
  それでも シンシアが行間を読むと。
  自分たちが経験する全てのことを、しっかり楽しんでいる様子が手に取るように解かった。
  こうした ジョンのハンブルグ日記は、その界隈でビートルズのウワサがジワジワと知れ渡り
  ここのクラブシーンで、あっと言わせるような衝撃を与えるようになってからは、楽しげなものになっていた。
    
  ビートルズがハンブルグにやって来た最初のころ、クラブには観客と呼べるようなお客はほとんどいなかった。
  ところが、いったんビートルズのショーの噂が広まると、毎晩お客が押し寄せて。
  店は それまでの閉店時間である12時半を押して、午前2時まで営業するようになった。
  そして、およそ2ヶ月後、このインドラクラブは、騒音に対する苦情のため閉鎖となり。
  ビートルズは「カイザーケラー」という 格上のクラブへ移ることになった。
  こうしてビートルズの5人組は、少しづつキャリアアップして行くのである。

201 :ジョン・キロックノン:2014/07/03(木) 13:55:30.81 ID:???0
  〜 The Beatles / Any Time At All
  
@YouTube



  〜 The Beatles / I've Got a Feeling
  
@YouTube



  (小林)2曲

  1964年の「A Hard Day's Night」の中から Any Time At All

  そして今聴いたやつは I've Got a Feeling
  この曲は、ジョンとポールが別々に作った2つの曲を 一緒に合体させたものだそうです。
  ちょうど「A Day in the Life」みたいな感じですよね。
  バックにはビリー・プレストン(Billy Preston)がキーボードで入っています。

202 :ジョン・キロックノン:2014/07/04(金) 13:05:38.50 ID:???0
□リクエスト
  (小林)リクエスト採用の方はイシイのミートボールなどセットにしてプレゼントしております。
  アドレスの方は beatles@bayfm.co.jp

  (茅ヶ崎市/女性)
  毎週録音して欠かさず聴いています。       (小林)ありがとうございます。
  ちょっと前になりますが、ポールのコンサート中止は、しばらくはポッカリ穴が空いたような、ポールロス症候群になってしまいました。
  でも今は 上演中のポールのコンサート映画「Good Evening New York」を見に行って 少しは元気になりました。
  昨年の日本公演のセットリストとはかなり違い、ウィングスやソロの曲が多く、とても新鮮でワクワクしました。
  特にファイヤーマンの「Sing The Changes」はポールが若々しく楽しそうに演奏していて感動しました。
  ぜひ「Good Evening New York」からのライブ版でお願いします。

  (小林)ていうことで[/女性]さんのリクエスト。
  そうなんだよね。
  ポールはファイヤーマン(The Fireman)てのやってて、この曲 けっこう気に入ってるみたいですよね。
  Sing The Changes

  〜 Paul McCartney / Sing The Changes
  
@YouTube



203 :ジョン・キロックノン:2014/07/04(金) 13:07:54.75 ID:???0
  〜 Led Zeppelin / Communication Breakdown
  
@YouTube



  (小林)どうですかね、皆さん 反応はw
  ポール・マッカートニーのファイヤーマンの曲からね、こんどはレッド・ツェッペリン(Led Zeppelin)に入ったんですけども。
  お変わりありませんか?ビックリしていますか?。

  (浦安市/男性)40代後半
  レッド・ツェッペリンのリマスター盤が発売されましたね。
  ツェッペリンもビートルズの影響が多大にありますよね。    
                     (小林)というか
                         ツェッペリンはあれですよね、ビートルズの影響も受けていると思うんですけど
                         ビートルズと同じ所から影響を受けていますよね。
                         例えば ボーカルのロバート・プランツ(Robert Plant)なんかは プレスリーとか入ってるもんね。
  そこで、Communication Breakdown のリクエストをお願いします。
  克也さん スタッフの方 これからも楽しい番組をよろしく。

  (小林)ていうことで ツェッペリンがかかりました。
  ちなみに、ツェッペリンは60年代の終わりからずーとやってきて
  売り上げ的に言うとビートルズの時代の次は ツェッペリンの時代になって行くわけですよね。
  まあ、ツェッペリンの時代と完全に言い切ることは出来ないですけども。

204 :ジョン・キロックノン:2014/07/04(金) 13:09:50.26 ID:???0
  (小林)ビートルズ、そしてツェッペリン。
  続いて、こんどはちょっと、元に戻りますが。

  (東京都品川区/男性)
  毎週楽しみに聴かせてもらっています。
  突然ですが 出来ました。    (小林)何が?w
  孫です。
  外孫ですが、今 膝の上で寝ています。
  四人組も 孫ダッコしたのかなあ。
  特にジョージは どうでしたでしょうか。
  わが娘の幼少の頃のことを思い出して、この頃の歌をリクエストします。

  (小林)というのは
  60代ど真ん中ですねえw。
  いやあ、孫を抱いて このリクエスト。
  これはあれですよ。
  ビートルズがデッカレコードにオーディションに行って、正月に演奏して、落とされちゃいますよね。
  丁寧に断られますよね。
  で、ビートルズの代わりに採用されたのが ロンドンのグループでしたよね。
  それがこの トレメローズ(Tremeloes)なんです。
  彼らのヒット曲です。
  では[/男性]さんのリクエストで、トレメローズで、Silence Is golden

  〜 The Tremeloes / Silence Is golden
  
@YouTube



205 :ジョン・キロックノン:2014/07/04(金) 13:13:05.63 ID:???0
  〜 The Beatles / Mr. Moonlight
  
@YouTube



  (小林)
  いやあ、トレメローズの Silence Is golden に引き続いて Mr. Moonlight が流れました。

  (三郷市/男性)
  25年ほど前になるんでしょうか。
  ビートルズが初CD化された時、プレゼントで当選して「Please Please Me」から「Sgt Peppers」までのCDセットが届きました。
  それから兄妹で・・・        (小林)妹さんとね。いっしょに。
  数えきれないほど聴きましたが。
  今年のお正月、中二の姪にお年玉としてあげました。
  怪訝な顔をしていた 姪でしたが、「最近よく聴いているようだ」と、妹からメールが来ました。
  嬉しいもんですねえ。

  (小林)
  ということで Mr. Moonlight
  初期のビートルズ。
  あの、日本人が特にこの Mr. Moonlight って大好きですねえ。
  面白いですね。
  僕、よく分かりますよ、
  僕は オンタイムで聴いて、ラジオで結構かかったもんね、この曲は。

206 :ジョン・キロックノン:2014/07/04(金) 13:20:31.14 ID:???0
  BGM 〜 The Beatles / Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band (Reprise)
  
@YouTube



□エンディング  
  (小林)「ビートルズから始まる」いかがでしたでしょうか?

  後半、やっぱり、ビートルズのハーモニーとね、トレメローズのハーモニー、思わず聴き比べましたね。
  トレメローズを選んだレコード会社の気持ちも分かりましたね。
  だけど、ビートルズを読めたら、すごいことになってたんだろうなあ、なんて想像するとすごいなあ。ええ。ねえ・・。
  みなさんも、ビートルズは不合格だったんだからね、トレメローズが合格したってのが。
  あの聴き比べ面白かったでしょ。

  それから、ビートルズのお話しの方は
  いよいよ、ビートルズはハンブルグへ行って。
  結果的には このビートルズがハンブルグに行ったことで、グループとして大きく成長するんですよ。
  これはね、バンドとして 逞(たくま)しさみたいなのを が。
  ビートルズは それじゃなくても けっこう逞しいグループなんですよね。
  どちらかと言うと、なんて言うんですかねえ、ハンブルグで、酔った人を相手にやると
  いい加減になりがちな 感じなんですよね。
  だいたい、そのバンドが いろんな飲み屋さんみたいな所で、業界では「ハコとして入る」って言うんですけど。
  ハコとして入ると、バンドとして成長すると同時に、いい加減になっちゃうんですよ。
  だけど、ビートルズの偉さは、いい加減にならなかった ていうことなんですよね。
  それから、まあ、ハンブルグで いろんな、おそらくね、ハンブルグの物語は、カミさんの 昔のカミさんの話しよりも 
  他の 何かw 男のライターが書いたやつ方のが 面白い。
  これみんな、読んでる人もいるかもわかりませんけども。
  またこの番組で いろいろ紹介できるかとw思っております。期待してください。
  
  そしてリクエスト
  毎回言ってますけど、イシイのミートボールなどセットにして採用の方には差し上げておりますので よろしくお願いします。
  メールアドレスは
  beatles@bayfm.co.jp
  こちらまでよろしく。

207 :ジョン・キロックノン:2014/07/08(火) 13:27:33.67 ID:???0
■石井食品Presents「ビートルズから始まる。」bayfm 78.0MHz
 2014年7月6日(日)18:00〜19:00 放送内容  DJ:小林克也

  BGM 〜 Instrumental / Eleanor Rigby
  
@YouTube



□ビートルズカレンダー(7月6日)
 ・1965年(今から49年前の今日)
  ビートルズが世界的になってから、今年は50周年ですからね。
  49年前の今日、だから65年、翌年です。
  
  ある発表がありました。
  それは何かと言うと、ビートルズのマネージャー、そしてビートルズの所属する芸能会社の社長=ブライアン・エプスタインの「ポップスの夕べ」があると。
  で、どんな人たちが出るかと言うと。
  マン・フレッド・マン(Manfred Mann)キンクス(The Kinks)ジョージ・フェイム&ブルーフェイムス(Georgie Fame & The Blue Flames )
  ジェリー&ペースメーカーズ(Gerry and the Pacemakers)、こういった人たち。
  でもこれ、今どうでしょう? 皆さんにとって、今読み上げた人たちは あんまり有名じゃない、と思ってるか。
  あるいは「それ、知らないよ」って方も多いんじゃないかと思いますけど。
  当時は、すごく有名な。

  なにしろ ほら、ビートルズが出て、ビートルズに続けとばかり、
  アニマルズ(The Animals)だとか、マンフレッド・マンとか、こういった人たちが全米で1位を記録して、今までなかった事。
  ブリティッシュ・インベージョン(British Invasion)「イギリス人が攻めて来た」そういう風に言われるわけです。
  それに伴って、マネージャーのブライアン・エプスタインの所にはですね、こないだもチラッとお話しはしたですけども。
  「アメリカの芸能社を買わないか」とか、お金を出して買うんですよね。
  そして、イギリスの人気アーティストばっかりじゃなくて アメリカの人気アーティスト。
  例えば、そうですね、アンディ・ウィリアムス(Andy Williams)とか、そういった部分的な権利ですけどもね、そういうな物を持つようにもなるんです。
  すごい事になって行くわけですが。

208 :ジョン・キロックノン:2014/07/08(火) 13:30:09.87 ID:???0
  そういった中からですね、今日はマンフレッド・マンていうグループの曲を紹介します。
  「Do Wah Diddy」っていう曲が1位になったんですけども、ビートルズに引き続いてね。
  1965年、つまり49年前の今ごろはですね、ボブ・ディラン(Bob Dylan)のカバーをやって、これがイギリスで2位まで上がっています。
  マンフレッド・マンていう人は南アフリカ出身のアーティストで、ジャック・ブルース(Jack Bruce)
  クリーム(Cream)のメンバーになるエリック・クラプトン(Eric Clapton)とクリームをやるジャック・ブルースとか
  あるいはクラウス・フォアマン(Klaus Voormann)なんかも在籍したことがある 有名グループなんですけども。
  ディランのカバーやっています。

  どんなグループだったか、みなさん おそらくこれ聴いたこと無い方が多いと思うので、正直な耳の判断でお願いします。
  当時人気だったマンフレッド・マンで If You Gotta Go, Go Now

  〜 Manfred Mann / If You Gotta Go, Go Now
  
@YouTube



  (小林)というわけで1965年、今から40年前ビートルズの事務所の社長=エプスタインの興行が発表された。
  その興行に含まれていたのは マンフレッド・マン。
  ビートルズなんかに続いて、アメリカでも人気があった。
  だだ 面白いのはね、イギリスが攻めてくる、イギリスがすごいと思うでしょ。
  ところがこの頃のね、アメリカなんかの評判は どういうことかと言うと。
  イギリス人がアメリカの英語で歌っている。
  と言うのは、イギリス訛りと アメリカ訛りが、もう相当違うんですけど。
  アメリカの音楽じゃないですか、それをアメリカ風の音楽を、イギリスの英語で言うと、みんなアメリカンイングリッシュぽくなるわけですよ。
  だから、ビートルズなんかが攻めて来たんだけど、ビートルズなんかはアメリカのマネをして入って来た、ていう印象をアメリカの人たちは受けたわけです。
  面白いでしょう。
  だから その反論としてね、その次の世代、例えばスミス(The Smiths)なんていうグループはね。
  アメリカンイングリッシュじゃない「アメリカのロックじゃない俺たちのロック」ていうオリジナリティを発揮して行くわけですよね。

209 :ジョン・キロックノン:2014/07/09(水) 18:25:41.11 ID:???0
□ストーリー
 ・「親愛なるシンシア。いやあ、ハンブルグは最悪だよ。
  演奏時間が長くて大変なのはともかく。
  俺たちが寝泊まりしている場所が最悪なんだよ。
  そこは古い映画館の楽屋で、トイレも酷いもんだよ。
  でも、まあ 元気にやってるけどね。
  あ、もう、店に行く時間だ。
  また手紙書くから、元気でね。
  シン、愛してるよ」

  これはビートルズとして、初めてのプロとしての仕事のために滞在しているハンブルグから、ジョンが恋人のシンシア・パウエルに書いた手紙の一節。
  こうした当時のジョンとビートルズの実情を こと細かく書かれているのは、ジョンの最初の妻となるシンシア・パウエルの手記である。
  今週も、この信憑性の高いシンシアの著作から お届けすることにしよう。

  ビートルズがハンブルグにやって来た最初のころ、クラブには観客と呼べるようなお客はほとんどいなかった。
  ところがいったんビートルズのショーの噂が広まると、毎晩お客が押し寄せて、店はそれまでの閉店である12時半を延長して午前2時まで営業するようになった。
  そしておよそ2カ月後、このクラブ・インドラは騒音への苦情のため閉鎖となり、ビートルズは「カイザーケラー」という格上のクラブへ移ることになった。
  こうしてビートルズの5人組は 少しづつキャリアアップして行くのである。
  2つ目の店であるカイザーケラーでは、ビートルズと同じリバプールのバンド「ロリー・ストーム&ハリケーンズ」と同じステージに立つことになった。
  ビートルズとハリケーンズは一晩に一時間交代で12時間のショーを行い、どちらのグループも観客から愛された。
  ハリケーンズは地元リバプールでは、ビートルズよりも有名であった。
  そもそもビートルズがハンブルグでの仕事にありつけたのは、大人気で大忙しのハリケーンズがその仕事を断ったから。
  そんないきさつもあって、ビートルズはこのバンドには絶対に負けられなかったのである。

210 :ジョン・キロックノン:2014/07/09(水) 18:26:24.41 ID:???0
  〜 The Beatles / Three Cool Cats
  
@YouTube


  
  〜 The Beatles / Honey Don't
  
@YouTube



  (小林)さあ、ビートルズの初期のね、カバーが続いたんですけども。

  最初は「アンソロジー(Anthology )」に入っていました Three Cool Cats。
  これは、あの、猫じゃないんだよ。
  Cool Cats てのは ジャズから出てきたスラングで、キャットていうのは男のこと、カッコイイ男ですね。三人
  で、Three Cool Cats、Three Cool chicks ていう
  chicks は チキンじゃないんだよ。女ですよね。ええそう、知っていると思いますけど。
  コースターズ(The Coasters)の ヒット曲。
  人気がありました 50年代60年代。
  黒人グループで アメリカのね、それのカバー。
  
  そして Honey Don't は これはカール・パーキンス(Carl Perkins)というカントリー系のロカビリーの、とても有名な。
  僕は、電話で リンゴ・スターにインタビューしたことがあるんですけど。
  その時「一番好きなのはカール・パーキンスだ」って言っておりました。
  ちなみにリードボーカルは、リンゴ・スターが取っておりました。 Honey Don't
  次の話しでは「リンゴ・スターの登場」ということになります。
  注意深く 聴いてくださいね。

211 :ジョン・キロックノン:2014/07/09(水) 18:31:26.81 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「ジョン。今度の店カイザーケラーっていう所だけど。
  ハリケーンズも出るらしいよ。
  ほら、あれだよ、シンガーのロリー・ストームよりもドラマーの方が人気があるっていう、少し変わったバンドだよ。
  俺たち負けない様にがんばらないとな」
  
  これは1960年当時、プロとして初めてのハンブルグ巡業に行っているポールが、ビートルズのリーダであるジョンを奮起させるために発言しているシーン。
  そしてそのネタ元は、ジョンの最初の妻となるシンシアの手記に綴られたもの。
  1950年代から10年間もの間、ジョン・レノンのそばにいた彼女の記憶は ロックの歴史の中でも最も重要で超貴重なアーカイブである。
  そこから続けてみよう。

  そもそも、ビートルズがこうやってハンブルグ巡業の仕事をもらえたのは、ハリケーンズの看板シンガーであるロリー・ストームが忙しくて巡業を断ったから。
  つまりビートルズは その穴埋めのために採用されたバンドであり、本命ではなかった。
  そして数週間後、ハリケーンズはやはりハンブルグへ行くことを決め、ビートルズに合流したのである。
  ジョンやポール、そしてまだ17歳のジョージが、ハリケーンズの人気ドラマー=リチャード・スターキー、後のあのリンゴ・スターに出会ったのも ここハンブルグであった。
  当時はまだ ほんの顔見知りである。

  ハンブルグでの2つ目の店カイザーケラーも、最初の店であるインドラと同じようにハンブルグの繁華街レーパーバーンにあった。
  このレーパーバーンの通りには 風俗営業の店やストリップ小屋などが点在していた。
  アルコール関係も無法地帯で、ほとんど昼夜 さらには朝も関係なく 酒を出しているクラブも数多くあった。
  そしてさらに、ドラッグ、暴力、犯罪、ありとあらゆる裏社会がひしめきあう場所、それがレーパーバーン。

  ジョンの手紙には
  「酔っぱらい客がジャックナイフを振り回そうとすると、秩序を保つために、すかさず店のウェイターが棍棒でそれを制する場面をよく目撃する」
  と書かれてあった。
  もちろんビートルズのメンバーの家族は知らない事実。
  ここは異国の町ハンブルグ。
  リバプールとは まるで違う世界だったのである。

212 :ホワイトアルバムさん:2014/07/09(水) 18:32:23.60 ID:???0
  〜 The Beatles / Helter Skelter
  
@YouTube



  〜 The Beatles / Come Together
  
@YouTube



  (小林)2曲 つながっています。
  
  Helter Skelter これは「ホワイトアルバム(The BEATLES)」に入っている名曲ですね。

  そしてこれも Come Together もお馴染み。
  こっちは69年ですね。
  「Abbey Road」の1曲目。
  昔はLPて言われて、針を落とすと、これから始まった、ていう。w
  でも歌詞なんかもね、ぜんぜん、何を歌っているのか良く分かんないところがサイケでカッコイイ、とされた。
  でも、元ネタはチャック・ベリー(Chuck Berry)じゃないか? とも言われた Come Together
  
  2曲 つながりました。

213 :ジョン・キロックノン:2014/07/09(水) 18:33:04.42 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「親愛なるシンシア。 
  ハンブルグで最初に出た店インドラには、バンドの音がうるさいって苦情が殺到して営業停止になってしまったんだ。
  それで、俺たちが移った2つ目の店=カイザーケラーは、前の店からすぐ近く、おんなじハンブルグの繁華街レーパーバーンにあるんだ。
  酔っ払い客がジャックナイフを振り回そうとすると、騒ぎを収めるためにすかさず店のウェイターが 棍棒でそいつを叩きのめす場面、よく見かけるんだ。
  リバプールもヤバい所に行けば 似たようなものがあるかもしれないけど、ハンブルグじゃ、これが普通だからね。
  大丈夫、俺たちは気を付けているから。
  ああ、もう店に行く時間だ。また、手紙書くから。
  元気でね。シン、愛してるよ」

  これはビートルズとして 初めてプロとしての仕事のために滞在しているハンブルグから、ジョンが恋人のシンシア・パウエルに書いた手紙の一節。
  ジョンは こうしてよく手紙で 自分たちがどんな毎日を送っているかを、まるでレポーターのようにシンシアに伝えてきた。
  もちろんシンシアは心配していた。

  そして彼女が心配していたこと、いや、想像もつかなかったことが起こってしまった。
  それはビートルズのメンバーが イケナイものを嗜(たしな)むようになっていた、ということ。
  ジョンの説明によると「ダイエットに使う食欲抑制剤を服用すれば、誰でも一晩中起きていられる」ということであった。
  一人だけ少しキャラの違うドラマーのピート・ベストだけは、そういった薬物を試そうとはしなかったが。
  他のメンバーは全員 いろいろなイケナイものを試してみた、とされている。
  そして、そういった物に頼る度合いは、日に日に強くなって行った。
  ほとんど眠らず、キチンとした食事も摂らず、それでも面白おかしく、人生最高の愉快な時を過ごしていた。
  バンドとしての演奏もジワジワと上手くなって行ったし、何より、客のあしらい方が上達した と言われている。
  もちろん時代は 今から50年以上も前のお話し。
  今では 間違いなく違法行為であった。

214 :ジョン・キロックノン:2014/07/09(水) 18:34:24.34 ID:???0
  〜 The Beatles / I Want You (She's So Heavy)
  
@YouTube



  (小林)
  アルバム「Abbey Road」から I Want You (She's So Heavy)

215 :ジョン・キロックノン:2014/07/14(月) 13:10:16.00 ID:???0
□リクエスト
  (小林)
  メールは beatles@bayfm.co.jp
  リクエスト採用の方にはイシイのミートボールなどセットにして差し上げています。

  (茨城県/男性)
  2回目のリクエストになります。
  ジョー・コッカーが歌っている With a little help from my friends
  今の私の心情を映している、そんな気がします。
  リンゴの歌っているのも淡々として 以前だったら好きなんですが。

  (小林)ていう
  これは、ジョー・コッカー(Joe Cocker)と言う人は、初めて聴く・・・
  あのほら、ビートルズを始めとしてイギリスのアーティストがアメリカの音楽に入って行ったのは、リズム&ブルースが入り口ですよね。
  そのリズム&ブルース風を 白人が歌って、これほどパワフルに歌える人はいない、と思われる。
  まあ、最高の、60年代70年代最高のリズム&ブルースシンガーですから。
  今から聴いてみると「えー、こんなに力入れなくても」と思っちゃう ほど力が入っている。
  パワーだとか、感情を感じるバージョンになっています。
  では、リンゴ・スターのバージョンを、ジョー・コッカーがやっています。

  〜 Joe Cocker / With a little help from my friends
  
@YouTube



216 :ジョン・キロックノン:2014/07/14(月) 13:11:36.76 ID:???0
  〜 The Beatles / Get Back
  
@YouTube



  (小林)アハハ。
  有名な ね、「オーディション、受かったかな? 俺たちは」みたいな
  ジョン・レノンの発言が聴かれましたけど。
  これが Get Back、有名なバージョンです。

  (千葉市緑区/男性)
  私は ある理由があり右脚半分を切断しました。
  克也さんとは 昔から、好きでして、今から20年前30年前からのファンです。    (小林)ありがとうございます。
  リクエストは Get Backが良いです。
  毎週ヘッドホンをしてファンキーに聴いています。
  病院でかかると最高です。

  (小林)ていう
  まあ Get Back じゃないけど、早く帰って来ていただきたいと思います。

  で、その前のジョー・コッカー、なんかすごかったでしょ。
  僕、聴いていて思い出しましたよ。
  あのね、ライオネル・リッチー(Lionel Richie)とジョー・コッカーがね、東京音楽祭来たことがあるんですよね。
  で、ライオネル・リッチーが「ジョー・コッカーがいたんで。俺、上がっちゃった」っていう話しを聞きましたよ。
  それくらい凄味がある人でした。

217 :ジョン・キロックノン:2014/07/14(月) 13:12:48.81 ID:???0
  (熊谷市/女性)
  ビーチボーイズ(Beach Boys)の I Get Around
  この曲はビーチボーイズの中でも、初めて全米ナンバーワンになった曲だと思いますが。
  この番組らしいシャウトな曲ではない・・・            (小林)え? 番組はシャウトっぽいですか。
  私のビーチボーイズの好きな曲ベスト3に入る曲なので。

  (小林)
  まあ、ビートルズの番組ですけど。
  ポールが 特にビーチボーイズ注目してて 大好きで。
  出るたびに ジョンと一緒に聴いた、っていう話しがありますよね。
  ポールは よくビーチボーイズを聴きながらメモをしていた、っていう
  特に注目していたグループであります。
  じゃあその、「ここら辺では、ちょっと俺は有名なんだよ。顔が知れているんだよ」という意味があります。
  I Get Around
  
  〜 Beach Boys / I Get Around
  
@YouTube



218 :ジョン・キロックノン:2014/07/14(月) 13:13:31.98 ID:???0
  〜 The Beatles / A Hard Day's Night
  
@YouTube



  (小林)いやあ、カッコイイねえ、いつ聴いてもねw。
  来週も聴くような気がするなw 俺w。
  
  (牛久市/男性)
  最近、今は亡き大正生まれの祖母の残したレコードが家に残っているのを見つけました。
  私は小学生まで祖母に育ててもらいました。
  ひらがなや足し算も、レコードの33回転と45回転の違いも、教わったのは祖母からでした。
  祖母が聴いていたレコードの曲を聴くと、そのころ住んでいた国道沿いの大阪の家の大きなスピーカーの振動を思い出します。
  今回見つけたレコードの中に 一枚だけビートルズがあったので、その曲 A Hard Day's Nightをリクエストしたいと思います。
  
  (小林)
  昔の方が 大きな音で聴いたのかもわかんないね。

219 :ジョン・キロックノン:2014/07/14(月) 13:14:29.55 ID:???0
  BGM 〜 The Beatles / Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band (Reprise)
  
@YouTube



□エンディング  
  (小林)「ビートルズから始まる」いかがですか?

  話しの方は ハンブルグへビートルズが行って。
  まあ、出稼ぎみたいな ことですけど。
  ここは、ちょっと、想像してくださいよ。
  すごい街なんですよねえ。
  そんな中で、ビートルズがすっごい鍛えられて、タフになって行くんですよ。強くなって行くんですよ。
  また、来週をお楽しみに。
     
  リクエストの方もよろしくお願いします。
  採用の方にはイシイのミートボールなどセットにしてプレゼントしております。
  メールは
  beatles@bayfm.co.jp
  なおファックスとかハガキなんかでも 受け付けておりますので よろしく。

  ということで、来週は、なんか ポロッて言ったけど。
  A Hard Day's Night を・・・
  そうなんだよ、50年前の今ごろ っていうことなのかな。
  それを 楽しみにしてくださいねw

220 :ジョン・キロックノン:2014/07/15(火) 13:52:51.37 ID:???0
■石井食品Presents「ビートルズから始まる。」bayfm 78.0MHz
 2014年7月13日(日)18:00〜19:00 放送内容  DJ:小林克也

  BGM 〜 Instrumental / Eleanor Rigby
  
@YouTube



□ビートルズカレンダー(7月13日)
 ・1964年(今から50年前の今日)
  A Hard Day's Night がアメリカで発売になります。A Hard Day's Night の発売。
  ビートルズが、1964年てのは、世界にデビューして、そして最も忙しかった年。一番太った年とも言われています。
  レコードの大ヒットの他に、ツアーの大成功。
  そして忘れてはならないのが、初の映画作品に出るわけです。主演するわけです。
  これは、マネージャー=エプスタインの戦略の一環です。
  レコードは、まずまず世界のいろんな国に届く。ね、いろんな国に発売される。
  まあ、レコードが買えなくても、ラジオでは聴くことができる。
  先進国では、テレビでビートルズを見ることができる。
  でも、ツアーにも行けない国、テレビも普及していない国、そこでも、映画館はあるんじゃないか?。
  全世界に映画館はあるはずだ。
  で、だから ビートルズの映画を作るんだ。
  それも、出すアルバムと連動している、ということですよね。
  で、A Hard Day's Night というのは映画にもなるわけです。
  日本では「ヤア!ヤア!ヤア! ビートルズがやって来る」っていうタイトルが付けられますけども。

  面白いですねえ、その A Hard Day's Night も、いろいろ伝説がありますね。
  リンゴ・スターの失言から「今日は とても忙しい日の夜だったね」
  「そんな英語は無いだろう」「そんな日本語は無いだろう」w みたいな感じで。
  「いよう、それタイトルにしちゃおう!」とかねw

221 :ジョン・キロックノン:2014/07/15(火) 13:54:19.21 ID:???0
(続き)
  で、音楽的にもこの A Hard Day's Night っていうのは・・・
  そうですよね、人によっては、僕なんかは初期の作品の中では She Loves You と A Hard Day's Night が一番好き。
  で、これはやっぱりね、何て言うんですかねえ、オープニングが衝撃的。
  二つの違ったコードを一緒に弾いている、じゃないか? っていう。
  あれは、いまだに判んないw。
  いや、12弦の倍音効果が出ているんじゃないか? とか諸説あります。
  キーはGで始まるんだけども、エンディングのアルペジオはFになっている、という。
  独特のアイデアも盛り込まれています。

  さすが、ビートルズという、これはもう本当不滅の大傑作、改めて聴きますか?
  先週の終わりがw A Hard Day's Night だったねw。
  今週の始まりは、やっぱりこの Night から始まります。

  〜 The Beatles / A Hard Day's Night
  
@YouTube



  (小林)いかがですか?
  The Beatles 、何回聴いてもカッコイイね。A Hard Day's Night。

222 :ジョン・キロックノン:2014/07/17(木) 18:24:58.29 ID:???0
□ストーリー
 ・「ジョンはハンブルグから 素敵な手紙をたくさん書いて送ってくれました。
  少し奇妙なイラストが描いてある事も しょっちゅうでしたね。
  ただ、たまに少し精神状態が普通ではない、と思わせるような文章が送られてくることもありました。
  もちろん、その時点では それほど気にも留めてなかったんです。
  ところが、メンバーがリバプールの戻って来てから発覚した事実にびっくりしました。
  それは、ビートルズのメンバーが イケナイものを嗜(たしな)むようになっていた、ということなんです。
  
  こうした、当時のジョンとビートルズの実情を 事細かく描かれているのは、ジョンの最初の妻となるシンシア・パウエルの手記である。
  今週もこの 信憑性の高いシンシアの著作から お届けすることにしよう。

  ジョンによると、そのイケナイものとは、ダイエットに使う食欲抑制剤のこと。
  これを服用すれば、誰でも一晩中起きていられる、ということであった。
  ほとんど睡眠を取らなくても大丈夫になり、きちんとした食事も摂らず、それでも面白おかしく人生最高の愉快な時を過ごしていた。
  もちろん時代は今から50年以上も前のお話し、今では当然 違法行為 犯罪である。

  そんな荒れたハンブルグでの毎日の中で 喜ばしい出会いがあった。
  ジョンからの手紙には、しょっちゅう“アストリッド・キルヒヘル(Astrid Kirchherr)”という女性の事が書かれるようになった。
  シンシアは気が揉めて仕方がなくなっていた。

  その女性は 写真家のアシスタントをしていて、クラウス・フォアマン(Klaus Voormann)というボーイフレンドとビートルズの演奏を聴きに カイザーケラーまで足を運んでいた。
  クラウスは ある晩たまたま一人でクラブにふらっと立ち寄り、その時に見たビートルズのステージがあまりにも驚異的だったため アストリッドを誘った。
  自分のキャラクターも 日常の生活も 全てアートそのものであったアストリッドにとって、レイパー・バーンなどという下世話な場所には行きたくなかった。
  しかし、ビートルズのショーが始まった瞬間、全ては一変した。

223 :ジョン・キロックノン:2014/07/17(木) 18:26:12.43 ID:???0
  〜 The Beatles / Long Tall Sally
  
@YouTube


 
  〜 The Beatles / She Loves You
  
@YouTube



  (小林)Long Tall Sally、これはシングルですよね。64年の。
  ジョージ・マーティンがピアノを弾いていたそうです。

  そして、She Loves You
  これが最初の100万を突破した 大ヒットです。
  もちろん、イギリスで1963年 ナンバーワンです。

224 :ジョン・キロックノン:2014/07/17(木) 18:27:15.01 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「なに?このバンド。今までのロックバンドと かなり違う感じがするわ。
  見た目はそれほどクールじゃないけど、とにかく何かが違う。
  特に一番前で歌っている彼と、左利きの彼、とにかくエネルギーがすごい」

  この発言の主である女性の名前は アストリッド・キルヒヘル。
  写真家のアシスタントをしいていて、後にビートルズファミリーの一員となるクラウス・フォアマンというボーイフレンドとビートルズの演奏を聴きに来ていたのである。
  自分のキャラクターも、日常の生活も、全てアートそのものであったアストリッドにとって、レイパー・バーンなどという下世話な場所は好きなわけはなかった。
  しかし、ビートルズのショーが始まった瞬間、全ては一変した。
  とにかく、何かが違うのである。

  もともとは クラウスが、たまたま一人でこの店カイザーケラーに立ち寄り、ビートルズを発見した。
  そしてその あまりにも強いキャラに圧倒され、恋人であったアストリッドを なかば無理やりこの店に連れて来たのである。
  この日以来、アストリッドとクラウスは ほとんど毎晩のようにビートルズを見に店に顔を出した。

  アストリッドは語っている。
  「確かに私は中産階級の出身ですが。
  たとえそれが労働者階級であっても、立派なハンブルグ市民であれば 決して近付くことのない地域、それがレイパー・バーンなんです。
  そんな所でビートルズと出会ったわけですから、いろんな意味でかなり衝撃的な出会いではありました。
  あの日の事は 生涯忘れないでしょう」
  
  そして、アストリッドとクラウスが、その友人たちにビートルズのことを話すと、ますます多くの仲間がクラブに通うようになり。
  次第に学生たちが、それまで来ていたガラの悪い常連客と入れ替わってしまった。
  ステージの合間には ビートルズの面々もアストリッドやクラウスや その友達と一緒に座るようになった。
  学校でドイツ語を取っていたピートと、英語が話せるドイツ人学生を通じてのコミュニケーション
  リバプール経由のロックンロールが、ハンブルグに輸入された 記念すべき瞬間であった。

225 :ジョン・キロックノン:2014/07/17(木) 18:28:24.71 ID:???0
  〜 John Lennon / Be-Bop-A-Lula
  
@YouTube



  〜 John lennon / Instant Karma
  
@YouTube



  (小林)ジョンの曲が2曲続きました。
  なんか、ジョンの感覚的なメッセージがつながってるような感じですよね。
  
  この Instant Karma いま聴いた曲は。
  朝 目が覚めたら アイデアが浮かんでいて、その夜に録音しちゃった。
  ちょうどロンドンにフィル・スペクターが、プロデューサーが来ていて 一緒にやった、ていう。
  フィル・スペクターもジョン・レノンも、天才のw二人ですからw
  特に、フィル・スペクター おかしい人ですから。
  
  その前の曲が Be-Bop-A-Lula。 
  曲の半分ぐらいは、フィル・スペクターがプロデュースした。
  ジョン・レノンが「Rock 'N Roll」のソロアルバムに入っていましたね。
  Be-Bop-A-Lula。 
  有名なジーン・ヴィンセント(Gene Vincent)という人の曲。
  この「Rock 'N Roll」を録音したスタジオの天井には まだ、
  フィル・スペクターが・・・
  この人おかしいですから、ピストル撃ったらしいんですよね。
  その天井に3発ぐらい 弾跡が残っているそうです。

226 :ジョン・キロックノン:2014/07/17(木) 18:29:34.00 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「ビートルズ、いろんな意味で かなり衝撃的な出会いではありましたね。
  あの日の事は、生涯忘れない でしょう」

  この発言の主である女性の名前は アストリッド・キルヒヘル。
  ハンブルグで写真家のアシスタントをしていて、後にビートルズファミリーの一員となるクラウス・フォアマンという ボーイフレンドに強く誘われて
  ビートルズの演奏をカイザーケラーまで聴きに来ていたのである。
  
  数週間過ぎると それまでの店の常連客は ガラの悪い酔っぱらい連中が一掃され、アストリッドから紹介されてビートルズを見に来る若い学生連中に取って代わった。
  アストリッドはビートルズのテディボーイファッションに心を惹かれ、メンバーはアストリッドが自分たちに関心を持ってくれたことに光栄に感じていた。
  アストリッドは「ビートルズの写真を撮りたい」と言って、自宅にお茶に招いてくれた。
  白と黒の内装に キャンドルを灯したアストリッドの部屋を見て、ジョンたちは、そのあまりに洗練されたアートな感覚にビックリした、という。
  そして、アストリッドが出してくれた、ハムサンドイッチに大喜びした。
  ビートルズのメンバーはドイツに来て以来、これほどまともな食べ物を味わったことが無かった。
  店の賄(まかない)だって「食えるだけマシ」という酷いものである。
  それから、メンバーは 毎日のようにアストリッドの家に食事をしに行くようになったことは 言うまでもない。

  ジョンにとっても他のメンバーにとっても、アストリッドは洗練された魅力にあふれていた。
  みんなは時代の先端を行くアストリッドの黒を基調とした洋服や、アバンギャルドな生き方、写真術、それらを全て含めたセンスの良さに圧倒されていた。
  ジョンがリバプールに残した恋人=シンシアに宛てた手紙には「アストリッドはこうだ。アストリッドがこんなことを言った」という言葉が頻繁に出てきた。
  そうなると、落ち着いていられないのが 気弱な女性=シンシア・パウエルであった。

227 :ジョン・キロックノン:2014/07/17(木) 18:30:35.81 ID:???0
  〜 The Beatles / Revolution
  
@YouTube



  〜 The Beatles / The Long And Winding Road
  
@YouTube



  (小林)いかがですか? 2曲続きましたね。

  Revolution、これは「Hey Jude」これのBサイドです。B面です。Revolution

  The Long And Winding Road は、あまりにも有名な曲ですよね。
  この番組でも何回も取り上げています。
  そして、先ほども話しに出ていた フィル・スペクターが。
  もう、フィル・スペクターに丸投げしちゃったもんんで、ビートルズが。
  もう、丸投げをいいことに いろんなストリングスを加えたり コーラスを加えたりして。
  ポール・マッカートニーのピアノも聴こえないくらいのw バージョンになってw。
  ポールは「大嫌いだ」ていう、そのバージョンですよ。
  The Long And Winding Road お送りしました。

228 :ジョン・キロックノン:2014/07/19(土) 14:03:19.62 ID:???0
□リクエスト
  (小林)
  メールのアドレスは beatles@bayfm.co.jp
  採用の方にはイシイのミートボールなどセットにして送らせていただいております。

  (千葉市花見川区/女性)
  いつもこのラジオと、テレビの「ベストヒットUSA」を夫婦で楽しみにしています。
  先日「ロックの日」6月9日「ベストヒットUSA」で紹介された ポールの「Good Evening New York City」のライブを映画館に見に行きました。
                                                      (小林)映画館で見ましたかぁ。
  映画館でライブを見たことが無かったので、あまり期待していなかったのですが、見に行って良かったです。
  映画館の大画面、音響で見るライブは、テレビやネットで見るのとはぜんぜん違い 大満足でした。
  リクエストは 映画で過去のライブ映像と組み合わせで流れていたアイム・ダウンをお願いします。

  (小林)ていう
  このニューヨークシティのライブっていうのは、ビートルズがシェイ・スタジアムというニューヨーク・メッツの、当時から弱かったwらしいんですがw。
  ニューヨーク・メッツのシェイ・スタジアムでライブをやりますよね、有名な話しですよね。
  で、シェイスタジアムが取り壊されて、そして新しくオープンして、それにポール・マッカートニーがライブで、その球場でのライブをやるわけですね。
  それを 映画にしたものなんですけども。
  それじゃあ[/女性]さん、あなたのリクエストで I'm Down

  〜 The Beatles / I'm Down
  
@YouTube



229 :ジョン・キロックノン:2014/07/19(土) 14:04:54.06 ID:???0
  〜 The Beatles / Martha My Dear
  
@YouTube



  (小林)ポール・マッカートニーの Martha My Dear が流れましたぁ。

  だけど、あれだね、ポールはすごい。
  ボーカルはジョンなんかよりも はるかに幅広い引き出しを持っている感じがありますよね。
  その前の I'm Down てのは、リトル・リチャード(Little Richard)黒人のR&Bぽいあれで。
  「俺はもう 落ち込んでるのに なんでおまえ、なんでおまえ笑うんだぁ」みたいなw おっさんの演技から、
  Martha My Dear は けっこうスカした青年になってますからねw
  やっぱりボーカルの幅広さは すごい。

  (藤沢市/女性)
  毎週日曜日のこの時間、ほんとうに楽しみな25歳です。    (小林)はいw 歳まで教えていただいてw。
  飼っていた14歳の愛犬パティが亡くなって ちょうど1ヶ月が経ちます。
  実は亡くなった当日は、奇しくもポールの国立競技場のライブの日で、家族全員 泣きながら会場に向かいました。
  結局ライブも中止になり、悲しいことが重なった一日でした。
  でも、ポールのおかげで外に出かけたことで「家に閉じこもって どんよりせずに済んだかなあ」なんて。
  亡くなった1ヶ月後の6月18日はちょうどポールの誕生日でもあり、不思議な縁があるのかな、と思いました。
  リクエストは Martha My Dear

  (小林)まあ、ポールの愛犬に捧げたw
  どちらかと言うと、ポールは犬人間、ジョンが猫人間、そんな感じですよねw
  飼ってるペットからいってね。

230 :ジョン・キロックノン:2014/07/19(土) 14:06:29.57 ID:???0
  (東京都大田区/男性)
                 (小林)とうとう大台に、大台に行きましたねw。年齢、あなた。
  BBCライブのCDに収録されている「To Know Her Is To Love Her」「募る思い」
                 (小林)って書いてますが[/男性]さん、あれ「会ったとたんに一目ぼれ」です、日本語のタイトルは。
  一番大好きなビートルズによるカバー曲なのでリクエストします。
                 (小林)これはもともと曲が、よく出てくるプロデューサーのフィル・スペクターが
                     十代の高校生の時に作った、作詞作曲して、アメリカで1位になった。
  リードボーカルは女性がやってたので、原曲のHimをHerにして ビートルが変えて歌っていますね。

  (小林)ていう。
  そうなんですよね、これはなかなか面白いですね。
  [/男性]さん、やっぱりあれですね、ビートルズが好きな人はフィル・スペクターつながっていくわけですねw。

  〜 The Beatles / To Know Her Is To Love Her
  
@YouTube



231 :ジョン・キロックノン:2014/07/19(土) 14:07:56.33 ID:???0
  〜 The Beatles / I've Got a Feeling
  
@YouTube



  (小林)I've Got a Feeling

  (江戸川区/男性)
  現在流れているシンシアの話しを聞いていて、40年前に見た映画「Let It Be」のワンシーンを思い出しました。
  ジョージのギターソロに ポールがクドクド文句を付けて、ジョージがついに怒り出して帰ってしまったところです。
  シンシアの話しでは、ポールは少年時代から、他のメンバーの演奏に辛辣に文句を言うところがあったようですね。
  それと、ジョンが他の人と親しくするのを、ポールは少年時代から嫌っていた、というのも興味深く聞きました。
  映画の中でポールがイライラ・ギスギスしていたのは、ヨーコにヤキモチを焼いていたから、という気がしました。
  
  (小林)だいたい、当たってるんじゃないでしょうかね。
  リクエストは、ポールがジョージに難癖を付けていた I've Got a Feeling

232 :ジョン・キロックノン:2014/07/19(土) 14:10:48.93 ID:???0
  BGM 〜 The Beatles / Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band (Reprise)
  
@YouTube



□エンディング  
  (小林)「ビートルズから始まる」いかがでしたでしょうか?

  ビートルズの ハンブルグ時代のお話し。
  ハンブルグ時代は、ほんとに食べる物もロクな食べ物も無いし。
  それから、睡眠時間だってねw。
  まあ いろいろ あってw、無かったりとか。するわけですけど。
  ビートルズが得をしたっていうか、ビートルズにとってプラスになったのは。
  ドイツのアートの学生たちに出会ったこと。
  それから、やっぱり キツいライブで 強くなったこと。
  この二つなんですよね。
  まだまだ面白い話しは続きますので、よろしく。

  そして、みなさんのリクエストを待っています。
  リクエスト、かなり面白いですから、よろしくお願いしますね。
  いろんな方、いると思いますけど。
  ビートルズの関わり合いを ちょっと話しに書いて、リクエストください。
  イシイのミートボールなどセットにして採用の方には差し上げております。
  メールは
  beatles@bayfm.co.jp
  です。

233 :ジョン・キロックノン:2014/07/22(火) 18:28:43.65 ID:???0
■石井食品Presents「ビートルズから始まる。」bayfm 78.0MHz
 2014年7月20日(日)18:00〜19:00 放送内容  DJ:小林克也

  BGM 〜 Instrumental / Eleanor Rigby
  
@YouTube



□ビートルズカレンダー(7月20日)
 ・1968年(今から46年前の今日)
  ポール・マッカートニーのフィアンセ、許嫁(いいなずけ)ていうかw もうそのころ一緒に住んでいたんですが。
  46年前の今日、ジェーン・アッシャー(Jane Asher)が、突然BBCで、「ポール・マッカートニーとの婚約を解消した」と発表いたします。
  もう私はポールとは結婚しません宣言です。原因はポールの浮気です。

  このジェーン・アッシャーとの、ポールの関係は ご存知かと思いますけども。
  まだ彼女が17歳で、女優としてスタートしていて、ちょっともてはやされ気味だったジェーン・アッシャーが。
  ポール、ビートルズのインタビューをロイヤル・アルバートホール、インタビューアーとして来るわけです。
  インタビューアーとして。
  で、その時知り合うわけですが。

  ジェーン・アッシャーのお父さんは精神科医で、お母さんは音楽大学の教授をやっていて。 
  兄は、これはピーター&ゴードン(Peter&Gordon)ていう二人組で。 
  後にポールが「A World Without Love」を書いてあげて、これが全米ナンバーワンになって売れたりするわけですけど。
  まあ、イギリスっていうのはご存知の通り 厳然とした階級制度みたいなのがあって、上流階級の娘さんです。
  で、ポールと付き合うようになって。

  64年から66年の間、ジェーン・アッシャーの家の屋根裏部屋にポールは下宿するんです。
  で、3年間の間ポールは、アッシャーのお父さんやお母さんと コンサートへ連れて行ってもらったり、劇を見に行ったり。
  それから オペラ行ったり、バレエ行ったり、あと美術館めぐりをやったり。
  「上流階級の接する芸術的なもの」に親しむわけですよね。
  そしてまあ、ポールは相当 勉強になるわけです、人生の。

234 :ジョン・キロックノン:2014/07/22(火) 18:35:27.79 ID:???0
(続き)
  でも、ポールはいろいろまあ 女の子、ビートルズですから、女の子w
  もうほんとに、アタックしてくるわけですからw
  でまあ、ジェーン・アッシャーと同棲していた家に、ジェーンが旅興行か何かでね、外に出ていた時に、帰らない時に 久しぶりに帰ったら、
  ベッドに アメリカ人の 誰だ?、フランシー・シュワルツ(Francie Schwartz)て言う人?といっしょにいた っていう。
  まあ、これがw 切っ掛けになって ジェーンは怒るわけです、当たり前ですけどw。

  振り返りますと、アッシャー家の下宿人であったポールは、いろんなインスパイアーされることが多かったわけですけども。
  ある日ベッドから飛び起きたら、名曲が頭の中で鳴ってるわけです。
  「あ、これは・・・、昔からあった曲なのかな?、俺が作った曲なのかな?」って わかんない。
  1年半の間 曲が、人に「自分っで作った曲かどうか分からない」っていうことで。
  で、1年半経って・・・
  「玉子焼きの歌」だったわけですよね。
  「スクランブルエッグ〜スクランブルエッグ〜」っていう歌が、1年半経って完成する、というね。
  1965年 完成するという、歴史的な曲を聴いてみます。
  この曲です。

  〜 The Beatles / Yesterday
  
@YouTube



  (小林)ビートルズのポール・マッカートニーの Yesterday
  ポール・マッカートニーはね、1年半経って、友達のポルトガルの別荘へ招かれて。
  飛行機でロンドンから行って、それで空港から、空港にね運転手を待たせてくれたらしいんですけども。
  山を山脈を越えて行くんですよ、海辺の別荘へ。
  で、その途中、ジェーンも一緒でね。婚約者のジェーンも一緒で。
  ジェーンは寝てて、ポールに肩をかけて ぐっすり寝てて。
  その中でポールが「Yesterday」を思いついて、すぐ その次に「Suddenly」
  でもう韻を踏んで どんどん どんどん、頭の中に もう嵐のように詩が浮かんで来た。
  ていう、ことだそうですよ。

235 :ジョン・キロックノン:2014/07/24(木) 23:25:33.59 ID:???0
□ストーリー
 ・「ジョンがハンブルグから送ってくれる手紙の中に、いつの頃からか”アストリッド”という女性の名前が頻繁に登場するようになったんです。
  『アストリッドの部屋はこんな感じだよ』とか『アストリッドが、こんなことを言った』とか。
  最初は『なにこの、アストリッドっていう女!』と思っていましたけど、どうやらそれはとり越し苦労みたいでしたね」

  この発言は ジョンの最初の妻となるシンシア・パウエル。
  こうした当時のジョンとビートルズの実情が 事細かく描かれている彼女の手記。
  今週もこの信憑性の高いシンシアの著作から お届けすることにしよう。

  ジョンがハンブルグで出会い影響を受けたとする女性の名は、アストリッド・キルヒヘル(Astrid Kirchherr)。
  彼女は写真家のアシスタントをしていて、恋人であるクラウス・フォアマン(Klaus Voormann)に連れられて ビートルズの演奏を聴きに来たのである。
  アストリッドは、その演奏のパワーもさることながら、彼らのテディボーイファッションに興味を持った。と発言している。
  ちなみに、その彼氏であったクラウス・フォアマンは、後にロンドンに渡り、ベーシストとして、そしてデザイナーとしても活躍した人物。
  彼の最も有名な仕事は、ビートルズのアルバム「リボルバー(Revolver)」の あのリトグラフによるアルバムジャケットである。
  ジョンにとっても 他のメンバーにとっても、アストリッドは洗練された魅力にあふれていた。
  みんなは時代の先端を行くアストリッドの黒を基調とした洋服や、アバンギャルドな生き方、写真術、それらを全て含めたセンスの良さに圧倒されていた。
  アストリッドはビートルズのメンバー全員に影響を与えたが、特に芸術家同士として同調したのが、スチュアート・サトクリフ。
  いつの間にか、アストリッドはスチュを好きになっていた。もちろん100%恋愛感情である。

  シンシアはこう語っている。
  「私は ジョンを取られたくなくて、ひと安心しましたが。きっとクラウスは後悔したでしょう。
  『ああ!、アストリッドにビートルズなんか 見せるんじゃなかった…』ってね」

236 :ジョン・キロックノン:2014/07/24(木) 23:26:25.48 ID:???0
  〜 The Beatles / When I Get Home
  
@YouTube


 
  〜 The Beatles / She Loves You
  
@YouTube



  (小林)ビートルズの永遠の名曲 She Loves You
  これは1963年、最初のミリオンですよね。
  100万を突破したヒットであります。
  もちろん1963年ですが、イギリスでね。
  64年になって、世界のアメリカを始め日本を始めね いろんな世界が加わることになるんですが。

  その64年の「A Hard Day's Night」のアルバムに入っていた When I Get Home
  これをかけて She Loves You をかけました。

237 :ジョン・キロックノン:2014/07/24(木) 23:27:33.72 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「ああぁ、アストリッドに ビートルズなんか見せるんじじゃなかった・・・」
  この嘆き悲しむ男の名は クラウス・フォアマン。
  ハンブルグでビートルズに出会い、そこで恋人のアストリッド・キルヒヘルをメンバーのスチュアート・サトクリフに奪われた。
  それだけでは あまりに可哀そうな男の物語で終わってしまうのであるが。
  この数年後、ロンドンに渡ったクラウスには「ツキ」つまり幸運が廻って来る。
  自分もベースを演奏することができたクラウスは、人気グループ「マンフレッド・マン(Manfred Mann)」に加入し、活躍した。
  もちろんビートルズを頼ってロンドンに来たクラウスは、ずっとビートルズの仲間であり、ファミリーの一員であった。
  もともと芸術家志望であった彼は、絵やイラスト、そしてデザインの仕事も続けていた。
  その最も有名な仕事は、1966年のビートルズのアルバム「リボルバー(Revolver)」のジャケットデザインを手掛けたこと。
  このリトグラフによるコラージュ作品は、音楽業界で最も大きなアウォードであるグラミー賞のデザイン部門の最優秀作品に輝いた。
  そしてマンフレッド・マンを抜けたあと、さらにクラウスは、ジョンとヨーコの新しいプロジェクトである「プラスティック・オノ・バンド(Plastic Ono Band)」に加入し
  ベーシストとして、ライブに、そしてアルバムのレコーディングにしばしば駆り出された。
  1970年代のジョンの作品「プラスティック・オノバンド」「ジョンの魂(John Lennon/Plastic Ono Band)」や「イマジン(Imagine)」を始め
  そのほとんどは クラウスがベースを担当している。と言われている。
  ちなみに、現在のオノ・ヨーコ率いるプラスティック・オノ・バンドのベーシストも クラウス・フォアマン。
  息の長いアーティストである。
  
  話しは、アストリッドとスチュに戻るが。
  この1960年の秋、22歳のアストリッドと 20歳のスチュは 出会って2ケ月で婚約し。
  ドイツの習慣に則(のっと)って、お互いに金の指輪を贈り合った。
  ビートルズのドイツにおける青春群像、質素ではあるが、素晴らしいパワーを秘めた物語である。

238 :ジョン・キロックノン:2014/07/24(木) 23:30:53.66 ID:???0
  〜 The Beatles / Paperback Writer
  
@YouTube



  〜 The Beatles / She Said She Said
  
@YouTube



  (小林)She Said She Said 1966年の「リボルバー(Revolver)」
  つまり、そのジャケットはクラウス・フォアマンが、ビートルズとハンブルグで知り合ったクラウス・フォアマンがデザインした。
  かなりもう66年、サイケになっておりましたね。
  
  その前も 66年の、ちょうど66年ていうと ビートルズが日本に来るわけですが。
  ちょうど日本に来た頃 イギリスやアメリカでナンバーワンだった Paperback Writer
  おかけいたしました。

  なお、さっきクラウス・フォアマンはオノ・ヨーコのバンドのメンバーであるていうような事を言いましたけど。
  ここ数年は メンバーで参加していて。
  実は、最新のニュースだとね。
  6月の終わりに、イギリスのフェスティバルで一番大きい有名な、グラストンベリー(Glastonbury)のフェスティバルにオノ・ヨーコ出たんですよ。
  息子のショーンが「絶対に お母さん出た方がいいよ」つんでw出たんですよ。
  その時クラウス・フォアマンが入ってたかどうか、確認できないんですけど。

  まあそのレポートですけど、ご存知の方いるかもわかんないですけど。
  オノ・ヨーコは、グラストンベリーで、メッチャクチャな大ブーイングを、歴史に残るような大ブーイングを浴びたっていう、ことですよ。
  まあ、大トリはね、メタリカ(Metallica)が、メタリカが出るってことも大変なことだったんだけど。
  メタリカの場合は 若者たちが「ウォー!」と支持したらしいんですけども。
  オノ・ヨーコは、グラストンベリーに行くのに絶対予想しているわけですよ、「自分はこういう風に嫌われてて」
  だけど、それで行って、大ブーイングをやってw お客を興奮させたっていうのは、確かに偉いですよね。この人は、ね。

239 :ジョン・キロックノン:2014/07/24(木) 23:32:55.07 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「アストリッドってドイツの女性が、ジョンじゃなくてスチュに恋をしていると聞いて、とりあえずホッとしましたね」
  こう語るのは、ジョン・レノンの最初の妻になるシンシア・パウエル。
  こうしたエピソードは、全て彼女の手記に印されているもの。
  その内容は、ほぼ100%シンシアが実際に目の当たりにしたり、ジョンから直接聞いた話しを基にしているもの。
  この極めて信憑性の高い彼女の著作から もう少し続けてみよう。

  1960年の秋、22歳のアストリッド・キルヒヘルと20歳のスチュアート・サトクリフは、出会って2ケ月で婚約し。
  ドイツの習慣に則(のっと)って、お互いに金の指輪を贈り合った。
  アストリッドはスチュのジェームス・ディーンのようなルックスに惹かれていた。
  彼女はスチュのサングラス姿が一番のお気に入りであった。
  もともと神秘的でハンサムなスチュであったが、そのサングラスをかけると 魅力は倍増した。 
  ジョンやシンシアのように、スチュもまた極度の近眼であったが。
  彼の場合、オシャレなフレームに度の入った色付きのレンズを合わせたおかげで「近眼=ビンの底風メガネ」という常識をクリアしていた。

  スチュアートとアストリッドが婚約して間もなく。
  ビートルズは、それまでのクラブより さらに規模の大きく格も高い「トップテンクラブ」への出演契約を持ちかけられた。
  メンバーは全員トップテンクラブへは、トニー・シェリダン(Tony Sheridan)というイギリスのシンガーのステージを見に出かけたこともあった。
  ビートルズの面々は、このシェリダンの素晴らしさを認めていた。
  何度か ジャムセッションをしたこともあった。
  しかし、このセッションが、ハンブルグのクラブシーンを牛耳る男=ブルーノ・コシュミダーの逆鱗に触れた。
  どこかの店に出演することを契約をしている以上、他の店で演奏することはご法度であった。
  このことが ビートルズのハンブルグでの仕事に大きな支障を来すことになるとは。
  この時、まだ誰も予測してはいなかったのである。

240 :ジョン・キロックノン:2014/07/24(木) 23:33:50.01 ID:???0
  〜 The Beatles / Blue Jay Way
  
@YouTube



  〜 The Beatles / Got To Get You Into My Life
  
@YouTube



  (小林)1966年の「リボルバー(Revolver)」に入っている Got To Get You Into My Life
  まあ、行動的なポールらしい曲ですよね。
  これはやっぱり ソロになった、ソロ活動だとか、ウィングズ(Wings)につながるような感じがしますよね、この曲聴くと。
  
  そしてその前は「マジカル・ミステリー・ツアー(Magical Mystery Tour)」の中の 隠れた名曲です。
  ジョージ・ハリスンの Blue Jay Way
  実際にハリウッドにある道の名前です

241 :ジョン・キロックノン:2014/07/26(土) 21:23:08.24 ID:???0
□リクエスト
  (小林)
  メールアドレスはわかりますよね。
  beatles@bayfm.co.jp
  採用の方にはイシイのミートボールなどセットにしてお送りしております。

  (千葉市中央区/男性)
  50年代60年代の名曲が放送されているのを聴いて、この曲を思い出したので リクエストします。
  実のところ、80年代の曲だと思いますが、古き良きアメリカを思わせつつ、色褪せない名曲ではないでしょうか。
  
  (小林)
  [/男性]さんは相当 音楽を聴き込んでいる方のような感じがします。
  ジョン・フォガティ(John Fogerty)にリクエストがあったんですけど。
  若い人たちはジョン。フォガティのこと 知らない人いるかもわかりません。
  実は、ジョン・フォガティは CCR、略して「CCR」。
  「クリーデンス・クリアウォーター・リバイバル(Creedence Clearwater Revival)」ていうグループの中心だったんですよね、
  リードボーカルで、ほとんど彼が曲を書いていたんですが。
  1968年には、世界的に言ってですよ、ビートルズよりアルバムを売っていましたクリーデンス・クリアウォーター・リバイバル。
  すごかったんですよ、このグループの勢いは。
  でも、レコード会社の社長とソリが合わなかった、わけですね。
  それで、その社長にイジメられて、グループとして活動できなくなるんですよ。
  で、ジョン・フォガティはソロ活動するんですけども。
  80年代 ソロのヒットを出しているんですが。
  その一つを聴いていただこう、というわけですね。

  〜 John Fogerty / Centerfield
  
@YouTube



242 :ジョン・キロックノン:2014/07/26(土) 21:24:15.12 ID:???0
  〜 The Beatles / Slow Down
  
@YouTube



  (小林)ジョン・フォガティのボーカルに続いて ビートルズの Slow Downが流れました。
   
  (千葉市花見川区/男性)
  初めてリクエストします。
  リクエスト曲は Slow Down です。
  今から30数年前の中学生のころ、キャロルの大ファンでした。
  すでにキャロルは解散していましたが、そのキャロルのコピーを聴いて、そのあとビートルズの本物を聴いて気に入りました。
  初期のビートルズの雰囲気が感じられる お気に入りの曲です。
  当時は Slow Down などのロックンロールに合わせて あちこちで踊っていました。
  今は カラオケ、スナックなどで歌いながら踊り 当時を思い出しています。
  
  (小林)
  まあ、ビートルズのお話しの方がね。
  アストリッドと知り合ったり、クラウス・フォアマンと知り合ったりするハンブルグ時代の話しをしておりますが。
  ビートルズはハンブルグにいる頃は、このイメージだったわけですね。
  服装だって リーゼントに革ジャンね、そういう雰囲気ですから、いかにもロックンロールっていう雰囲気です。
  それがアストリッドだとか、クラウス・フォアマンなんかに出会って、変わって行くわけですよね。
  その頃のリクエストにお応えしました。

243 :ジョン・キロックノン:2014/07/26(土) 21:26:05.59 ID:???0
  (千葉県富里市/男性)
  先日、ボビー・ウーマック(Bobby Womack)が亡くなったニュースを聞き、自分の好きなアーティストが亡くなった悲しみに浸っています。
  私はビートルズやローリングストーンズ(The Rolling Stones)をきっかけに、彼らのカバー曲のオリジナルである黒人音楽を掘り下げてよく聴くようになり。
  おかげで音楽の視野が とても広がり続けているように思います。
  リクエストは、ストーンズも先日ベルギーのコンサートで追悼していました、オリジナルの It's All Over Now

  (小林)
  これはもちろん ストーンズの初期のシングルで、ボビー・ウーマックが所属していたグループの・・・
  兄弟でやっていたグループですよね、それのヒット曲。
  そこまでリクエスト、(/男性)さんは追っかけています。
  ボビー・ウーマックには 興味がある方は名曲があるんで、ちょっとチェックしてみていただきたいと思います。
  では、ボビー・ウーマックで It's All Over Now

  〜 Bobby Womack / It's All Over Now
  
@YouTube



244 :ジョン・キロックノン:2014/07/26(土) 21:27:55.89 ID:???0
  〜 The Beatles / And I Love Her
  
@YouTube



  (小林)
  いやあ これはリクエストは・・・もう大台になりましたねw 歳もねw

  (東京都大田区/男性)
  毎週、この番組を待ちに待って拝聴しています。
  この曲、私が中学生だった時、一番人気があった曲で、シングル盤のA面だったんですが。
  B面には「恋に落ちたら」が収められていて。
  この曲も たいそう人気があって、両面がA面あつかいのようになっていたシングル盤でした。
  
  (小林)
  ただね、このころはね、面白いのはね。
  60年代 地球の裏側です。
  今熱い あのブラジルから、ボサノバっていう音楽がね、ビートルズとはまるで裏ですよね。
  席捲していて、そのボサノバのリズムに乗せてね。 
  あの And I Love Her とか Michelle だとかね、カバーするのが流行った時代なんですよ。

245 :ジョン・キロックノン:2014/07/26(土) 21:29:15.83 ID:???0
  BGM 〜 The Beatles / Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band (Reprise)
  
@YouTube



□エンディング  
  (小林)「ビートルズから始まる」いかがでしたでしょうか?

  リクエスト よろしくお願いします。 
  けっこうねえ、短く書いていても、音楽が相当聴いてる人だな、っていうのが判ったりして。
  とても 楽しみにしておりますので。
  採用の方にはイシイのミートボールなどセットにしてプレゼントしてお送りしております。
  メールは
  beatles@bayfm.co.jp
  です、待っております。

246 :ジョン・キロックノン:2014/07/28(月) 21:15:07.64 ID:???0
■石井食品Presents「ビートルズから始まる。」bayfm 78.0MHz
 2014年7月27日(日)18:00〜19:00 放送内容  DJ:小林克也

  BGM 〜 Instrumental / Eleanor Rigby
  
@YouTube



□ビートルズカレンダー(7月27日)
 ・1961年(今から53年前の今日)
  ビートルズは、まだ もちろん売れていません。
  でも、キャバーンクラブへ、リバプールのキャバーンクラブへ出るようになって、ちょっと知られるようになって来るわけですね。
  53年前の今日は、やっぱりキャバーンクラブの「ヌーンタイムショー」ての、お昼に出て。
  そしてその後で、リバプールの他のホールですね、セントジョーンズホールていう所で また演奏するという。
  ギャラは安いけど、けっこうまあ仕事はあった方。
  でも面白いのは、その別のホールで ですね。

  キャバーンクラブの受付をアルバイトでやっていた、プリシラ・ホワイト(Priscilla White)っていう子がいて。
  なんでこの子は受付でアルバイトやってたかっていうとですね、歌手志望なんですよ。
  で、あとあと ビートルズの同じマネージャーでデビューすることになるんですけども。
  その時はもう、プリシラ・ホワイトじゃなくて、シーラ、プリシラ(Priscilla)のシーラ(cilla)を取って、シーラ・ブラック(Cilla Black)という名前でデビューするんですが。
  この プリシラ・ホワイトも、別のホールでは一緒に歌うんですよね。
  で、ビートルズがプリシラ・ホワイトのバックコーラスを務めてあげていた、っていう。
  まあ、下積み時代だから いろんなことをやっていた、っていう。
  もちろん、NEMSがちゃんとした会社になって行くと、その名前を変えてね。
  プロデューサーはもちろん ジョージ・マーティンが担当して、イギリスでのナンバーワンソングも生まれるんですよ。
  その頃は仲間のために、まあ、バックコーラスをビートルズがやってあげた、ていう話しなんですが。

247 :ジョン・キロックノン:2014/07/28(月) 21:16:29.84 ID:???0
(続き)
  さあ、それじゃその イギリスでナンバーワンになった、ジョージ・マーティンがプロデュースした女の子の歌、聴いてみたいと思います。

  〜 Cilla Black / You're My World
  
@YouTube



  (小林)シーラ・ブラックの You're My World
  これは1964年、イギリスでナンバーワンになっています。
  ビートルズの仲間たち、であります。

248 :ジョン・キロックノン:2014/07/29(火) 18:42:58.00 ID:???0
□ストーリー
 ・「ほぼ毎日のように届く ジョンからの手紙によると、ハンブルグでの毎日はとても楽しそうでした。
  スチュがアストリッドと婚約したことで、同じ世代のドイツ人の仲間も出来て、充実しているみたいでしたね。
  それがまさか、あんな結末になるとは、その時はまだ誰も予測なんてしていなかったでしょう」

  こう語るのは、ジョン・レノンの最初の妻になる シンシア・パウエル。
  こうしたエピソードは すべて彼女の手記に記されているもの。
  その内容は ほぼ100%シンシアが実際に目の当たりにしたり、ジョンから直接聞いた話しを基にしているもの。
  この極めて信憑性の高い彼女の著作から お送りしよう。
  
  「スチュアートとアストリッドが婚約して間もなく、ビートルズはそれまでのクラブより更に規模の大きく格も高い『トップテンクラブ』への出演契約を持ちかけられます」

  ただ、ここで問題が発生したのである。
  ビートルズは同じイギリス人シンガーのトニー・シェリダン(Tony Sheridan)と、そのクラブで何度かジャムセッションをしたことがあった。
  これが、ハンブルグのクラブシーンを牛耳る男=ブルーノ・コシュミダーを怒らせてしまった。
  どこかの店に出演することを契約している以上、他の店で演奏することは御法度。なにやらキナ臭い雰囲気が立ち込めてきたのである。
  ビートルズがトップテンクラブにグレードアップしようとしていた ちょうどその頃。
  ジョージがまだ17歳であり、労働許可証も 在留許可証も持っていないことが警察にばれてしまった。
  これはおそらく、悪意を持った第三者による密告。
  さらに不味い事に、ビートルズがそれまで出演していたクラブには 18歳未満は入れないことになっていた。
  3ヵ月間は なんとかすり抜けたものの、運もそこで尽き、ジョージは国外退去を命じられてしまった。
  ジョージとのお別れの日、アストリッドとスチュは、ジョージに一袋のお菓子とリンゴをいくつか持たせて駅まで送り、その列車を見送った。

  しかし、騒動はこれだけで終わらなかったのである。

249 :ジョン・キロックノン:2014/07/29(火) 18:43:45.45 ID:???0
  〜 The Beatles / Old Brown Shoe
  
@YouTube



  〜 The Beatles / Here Comes The Sun
  
@YouTube



  (小林)
  アビーロード(Abbey Road)」に入っています Here Comes The Sun ビートルズ。
  ジョージ・ハリスンの曲です。
  これは親友のエリック・クラプトン(Eric Clapton)の家で書きました。
  
  その前は Old Brown Shoe
  「The Ballad Of John And Yoko」のB面 
  ボブ・ディラン(Bob Dylan)にインスパイアされて書いた曲です。
  Old Brown Shoe

  2曲続きました。

250 :ジョン・キロックノン:2014/07/29(火) 18:45:29.18 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「ジョージが 国外退去だって!?。くそう!。いったい だれがチクったんだ!」
  こう怒りまくっているのは、この時20歳のジョン・レノン。
  ビートルズのリーダー。
  話しのネタ元は、そのジョンの妻となるシンシア・パウエルの手記であるが。
  その内容は すべてシンシアが実際に見たり聞いたりしている事に基づいている。
  どこぞのライターがでっち上げたビートルズ本とは違う 真実のビートルズの姿がそこにはある。
  このシンシアの名著を さらにひも解いてみよう。
  
  ビートルズがトップテンクラブにグレードアップしようとしていた ちょうどその頃。
  ジョージがまだ17歳であり、労働許可証も在留許可証も持っていないことが 警察にバレてしまった。
  これはおそらく、悪意を持った第三者による密告。
  ジョージは、アストリッドとスチュに見送られて 一人列車に乗り込んだ。
  しかし、騒動はこれだけで終わらなかったのである。

  数日後、ビートルズの他の4人も次々と災難に遭う。
  それまで演奏していた カイザーケラーよりも格上の店=トップテンクラブに移るために、ポールとピート・ベストが荷物をまとめていた、
  それまでの宿泊施設である古い映画館バンビを引き払おうとしていた時、ロウソクが倒れ、床に置いてあった麻袋に火が付いてしまった。
  思いがけない小火(ボヤ)である。
  もともと廃墟も同然の建物。
  実質的な損害はほとんど無かったのであるが、ハンブルグの夜の街を取り仕切るブルーノ・コシュミダーが警察に通報したのである。
  コシュミダーはビートルズが、まだカイザーケラーの専属であったころ、すでにトップテンクラブに飛び入りで出演したことに腹を立て、ビートルズに報復できる機会をねらっていたのである。 
  権力者とは いつの時代も自分の思い通りにならないと、気に入らないものらしい。
  
  そしてさらに その数日後、災いはリーダーのジョンにまで及ぶのである。

251 :ジョン・キロックノン:2014/07/29(火) 18:46:33.54 ID:???0
  〜 The Beatles / Being for the Benefit of Mr. Kite!
  
@YouTube



  〜 The Beatles / Money
  
@YouTube



  (小林)2曲 続きました。

  Money これは お馴染みの曲ですが、カバーですね。
  モータウンのね、社長だった、モータウンを創った、ベリー・ゴーディ(Berry Gordy)が作った曲なんですよね。
  Money という名曲。
  バレット・ストロング(Barrett Strong)のヒット。
  ジョンが これを歌っていました。
  「With The Beatles」 1963年

  そして、67年の「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド(Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band)」
  の中に入っていた曲で、ちょと変わったテイストの曲ですよね。
  Being for the Benefit of Mr. Kite!

252 :ジョン・キロックノン:2014/07/29(火) 18:48:44.33 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「ジョージがイギリスに帰されたと思ったら、ポールとピートに言いがかり。
  それで、こんどは俺が何をやったっていうんだ。
  くそぅ、ブルーノの野郎。絶対に許さないからな」

  怒りまくっているのは、ビートルズのリーダー=ジョン・レノン。
  ジョンは ここドイツのハンブルグで20歳になっていた。
  最初は実に劣悪な環境と どうしようもない客の前での演奏を強いられていたビートルズであったが。
  それでも、自分たちの努力で 少しづつ上に昇っていた矢先のことである。
  
  ジョージは、17歳であることを理由に 国外退去。
  ポールとピートは、ボヤ騒ぎから 放火の濡れ衣を着せられ、これまた国外退去。
  そしてその災いは ついにジョンにまで及んだ。
  これまでのバンドの経歴から判断し、当局はジョンの労働許可を取り消したのである。
  もちろん 後ろで糸を引いているのは、プロモーターでありハンブルグの夜の街を取り仕切るブルーノ・コシュミダー。
  契約書通りに言う事を聞かないビートルズに 怒りを顕わにし、出来る限りの報復作戦に出たのである。 
  ともあれ、仕方なくジョンもイギリスに帰ることになった。

  後にジョンの最初の妻となるシンシアは こう証言している。
  「ジョンはリバプールに帰って来てから、私に話してくれたんですが。
  その話によると、彼はたった一人で ハンブルグから帰ることは、本当に不安だったそうです。
  自分は迷子にならないで ちゃんとリバプールにまで たどり着けるんだろうか って。
  『ものすごく 怖かった』と言っていましたね。
  ハンブルグに行くときは、メンバー全員アラン・ウィリアムズのバンで送ってもらったわけですが。
  まさか、こんな帰り道になるなんて、1ミリも思っていなかったんでしょう。
  とにかく、ジョンという人は、極度の寂しがり屋で、一人旅なんて この時が初めてだったそうです。
  でもそれが、女性の母性本能をくすぐるのかもしれませんね」

253 :ジョン・キロックノン:2014/07/29(火) 18:49:26.36 ID:???0
  〜 John Lennon / Oh My Love
  
@YouTube



  〜 The Beatles / Revolution 1
  
@YouTube



  (小林)ジョン・レノンの名曲が 2曲続きましたね。

  「ホワイトアルバム(The BEATLES)」に入っています、Revolution 1 の方です。

  そしてその前は、ソロアルバム あの「イマジン(Imagine)」の中に入っていました
  知っていましたか? Oh My Love

254 :ジョン・キロックノン:2014/07/31(木) 13:10:00.73 ID:???0
□リクエスト
  (小林)メールは beatles@bayfm.co.jp です。
  採用の方にはイシイのミートボールなどセットにして差し上げております。
  ちょっと がんばってリクエストくださいねw。待っています。

  (茨城県常陸大宮市/男性)
  いつも興味深く聴いています。
  50年ほど前になりますが、たしか土曜日の午後3時から、大橋巨泉さん司会の「ビートポップス」という洋楽ランキングの番組がありました。
  私は小学生で英語も分からないのに、この番組を毎週欠かさず聴いていました。
  ビートルズの「ハロー・グッバイ」が何週も1位だったのを、今でもはっきりと覚えています。
  小学生ながらも、本当にカッコイイ曲だと思っていました。
  そして姉がこのシングルを買ってきたので、毎日聴いていました。
  エンディングに入る前の4拍を正確に刻んで、ピッタリ合うと嬉しかったんです。
  いつもこの曲を聴くと 4拍の間を正確に刻みます。
  「ハロー・グッバイ」お願いします。

  (小林)
  [/男性]さん あなたのリクエストです。

  〜 The Beatles / Hello Goodbye
  
@YouTube



  (小林)どうもリクエストありがとうございます。

255 :ジョン・キロックノン:2014/07/31(木) 13:11:41.64 ID:???0
  (習志野市/男性)
  克也さんこんばんは。毎週この番組を楽しみにしています。
  私は1964年生まれの50歳です。
  64年と言えば ビートルズが大々的にブレークし、世界的に有名になった年です。 (小林)50周年なんですよね。
                                                          で、[習志野市/男性]さんは ちょうど50歳。
  50年経った今でも褪せることなく、歌い聴き継がれているビートルズ、本当にすごい存在だと思います。
  リクエストは50歳を迎えて、しみじみと感じられる 竹内まりや「人生の扉」をお願いします。

  (小林)ということで。
  まあ、これは作る前に、山下達郎/竹内まりや、が言ってましたねえ。
  「僕たちは 残って行く曲を作るんだ」「スタンダードを作るんだ」って、宣言みたいなことを言ってましたが。
  そのとおりになりましたねえ。
  これは、人生は 若いうちは足し算だけどね、だんだん50を越えて行くとw 引き算になるんですよw
  「これ、あと何回食べられるのかな?」「あと何回 観れるのかな?」
  そういうことも感じさせるw 傑作です。

  〜 竹内まりや / 人生の扉
  
@YouTube



256 :ジョン・キロックノン:2014/07/31(木) 13:13:43.00 ID:???0
  (木更津市/男性)64歳
  拝啓 小林克也様。
  映画の封切りが先だったのか、レコードの発売が先だったのか、定かではないのですが。
  14歳の 少年は都電を乗り継いで、そそくさと銀座まで出かけました。
  動くビートルズは、テレビで見たエド・サリバン・ショー以来だったので、
  ファンに追いかけられる四人が、いきなりスクリーンいっぱいに登場した時には、ドキドキワクワクしました。
  しかも、モノクロです。
  4〜5人で行ったのですが、僕の片想いのKちゃんは、この映画を見てリンゴの大ファンになってしまいました。
  「おいおい、あんな単純なドラムじゃなくて、ガニ股でシャウトするジョンだろ!」
  当時、彼らは四人組のアイドルとして注目されていて、50年を経て 偉大なミュージシャンとして名を残すなんて。
  ほとんどの人が 思ってもみなかったんです。
  このアルバムには、ジョンの超が付く名曲、「If I Fell」が入っていますが。
  今回は B面のラストの曲「I'll Be Back」をリクエストします。
   
  (小林)
  これは 言い方が、良いですw
  B面のラストの曲です。
  
  〜 The Beatles / I'll Be Back
  
@YouTube



257 :ジョン・キロックノン:2014/07/31(木) 13:16:39.58 ID:???0
  BGM 〜 The Beatles / Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band (Reprise)
  
@YouTube



□エンディング  
  (小林)「ビートルズから始まる」今日はいかがでしたでしょうか?

  リクエストもねえ けっこう幅広いですから。
  10代の方から、もうビートルズをマトモに聴いてて みんな60代になってたりするわけですよw。
  だから、ほんとに幅広くて、ほんとにいろんな価値観の方から、リクエストいただくんですが。
  今日なんか あれですね、竹内まりや。
  竹内まりや/山下達郎 夫妻なんかも、その歳になって来てますからねえ、いよいよね。
  あの傑作から、[木更津市/男性]さんが書いたお手紙、もうほんとにつながって、感激した年配の方もw
  いや、けっこう この味はですね、若い人にも伝わる・・・
  いや、年配の人は「いや、伝わんなくったっていいんだよ。我々が判れば」wなんて
  そう思ってる人も いるかもわかんないw ええ。
  それでも 良いですからね。リクエスト よろしくお願いします。
  いろんなリクエスト 待っております。
  beatles@bayfm.co.jp
  採用の方にはイシイのミートボールなどセットにして
  せっかく気を入れてリクエストしていただくわけですから 
  採用の方には何か差し上げようというわけです。
  よろしくお願いします。

  そして、ビートルズのお話しの方は。
  いよいよ、当時は西ドイツって言ったんですよね。
  今はもう ドイツになってますが。
  ハンブルグから 追い出されちゃうんですよ。
  さあ、このあとビートルズはどうなって行くのか。
  とても楽しみだと思います。
  また来週を よろしく。
  小林克也がお送りしました。

258 :ホワイトアルバムさん:2014/08/04(月) 18:29:47.69 ID:???0
■石井食品Presents「ビートルズから始まる。」bayfm 78.0MHz
 2014年8月3日(日)18:00〜19:00 放送内容  DJ:小林克也
  BGM 〜 Instrumental / Eleanor Rigby
  
@YouTube



□ビートルズカレンダー(8月3日)
 ・1971年(今から43年前の今日)
  ですから もうビートルズは解散しております。
  今から43年前の今日、ポール・マッカートニーがウィングス(Wings)を結成します。
  これは ポールが新しいグループをやるっていうのは、みんな待っていたと思うわけです。
  とうとう ですよね。43年前の今日。
  もちろん、ご存知の通り ソロのポール・マッカートニーていう、「McCartney」か、1970年にアルバムを出して。
  で、嫁さんのリンダ・マッカートニーと共作で「RAM」を出して。
  で、やっぱりポールはライブが大好き、「ライブの野獣」「ツアーの野獣」w ということで、自分がリーダーになるバンドを結成。
  メインのメンバーは、ポールとリンダと、そして元ムーディブルース(The Moody Blues)の デニー・レイン(Denny Laine)
  何度かいろいろメンバーが替わったりするんですけど、この3人は不動のメンバー、ということで。

  結成した71年。
  これ面白いんですけどね。
  いきなりねえ、イギリス中の大学に当たって。
  「ポール・マッカートニーがライブをやるっていう事を、やりたいんだけど、そっちで お宅ではやらせてくれないか?」
  どこもOKじゃないですか。
  で、大学を周るんですよね。
  大学生たちは喜んだでしょう。
  あの、ポール・マッカートニーがね、ライブをやってくれるっていう。
  だから、それはポール・マッカートニーは、あんまりお金は取らなかったんじゃないかな?。ね。
  もう自分がライブをやれれば良い、っていう、最初はそういうノリだった。

  で、アルバム「Band on the Run」「Venus and Mars」これが大ヒットして。
  全米ツアー、怒涛の全米ツアー。
  で、3枚組の「Wings Over America」で、まあピークに達して。
  7枚のスタジオ盤を残して、1981年にウィングズは解散、ということで。

259 :ジョン・キロックノン:2014/08/04(月) 18:31:52.61 ID:???0
(続き)
  さあ、それでは、一番完成度の高い曲をですね、一番有名な曲。
  これは、レコーディング直前にドラマーが辞めたんで、ポール・マッカートニーがドラムスを叩いているという。
  ウィングズの Band on the Run

  〜 Paul McCartney and Wings / Band on the Run
  
@YouTube



  (小林)
  ウィングズ Band on the Run =バンド逃走中。

260 :ジョン・キロックノン:2014/08/08(金) 12:51:04.46 ID:???0
□ストーリー
 ・「ジョージがイギリスに帰されたと思ったら、ポールとピートに言いがかり。
  これで今度は 俺が何をやったっていうんだ。
  くそぅ、ブルーノの野郎。絶対に許さないからな!」

  怒りまくっているのは、ビートルズのリーダー=ジョン・レノン。
  ハンブルグで二十歳になったジョン率いるビートルズであったが。
  最悪な宿泊環境と過酷な労働条件の中、それでも 自分たちの努力だけで、少しづつ上に昇っていた矢先のことである。

  ジョージは17歳であることを理由に、国外退去。
  ポールとピートはボヤ騒ぎから 放火の濡れ衣を着せられ、これまた国外退去。
  そして、ジョンに至っては、これまでのバンドの経歴から判断し、当局はその労働許可を取り消したのである。
  もちろん後ろで糸を引いているのは、プロモーターであり ハンブルグの夜の街を取り仕切る=ブルーノ・コシュミダー。
  彼は「特定の店以外では演奏してはいけない」という契約書の内容に背いたビートルズに怒りを顕わにし、情け容赦のない報復作戦に出たのである。

  この頃のビートルズは5人組で、ベーシストはスチュアート・サトクリフ。
  ハンブルグの街で知り合った写真家の女性アストリッド・キルヒヘルと婚約していたスチュであったが。
  婚約はあくまでも婚約であり、婚姻関係ではない。
  彼もまたバンドメンバー全員の責任とみなされ、やはり国外退去を命じられた。

  いよいよイギリスに帰る、という段になって、スチュは扁桃炎にかかってしまった。
  とてもではないが 列車で帰ることは不可能。
  ということで、アストリッドはスチュのために航空チケットを用意してくれたため、彼だけは飛行機で帰国した。

  ジョンは 生まれて初めての一人旅の末、リバプールに戻って来た。
  もちろん、最初に連絡をしたのは、恋人のシンシア・パウエル。
  久しぶりの再会で嬉しいには嬉しかったが、ジョンのあまりの消沈ぶりに、シンシアはかけてあげる言葉も無かったのである。

261 :ジョン・キロックノン:2014/08/08(金) 12:52:08.29 ID:???0
  〜 The Beatles / Happiness is a Warm Gun
  
@YouTube


  
  〜 The Beatles / The Fool On The Hill
  
@YouTube



  (小林)2曲かかりましたねえ。

  Happiness is a Warm Gun 
  なかなか かかんない。これは渋い曲ですね。
  「ホワイトアルバム」に入っているジョンの曲。
  「The BEATLES」。

  The Fool On The Hill。
  1967年「マジカル・ミステリー・ツアー(Magical Mystery Tour)」の中に入っている曲。
  
  2曲 お送りしました。

262 :ジョン・キロックノン:2014/08/08(金) 12:53:09.34 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「ジョン、お帰りなさい。
  でも良かったぁ、あなたがこうして無事に帰って来てくれて。
  それにしてもジョン、あなた 元気が無いわねぇ。いったいどうしたの?」

  この言葉の主は シンシア・パウエル。
  ジョン・レノンの学生時代の恋人であり、この数年後にはジョンの最初の妻となる女性。
  お送りしている このビートルズ物語は、そのシンシアが書いた手記を参考にしている。
  ジョンとビートルズにまつわるお話しは、全てシンシアの目の前で起ったこと。
  あるいは、ジョンから直接聞いた事実に基いている。
  ビートルズにまつわる書籍の中でも、断トツに信憑性の高いこの手記の中から もう少し続けてみよう。

  シンシアはこう語っている。
  「ジョンは私との再会を喜んだのですが。
  ドイツを追われて帰って来たことで、すっかり意気消沈していました。
  無理もありません、ハンブルグという 全く情報もコネクションも無い街で、あれだけの成功を収めたのも束の間。
  これからの見通しも、次の活動に向けたプランも無いまま、一人二人とイギリスに追い返されてしまったのですから。
  ジョンにしてみれば、ビートルズとしての道もこれでお終いだ、と思うしかなかったのです。」

  ドイツではそれなりの報酬をもらっていたにもかかわらず、リバプールに帰って来たジョンは ほとんど現金を持っていなかった。
  出演料のうち いくらかは、ようやく育ての親であるミミ伯母さんに 生活費のために とハンブルグから少しづつ送っていた。
  恋人のシンシアにも 何か素敵なプレゼントをしてあげようと、貯金もしていた、という。
  ハンブルグでオシャレなレザーのコートをあれこれ目にしていたので、それをシンシアに買ってあげようと 二人で街の中心地にあるC&Aモードという大きなデパートへ向かった。
  ジョンがシンシアに着てもらいたかったコートの色は黒。
  しかし 残念なことにサイズが無かったため、二人が選んだのは、豪華な七分丈のチョコレート色のコート。
  それはジョンからの 初めてのプレゼントだった。

263 :ジョン・キロックノン:2014/08/08(金) 12:53:50.97 ID:???0
  〜 The Beatles / In My Life
  
@YouTube



  〜 The Beatles / Dr. Robert
  
@YouTube



  (小林)曲が2曲 つながりましたね。
  
  お馴染みでしょう、In My Life
  これは「ラバーソウル(Rubber Soul)」の中に入っている。
  ジョンの名作。
  
  そして Dr. Robert
  これは「リボルバー(Revolver)」の中の作品。

264 :ジョン・キロックノン:2014/08/08(金) 12:55:25.09 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「ジョンは 何か素敵なプレゼントをしてあげようと、貯金をしていたそうなんです。
  ハンブルグでオシャレなレザーのコートをあれこれ目にしていて、それを私に買ってくれることになりました。
  二人で街の中心地にあるC&Aモードという大きなデパートに行って、あれこれ探しました。
  本来は ジョンが私に着て欲しかったコートの色は黒。
  でも 残念なことにサイズが無かったので、私たちが選んだのは、豪華な七分丈のチョコレート色のコート。
  それはジョンからの 初めてのプレゼントでした。
  着てみると、まるでお姫様になった気分になって、みんなに見せたくてたまりませんでした。
  もう、最高の思い出です」
  こう語るのは、ジョン・レノンの最初の妻となる女性=シンシア・パウエル。
  ビートルズ時代のジョンのことを最も良く知る女性であるシンシアの手記から もう少し続けてみようと思う。
  
  「私たちは先ず、ジョンの育ての親であるミミ伯母さんを訪ねることにしました。」
  コートを買ったC&Aというデパートの隣にはクーパーズという食料品店があり、ミミへのおみやげに午後のお茶の時間に食べるチキン料理を買ったんです」

  それはもうウキウキした気分で、リバプールのメンディプスという地区にあるミミの家に向かった。

  シンシアは語っている。
  「ジョンも私も この幸せな若い二人の恋心を、ミミ伯母さんも分かってくれるものと信じていました。
  無意識のうちに それを思い描いていたんです。
  でも、その考えは甘かったんです。
  ミミは私のコート姿を見て、少し複雑な表情をしました。
  そして、これはジョンが私に買ってくれたのだと聞いた途端、ものすごい剣幕で怒りだしたんです。
  彼女はジョンに向かって こう言いました。
  『なに? このギャングの情婦みたいな服!』
  ジョンも私も いったい何が起こっているのか、すぐには理解できませんでした。
  もちろん、ジョンの表情もジワジワと変わって行ったことは、言うまでもありません」

265 :ジョン・キロックノン:2014/08/08(金) 12:56:11.72 ID:???0
  〜 The Beatles / Hey Bulldog
  
@YouTube



  (小林)
  お送りしたのは、1969年の Hey Bulldog
  アルバムは「イエローサブマリン(Yellow Submarine)」

266 :ジョン・キロックノン:2014/08/11(月) 12:59:07.36 ID:???0
□リクエスト
  (小林)
  リクエスト採用の方にはイシイのミートボールなどセットにしてプレゼントしております。
  beatles@bayfm.co.jp こちらで受け付けております。

  (新宿区/女性)
  7月7日リンゴがとうとう現われました。
  彼らは ここで出会ったんですね。
  7月7日はリンゴの誕生日だそうで、ピッタリだ!、と思いました。
  誕生日だからか あちこちでリンゴの曲を耳にして「思い出のフォトグラフ」が良かったのでリクエストします。
  ちょっと前に、ジョンの直筆の物やイラストがオークションで高値で落札されたと聞きました。
  この番組で ジョンとシンシアのやりとりを聞いているので、オークションされた中に シンシアへの手紙があったりするのかな、なんて思いを馳せたりしました。
  男性ライター側からのハンブルグレポート、ちょっと楽しみです。

  (小林)
  さあ、あなたのリクエスト、[新宿区/女性]さんのリクエスト、リンゴ・スターがこの曲を歌って。
  これはもう 世界中で大ヒットしました。思い出のフォトグラフ。

  〜 Ringo Starr / 思い出のフォトグラフ(Photograph)
  
@YouTube



267 :ジョン・キロックノン:2014/08/11(月) 13:00:07.91 ID:???0
  〜 The Beatles / Something
  
@YouTube



  (小林)
  ジョージ・ハリスンの、というか、ビートルズの Something が かかりました。

  (熊本市/男性)
  ビートルズのハンブルグの活躍、苦労話、結果は判っているものの。
  こういった経験が、のちの彼らの音楽創りにおいて化学変化の起爆剤になったのかな、などと想像しながら楽しく聴かせていただいています。
  僕はビートルズの曲の中でも ジョージ・ハリスンの作った曲に好きな楽曲が多いと、最近改めて感じています。
  やはりビートルズが 今のバンドと違うのは、一人の天才の作品で楽曲が出来ているのではなくて。
  バンドとして それぞれが影響し合い、そこでさらに凄まじい作品が出来ているところに 深い魅力を感じます。
  そこで「Something」を。

  (小林)ということで、リクエストに応えました。

268 :ジョン・キロックノン:2014/08/11(月) 13:01:27.64 ID:???0
  (東京都足立区/男性)
  44年ぶりの公式映画製作が発表されました。
  今から楽しみです。
                    (小林)これは、ライブの映画になるみたいなんですけどもね。
                         昔のものを使うのか、僕もよく分かってないんですけども。
  思い起こせば子供のころ、姉に連れられ 銀座のスバル座へ3本立てを見に行きました。
  映画にもかかわらず、後ろの席で叫ぶ人がいて、姉が怒っていたのを記憶しています。(小林)w
  リクエストは、その時なんといっても素晴らしかった「ルーフトップコンサート」からお願いします。
  Dig A Pony

  〜 The Beatles / Dig A Pony
  
@YouTube



269 :ジョン・キロックノン:2014/08/11(月) 13:02:27.64 ID:???0
  〜 The Beatles / Let It Be (single version)
  
@YouTube



  (小林)もし住所とか分かりましたら あとで連絡を欲しいです。

  (住所匿名/女性)
  いつも父と聴いています。 
  私はビートルズの中では「Ob-La-Di, Ob-La-Da」がお気に入りなんですが、父とはあまり好きな曲が一致しません。
  でも、つらい時「Let It Be」を聴くと 父も私も元気になります。
  父が退職したらイギリスに行くつもりです。
  それまで克也さんの番組に励ましていただきながら がんばって行きます。
  
  (小林)ていう。
  リクエストは、お父さんも両方とも元気になる曲w ということで リクエストに応えました。

270 :ジョン・キロックノン:2014/08/11(月) 13:05:00.95 ID:???0
  BGM 〜 The Beatles / Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band (Reprise)
  
@YouTube



□エンディング  
  (小林)「ビートルズから始まる」今日はいかがでしたでしょうか?

  ジョン・レノンたちがね、ハンブルグから国外退去ていうか、おん出されちゃうわけですよね。
  でも、ジョンとシンシアの恋愛物語は続いていて。
  でもw、ジョンの伯母さんのミミに「なんですか! ギャングの情婦が着ているようなものを着て!」ていうw
  ちょっと、笑っちゃいますよね。
  あまりにも なんかメロドラマみたいなところがあるじゃないですか。この関係ていうのはね。
  
  それから リクエストよろしくお願いします。
  イシイのミートボールなどセットにして用意しておりますので。
  これはまあ、採用の方にご褒美としてプレゼントさせていただいております。
  beatles@bayfm.co.jp

  皆さんのリクエストなんか読んでて、感じるのはね。
  ビートルズが どこが特別かっていう。
  まあ、音楽も特別だと思うんですよ。
  相当いろんな素晴らしい人がいる中で、こんなに残っててね。
  でもね、ビートルズのメンバーの心の中を予想するんですよね。話しを聞きながら、あるいは音楽を聴きながら。
  どんな人だったんだろうか?
  そして ビートルズの音楽が 自分たちの、やっぱり どういう風に元気をくれたり
  どういう風にっていう、なんか 心の中を豊かにしてくれているような感じがするんですよね。
  そういうところが ちょっと、まあ普通の・・・
  例えばね、今のアメリカのトップ20だとか いろいろ聴いて、そこまで行かないでしょう?
  ねえ、歌を聴いて、自分の人生を考えたり。
  心の中を、こう、なんてのかな、豊かにする。
  普通 人間て あんまり自分の心の中覗いたりしないですよね。
  だけど、ビートルズみたいな音楽を聴いたりして、自分の事を考えたり、相手の事、家族の事を考えたりするっていう。
  なかなか ちゃんと ビートルズらしい役目があるわけですね。

271 :ジョン・キロックノン:2014/08/11(月) 13:06:23.67 ID:???0
(続き)
  というわけで、時間があったのでw 余計なことをw しゃべってしまいましたがw。
  つまり、どういうことかと言うと、「リクエスト待ってる」と。
  よろしく お願いいたします。
  お相手は小林克也でした。

272 :ジョン・キロックノン:2014/08/11(月) 13:22:56.29 ID:???0
「ビートルズから始まる」
8月10日放送分の録音に失敗いたしました。
今回は放送時にエアチェックと録音しましたが。
(いつもは留守録のみ)
何らかの誤操作をしてしまったようです・・・。
記録をお休みさせいただきます。 <m(__)m>

273 :ホワイトアルバムさん:2014/08/11(月) 19:42:58.98 ID:???0
www1.axfc.net/u/3294818

この番組のスポンサーは、何食品?

274 :ジョン・キロックノン:2014/08/12(火) 18:10:38.10 ID:???0
>>273
おお!。お助け ありがとうございます。
DLできました。

275 :ジョン・キロックノン:2014/08/13(水) 13:18:52.74 ID:???0
■石井食品Presents「ビートルズから始まる。」bayfm 78.0MHz
 2014年8月10日(日)18:00〜19:00 放送内容  DJ:小林克也

  BGM 〜 Instrumental / Eleanor Rigby
  
@YouTube



□ビートルズカレンダー(8月10日)
 ・1964年(今から50年前の今日)
  ビートルズが世界的になった年。つまり50年前。
  まあ、今年いっぱいですからね、50年前って言えるのはねw。
  50年前の今日。

  アメリカの小さな、リズム&ブルース系のレーベル、まあ、レコード会社。
  もう、小さい会社、ヴィージェイ(Vee-Jay)が ビートルズの、いいですか?、ビートルズの4枚のシングルを改めて出してるんですよ。
  これはね ビックリしちゃいますよ。
  「Please Please Me」ね、それから「Do You Want To Know A Secret 」「Love Me Do」「Twist and Shout」ね。
  「Please Please Me」は3位まで行って、「Do You Want To Know A Secret 」は2位まで、「Love Me Do」は1位です。
  「Twist and Shout 」は2位まで行きます。
  つまり、この小さなレコード会社が、なぜビートルズのレコードを出したか、というとですね。
  これはもう ご存知の方はいると思いますけども。
  アメリカのレコード会社は、ビートルズを買わなかったんですよ。
  「ビートルズなんて、アメリカで売れるもんか」と思っちゃったんですよ。
  だから、ビートルズのシングルを出さないから、アメリカの他のレコード会社を探したら、小さなレーベル=ヴィージェイが手を挙げたわけです。
  だから ビートルズの まだそのアメリカで売れる前の権利を持っていたわけですよね。
  ところがもう、50年前の早春に、ビートルズは1位を獲得して、大変なことになるわけですよ。
  で、それに乗じてヴィージェイはレコードも出しています。
  でも、改めて50年前の今日、自分たちが持っている権利を、まあ再発みたいな形のやつもあったと思いますが、この4枚を出しちゃった。
  小さな会社が メチャクチャ儲かったという話しですよね。

276 :ジョン・キロックノン:2014/08/13(水) 13:20:44.80 ID:???0
(続き)
  さあ、それでは この中から、全米ツアーでオープニングに演奏されることになった この曲。
  ジョンの あの名唱。
  これが イギリスのハードロックの第一号とも言われる名唱を聴いていただきましょう。
  デビュー盤「Please Please Me」の中に入っている 例のやつですよ。
  カバーです。
  ビートルズ Twist and Shout!

  〜 The Beatles / Twist and Shout
  
@YouTube



  (小林)
  改めて、 Twist and Shout 聴いてみました。

277 :ジョン・キロックノン:2014/08/14(木) 18:11:23.66 ID:???0
□ストーリー
 ・「ジョンがハンブルグで 仕事でもらったお金を少しづつ貯金しおいてくれたんです。
  そのお金で、私にレザーのコートを買ってくれるというので、リバプールの繁華街にあるC&Aというデパートに行きました。
  ジョンの好みは黒のレザーだったんですが、私に合うサイズが無くて、最終的に買ったのはチョコレート色の七分丈のコート。
  私はもう 有頂天でした。
  すっかりお姫様気分で、誰かにこのスタイルを見せたくてしょうがないくらいでしたね」

  この言葉の主は シンシア・パウエル。
  ジョン・レノンの学生時代の恋人であり、この数年後にはジョンの最初の妻となる女性。
  ビートルズにまつわる書籍の中でも、断トツに信憑性の高いこのシンシアの手記の中から 今週もお送りしよう。

  「私たちは先ず、ジョンの育ての親であるミミ伯母さんの家を訪ねることにしました」
  ジョンとシンシアは ミミへのおみやげに、午後のお茶の時間に食べるチキン料理を買った。
  しかし、ミミの反応は あまりに激しく酷いものであった。

  「なにこの、ギャングの情婦みたいなコート!」
  「ジョンも私も いったい何が起こっているのか、すぐには理解できませんでした」
  こうなるともう、景色は修羅場である。
  ミミはシンシアからチキンをひったくったかと思えば、恐ろしい金切声をあげてジョンに手鏡を投げつけた。
  「お前はバカじゃないの? こんなコートに全財産を使うなんて!
  こんなチキン料理で私の機嫌を取ろうたって、そうは問屋が卸さないわ!
  とにかくもう、すぐにここから出て行きなさい!」
  
  理解も納得も不可能な このミミの行動に、ジョンは思わず こう叫んだ。
  「いったい、何だっていうんだ!。どうかしちゃったんじゃないのか?」
  シンシアは その場に釘付けになった。
  このミミの激高を理解するのは不可能であった。
  ジョンは自分の伯母さんを押しのけて、シンシアの腕をつかむと、そのまま裏口から出た。
  「早く、こんなイカレたババアの家なんてすぐ出ようぜ!」
  それがジョンの捨てゼリフであった。

278 :ジョン・キロックノン:2014/08/14(木) 18:12:49.25 ID:???0
  〜 The Beatles / Everybody's Got Something To Hide Except Me And My Monkey
  
@YouTube



  〜 The Beatles / I'm a Loser
  
@YouTube



  (小林)2曲かかりましたね。

  I'm a Loser
  これは「ビートルズ・フォーセール(Beatles For Sale)」1964年。
  
  そしてその前は
  Everybody's Got Something To Hide Except Me And My Monkey
  という。 とてもね。
  「僕と 自分のお猿さん以外は みんな隠し事がある」っていう。
  ビートルズらしい、ちょっと時々やる ユーモアのある曲。
  
  2曲 お送りしました。

279 :ジョン・キロックノン:2014/08/14(木) 18:15:32.00 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「早く こんなイカレたババアの家なんかすぐ出ようぜ!」
  それが、ジョンの捨てゼリフとなった。
  ジョンの育ての親であるミミ伯母さんは、とにかくジョンの恋人であるシンシアを認めようとはしなかった。
  「そんな女のために 我が子のように可愛がっているジョンが、大枚をはたいてコートを買ったなんて!」
  それは、それは、腹立たしいこと。
  「とにかくこの シンシアとかいう女がいなければ、全ては安泰。
  また以前のように幸せな我が家に戻れるのに」と、ミミはそれだけを信じていた。
  
  しかしもう、こうなってしまうと、元の情況に戻れるわけがなく。
  ジョンはシンシアの腕をつかみ 二人でバス停まで走った。
  ジョンはシンシアを抱きしめ こう謝った。
  「ミミは、お金と猫のことしか興味を示さないんだよ」
  シンシアは家に帰りたかったので、二人でバスに乗って駅まで行き、その間二人とも何も言葉を交わさなかった。
  沈黙の時間である。
  もっとも、ミミがジョンを激しく攻撃したのは、これが初めてではなかったらしいのだが。
  人前で となると おそらく最初だったと思われる。
  ジョンは 怒るとかそういう感情よりも、恥ずかしさでいっぱいであった。
  しばらくの間、ジョンとシンシアは、二人いっしょにミミを訪ねるのは やめにした。
  そして、シンシアはミミの家の近所では 二度とあのコートを着ることは無かった。
  あの日 ジョンに対してミミが取った行動は、
  おそらくジョンがお金をミミに渡す前に、シンシアのために使ってしまったことに対しての怒りだった とされている。
  ジョンの気持ちは ほとんどがシンシアに向けられている事にも 嫉妬していたらしい。
  
  ミミはジョンを本当に可愛がり、ジョンも自分を愛してくれて当然と考えていた。
  そこにワケのわからない恋人が出現したのである。
  それが腹立たしいのは 少しは理解できるが。
  その気持ちの激しさは、あまりにも異常であった。
  これが、ジョンを育て上げた女性の本当の姿である。

280 :ジョン・キロックノン:2014/08/14(木) 18:16:36.94 ID:???0
  〜 John Lennon / Woman
  
@YouTube



  〜 The Beatles / Julia
  
@YouTube



  (小林)ビートルズの Julia、ジョン・レノンの Julia。
  これは「ホワイト・アルバム(The BEATLES)」
  もう ホワイトアルバムのジョンの歌は、ほとんどがインドで書かれたもの。
  でこの、お聴きのギターのピッキングですけども。
  イギリスの有名なドノバン(Donavon)ていうフォークシンガーから教わった、ジョン・レノンがね。
  なんか、ポール・マッカートニーはポール・サイモン(Paul Simon)から教わったらしいですよ、ピッキングね。
  面白いですねえ。
  
  そして、その前は Woman
  これは「ダブル・ファンタジー(Double Fantasy)」の中に入っている有名な曲で。
  この番組でもね、ジョン・レノンの書くラブソングとか女性の歌っていうのは、個人的な視線とか、フィクションじゃなくてね。
  全部個人的なもの ていうようなことを言いましたけど。
  Woman はオノ・ヨーコへ、Julia はお母さんへの曲です。

281 :ジョン・キロックノン:2014/08/14(木) 18:21:21.43 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「しばらくの間、ジョンも私も 二人いっしょにミミを訪ねるのはやめにしました。
  そして私は、ミミの家の近所では二度と あのコートを着るのはやめにしたのです」
  これは、ジョン・レノンの最初の妻となるシンシア・パウエルの証言。
  シンシアはジョンと恋人関係になった1950年代末から10年近くにもなる ジョンと過ごした日々を、一冊の手記にまとめている。
  その情報は すべて彼女が目の当たりにしたものか、ジョンから直接聞いたものばかりである。
  その最も信憑性の高い著作から もう少し続けてみよう。

  ジョンは、よく こう話していた。
  「ミミはねえ、とにかく俺がすること、何にでも口を出すんだ。干渉が激しいわけさ。
  とにかく俺がどんなことをしても、必ずケチをつけてくる。
  ほんとうに、やだよ」

  ミミは自分の妹で、ジョンの母親であるジュリアが、交通事故で亡くなる前から、自分がジョンの母親も同然である という態度を取っていた。
  少し変わった性格の女性であったため、ジョンがミミを喜ばせようといろんなことをしても、彼女は少しも喜ぶことは無かった。
  この数年後、世界的なスーパースターになり、使い切れない単位のお金を手に入れても、まだ、ジョンはミミに認めてもらおうとした。
  にもかかわらず、相変わらずミミのすることと言ったら ジョンの粗探しだけ。
  多くの出版物の中に登場するミミについての記述は、そのほとんどがミミへのインタビューに基づいて書かれたもの。
  最終的な原稿に、ミミは必ずチェックを入れるため、そのほぼ全てには ミミに都合の良いように書かれている。
  それについて シンシアはこう語っている。
  「そういった書物の内容は、私が知るミミとは まるで違っています。
  本当のミミは、ジョンの自信を、これでもかというほど叩きのめし、ジョンを怒りに駆り立て 傷つけるものでした。
  それが、ミミ伯母さんなのです」

282 :ジョン・キロックノン:2014/08/14(木) 18:24:20.88 ID:???0
  〜 John Lennon / Woman Is the Nigger of the World
  
@YouTube



  (小林)
  というわけで、これは1972年ですね。
  ジョン・レノンがソロになって。
  先週はこの番組でね、ポール・マッカートニーがウィングズ(Wings)を作って、みたいなw話しをして。
  ウィングズの音楽を お送りしましたが。
  ジョンは まるで違う方向に走っていますね。
  「Some Time In New York City」のアルバムから Woman Is the Nigger of the World
  この「Nigger」という言葉はご存知かと思いますが、
  まあ、あまりね、アメリカなんかの、ラジオとかその・・・
  芸術表現なんで、あれなんですけど、ラジオなんかの公共のものでは ちょっと・・・ていうことで。
  あんまり ラジオではかからないですよね。
  かける時は、おそらく あそこの所は消すんでしょうね。
  日本語のタイトルも、その次の文章ですよね。
  Woman Is the Slaves of the Worl「 世界の奴隷か」ていう風なタイトルが付いています。

283 :ジョン・キロックノン:2014/08/16(土) 16:31:04.81 ID:???0
□リクエスト
  (小林)イシイのミートボールなどをセットにして用意しています。
  これは採用の方にお送りするというものであります。
  beatles@bayfm.co.jp
  こちらで待っています。

  (船橋市習志野台/男性)
  最近 初期のカバー曲にハマっているので、この曲をリクエストします。
  こんばんは。
  
  (小林)w ウソ。
  曲だけ書いてあるんですがw

  〜 The Beatles / Chains
  
@YouTube



  〜 The Ronettes / Be My Baby
  
@YouTube



  (小林)初期の ね、ロックの初期の感じっていう、感じですね。

  Chains ビートルズ。
  これは元々は、キャロル・キング(Carole King)が、ゴッフィン(Gerry Goffin)、こないだ亡くなりましたけれども。
  キング・ゴッフィン夫婦のソングライティングですよね。

  それから Be My Baby,
  
  (新宿区/男性)
  フィル・スペクター(Phil Spector)はやっぱり変な人でしたか?
  でも、才能の豊かな人ですよね。
  フィル・スペクター・サウンドは素晴らしいです。今聴いても。

284 :ジョン・キロックノン:2014/08/16(土) 16:32:03.92 ID:???0
  (小林)という。
  まあ、ビーチボーイズ(The Beach Boys)のブライアン・ウィルソン(Brian Wilson)も「彼みたいな曲は まだ書けない」みたいなことを言ってた、みたいですから。
  Be My Baby なんて、こんな曲を書く人は素晴らしい人で、だと思うんだけど。

  こないだ、元マネージャーをやっていた人が、インタビューをされていてね。
  「もう、フィル・スペクター、恐ろしい男で。二人になるのは避けた」
  エレベーターで彼と二人になって、世間話をしたりして、とにかく 何でも・・・
  例えば、「電気代が高い」とかw そういうことで怒り始めるとね、ピストル出すんだってw。
  もう、コワイ。
  ジョン・レノンと一緒にソロアルバムを作ったことは有名ですけども、そのスタジオの天井に5〜6発のピストルの穴が空いてるらしいんですけども。
  それは、ずーっと残したままだ。
  今はそのスタジオどうなったかわかりませんけども、手付かずのままで。
  「あれが、フィル・スペクターがw 穴空けた天井だよ」ていう、名物になっていたそうであります。

285 :ジョン・キロックノン:2014/08/16(土) 16:34:08.55 ID:???0
  (長野県/男性)
  時々 地元新聞で、今は亡きジョン・レノンが軽井沢で過ごしていた記事を読むと嬉しくなります。
  それと同時に、今生きていたら どんな曲を書き歌っているか、想像してみたくなります。
  個人商店の酒屋に突然ジョン・レノンが来たら ビックリすると思う。
                               (小林)そうですか。[長野県/男性]さん家はお酒屋さんですかw。はい。
  まだ「Imagine」以外のソロ曲で有名なのは、ありませんか?
  ジョンのソロ曲を。

  (小林)
  ちょとね、いろんな意味で有名な曲 あるじゃないですか。
  今日は その Love ていうやつを お送りいたしましょう。
  
  〜 John Lennon / Love 
  
@YouTube



  〜 The Beatles / Hey Jude
  
@YouTube



  (小林)へへw ポール・マッカートニー。
  これはもう、あれですよね。最後まで聴いて、なかなか Hey Jude って面白い曲だよねぇ。
  ほんとに不思議な曲ですよ。
  ビートルズには こういうような門構えの曲ってのが、いっぱいありますよ。ねえ。
  よくかかる曲ですけども、今日はたっぷりお送りしました。

  (横浜市青葉区/男性)
  克也さんこんばんは。小学生のころ、夕方遊んで家に帰ると、母親がよく縫物をしながらラジオを聴いていました。
  歌謡曲の間にビートルズがかかると、私は全身がしびれた様に聴き入っていました。
  リクエストは「ヘイ・ジュード」です。

  (小林)もうこれは、なんて言いますか、昭和のリクエストと言いますかねw、そう言う感じのw リクエスト。
  もう[横浜市青葉区/男性]さんは50代ですからね。
  はい、ありがとうございました。

286 :ジョン・キロックノン:2014/08/16(土) 16:36:45.09 ID:???0
  BGM 〜 The Beatles / Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band (Reprise)
  
@YouTube



□エンディング  
  (小林)「ビートルズから始まる」今日は いかがでしたか?
  
  やっぱり、ミミ伯母さんが ねw。
  ジョン・レノンとミミ伯母さんの関係っていうのは すごいですよね。
  まあ、ミミ伯母さんは 妹の子供を育ててる、お母さん代わりですからね。
  それから、子供がジョンですからw。
  かなりの 問題児ですからw、ねえ。
  いやあ、けっこう いろんなエピソードが本当にあるはずですよね。w
  そういったエピソード、まあ、もれなくこの番組を通してお伝えしようと思っております。
  よろしく。

  皆さんも リクエストで参加してください。
  イシイのミートボールなどセットにして待ち構えております。
  beatles@bayfm.co.jp
  です。
  小林克也でした。

287 :ジョン・キロックノン:2014/08/19(火) 13:23:09.75 ID:???0
■石井食品Presents「ビートルズから始まる。」bayfm 78.0MHz
 2014年8月17日(日)18:00〜19:00 放送内容  DJ:小林克也

  BGM 〜 Instrumental / Eleanor Rigby
  
@YouTube



□ビートルズカレンダー(8月17日)
 ・1966年(今から48年前の今日)
  この年は、日本にビートルズが来てまいすね。
  だから、日本に来てから、まあ1ヶ月も経ってない。
  日本のあとは、フィリピンなんか行って、でアメリカツアー。
  最後の北米ツアーってのがあって、それでアメリカ行って カナダ行ったんだね。
  カナダのトロントで、48年前の今日、カナダのトロントで昼夜のコンサートをやっています。
  所がメイプルリーフ・ガーデンていう スタジアムでありまして。
  ここは、合計3万3千人を集めている、っていうことなんです。

  で、そのトロントで、ジョン・レノンが発言したことが ちょっと問題になってるんですが。
  ジョン・レノンはね、「ベトナムへ行く若者よりも、カナダへ・・・」
  「ベトナムへ行くアメリカ人よりも、カナダへ来る、行くアメリカ人の方を支持する」って言うんですよ。
  これ、どういうことかと言うとね。
  アメリカはベトナム戦争をやっていて、徴兵制があって。
  だいたい、ほら、2年間兵隊になって、ベトナムへ送られたりするわけですよね。
  でも、その兵役逃れの人がいたわけです。
  兵役を避ける人がいて、だいたい一番多くの人たちはカナダへ逃げたんですよ。
  だから、ジョン・レノンはその事を言ってるっわけね。
  「ベトナムへ行くアメリカ人より、カナダへ行くアメリカ人の方を 僕は支持する」
  これ、問題発言でしょw。ねえw。
  メチャクチャ アメリカにとっては問題発言ですよね。
  だから、ジョン・レノンは にらまれたりするわけであります。

288 :ジョン・キロックノン:2014/08/19(火) 13:24:14.64 ID:???0
(続き) 
  ところで、今から48年前の今日、チャートを見るとイギリスのチャート・トップテンに、
  あの「Yellow Submarine」が入っております。
  これは同じ事務所にいた、フォークシンガーのドノバン(Donovan)のアイデアをポールが使ってですね。
  参考にしながら、ポールの曲なんですね。
  で、「リンゴに歌わせよう」っていう。
  ジョン・レノンもポール・マッカートニーも、自分たちは自分たちの曲 歌う曲を作るわけだけど。
  「リンゴは作んないから、1曲とか2曲 面白い曲をを作って、リンゴに歌わせよう」っていうふうなことをやっていました。
  さあ、後にはアニメになった「イエローサブマリン(Yellow Submarine)」改めて聴いていただきます。
  48年前の今日、イギリスではトップテンに入っておりました。

  〜 The Beatles / Yellow Submarine
  
@YouTube



  (小林)というわけで Yellow Submarine
  48年前の今日、イギリスのチャートではトップテンに入っていた っていうことで。
  まあ、これは みんな楽しそうにいろんなことをやっているよね、っていう。
  こういう事をやる専門家っていうのは、一番上手いのはプロデューサーのジョージ・マーティンだけども。
  この日はジョージ・マーティンが食中毒で休んでいた、っていう話しもあるんですけどね。
  あとで音をまとめたのは、もちろん彼ですけども。
  この日は 録音の時はミック・ジャガー(Mick Jagger)たちが来て。
  ミック・ジャガーたちも手にそれぞれ いろんな叩くと音が出る物を持ったりして参加したり、声を出したりしてる、っていうような話しも あったわけですが。
  ビートルズの Yellow Submarine 

  ビートルズのね、例えば「Lucy in the Sky with Diamonds」ていうのは、イニシャルがLSDとか言われていますよね。
  この Yellow Submarine てのも、当時流行ったイケナイ種類の錠剤で。
  それが「楕円形で黄色い錠剤で Yellow Submarine と呼ばれていた」っていう話しもあるんですけどね。
  それはもう ホントかウソか判っておりません。

289 :ジョン・キロックノン:2014/08/21(木) 22:03:58.77 ID:???0
□ストーリー
 ・「ミミはねえ、とにかく俺がすることなら、何にでも口を出すんだ。干渉が激しいわけさ。
  とにかく俺がどんなことをしても、必ずケチをつけてくる。ほんとうに、やだよ」
  これは、育ての親であるミミ伯母さんを批判するジョン・レノンの言葉。
  彼が二十歳の時の発言である。
  それを証明するのは、ジョン・レノンの学生時代の恋人であり、この数年後にジョンの最初の妻となるシンシア・パウエル。
  シンシアがジョンと過ごした時代の回想録は、ビートルズにまつわる書籍の中でも 断トツに信憑性の高いとの評価を得ている。
  今週も、このシンシアの手記の中からお送りしよう。

  多くの出版物の中に登場するミミについての記述は、そのほとんどがミミへのインタビューに基づいて書かれたもの。
  最終的な原稿に、ミミは必ずチェックを入れるため、そのほぼ全ては ミミに都合の良いように書かれたもの。
  それについて、シンシアはこう語っている。
  「そういった書物の内容は、私が知るミミとは まるで違っています。
  本当のミミは、ジョンの自信を、これでもかというほど叩きのめし、ジョンを怒りに駆り立て、傷つけるものでした。
  それが、ミミ伯母さんなのです」

  ジョンがどんなにミミを慕ったり甘えたりしても、それは無駄な行為であった。
  なんせミミは、ジョンに対して優しい言葉をかけたり、心底可愛がったりすることなど おそらく一度も無かったのである。
  こうした「ミミを喜ばすことなど絶対に不可能なこと」という思いが、ジョンをロックンロールの頂点へ向わせた原動力になっていたことは間違いなかった。
  
  それに関して、シンシアはこうも証言している。
  「だれもが、多感な時期には、ちょっとした優しさや励ましを必要としているものです。
  でも、ジョンにはそれがありませんでした。
  ミミのジョンへの接し方は、私が見ていても耐え難いものだったんです。
  おそらくジョンは、自分がそんな環境、情況に置かれていたからこそ、私からの無償の愛を大切に思ってくれていたのだと思います」

290 :ジョン・キロックノン:2014/08/21(木) 22:04:40.82 ID:???0
  〜 The Beatles / Girl
  
@YouTube


 
  〜 The Beatles / Strawberry Fields Forever
  
@YouTube



  (小林)ジョン・レノンの作品が2曲続きました。

  Strawberry Fields Forever これは「マジカル・ミステリー・ツアー(Magical Mystery Tour)」のアルバムから。

  そして、1965年「ラバーソウル(Rubber Soul)」のアルバムから。
  これもお馴染み Girl

291 :ジョン・キロックノン:2014/08/21(木) 22:05:44.77 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「だれもが、多感な時期に ちょっとした優しさや励ましを必要としているものです。
  でも、ジョンにはそれがありませんでした。
  ミミのジョンへの接し方は、私が見ていても耐え難いものだったんです。
  おそらくジョンは、自分がそんな環境、情況に置かれていたからこそ、私からの無償の愛を大切に思ってくれていたのだと思います」
  これはジョン・レノンの最初の妻となるシンシア・パウエルの発言。
  シンシアは、ジョンと恋人関係になった1950年代末から 10年近くにもなる ジョンと過ごした日々を一冊の手記にまとめている。
  その情報は全て彼女が目の当たりにしたものか、ジョンから直接聞いたものばかりである。
  最も信憑性の高いその著作から エピソードは続く。

  育ての親であるミミ伯母さんとの確執を余所に、ジョンにはもっとも大切な物、そう、あの「ザ・ビートルズ」があった。
  20世紀最大のロックスターにして、評論家によっては「史上最高の音楽家集団」とも評価されているロックバンド、そのビートルズである。

  ハンブルグから帰ってから数週間の間、ジョンは他のビートルたちと連絡を取っていなかった。
  久しぶりに連絡を入れてみると、全員すぐにでも活動を再開したいとウズウズしているのがよく分かった。
  ただ、気の毒なことに ジョージ・ハリスンだけは、まだ、誰とも連絡を取っていなかった。
  自分が まだ17歳であったために労働許可証無しで、ハンブルグのクラブに出演していたことがバレて 当局に強制送還された、
  ということを、ものすごい恥であると思っていたからである。
  その精神的引きこもりのせいで、自分以外のメンバーがリバプールに帰っていることを知らずにいた。
  ジョージはハンブルグに行く前とは違う仕事に就いていた。
  ポールも同じである。
  ポールは、シングルファーザーである父親の説得で郵便局で短期間のアルバイトをし、その後は宅配会社で働き始めていた。

  この時点ではまだ、ハンブルグで大きく成長したビートルズが、それまでとは全く違うバンドに化けていたとは、誰も想像すらしていなかったのである。

292 :ジョン・キロックノン:2014/08/21(木) 22:06:24.84 ID:???0
  〜 The Beatles / Bad Boy
  
@YouTube



  〜 The Beatles / Nowhere Man
  
@YouTube



  (小林)1965年
  アルバムは「ラバーソウル(Rubber Soul)」 Nowhere Man

  そしてその前は、これは「オールデイズバットグッデイズ」
  彼らのコンピレーションの中に入っていました。
  「Now junior, behave yourself」でお馴染みの Bad Boy。
  これは、ラリー・ウィリアムス(Larry Williams)という人のヒット曲のカバーです。

293 :ジョン・キロックノン:2014/08/21(木) 22:07:50.83 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「リバプールに戻ったジョンは 数週間ビートルズのメンバーたちと連絡を取っていませんでした。
  ハンブルグから逃げるように帰国したことが、とてもショックだったのでしょう。
  バンドをやっていないジョンは、まるで抜け殻。別の人格のように見えました」
  
  これは ジョン・レノンの最初の妻となるシンシア・パウエルの証言。
  この数年後には ロックの世界でもトップクラスのセレブ妻となるシンシアは、数年前にジョンとの日々を綴った手記を発表している。
  そしてその情報源 ¥、ネタは全て 彼女が目の当たりにしたものか、ジョンから直接聞いたものばかり。
  その最も信憑性の高い著作から もう少し続けてみよう。

  ビートルズがハンブルグに行っている間、地元リバプールのロックシーンを仕切っていたアラン・ウィリアムズ(Allan Williams)は大忙しだった。
  ウィリアムズは それまで数多くのグループをハンブルグに送り込んでいたので、
  そういう若者たちが才能を充分に発揮できるような、新しいクラブを こんどは自分がリバプールに作ろうとしていた。
  ウィリアムズはハンブルグのクラブにちなんで、新しい店を「トップテン」と名付けた。
  ところが、なんと悲劇的なことに、そのクラブは開店から6日後の火事で全焼。
  ジョンもメンバーも 結局その店を一度も見ることは出来なかった。

  ハンブルグから帰国後、最初のステージは「カスバ・コーヒークラブ」
  店主でもあるモナ・ベストは、ビートルズのドラマー=ピートの母親。
  モナはビートルズに再び演奏の場所を提供できるのが、嬉しくて仕方がない様子だった。
  このころ モナの家の下宿人であり、後にビートルズの有力なローディとなるニール・アスピノール(Neil Aspinall)は、街中の至る所に
  「あの伝説のビートルズ凱旋!」と書かれたポスターを貼って回った。
  そして、ビートルズの帰国を待ちわびていた マージーサイドの忠実なファンは、再びビートルズが見られることをとても喜んだ。
  そして、帰国後のビートルズを最初に見たファンは、みんな度肝(ドギモ)を抜かれた。
  ステージで演奏するビートルズ、それは、それまでの5人とは全く違っていたのである。

294 :ジョン・キロックノン:2014/08/21(木) 22:08:55.43 ID:???0
  〜 The Beatles / Long Tall Sally
  
@YouTube



  〜 The Beatles / Twist And Shout
  
@YouTube



  (小林)いかがですか?
  若いころの、ポールとジョンのボーカルの得意技。もう典型的な。
  
  Long Tall Sally これはリトル・リチャード(Little Richard)のカバー。
  ポールが上手いですよね、こういうのね。

  そしてジョン・レノンの名唱です、Twist And Shout
  これは元歌はアイズリー・ブラザース(Isley Brothers)
  ミック・ジャガー(Mick Jagger)たちも大好きな、アイズリー・ブラザースの Twist And Shout

295 :ジョン・キロックノン:2014/08/23(土) 14:20:47.68 ID:???0
□リクエスト
  (小林)リクエスト採用の方にはイシイのミートボールなどセットにしてお送りしてます。
  (略)
  メールは beatles@bayfm.co.jp です。

  (住所不明/男性)
  克也さんこんばんは。
  ビートルズを聴いた時の衝撃は とてつもないものでした。
  そして、その全ての曲が衝撃でした。
  でも、その後 衝撃を受けたアーティストや曲は数えるほどです。
  最近だと、とは言っても もう10年ぐらい前になると思いますが。
  ホワイトベリーの「夏祭り」という曲です。
  カバー曲で 原曲は知りませんが、この演奏は素晴らしく完成されていたと思います。
  アイドルのガールズバンドとは違うようです。
  花火のシーズンですね。改めて聴いてみたいと思っております。
  ファンより。

  (小林)ていう。
  この、もともと奏ったグループは「ジッタリン・ジン(JITTERIN'JINN)」という、すごいグループですよ。
  [住所不明/男性]さん、ジッタリン・ジン。
  まあ、今だとね、簡単に調べることができますから、もしよかったら。
  これは、有名な人がプロデュースしたバージョンですよね。
  さあ、それでは[住所不明/男性]さんが衝撃を受けた、ひとつの、
  この曲に衝撃を受けたんですよね[住所不明/男性]さんは。

  〜 ホワイトベリー / 夏祭り
  
@YouTube



296 :ジョン・キロックノン:2014/08/23(土) 14:22:10.02 ID:???0
  〜 金沢明子 / イエローサブマリン音頭
  
@YouTube



  (小林)というわけで、いかがでしたでしょうか。
  伊藤銀次プロデュースの ホワイトベリーの「夏祭り」に続いて。
  訳詩/松本隆ですよw、大滝詠一がプロデュースした、金沢明子/イエローサブマリン音頭

  (埼玉県白岡市/男性)
  僕がビートルズにハマり始めた頃、いわゆる歌謡曲がとても嫌いでした。
  間延びしたテンポに合わせる 唸るような歌唱がダサく思えて仕方がなかった。
  今にして思えば、それがいかに狭量な、狭い偏見であったかを痛感させてくれたのが、大滝詠一さんの展開したサウンドでした。
  古今東西の音楽や 文化への知識や愛情に裏打ちされたナイアガラサウンドは、音楽の観方しだいで幾重にも広がりをもって 新たな発見をもたらしてくれることを教えてくれました。
  ビートルズが時代を越えて世界中で愛されるのも、大滝さんと同じく、貪欲な研究心とポップスへの愛好、好奇心に他ならない、と気付かされます。  

  (小林)ていう。
  まあ、いろいろ、書いてくださいました。
  [埼玉県白岡市/男性]さん、ありがとうございます。

297 :ジョン・キロックノン:2014/08/23(土) 14:23:29.65 ID:???0
  (千葉県習志野市/女性)
  最近、アラ還の・・・        (小林)まあ、還暦。
  アラ還の方のリクエストが面白く。
  我々、アラフォーも負けてはいられないとリクエストします。
  7月の終わりのリクエストで、大橋巨泉の番組を聴かれていた方が いらっしゃいましたね。
  すごく興味があります。
  私の青春時代のラジオ番組はFENでした。
  「FENを聴きこなす方法」なんて本を買って見ながら、聴いたりしていましたね。
  でも、同年代にFENを聴いてる人はいなかったですね。
  今となっては ちと寂しい思い出ですが、その時流れてはときめいていた、ミスター・ミスターの「キリエ」をリクエストします。

  (小林)
  おお、これはすごかったよねえ。
  いや、実力のあるボーカリストだと思いましたよ。この人たちはね。
   
  〜 Mr. Mister / Kyrie
  
@YouTube



298 :ジョン・キロックノン:2014/08/23(土) 14:24:09.06 ID:???0
  〜 The Beatles / Norwegian Wood
  
@YouTube



  (住所不明/男性)
  5〜6年前、夏の軽井沢の喫茶店に立ち寄った時、その店のおばあちゃんが 壁に飾ってある手紙を見せてくれました。
  手紙は、小野洋子さんが「おばあちゃんがジョン・レノンについて話したり講演したり、雑誌にいろんなものを載せてもOKだよ」
  という、洋子さんの優しい心遣いが顕われたものでした。
  読み終えると「また元に戻してくれ」とちゃっかり頼まれました。
  今も お元気なのか、気になります。
  
  (小林)ということで、 Norwegian Wood

299 :ジョン・キロックノン:2014/08/23(土) 14:25:15.28 ID:???0
□エンディング
  BGM 〜 The Beatles / Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band (Reprise)
  
@YouTube


  
  (小林)「ビートルズから始まる」いかがですか?

  ねえ、ハンブルグから追い出されちゃったビートルズw。
  もう、ほんともう、追い出されちゃうわけだもんね。
  そのショックから回復するわけです。
  ビートルズが違うバンドになって行く、ていう。
  まあ、快進撃と行きませんけども。
  この後の話し、乞うご期待ですね。
  
  それから リクエストよろしくお願いします。
  採用の方にはイシイのミートボールなどセットにしてお送りしています。
  まあ、さっきアラ還の方とか、アラフォーの方とか、みんながんばってるていうことですが。
  もう、年齢関係ないですからね。
  趣味、そんなビートルズに関する知識なんかも関係ないです。参加してください。
  いろんな価値観のリクエストカード お待ちしております。
  
  というわけで、また来週お目にかかりましょう。
  お相手は小林克也でした。

300 :ジョン・キロックノン:2014/08/26(火) 17:38:07.99 ID:5IXWWpU80
■石井食品Presents「ビートルズから始まる。」bayfm 78.0MHz
 2014年8月24日(日)18:00〜19:00 放送内容  DJ:小林克也

  BGM 〜 Instrumental / Eleanor Rigby

□ビートルズカレンダー(8月24日)
 ・1967年、今から47年前の今日
  この1967年の夏 ていうのは、「サマー・オブ・ラブ」と呼ばれて、もうドドーッとヒッピーが増えて。
  サイケデリックの時代ですよねw
  47年前の今日は、インドのマハリシュ・マヘシ・ヨギがレクチャーをやるというので、講義をするというので。
  場所はですね、ロンドンのヒルトンホテル。
  ここで講義をするというので、ジョンとシンシアと、ポールとジェーンと、ポールの弟と、ジョージとパティ、たちがですね、ここへ聴きに行っています。
  で、翌日は 彼のセミナーがバンゴアであるっていうんで、シンシア以外の全員、まあ 嫁も全員ですよね。
  シンシアは乗り遅れるんです、電車にね。で、行かなかったんですけども。
  それで、もう、ビートルズがインドへ向いちゃうわけです。

  それの 切っ掛けになったのは、どういうことかと言うとね。
  実は、ジョージの嫁のパティが。
  この人はね、とても真面目な人で、読書家で、人生に対してもほんとに真面目に考えるタイプの女性で。
  ビートルズが1966年にツアーをやめます。
  それを機に、ジョージとの対話の時間も増えて。
  ジョージに「あなた、東洋哲学 東洋の思想の本を読んだら?」ということで、奥さんが 上さんが、勧めるんですよ ジョージに。
  で、ジョージは そこから入って行って インドの音楽とか、そっちに行くわけですね。
  1967年、フラワーパワー全開の年なんですが。
  アルバム「サージェント・ペパーズ」の成功もあって、ビートルズは思想的にも 新しい世界を模索している と。
  そんな折、やっぱりインドからのものに乗って行くわけです。
  ところがまあ、これは68年になってね、インドへ全員が やっぱり行って、このマハリシュ・マヘシ・ヨギっていうのは、ほんと食わせ者で。
  彼の淫行を機に、もうみんな帰って来て、「やーめた」wっていうことでw
  で、インドで創っていたものが みんな「ホワイトアルバム」になるという話しなんですが。

301 :ジョン・キロックノン:2014/08/26(火) 17:40:06.18 ID:???0
(続き)
  さあ、インドの楽器をいち早く取り入れたジョージの最初の録音は「ノルウェーの森」
  先週もお送りしたんですけども、覚えていますか?
  で、1967年の「サージェント・ペパーズ」の中では、本格的なラーガロックを ジョージは完成させています。
  その曲 というのが「Within You Without You」

  〜 The Beatles / Within You Without You
  
@YouTube



  (小林)いかがですか?ラーガロック。

  でもね、僕、この番組やっててね、感心するのはね。
  この3年ぐらい前は「♪She loves you, yeah, yeah, yeah, 〜♪」w って奏ってたグループがだよw、3年後はこれやってんだよ。
  それで、みんな付いて行くんだよ。
  で、それで、いろいろ変わって行くんだよ。
  すっごい時代だと思うし。
  すっごい人たちだと思いますね。

302 :ホワイトアルバムさん:2014/08/28(木) 18:07:59.02 ID:???0
□ストーリー
 ・「えっ! ビートルズが帰って来たの? どこで演奏するの? カスバ? 
  行く行く! 行くに決まってるじゃないの!」

  ハンブルグから帰国後、最初のステージは カスバ・コーヒークラブ。
  店主であるモナ・ベストは、ビートルズのドラマー=ピートの母親。
  モナは息子のバンドに再び演奏の場所を提供できるのが、嬉しくて仕方がない様子だった。
  このころモナの家の下宿人であり、後にビートルズの有力なローディとなる ニール・アスピノールは、街中の至る所に
  「あの伝説のビートルズ 凱旋!」と書かれたポスターを貼って回った。

  そしてビートルズの帰国を待ちわびていた忠実なファンは、再びビートルズが見られることをとても喜んだ。
  そして、帰国後のビートルズを最初に見たファンは、みんな度肝(ドギモ)を抜かれた。
  演奏するビートルズ、それは、それまでの5人とは全く違っていたのである。

  その帰国後最初のステージを見た ジョン・レノンの最初の妻になるシンシア・パウエルは こう証言している。
  「その晩のビートルズを見て、私は信じられない思いを体験しました。
  前回、つまり数ヶ月前の夏、ハンブルグに行く前に聴いた彼らの演奏から比べると、目覚ましい変化を遂げていたんです。
  ドイツで 数えきれないほど長い時間に渡るステージ経験を積んできて、その演奏は見違えるほど上達していました。
  それは、以前のビートルズが『上手いバンド』と表現するならば、この時には『目を見張るばかりに素晴らしいバンド』に変貌していましたねえ」

  ビートルズが激しく演奏する 荒削りで騒々しいロックンロールに、観客は歓喜の叫びを上げた。
  そして、その演奏は、磁石のように人の心を惹き付けて離さない。
  聴いていると 自然に踊り出さずにはいられなくなるような、不思議なパワーを持っていた。
  メンバーの中でも 特にポール、そして、同じくらいの成長ぶりがジョンにも見られた。
  特に、この夜の観客は、それまでに無い ものすごい音楽体験をしたのである。

303 :ジョン・キロックノン:2014/08/28(木) 18:08:28.77 ID:???0
  〜 The Beatles / Rock and Roll Music
  
@YouTube



  〜 The Beatles / I'm Down
  
@YouTube



  (小林)2曲流れましたねえ。ロックンロールがねえ。

  Rock and Roll Music はチャック・ベリー(Chuck Berry)のカバーですね。1964年。
  この頃のビートルズのコンサート、Rock and Roll Music で始まることが多かった。

  で、続いて I'm Down これポールが歌っています。
  ジョン・レノンがオルガンを弾いていましたが。
  これは、日本公演でも最後。
  そして、3回やった メジャーな全米ツアーの 一番のクライマックスと言われるニューヨークのシェイ・スタジアムでのコンサートの最後も この曲でした。
  ポールの歌でした。
  「Help!」のB面ですね。I'm Down

304 :ジョン・キロックノン:2014/08/28(木) 18:09:08.65 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「その晩のビートルズを見て、私は信じられない思いを体験しました。
  それは、以前のビートルズが『上手いバンド』と表現するならば、この時は『目を見張るばかりに素晴らしいバンド』に変貌していた、ということです」
  これは、ジョン・レノンの最初の妻となるシンシア・パウエルの発言。
  シンシアはジョンと恋人関係になった1950年代末から、10年近くにもなるジョンと過ごした日々を 一冊の手記にまとめている。
  その情報は すべて彼女が目の当たりにしたものか、ジョンから直接聞いたものばかりである。
  その最も信憑性の高い著作から エピソードは続く。

  ビートルズが、まだ地元のリバプールのクラブで演奏する、いわゆるローカルバンドとして活動していた頃。
  イギリス国内では、全国的にクリフ・リチャード(Cliff Richard )のバックバンドである シャドウズ(The Shadows)が大人気で、
  「Apache(アパッチ)」という、ボーカルの無い インストゥルメンタルの曲が、ヒットチャートをものすごい勢いで上昇していた。
  誰もが、シャドウズの身だしなみの良い さわやかなスタイルや、キチンとしたスーツ、ピカピカに磨かれた靴をお手本としていた時代。
  それに比べ、ハンブルグで買ったレザージャケットにブーツに身を包んで、大音量で毒々と力強いビートを叩き出すように演奏するビートルズは 
  かなり異質で、どこか特別な輝きを持っていた。

  帰国後、初めて出演したカスバでのパフォーマンスから間もなく、ビートルズはリザランド・タウンホールという会場で演奏するチャンスに恵まれた。
  ここでの演奏は それまで最大の観客数で、客席は興奮の熱気に包まれた。
  メンバーはステージで暴れ回り、一曲一曲を長く引き伸ばして何曲も演奏し、それはまるで ハンブルグでのショーを再現して見せているかのようだった。
  そして、その晩の演奏が終わるころには、すでに、このホールでの次の仕事が決まっていた。
  ビートルズは一晩にして、リバプールでの確かな成功を手に入れたのである。

305 :ジョン・キロックノン:2014/08/28(木) 18:09:46.26 ID:???0
  〜 The Beatles / One After 909
  
@YouTube



  〜 The Beatles / Dizzy Miss Lizzy
  
@YouTube



  (小林)というわけで、Dizzy Miss Lizzy
  これは、ラリー・ウィリアムズ(Larry Williams)のカバーです。1965年。
  「HELP!」の中に入っていました。
  
  そして、One After 909。
  これは、時期としてはねえ、「Let It Be」の中に入っていた。1970年?
  だけど、ジョン・レノンは 昔かーしに書いた曲ですよね。
  One After 909。

306 :ジョン・キロックノン:2014/08/28(木) 18:11:09.64 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「あれ? なに、この大歓声? 俺たち今までと同じように演奏しているだけだよな?
  まあいいや。みんな これだけ喜んでくれてるんだ。もう一曲だけ サービスしようか?」
  こう語っているのは ビートルズのリーダー=ジョン・レノン。
  ハンブルグから帰ってからのビートルズは、いつでもライブ会場を熱狂の渦に巻き込んだ。
  帰国後 初めて出演したカスバでのパフォーマンスから間もなく、ビートルズはリザランド・タウンホールという会場で演奏するチャンスに恵まれた。
  そして、その晩の演奏が終わるころには、すでに、このホールでの次の仕事が決まっていた。
  ビートルズは一晩にして、リバプールでの確かな成功を手に入れたのである。
  
  「ハンブルグ前と ハンブルグ後で、ビートルズのパ演奏とフォーマンスはあまりにも変わっていました。
  それは、大きな変貌と成長だったんですね」
  これは、ジョン・レノンの最初の妻となるシンシア・パウエルの証言。
  このシンシアが書いた手記の情報源 ネタは、全て彼女が目の当たりにしたものか、ジョンから直接聞いたものばかり。
  その、最も信憑性の高い著作から もう少し続けてみよう。

  帰国後すぐの成功のおかげで、ビートルズはもう演奏場所を求めてさ迷い歩く、どこにでもいる ただのビートグループの一つではなくなっていた。
  独自のサウンドとキャラクターを持ち、今や主役を張れるスターバンドなのである。
  当時 地元の新聞記事には ビートルズのことを「マンネリ化した音楽シーンで炸裂!」と書かれていたが、この「炸裂」という言葉は、まさにこの時のビートルズにピッタリであった。
  彼らのエネルギーやユーモア、そしてワイルドでビートの効いた音楽と言葉は、リバプールのティーンエイジャーたちを興奮させ、熱狂させ。
  「もっともっとビートルズを 見たい 聴きたい」と言う気持ちを掻き立てるほで強烈であった。
  まだ、レコードこそ出していないが、これがビートルズの最初のメジャーデビューと断言しても あながち間違いではない。
  そして この先彼らは もっともっと成長するのである。

307 :ジョン・キロックノン:2014/08/28(木) 18:12:06.23 ID:???0
  〜 The Beatles / Tell Me Why
  
@YouTube



  〜 The Beatles / Ticket To Ride
  
@YouTube



  (小林)2曲かかりましたね。
 
  1964年 Tell Me Why。
  「A Hard Day's Night」のアルバムから。

  そして、Ticket To Ride。
  えー、なかなか かかんなかった、珍しくかかりましたねw。
  タイミングってあるもんですねw。
  アルバムは「HELP!」
  まあ、1965年 ですから、翌年ですか。
  Ticket To Ride

308 :ジョン・キロックノン:2014/08/30(土) 19:24:09.29 ID:???0
□リクエスト
  (小林)採用の方にはイシイのミートボールなどセットにしてお送りしてます。
  <略>
  そしてメールアドレスは beatles@bayfm.co.jp
  こちらでよろしくお願いします。

  (千葉市中央区/男性)
  暑い毎日ですが、番組終了後になると聴こえてくる虫たちの声と、夏の星空を眺めながら聴きたくなったこの曲をリクエスト。
                                    (小林)おお、ビリー・ジョエル(Billy Joel)にリクエストが来ています。
  このビリー・ジョエルには ビートルズにまつわるエピソードがたくさんあると思いますが。
  克也さんから、なにか伺がえたら幸いですね。

309 :ジョン・キロックノン:2014/08/30(土) 19:25:01.64 ID:???0
  (小林)
  僕ね、ニューヨークからね、ラジオで生放送やったことがあるんですよ。1970年代。
  あ、ちゃう、80年代に入ってだ。
  その時ね、まあビートルズは もちろん解散していましたけど。
  ビートルズの話しになった時ね、ビリージョエルがね。
  ビリー・ジョエルはかなり年下ですよね。でも若いころから、子供のころからピアノをやっていて。
  ビートルズを聴いた時に、「自分は5人目のメンバー、っていうことを意識していた」っていうようなことを言っていましたね。
  それから、大人になって、デビューして、アーティストになって。
  「ストレンジャー(The Stranger)」っていう ビリー・ジョエルのお馴染みのアルバムがあるんですが。
  あのアルバムは、実は、その頃は上さんのベティっていうのがマネージャーやってて。
  ベティがビリー・ジョエルに頼まれて、ジョージ・マーティンに連絡するんですよ。
  「プロデュースをやってくれないか」と、ビリー・ジョエルというアーティストの。
  でも、断られるんですよw。ジョージ・マーティンに。  
  で、結局、まあ結果的には、フィル・ラモーン(Phil Ramone)ていう とても有名なジャズ系のプロデューサーと仕事をして。
  ビリー・ジョエルは、大ヒットを放つことが出来るように・・・。
  フィル・ラモーンってすごい人ですからね。
  だけど、ジョージ・マーティンに断られた。そういう風なw
  まあ、ビートルズにまつわるエピソード、ありますけど。
  さあ、それじゃ[千葉市中央区/男性]さん、あなたのリクエストで、ビリー・ジョエルとトゥーツ・シールマンス(Toots Thielemans)で。
  トゥーツ・シールマンはクロマティ・カープという難しいハモニカ系の楽器をやっています。Leave A Tender Moment Alone

  〜 Billy Joel / Leave A Tender Moment Alone
  
@YouTube



310 :ジョン・キロックノン:2014/08/30(土) 19:26:26.05 ID:???0
  〜 The Beatles / Ask Me Why
  
@YouTube



  (小林)というわけで 
  今日はw 渋い曲が リクエスト多いんですよw。
  ビリー・ジョエルから ビートルズの Ask Me Why

  (東京都大田区/男性)
  この曲はシングル盤「Please Please Me」のB面だった曲ですが。
  隠れた 初期の名曲だと思っています。
                  (小林)まあほら、多くの人が そう思ってないとしたら、あなたの独占率が高くなるわけだからねw。[男性]さんのねw。
  当時、シングル盤は330円だったことが思い出されます。
  ひと月の小遣いが500円だったので、一枚レコードを買うのがせいいっぱいでした。
                               
  (小林)
  そうだよね。そのころありましたよね、330円の時代ね。
  あ、今の曲は、だけど Ask me why は、ビートルズ風のドゥアップ みたいな感じがしますね。

311 :ジョン・キロックノン:2014/08/30(土) 19:27:40.22 ID:???0
  (福岡県小郡市/男性)
  40代オヤジです。
  最近 英語の勉強を始めました。
  CDを聴くだけのものです。
  片道20分の通勤の 行きと帰り聴いて、勉強しています。
  3年後には、外国の方と話すのが目標です。
           (小林)いやあ、ちょっと、あれだよね。もっと早くガンガン・・・。
              聴くばっかりじゃダメだから。
              聴くと同じ時間を、口を出して、声に出して、しゃべる練習をしてください。
              そうすると もっと早く・・・。え? ちょっと待て・・・
  きれいな女性をお茶に誘ってみたいです。
  (妻に怒られますね。)

  (小林)っていうw。
  いろいろ書いておりますがw。
  [福岡県小郡市/男性]さん、あなたのリクエストも、これ、ちょっと渋いですよ。
  これね、あのね、ミュージカル「ミュージックマン(The Music Man)」というミュージカルで使われた曲のようです。
  で、ビートルズがお手本にしたのは、ペギー・リー(Peggy Lee)という有名な女性歌手の歌だそうであります。
  
  〜 The Beatles / Till There Was You
  
@YouTube



312 :ジョン・キロックノン:2014/08/30(土) 19:29:38.39 ID:???0
  〜 The Beatles / Words of Love
  
@YouTube



  (小林)ねえ、今日は、ちょっと渋い曲がかかりますよね。

  (東京都板橋区/男性)
  仕事が休みの時、聴いています。
  ビートルズの魅力の一つに、だれがボーカルを務めるか、があります。
  だれが歌ってるのか 判らない曲もあります。
  例えば「ビートルズ・フォーセール(Beatles For Sale)」に入っている Words of Love
  公の曲目解説では「ジョンとポール」となっていますが、
  よーく聴いてみると、ジョンは判りますが、もう一人が判りません。
  最初は、ジョン、ポール、ジョージの3人が歌っているのかと思いましたが、2人だけに聴こえます。
  ジョンとジョージの2人とも聴こえます。
  答えを知っている方、教えてください。
  
  (小林)ていう。
  可能性として・・・あの、えーっと。
  ハモってる 上がポールで、下がジョン。
  それから、可能性として、下の声を ジョージとジョンが ユニゾンでやっている、ていう。
  そんな感じもあるよね?
  さっきの 前の曲は Till There Was You は*ジョージ でしたからね。
  あれが、ジョージの声を引きずって聴いた方、どうでしょう?
  ポールも ジョンも、いちおう上と下ですけど。
  下に重なってる可能性があると、いうことじゃ ないでしょうかね。
  [東京都板橋区/男性]さんw

  (*音声のまま)

313 :ジョン・キロックノン:2014/08/30(土) 19:31:25.10 ID:???0
□エンディング
  BGM 〜 The Beatles / Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band (Reprise)
  
@YouTube


  
  (小林)「ビートルズから始まる」今日はいかがでしたでしょうか?
  
  えーw ビートルズは、もう、ドイツのハンブルグで鍛えて帰って来て。
  もう、逞(たくま)しいバンド。
  ジョンとしては 意識は「俺たち同じことやってんのに、なんでこんなにウケるんだろう?」
  という あの意識は、分かりますよね。
  それは、けっこう 余裕が出て リラックスしている証拠じゃないでしょうかね。はい。

  それから、リクエスト。 
  今日は、渋い曲にリクエストが集まっておりました。
  ということは、もう、ほんとうにこの番組を聴いていらっしゃる方の幅が すごい広いということで。
  まあ、初心者の方も いらっしゃってけっこう。
  かなりもう「何十年もビートルズにお世話になってるんだよ」ていう方も、改めて参加していただければ と思います。
 
  参加採用の方には、リクエスト採用された方には、イシイのミートボールなどセットにしてお送りしております。
  お相手は小林克也でした。

314 :ジョン・キロックノン:2014/09/01(月) 19:16:08.58 ID:???0
■石井食品Presents「ビートルズから始まる。」bayfm 78.0MHz
 2014年8月31日(日)18:00〜19:00 放送内容  DJ:小林克也

  BGM 〜 Instrumental / Eleanor Rigby
  
@YouTube



□ビートルズカレンダー(8月31日)
 ・1969年(今から45年前の今日)
  ロック的には いろいろ面白い年ですが。
  今から45年前の今日、ジョージ・ハリスンとパティね、それからジョンとヨーコ、リンゴとモーリン、この3組がワイト島のロックフェスティバルに行きます。
  その目的はなにかと言うと、ボブ・ディラン(Bob Dylan)を見に行くわけです。
  まあ、この他にも、フー(The Who)だとか フリー(Free)だとか キングク・リムゾン(King Crimson)なんかが出ていたらしいんですが、ディランを見に行く。

  ディランとビートルズの関わりは、ちょっと深いです。
  最初はね 1963年に、ジョージ・ハリスンがディランの2枚目のアルバム聴いてて、「これ、みんな、ディランいいよ」っていうことで。皆に勧めるんですが。
  ジョン・レノンは「ふ〜ん・・・」っていう感じだったんですよね。

  で、1964年、ビートルズが世界的になって、アメリカでも売れて、夏の大ツアーの時に、ニューヨークのデルモリコホテル。
  これはまあ 歴史的に有名です。
  ボブ・ディランが遊びに来るんです。
  で「お前ら、濡れたタオルでさぁ、ドアのすき間ちょっと蓋して」って、イケナイものをディランが教えたりするエピソード、この番組でもお伝えしました。

315 :ジョン・キロックノン:2014/09/01(月) 19:18:47.17 ID:???0
(続き)
  で、同じ64年の4月なんですが、ジョージ・ハリスンはロックのヒット曲では初めて、エレキの12弦ギターってのを「A Hard Day's Night」でイントロから弾いて。
  ロサンゼルスのギタリストの ロジャー・マギン(Roger McGuinn)、バーズ(The Byrds)のロジャー・マギン。もう、この人がショックを受けて。
  ボブ・ディランの「Mr. Tambourine Man」ていう有名な曲を、バーズがディランの許可を得てやったところ、アメリカとイギリスでナンバーワンになった。
  で、これにまあ ショックを受けて、ディランはアコギをフェンダーのストラトキャスターに持ち変えて、ロックに走って行くわけです。ボブ・ディランもね。
  「Bringing It All Back Home」とか「Highway 61 Revisited」「Blonde On Blonde」なんかの3枚のアルバムが、ロックのアルバムとして有名なんですけども。

  まあ、ちょっとディランとビートルズの関係。
  特にね、ジョン・レノンはディランを毛嫌いするんですけど、一番影響を受けるのは、実はジョン・レノンていう結果。
  この番組を ずっとお聴きになってると、ご存知かもわかりませんけども。
  
  さあ、それじゃあねえ、ボブ・ディランの1966年、バイク事故で 実は3年休むんですよね。
  でも、出て来た時には もう変わっている。
  この日のワイト島のフェスでは、もうロックになっている、ていう。
  それじゃあ ボブ・ディランとザ・バンド(The Band)がバックしてます。
  Rainy Day Women #12 & 35
  
  〜 Bob Dylan / Rainy Day Women #12 & 35(Live at Farm Aid 1986)
  
@YouTube



316 :ジョン・キロックノン:2014/09/01(月) 19:19:46.57 ID:???0
  (小林)
  これが Rainy Day Women という お馴染みの曲なんですが。
  ディランのファンにとっては、このワイト島のライブの騒ぎ、すごいですよね。
  ディランにとっては けっこうパーティソング、軽いパーティソングですけど。
  考えてみてくださいよ、けっこうフォークソングっていうのは シリアスだったじゃないですか。
  それが こんなになっちゃった。
  それは、結局ボブ・ディランはビートルズから 間接的にも直接的にも影響受けてるし。
  この二組の天才たちは、お互いに影響しあってる、ていう。
  でも、時代が変わってる、てことを、この曲を聴くと分かります。
  1969年、ウッドストック・フェスティバルと同じ時代、同じ年代です。

317 :ジョン・キロックノン:2014/09/03(水) 20:23:48.13 ID:???0
□ストーリー
 ・「ハンブルグ前と、ハンブルグ後で、ビートルズの演奏とパフォーマンスはあまりに変わっていました。
  それは、大きな変貌と成長だったんですね」
  これは、ジョン・レノンの最初の妻となるシンシア・パウエルの証言。
  このシンシアが書いた手記の情報源やネタは、全て彼女が目の当たりにしたものか、ジョンから直接聞いたものばかり。
  その最も信憑性の高い著作から 今週もお送りしよう。

  帰国後すぐの成功のおかげで、ビートルズはもう演奏場所を求めてさ迷い歩く、どこにでもいる ただのビートグループの一つではなくなっていた。
  独自のサウンドとキャラクターを持ち、今や主役を張れるスターバンドなのである。
  当時、地元の新聞記事には ビートルズのことを「マンネリ化した音楽シーンで炸裂!」と書かれていたが、この「炸裂」という言葉は、まさにこの時のビートルズにピッタリだった。
  レコードデビューを考慮しないとすれば、これがビートルズのメジャーデビューでもあった。
  この頃 人気シンガーとしてヒットを飛ばしていた クリフ・リチャード(Cliff Richard )。
  そして、そのクリフのバックバンドであった シャドウズ(The Shadows)も含め、ロックバンドとはいえ みんなお行儀が良かった。
  まだまだ上の世代に対して 良い印象を与えないと やって行けない時代である。
  しかし、ハンブルグ帰りのビートルズは 全く異質であった。
  その井出達も 彼らの反骨精神を表わすもの。
  ハンブルグで買ったレザージャケットとレザーのブーツに身を包み、大音量で毒々と力強いビートを叩き出すように演奏するビートルズは、超個性的で どこか特別の輝きを持っていた。

  リバプールに戻って最初に出演していた店は、カスバ・コーヒークラブ。
  バンドのドラマーでもある ピート・ベストの母親=モナが経営するライブハウスである。
  このカスバは アルコールは一切提供せず、深夜営業も無い。という健全な店で、町の高校生でも出入りできる優良店であった。
  しかし、ジョン・レノンをリーダとするビートルズには、もっと不良が集まる店からも 出演依頼が来るようになったのである。 

318 :ホワイトアルバムさん:2014/09/03(水) 20:24:31.28 ID:???0
  〜 The Beatles / Slow Down
  
@YouTube



  〜 The Beatles / You Can't Do That
  
@YouTube


 
  (小林)これは1964年の「A Hard Day's Night」に入っていましたね。
  You Can't Do That
  ジョン・レノンがギターソロを弾いていた。
  ちょっと有名な、ちょっと有名な曲。

  で、Slow Downはラリー・ウィリアムズ(Larry Williams)の曲のカバー。
  これ1964年、やはりビートルズがカバーしました。
  Slow Down

319 :ジョン・キロックノン:2014/09/03(水) 20:25:45.81 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「え? 俺たちリザランド・タウンホールにも出られるのか?
  あそこで演奏したのは ダンスパーティの時だけじゃなかったか?。
  まあいい、こんどはダンスだけじゃなくて、ビートルズの演奏にクギ付けにしてやろうぜ!」
  このセリフの主は ジョン・ウィンストン・レノン。
  もちろん、あのビートルズのリーダーとして、ロックの世界で 頂点のそのまた上の さらに天辺にまで登り詰めた、あのジョン・レノンである。
  そして、そのネタ元は、ジョンの最初の妻となるシンシア・パウエルの本から抜粋したもの。
  シンシアは、ジョンと恋人関係になった1950年代末から 10年近くにもなるジョンと過ごした日々を、一冊の手記にまとめている。
  その情報は全て 彼女が目の当たりにしたものか、ジョンンから直接聞いたものばかりである。
  その最も信憑性の高い著作から、エピソードは続く。

  いくらジョンが強がってはいても メンバー全員、ハンブルグからの国外退去のショックから、まだまだ立ち直っていなかった。
  実際、リザランドでステージに立った最初の晩から、ジョンは再び自信を取り戻した。
  自分たちの将来に光が射したことが分かり、その将来が待ち遠しくてたまらなかったのだ。
  ライブの仕事がいくつも舞い込み、以前より ずっとギャラももらえるようになった。
  出演料は一晩に6ポンドか、時には10ポンドの大台に乗ることもあった。
  今の日本円にしたら、10万円以上である。

  それまではリバプールのバンドの中で、4〜5番目にランキングされていたビートルズであったが。
  この頃には、数年間トップの座にいた ロリーストーム&ハリケーンズ(Rory Storm & the Hurricanes)に続く勢いにまで迫っていた。
  もちろん、イギリスで熱心なビートバンドが次々と芽を出し始めていたのは、なにもリバプールに限ったことではなかった。
  実際そういったバンドは、イギリス国内の至る所で急成長していたが。
  それでも、その頃リバプールは、特別なエネルギーで満ち溢れていた。
  そこから驚異的なほどの才能やエネルギーや野心が 生み出されていた。
  ビートルズは、そんなひと塊のムーブメントから、一つ傑出した存在であったことは言うまでもない。

320 :ジョン・キロックノン:2014/09/03(水) 20:26:18.12 ID:???0
  〜 The Beatles / Please Mister Postman
  
@YouTube



  〜 The Beatles / Two Of Us
  
@YouTube



  (小林)ま、相対的に言うと、古いやつから新しいやつへ行きましたね。

  Please Mister Postman これは1963年。
  もちろん 、ビートルズはカバーとして、マーバレッツ(The Marvelettes)の大ヒットソング。
  カーペンターズ(The Carpenters )も奏ってたやつですからね。
  Please Mister Postman

  そして Two Of Us は、これはいよいよ最後の「Let It Be」
  しかしまあ、最後って言ってもね、ちょっと解説が要る最後ですけども。
  音とかそういう風なのは、最終仕上げは、フィル・スペクター(Phil Spector)ていう、天才的な人がやってて。
  て、これぜんぜん、それまでのやつとちょっと違う 生き生きしたところがあると思いますけども。
  Two Of Us

321 :ジョン・キロックノン:2014/09/03(水) 20:30:25.44 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「リザランド・タウンホールでの仕事は ギャラも良いし、観客も好意的で悪くはなかった。
  でもね、あそこで演奏すると、やっぱり優等生的なバンドになってしまうんだよ。
  やはり、俺たちは ビートルズは、もっとワイルドで危険な感じのするクラブで演奏する方が性に合ってんだよ」
  こう語っているのは、ビートルズのリーダー=ジョン・レノン。
  彼の最初の妻=シンシア・パウエルの手記からのストーリー、もう少し続けてみよう。

  ハンブルグから帰ってからのビートルズは、いつでもライブ会場を熱狂の渦に巻き込んだ。
  しかし、ジョンは観客の好意的な雰囲気に 少し疑問を感じ始めていた。
  ある日ジョンは、優秀で才能あふれる相方=ポール・マッカートニーに こう尋ねてみた。
  「なあ、ポール。カスバとかリザランドとか、ああいう所で演奏しても 最近なんか面白くないんだよ。
  それって どうしてだと思う?」
  すかさず ポールが答えた。
  「ジョン。それはきっと、僕らがハンブルグで演奏することで すごく鍛えられて、
  リバプールの素朴な観客の前で演奏しても ピンと来なくなってるからじゃないかなあ。
  僕も、同じだよ。
  だって、少しくらい手を抜いたって、客に判らないんだもん」
  こうしたやりとりもあって ビートルズはもっとエキサイティングで刺激の強い演奏場所、つまりクールでロックな臭いのするクラブを探していた。

  リバプールのキャバーンクラブは、何年もの間 伝統的なジャズクラブだった。
  けれども、いよいよジャズが下火になり、代わりにロックンロールが台頭してきたため、経営者も 流行に合わせて店のイメージチェンジを考えていた。
  キャバーンは、倉庫が建ち並び トラックとガラクタしかなかった 石畳の通りマシューストリートにあった。
  店内は、暗くて せま苦しい、地下の穴蔵のような所で、換気も音響も悪い。
  顔には結露した水滴が伝い、ステージは狭く、混み合うと とても暑い、という、一見 劣悪な環境の店。
  しかし、ここから新たな伝説が生まれることになるとは、この時点で まだ誰も想像すらしていなかったのである

322 :ジョン・キロックノン:2014/09/03(水) 20:32:49.95 ID:???0
  〜 The Beatles / Some Other Guy
  
@YouTube



  〜 The Beatles / Rip It Up - Shake, Rattle and Roll - Blue Suede Shoes
  
@YouTube



  (小林)いかがですか?

  一番最初にかかったのは、ビートルズの Some Other Guy という。
  1963年、もう売れるか売れないか、イギリスでね、売れそうな時のBBCの「Easy Beat」という番組に出た時の録音です。
  Some Other Guy

  そしてその後のメドレーは、1969年。有名な「Get Back Sessions」の中に入っていました。
  もう 余裕をもったロックンロールのメドレーで、
  「Rip It Up」それから「Shake, Rattle and Roll」「Blue Suede Shoes」3曲のメドレーね。
  で、クレジットは「Beatles whith Billy Preston」これは どういうことかというと。
  昔 ほら、エリック・クラプトン(Eric Clapton)をジョージ・ハリスンが連れて来た時、「Beatles whith Eric Clapton」じゃないじゃないですか。
  でも、この頃はビートルズはね、解散するぐらいの年で、ジョージ・ハリスンの力が強くなったから、
  「俺が連れてきたビリー・プレストンも、名前も付けてやってくれ」、「Beatles whith Billy Preston 」です。
  お送りしました。

323 :ジョン・キロックノン:2014/09/05(金) 17:42:47.28 ID:???0
□お知らせ
  恒例のスペシャル・パーティを開きます。公開録音です。
  <略>
  詳しくはBAYFMのホームページを確認していただきたいと思います。
  http://www.bayfm.co.jp/info/index.html#beatles

□リクエスト
  (小林)リクエスト採用の方にはイシイのミートボールなどセットにして、あ、<略>。
  メールは beatles@bayfm.co.jp
  こちらで待っております。

  (埼玉県児玉郡/女性)
  今年の夏は意外と短かかったように思えます。   (小林)そうですかねえw
  今年の春ごろのテレビCMに流れていた曲が気になっています。
  ザ・へヴィの Same ol'。
  CMの出来もさることながら、この楽曲もトッキントッキンで心に響きました。
  改めて フルで聴かせて下さい。
  へヴィについても ちょっと教えてください。

  (小林)ということで
  [埼玉県児玉郡/女性]さん、あなたのリクエスト。

  〜 The Heavy / Same ol'
  
@YouTube



  (小林)イギリスのグループ The Heavy
  そして Same ol' てのは Same Old 。
  これね、日本語で、ほら よくあの 英語「セイム セイム」って言うじゃないですか。
  あれがねえ、アメリカ軍から伝わってね「Same ol' Same ol'」ていう、なんか流行語になったことが昔かーしあったみたいですよ。
  だから、まあ昔とあんまり変わらないては「Same ol'」ていうね。
  広告の世界では、コーラ対ペプシの宣伝戦争てのが、もう1950年代から、とても有名なんですけど。ペプシがこれを採用しています。
  最近けっこうチャレンジングなCMを打っています。

324 :ジョン・キロックノン:2014/09/05(金) 17:44:17.04 ID:???0
  (佐倉市/女性)
  いつも台所で 夕飯の支度をしながら聴いています。
  しばらく前ですが、リクエストコーナーで昔の知人の名前が読まれたのでビックリ。
  年賀状のやり取りなどはしていますが、あれから会ったことはありません。
  やっぱり今もビートルズが好きなようです。
  ビートルズストーリー 楽しみに聴いていますよ。
  ビートルズは 神様のような存在だけど、一人一人は普通の人なんですね。
  これからの展開 楽しみにしております。
  玉ねぎを剥きながら聴いております。

  (小林)ということでw、 あれですかw Glass Onion
 
  〜 The Beatles / Glass Onion
  
@YouTube



325 :ジョン・キロックノン:2014/09/05(金) 17:48:28.66 ID:???0
  〜 George Harrison / Got my mind set on you
  
@YouTube



  (小林)ビートルズの Glass Onion から こんどはジョージ・ハリスンのソロで、80年代のヒットでしたね。
  Got my mind set on you という。

  (不明/男性)
  克也様、こんばんは。いつも番組楽しみに聴いています。
  私がビートルズを聴き始めたのは、中学1年の時。
  英語の女の先生の影響です。
  当時、授業中にビートルズの曲の歌詞について、みんなで訳して、その曲を聴いたりしていました。
  かれこれ30年以上前のことです。
  今思うと、最高の授業でしたが。当時は まったく興味なく、「古クサイ曲ばっかりだなあ」と。
  しかし、そこから洋楽に目覚め。土曜の夜は克也さんの「ベストヒットUSA」を見るようになって。
  高校入学当時は 某FM誌を小脇にかかえ通学し。
  夜中にチェックしてあった曲を、眠気をこらえてラジカセで録音。たまに失敗し、翌朝ショック。
  毎回 克也さんの声を聴くたびに、当時の歳に戻った気分になります。
  不便だったけど、楽しかったなあ、あの時代。
  ところで、リクエストですが、ジョージ・ハリスンの Set on you
  ビートルズに興味があまり無かった私は、当時 彼がその一員であったことを知ってビックリ。
  「このおっさん カッコイイぜ!」と、改めてビートルズに興味を持つ切っ掛けとなった曲であります。
  もしかしたら、これを聴いている先生にひと言。
  「ごめんね先生。厨房だったオレがアホでした」 (小林)w
  「やっぱりビートルズは最高だ!」   (小林)ていうw
  それでは、お体に気を付けて。
  
  (小林)ていう。ありがとうございます。

  もう、ジョージ・ハリスンの息子は50ぐらいになっていると思いますが。
  まだ10代まで行かない若い息子が「お父さん 頼みがあるんだよ」て言う。
  「お父さんが昔よくかけてた あれ、やってよ」てんで、息子の意志で この曲をやったという、ね。
  有名な曲。リクエストが来ていました。

326 :ジョン・キロックノン:2014/09/05(金) 17:49:10.88 ID:???0
  (小林)
  ところで、イシイ食品の、この番組の「ビートルズから始まる」公開録音があります。
  10月14日です。
  ホームページに書いてありますが、すべて。
  <略>
  あとで、調べてください。
  http://www.bayfm.co.jp/info/index.html#beatles

327 :ジョン・キロックノン:2014/09/05(金) 17:51:25.14 ID:???0
□エンディング
  BGM 〜 The Beatles / Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band (Reprise)
  
@YouTube


  
  (小林)「ビートルズから始まる」いかがですか?

  まだ、ビートルズが あの有名なライブハウスの日々を過ごす ちょっと前ぐらいですよ。
  この辺も面白いですけどもね。
  そのあとの展開も面白いと思います。
  期待してください。

  それから、さっき言いましたね。公開録音のお知らせ。
  石井食品のものがいっぱい食べられるんです。
  あれ、調べてチェックして応募していただきたいと思います。   
  メールは beatles@bayfm.co.jp
  これはリクエストも同しです。
  リクエストもイシイのミートボールなどセットにして採用の方には差し上げておりますので、よろしくお願いします。
  なお、パーティの方は
  Skoop On Somebody ね、一青窈、それから 1966カルテット。
  ビートルズをバイオリンで奏ったりするグループも登場いたします。
  応募の方、忘れない様に。9月の末日が締切りです。

328 :ジョン・キロックノン:2014/09/08(月) 18:34:12.62 ID:???0
■石井食品Presents「ビートルズから始まる。」bayfm 78.0MHz
 2014年9月7日(日)18:00〜19:00 放送内容  DJ:小林克也

  BGM 〜 Instrumental / Eleanor Rigby
  
@YouTube



□ビートルズカレンダー(9月7日)
 ・1936年(今から78年前)
  え〜っ! そんなに昔?
  この日、バディ・ホリー(Buddy Holly)が生まれました。
  ビートルズとは関係ないような話しですが、ビートルズの やっぱり心のヒーローです。
  で、音楽はビートルズから始まったわけではないんですよね。
  ビートルズも その途中のリレーの一部の、一部にいたわけです。
  その前は、だからバディ・ホリーだとか、エルビス・プレスリー(Elvis Presley)だとか、そういった偉大な人たちがいて。
  ビートルズも、その子供のころは「うわあ、カッコイイなあ」と思いながら、彼らの音楽を吸収して、そして後につなげた というわけで。

  バディ・ホリーがいなかったら、ビートルズは無かった。
  これ、まずバンド名から考えてください。
  バディ・ホリーのバンドは「ザ・クリケッツ(The Crickets)」コオロギ。
  「コオロギじゃん。昆虫の名前ってカッコイイじゃん」っていうことで、ジョン・レノンはカブト虫を採用しました。
  BEETLE です。Beetle。だけど、スペルを B E E じゃなくて B E A、だから BEAT だと「ビート」の「Beat」だとか
  それから、「ビート世代」の「ビート」だとか。そういう 違うものが加わって「ビートルズ(Beatles)」になったわけですね。

  それから、ビートルズはいろんなカバーをやっていますが。
  一番のヒーロー=エルビス・プレスリーだけは カバーしなかった。
  あまりにもビッグスターであったため、このプレスリーを奏るっていうことは、禁じ手になったわけです。
  そりゃそうでしょう。
  プレスリーを奏って、「第二のプレスリー」とか そういうふうに見られるっていうのは「小さくなる」ってことだからね。
  これが ビートルズが頭が良かった ということなんですが。
  バンドの編成も似てましたね。エレキ2本で4人組の構成。
  で、カバーじゃなくてオリジナルを中心に展開する、ということで。

329 :ジョン・キロックノン:2014/09/08(月) 18:36:29.69 ID:???0
(続き)
  でも、プレスリーもそうでしたが、バディ・ホリーの音楽もね、これは元は黒人の音楽で。
  プレスリーが、最初のメンフィスのラジオ局でかかった時は、みんな彼の事を黒人だと思った。
  バディ・ホリーが、黒人ばっかりがいるハーレムのアポロシアターに出た時に、緞帳(どんちょう)が バーっと幕が上がると 白人バンドがいる。
  みんなビックリした。黒人を想像してたわけですよね。
  だから、そんな時代であります。

  さあ、それでは、バディ・ホリーをやっぱり聴きたくなるでしょう。
  どんなところが、影響を与えたんだろうか。 
  だから、今の耳を ずーっと昔の耳に戻してね。
  例えば ポールだとかジョン・レノンと同じような耳になって、この音楽を聴いてみて頂きたいと思います。
  バディ・ホリーとザ・クリケッツで That'll Be The Day

  〜 Buddy Holly & clikets / That'll Be The Day
  
@YouTube



  (小林)バディ・ホリーとクリケッツの That'll Be The Day 
  いかがでしたか?

  これが78年前。
  78歳ということに、生きていればね。
  だけど、彼は飛行機事故で亡くなるわけですけど。
  ちなみに、イギリスでは、今日はもうすでにバディ・ホリー・ウィークに入っています。
  これは、この番組でも言ったことがあるんですが。
  ポール・マッカートニーの出版社が、バディ・ホリーの音楽の権利を全部買っていて。
  特にイギリスでは、バディ・ホリーってのはすごい。アメリカより 本国よりも人気があったぐらいですよ。
  で、バディ・ホリー・ウィークというのが1980年代から始まっていて。
  何回あるんですよね、バディ・ホリー・ウィークが、いろんな有志が。
  例えば、最近では、イギリスでは ビニール盤の昔のアルバム? そういったのは 売られていて。
  そういう物を売る店が ちょっと増えて来てるんですよ。昔のね。
  だから、そういうな店は、バディ・ホリーの 昔の物があるかどうか分かんないんですけども。
  CDとかいろんなものを売ったりする、バディ・ホリー・ウィークが始まっています。イギリスでは。

330 :ジョン・キロックノン:2014/09/12(金) 17:36:31.47 ID:???0
□ストーリー
 ・「ポール。俺はもう、お行儀の良いライブなんて まっぴらゴメンだ。
  もっと ワイルドな、そう、ハンブルグでやったようなパフォーマンスがしたいんだよ」
  この セリフの主はジョン・ウィンストン・レノン。
  もちろんあのビートルズのリーダーとして、ロックの世界で 頂点そのまた上の さらに天辺まで昇り詰めた、あのジョン・レノンである。
  そしてそのネタ元は 全てジョンの最初の妻となるシンシア・パウエルの本から抜粋したもの。
  シンシアはジョンと恋人関係になった1950年代末から10年近くにもなるジョンと過ごした日々を、一冊の手記にまとめている。
  その情報は全て彼女が目の当たりにしたものか、ジョンから直接聞いたものばかりである。
  その最も信憑性の高い著作から、今週もいくつかエピソードをご紹介しよう。

  ジョンがライブ会場を探していた ちょうどその頃。
  リバプールの倉庫街マシューストリートにあるキャバーンクラブは、それまで主流としていたジャズをやめ、ロックンロールのライブハウスとして再スタートしようとしていた。
  キャバーンの中は薄暗く ロクな換気扇も無かった。
  しかし、何とも言えない危険でワイルドで、そしてブルージーな雰囲気を持っていたのである。
  ビートルズはボブ・ウーラーという地元のディスクジョッキーからの紹介で、このキャバーンクラブに演奏するようになった。

  ボブは20代後半で、地元のビートシーンに深く関わりを持っていた。
  ビートルズを良いバンドと見込んで、リザランド・タウンホールでの仕事の世話をしたのも、
  キャバーンクラブの経営者=レイ・マックフォールに「試しにビートルズを使ってみて欲しい」と勧めたのも、実はこのウーラーであった。
  1961年2月9日、ボブ・ウーラーはキャバーンの観客に向かって、初出演のビートルズを紹介した。
  やがて、ビートルズはランチタイムと夜の時間、週に何度も演奏するようになった。
  その後、2年以上に渡り ビートルズはこのキャバーンクラブで合計292回のステージを行うこととなる。

331 :ジョン・キロックノン:2014/09/12(金) 17:37:44.76 ID:???0
  〜 John Lennon / Peggy Sue
  
@YouTube



  〜 The Beatles / Crying, Waiting, Hoping
  
@YouTube



  (小林)エヘヘw。
  2曲、今日はバディ・ホリーの誕生日っていうことで、バディ・ホリーものが続いています。

  ジョン・レノンの Peggy Sue
  これは「Rock 'N Roll」のアルバムに入っている ジョン・レノン。
  ジョン・レノンはやっぱり Peggy Sue っていうか、バディ・ホリー奏法、歌い方。
  バディ・ホリーのね、Peggy Sue てのは、もう一つ有名なのがあって、気付かれたと思うんですが。
  速いドラムをギターが追っかけるリズムのスタイルは、これはもうバディ・ホリー節なんです。
  
  この、さっきのその続いての Crying, Waiting, Hoping も そうでしたね。
  これは、リードボーカルはジョージ・ハリスンが録っていますが。
  
  それから、最近の音楽で、ハワイのサーファーだったジャック・ジョンソン(Jack Johnson)
  彼のヒット曲で Sitting, Waiting, Wishing ていうのがあるんですけど。
  あれは、やっぱり、このタイトルが Crying, Waiting, Hoping ですよね。
  ジャック・ジョンソンまで、バディ・ホリーは影響を与えています。
  この影響力てのは すっごいですね。

332 :ジョン・キロックノン:2014/09/12(金) 17:38:38.23 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「おお!、キャバーンの客は ノリが良いじゃないかぁ。俺たちの音楽をよく分かってくれる。
  ウーラーさん、紹介してくれて どうもありがとう。恩に着るよ」
  これはもちろん ジョンがご機嫌で話したセリフ。
  ジョンの最初の妻となる女性=シンシア・パウエルが、そのジョンとの日々を回想して書いた手記からのエピソードは まだまだ続く。

  全てが上手く行ってジョンは興奮していた。
  それでも、育ての親であるミミ伯母さんは相変わらずバンドには大反対で、ジョンには何か資格でも取って堅実な人生を送ってほしいと、繰り返し説得し続けた。
  しかし、ジョンは伯母さんのその言葉に耳を傾けるフリはしていたものの、まったく関心は無かった。
  彼にとっての資格なんて、ただの紙切れにしか思えなかったのである。
  もちろん資格自体をバカにしていたわけではない。
  実際、ジョンも時々将来に不安を感じる時もあった。
  しかし、どうしてもロックを歌い演奏する快感からは逃れることができなかったのである。
  
  ジョンはバンドのリーダーとして 演奏のチャンスを与えてくれそうな、思いつく限りの人脈を辿って、うるさいくらいに急き立てて ビートルズを売り込むことに力を注いでいた。
  ジョンは、今が 自分たちが待ち望んでいた大きなチャンスであること。
  そして、それを逃したら 二度とそんなチャンスなど目の前には訪れないことを自覚していた。
  
  そして、ジョンは常にポールとは競い合っていた。
  たとえ他のメンバーや観客が、ビートルズのリーダーはジョンであると認識していても、ポールだけはバンドに関わる全てのことに口を出してきた。
  「ジョン、次のライブ会場はどこかな?」「ジョン、明日演奏する曲順はどうする?」などなど。
  とにかく、何を決定するにも、必ず自分が確認しないと気が済まないのがポールの性分であった。
  楽器の腕が達者なポールは、ギタリストとしてスタートし、後にベースに持ち替える。
  さらには、ピアノ、ドラムスもこなす様になり、一人でもレコーディングをこなす マルチプレイヤーになる。
  人呼んで「努力の天才」でもあった。

333 :ジョン・キロックノン:2014/09/12(金) 17:40:58.32 ID:???0
  〜 Paul McCartney / It's So Easy
  
@YouTube



  〜 Linda Ronstadt / That'll Be The Day
  
@YouTube



  (小林)というわけで、今日はビートルズが大好きなバディ・ホリーの誕生日。
  78年前が誕生日、ということで、バディ・ホリーの曲が続いていますが。

  権利を買ったポール・マッカートニーは It's So Easy という、これも有名な曲なんですよ。
  これは2011年の「Rave on Buddy Holly」というアルバムに入っていました。
  ポールは役者ですねえw。やっぱりねw。
  リトル・リチャード(Little Richard)なんかの、ほら、あのリズム&ブルースのアーティストのモノマネみたいな歌い方も上手いじゃないですか。
  そんな感じで It's So Easy
  バディ・ホリーとはちょっと違う感じでやっていましたよ。

  で、そのあと女性シンガーは、リンダ・ロンシュタット(Linda Ronstadt)
  1970年代、そうですね。1980年代マドンナとかが一番人気がありました。
  70年代は、やっぱり リンダ・ロンシュタットの時代でしたね。
  彼女がカバーしたバディ・ホリー。
  今日は 一曲目にお送りしたでしょう、バディ・ホリーのオリジナルをね。
  あれのカバーですね。That'll Be The Day
  2曲続きました。

  ちなみに、リンダ・ロンシュタットのこの That'll Be The Day のプロデュースはですね。
  ピーター&ゴードン(Peter & Gordon)、ピーター&ゴードン わかりますか?
  ポール・マッカートニーが ほとんど結婚しかかった、ジェーン・アッシャー(Jane Asher)の お兄ちゃんですよ。
  が、二人組をやっていて、ポールも 曲を提供しましたね。
  だから、なんか つながってるわけですよね、世の中はw。
  ピーター・アッシャー(Peter Asher)プロデュースのリンダ・ロンシュタットのバディ・ホリーの曲。

334 :ジョン・キロックノン:2014/09/12(金) 17:42:19.18 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「ライブ中のジョンが 少し偉そうに振る舞って、傲慢に見えるのには理由がありました。
  彼は決して観客を見下していたのではありません。
  ジョンはあまりに近視が酷かったので、観客がほとんど見えなかったんです。
  だから、どんなに声援を送られても、コミュニケーションが取れなかったので、客を突き放すように見えたのです。
  もちろん、演出として、見えない客をいじったり 酷いことを言ったりもしました。
  ところが不思議なことに、ジョンがそういうパフォーマンスをすればするほど、ビートルズの人気は上がって行ったのです」

  こう証言するのは、ジョン・レノンの最初の妻となるロックの世界では重要人物とも言える女性シンシア・パウエル。
  ビートルズに関する本の中では最も真実に近いと言われている彼女の手記からのストーリー、もう少し続けてみよう。
  
  悪役を買って出ていたジョンに負けず、ステージ上でのポールはエネルギッシュだった。
  けれどもポールの場合、ジョンとは違って 観客を引き込むタイプ。
  小さなクラブ=キャバーンの観客に言い寄るようにして、ファンの心を掴み、まるで友人のように親しみを込めて接する。
  すると女の子たちは、ポールのその大きな目とベビーフェースにすっかりメロメロになってしまう。
  その結果、女の子のファンの間で一番人気があったのはポールであったが、ジョンはそんなことは一向に気にもしなかった。
  ジョンとポールには 二人だけの特別なつながりがあり、その不思議な作用でファンをさらに熱くさせるテクニックを持っていたのだ。
  二人は どうやってステージのスポットライトを分かち合い、どう競い合い、どういう扱いをすれば女の子たちがより熱狂するか、という全てを心得ていた。

  リードギターのジョージは、寡黙で真剣だった。
  なぜかと尋ねられれば、ジョージは「だって、リードギタリストにミスは許されないだろう?」と答えていた。
  この頃から やはりビートルズは、ジョンとポールの2トップ体制だったのである。

335 :ジョン・キロックノン:2014/09/12(金) 17:43:43.89 ID:???0
  〜 The Beatles / Words of Love
  
@YouTube



  〜 Buddy Holly / True Love Ways
  
@YouTube



  (小林)というわけで、バディ・ホリーの誕生日ということで。

  本人の、締めは本人の True Love Ways 。
  バディ・ホリーは、ずっと今何曲かお送りしましたけど、なかなか良い曲を書くということを、お分かり頂けたでしょうか。
  あのね、歌のその曲の力っていうのがね、甘く歌わなくても 甘く響いちゃう。
  まあ、これ50年代の後半の特長でもあるんですけども。
  ねえ、 True Love Ways

  その前は Words of Love という。
  これもやはり バディ・ホリーの有名な曲。
  ビートルズが「ビートルズ・フォーセール(Beatles For Sale)」の中に入っていた曲です。
  1964年。

336 :ジョン・キロックノン:2014/09/13(土) 20:59:18.60 ID:???0
□お知らせ
  石井食品Presents「ビートルズから始まる」恒例のスペシャルパーティをやります。
  10月14日火曜日夜7時から。
  <略>
  bayfmのホームページ、あるいはハガキFAXで申し込んでください。
  詳しくはbayfmのホームページでチェックしていただきたいんですが。
  <略>
  http://www.bayfm.co.jp/info/index.html#beatles

□リクエスト
  (東京都府中市/男性)
  夏も終わりですねえ。親戚のおじさんが働く海の家のある逗子海岸では規制強化で寂しい事になったらしいです。
  逆に従兄弟の家の近所の海は 自由を求める若者が集結して 地元民は困った。
  僕も親戚の迷惑を顧みず集結しました。      (小林)ていうw 自分も騒いだっていうわけですね。
  可哀そうな二人に景気付けで、海の象徴、サザン・オールスターズ新曲をリクエストします。

  (小林)ということで、東京VICTORY。

  〜 サザンオールスターズ / 東京VICTORY
  
@YouTube



  (小林)リクエストで、サザンオールスターズ東京VICTORY。
  まあ、このアーティストの曲ていうのは いつも時代の空気が入ってるからね。
  昔のやつを聴いたりすると、そういう空気まで、「ああ、こういう時代だった」ていうのを思い出すことができますけども。
  これも 見事に織り込まれています。

337 :ジョン・キロックノン:2014/09/13(土) 21:00:47.00 ID:???0
  (神奈川県南足柄市/男性)40代
  素晴らしい放送ありがとうございます。
  ビートルズと同じ時代、日本にも素晴らしいバンドがいました。
  ゴールデン・カップスの ドゥー・ユー・ノー・アイ・ラヴ・ユー
  リクエストよろしくお願いします。

  (小林)これが、作詞がケネスと、曲がバンドのギターのエディ藩。
  いまだに 現役でエディ藩はやってるらしいですけども。
  それでは・・・、
  ちょっとw すごかったんですよ。
  グループサウンズって、日本のグループがいっぱい いたんですけど。
  このグループは 突出していました。
  今 聴いてもすごい、という感じを抱くと思います。
  ミッキー吉野とかいますかね。
  このあと ゴダイゴなんかを結成したりするアーティスト。
  あの人もいましたよ。ねえ。
  リードボーカルの方は、残念ながら亡くなってしまいましたけども。
  さあ、それじゃ久しぶり、ていうか、この番組では初めてかかります。
  ゴールデン・カップス!
 
  〜 ザ・ゴールデン・カップス / ドゥー・ユー・ノー・アイ・ラヴ・ユー

338 :ジョン・キロックノン:2014/09/13(土) 21:02:04.67 ID:???0
  〜 Paul McCartney / Live and Let Die
  
@YouTube



  (小林) Live and Let Die
  これは 特別注文を受けての制作だったと思うんですけど。007でね。
  「作ってくれないか?」ということで。
  やっぱり アレンジ力とか すっごいカッコイイですよねえ。
  Live and Let Die

  (東京都品川区/女性)
  今年のポールの来日公演中止は とてもショックでしたが。
  その分、昨年のコンサートでの思い出を大切に覚えています。
  たくさんの名曲が演奏された中、ステージから炎が噴き出して燃え上がり、
  会場も心も一番熱くなった この曲をリクエストします。

  (小林)という。
  リクエストありがとう。

339 :ジョン・キロックノン:2014/09/13(土) 21:04:04.86 ID:???0
□エンディング
  BGM 〜 The Beatles / Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band (Reprise)
  
@YouTube


  
  (小林)「ビートルズから始まる」今日はいかがでしたでしょうか?

  バディ・ホリーの誕生日ということで、バディ・ホリーの曲がいっぱいかかりましたけど。
  聴いててどうですか?
  バディ・ホリーはすごいなあ。
  1950年代の天才的な人だったわけですけど。
  もっと聴いてみたいって方。
  バディ・ホリーの他にですね、エディ・コクラン(Eddie Cochran)、ジーン・ヴィンセント(Gene Vincent)。
  特にね、エディ・コクランとかジーン・ヴィンセントは、イギリスのニューウェーブとかパンクの連中が大好きなアーティストで、相当影響受けてるはずです。
  なにか感じるはずです。もし良かったら。
  今、ね、チェックできるのね、簡単ですからね、チェックしてみてください。
 
  それから、リクエストよろしくお願いします。
  リクエスト採用の方にはイシイのミートボールなどセットにしてお送りしております。
  メールは beatles@bayfm.co.jp です。

  さて、石井食品Presents「ビートルズから始まる」
  この番組の公開録音スペシャルパーティが10月14日 行われます。
  <略>
  http://www.bayfm.co.jp/info/index.html#beatles

340 :ジョン・キロックノン:2014/09/16(火) 20:43:05.86 ID:/HqI98W00
■石井食品Presents「ビートルズから始まる。」bayfm 78.0MHz
 2014年9月14日(日)18:00〜19:00 放送内容  DJ:小林克也

  BGM 〜 Instrumental / Eleanor Rigby
  
@YouTube



□ビートルズカレンダー(9月14日)
 ・1962年(今から52年前の今日)
  もちろん、まだビートルズは売れていません。
  今から52年前の今日。
  ピート・ベストというドラマーがクビになって、リンゴ・スターが入るんですが。
  その、入りたての頃のコンサート。
  ニューブライトンで、ビートルズがタワーボールルームという所で演奏した、という、
  この頃リンゴ・スターが加わったんですね。52年前の今ごろ。w

  伝説によると、ピート・ベストをクビにしてリンゴを新しいドラマーにしたい、って申し出たのは、ジョンとポールとジョージの3人。
  で、マネージャーのエプスタインが、まあ 嫌な役、嫌われ役になって「辞めてくれないか?」って申し渡すわけですね。
  他の説いろいろあるみたいですけども。
  ポール・マッカートニーが一番嫌っていた、っていうね。
  というのも、ピート・ベストがハンサムで人気があったんですよね。
  ポールに負けないぐらいの人気があった ということですが。

  もともと、リンゴとジョージは仲が良くてね。
  ハンブルグでも、たまにピートの体調が悪いと・・・
  対バンだったじゃないですか、同じクラブで。
  ビートルズとね、リンゴのバンドと。
  で、ピート・ベストの調子が悪いと、ピンチヒッターで代わりにリンゴ・スターが、代わりにビートルズの叩いてくれたんですね、ドラムスを。

341 :ジョン・キロックノン:2014/09/16(火) 20:44:33.61 ID:???0
(続き)
  さて、リンゴ・スターが上手いドラマーかどうか。
  今でも いろいろ物議をw 醸しております。
  まあ、この頃はねえ、ジャズ風の演奏みたいなのが上手いとされたような価値観もあるんで、なかなか難しいんですよ。
  ロックのスウィング感? ノリ、それはリンゴは抜群です。
  それからまた ハードロックになると、またリンゴの時代じゃなくなって来るんですよ。
  でも、そのころは ロックのノリ、スィング感、あるいはちょっと変化自在のリズム感。
  それから、クリエイティブな、まあ、インスパイアーする。
  YMOの高橋幸宏が言うには、「いろんなロックのドラマーの影響受けたけど、リンゴ以上に自分に影響を与えた演奏家はいなかった」って
  つまり、閃きもあった人です。

  さあ、それじゃ この曲を流しますけども。
  最初は、ストレートな8ビートね。突然シャッフルのビートに変わったりします。
  変化自在のリンゴ・スターのリズム感を中心に この曲を!。

  〜 The Beatles / Strawberry Fields Forever
  
@YouTube



  (小林)どうですか? 
  ビートルズの Strawberry Fields Forever
  もう お馴染みの曲だけど。
  ドラムズに耳が行っちゃった ですか?
  どうですか、ちょっと違う聴き方をしたような感じですよねw。
  違うものが見えてきましたか?

342 :ジョン・キロックノン:2014/09/18(木) 18:24:22.77 ID:???0
□ストーリー
 ・「ライブ中にジョンが 少し偉そうに振る舞って、傲慢に見えるのには理由がありました。
  彼は決して観客を見下していたのではありません。
  ジョンは あまりに近視が酷かったので、観客がほとんど見えなかったんです。
  だから、どんなに声援を送られても、コミュニケーションが取れなかったので、客を突き放すように見えたんです。
  もちろん、演出として、見えない客をいじったり 酷いことを言ったりもしました。
  ところが不思議なことに、ジョンがそういうパフォーマンスをすればするほど、ビートルズの人気は上がって行ったのです」

  こう証言するのは、ジョン・レノンの最初の妻となる ロックの世界では重要人物とも言える女性シンシア・パウエル。
  ビートルズに関する本の中では、最も真実に近いと言われる彼女の手記からのストーリー、今週もこの中からお送りしよう。

  まるで悪役を買って出ていたジョンとは違って、ポールは観客を引き込むタイプ。
  小さなクラブ=キャバーンの観客に言い寄るようにして、ファンの心を掴み、まるで友人のように親しみを込めて接する。
  すると女の子たちは、ポールのその大きな目とベビーフェースにすっかりメロメロになってしまう。
  その結果、女の子のファンの間で一番人気があったのはポールであったが、ジョンはそんなことは一向に気にもしなかった。

  そんな役割がはっきりしてきたビートルズが、キャバーンにレギュラー出演するようになってから数週間もしないうちに。
  リバプール中の女の子たちが 昼休みに学校からこっそり抜け出し、クラブにやって来て 入場するために通りに列まで作るようになった。
  そういったファンの中で最も熱烈な子たちのグループを、ジョンは「ビートレッツ」と呼んでいて。 
  彼女たちはステージの近くで待っていたり、メンバーに飲み物を差し入れしたり、大声で叫んで曲をリクエストしたりした。
  ビートルズはそういう常連の女の子たちにとても親切で、あまりお金を持っていないことも知っていたので、時々お茶を一杯おごってあげたり、招待券をあげたりしていた。
  こうしてリバプールの一角での ささやかな事から、ビートルズのローカルヒーローとしての地位は、着々と築かれて行くのである。

343 :ホワイトアルバムさん:2014/09/18(木) 18:25:17.57 ID:???0
  〜 The Beatles / Misery
  
@YouTube


 
  〜 The Beatles / This Boy
  
@YouTube



  (小林)1963年の曲が2曲続きましたね。

  アルバムは「Please Please Me」その中から Misery
  これは、ビートルズがほんとに売れない、今お話ししている だいぶ前に、そのヘレン・シャピロ(Helen Shapiro)というね
  イギリスのスターになるシンガーの前座を務めたことがあるんですが。
  ヘレン・シャピロという人。彼女の曲ですね。
  
  それから、This Boy は、「リンゴのテーマ」とも言われるw 曲であります。
  これは「I Want To Hold Your Hand 」のB面です。
  1963年

344 :ジョン・キロックノン:2014/09/18(木) 18:26:29.06 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「ポールが『ファンを大事にしろ』って言うからさ、俺もいちおうそうしていたよね」
  これは、あのビートルズの初期のリーダー=ジョン・レノンの発言。
  ジョンの最初の妻となる女性シンシア・パウエルが、そのジョンとの日々を回想して書いた手記の中から エピソードはさらに続く。

  シンシアはデビュー前のビートルズのことを、こう証言してくれた。
  「ステージがある時は、私も必ずメンバーに付いて行きました。
  『ジョンの彼女』ということで、嫉妬したファンから指を刺されることもよくありました。
  そのうちに、友人のポリーンにピッタリくっ付いてるのが 安全で利口なこと、とわかったんです」
  ポリーンは後にジェリー&ペースメーカーズ(Gerry & the Pacemakers)のリーダーとして成功を収めることになる ジェリー・マースデン(Gerry Marsden)の恋人で、結婚もする女性。
  「ジェリーのバンドは ビートルズと同じ日に出演することも多かったんです。
  ジェリーは、プロのバンドマンになる前は、バンの運転手をしていて、すぐにジョンと仲良しになりました。
  お互いのウィットやユーモア、そしてソングライターとしての才能に共感できるものが あったんだと思います。」

  バンドがステージに立っている間なら、ファンの注目がステージに向っているために、ポリーンもシンシアも嫌な思いをせずに済んだ。
  ただ、休憩時間に化粧室に行くときは 必ず二人で一緒に行くことにした。
  何かトラブルが起こるのは、決まって化粧室なのである。
  だから、なるべく目立たない様に、人と目も合わせず、とにかく大急ぎで入って 大急ぎで出てくる方法で凌いだ。
  口紅を引き直すことなんて構ってなんかいられない。
  それでもなお、通りすがりに侮辱的な言葉を投げ付けられることもあった。
  「ふしだらな女!」「ジョンはあんな女のどこが良いんだか、理解できないわ」
  こんなファンがいれば、必ず親切なファンもいるもので。
  「ジョンが彼女を大切にしているんなら、私たちもシンシアに対してそうすべきだわ」
  と言って、シンシアやポリーンを庇ってくれた。
  ビートルズが アイドルになる前夜のエピソードである。

345 :ジョン・キロックノン:2014/09/18(木) 18:27:13.27 ID:???0
  〜 The Beatles / Drive My Car
  
@YouTube



  〜 The Beatles / I Want to Tell You
  
@YouTube



  (小林)2曲 ビートルズが流れました。
  いずれも やっぱり単なるラブソングを書いていたねビートルズが、だんだん だんだん成長して行ってる頃の。

  だから「ラバーソウル(Rubber Soul)」の中から Drive My Car ね。
  それから、これは1965年ですけど。

  それから66年の「リボルバー(Revolver)」の中から、ジョージ・ハリスンです。
  I Want to Tell You

346 :ジョン・キロックノン:2014/09/18(木) 18:29:06.91 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「なあに? シンシアって?」「どうせ、ふしだらな女よ」「ジョンはあんな女のどこが良いんだか、さっぱり理解できないわ」
  これはシンシアに対しての 明らかなバッシング。
  そして、もう一方では、
  「そんなことないわ。ジョンが彼女を大切にしているのなら、私たちもシンシアに対して そうすべきだわ」
  こうした1960年台初頭の リバプールでの出来事を証言するのは、ジョン・レノンの最初の妻となる ロックの世界での重要人物とも言える女性シンシア・パウエル。
  ビートルズに関する本の中では最も真実に近いと言われる彼女の手記からのストーリーを もう少し続けてみよう。

  ビートルズを聴きに来ていたファンの中に、プリシラ・ホワイト(Priscilla White)という女の子がいた。
  後に、シーラ・ブラック(Cilla Black)として有名になる女の子である。
  プリシラは無料でキャバーンに入れてもらう代わりに、店のクロークを手伝っていた。
  彼女は アンフィールド商科大学の学生で、夜は地元のバンドをバックに歌うようになったばかりの頃であった。
  ある晩、プリシラがビートルズと同じステージに立った時、ジョンが彼女に対し、本来は男の子の名前である「シリル」と呼んでからかった。
  しかし、プリシラ本人は、それを気に入って、それ以降ジョンは 何年もずっと その「シリル」と呼び続けた。
  プリシラはガリガリに痩せた女の子であったにもかかわらず、並外れた声を持っていた。
  そして大物を感じさせる個性を持っていることは、誰もが認めていた。

  キャバーンにはメンバーの家族がステージを見に、ひょっこり顔を出すこともあった。  
  ポールの父親ジムは、よく楽屋で待っていて、昼休みに買った食べ物を「みんなで食べて」と言ってポールに手渡した。
  さらに、ピートとスチュアートの母親たちも顔を見せたし。
  ジョージの母親にいたっては、自慢の息子を見て欲しいと、友達連れでやって来た。
  ただ、唯一ジョンの育ての親、あのミミ伯母さんだけは、なかなか顔を見せることは無かったのである。

347 :ジョン・キロックノン:2014/09/18(木) 18:29:58.81 ID:???0
  〜 Gerry & the Pacemakers / It's Gonna Be Alright
  
@YouTube



  〜 Cilla Black / You're My World
  
@YouTube



  (小林)さきほどの話しに出た 女の子です。
  シーラ・ブラック。
  歌手になって、そして You're My World
  この曲を出して。
  この曲はイタリアのポップスのカバーらしいんですけども、
  プロデュースが ビートルズの同じジョージ・マーティンが担当して。
  イギリスでは1位になっています。アメリカでは中ヒット。

  その前は キャバーンでビートルズの対バンをたびたび務めた Gerry & the Pacemakers
  なかなか良いグループですね。
  It's Gonna Be Alright
  これはイギリスでもアメリカでも中ヒット。

348 :ジョン・キロックノン:2014/09/20(土) 18:45:41.12 ID:???0
□お知らせ
  恒例の石井食品提供の「ビートルズから始まる」のスペシャルパーティ公開録音、これやります。
  10月14日火曜日です。
  <略>
  参加ご希望の方はbayfmのホームページ、またはハガキFAXで申し込んでください。
  <略>
  詳しくはbayfmのホームページで確認してください。
  <略>
  http://www.bayfm.co.jp/info/index.html#beatles

□リクエスト

  (船橋市/女性)
  夏が終わったら、この曲が聴きたいです。
  ジェイク島袋、リクエストは While My Guitar Gently Weeps をお願いします。
  彼のこのカバー曲の解釈はスゴワザ、おそらくジョージは文句の付けようが無いだろうなあ、と思います。
  初めて聴く人には ちょっとブレスレスになるかも。   

  (小林)息をのむかも、っていうことですよねw。
  まあ、ジェイク島袋は、ただ単なるウクレレを綺麗に演奏するっていうことは もうとっくに卒業していて。
  自分をいかに表現するか っていうことで。
  曲を通して、彼の個性が出ていますよね。
  かなりロック好きっていう顔をしていますよね。
  さあそれじゃ、ジェイク島袋の曲。
  そして、続いての曲が また渋いんだあ。
  2曲続きます。

  〜 Jake Shimabukuro / While My Guitar Gently Weeps
  
@YouTube



349 :ジョン・キロックノン:2014/09/20(土) 18:48:24.26 ID:???0
  〜 The Byrds / Eight Miles High
  
@YouTube



  (小林)ジェイク島袋に続いて
  Byrds の Eight Miles High という、ちょっと有名な曲をおかけしいたしました。
  「霧の8マイル」っていう日本語のタイトルが付いていますが。

  (熊谷市/女性)
  私は昔から、ドラッグミュージックが大好きで。 (小林)w
  バーズ。      (小林) バーズは、そうですねえ・・いや、アソシエイションはちょっと違いますかね。どうでしょう。
  そういったのが大好きです。
  この「霧の8マイル」はドラッグミュージックの中でも 真っただ中ですよね。
  最高です。
  でも、ビートルズまで12弦ギターを使っていたという話しは初耳なのです。
  大好きでした、ビートルズも。

  (小林)ていうか
  まあ、バーズっていうグループは、ビートルズを目指して作ったわけですよ。ロサンゼルスで。
  ボブ・ディラン(Bob Dylan)の「Mr. Tambourine Man」なんかを奏って。
  これがアメリカで大ヒットするんですよね。
  「あっ、憎らしいことをやるな」なんて ジョン・レノンなんか思ってるわけですよ。
  だから、お互いに影響を受けているわけですよね、面白いですよね。
  この、お互いに影響を・・・
  やっぱり ミュージシャン同士。
  それから ポップスやロックの世界では、お互いに、こう影響を受けている ていうのはね、聴くわけですからね。
  中に入って来るわけですね。

350 :ジョン・キロックノン:2014/09/20(土) 18:51:14.13 ID:???0
  (船橋市/男性)
  毎週この時間はお風呂に入りながら楽しく聴いています。
  さて、先日NHKホールで行われた山下達郎さんのコンサートに行きました。
  とても61歳とは思えない伸びやかな声、
  歳を重ねた円熟のパフォーマンスは まさに職人。圧巻でした。
  克也さんは以前 達郎さんと「Come Along」「Come Along2」と2枚の名盤を残していますが。
  何か達郎さんとのエピソードがありましたら。  
  リクエストは今回のコンサートでも歌っていた「THE WAR SONG」を。 (小林)お伝えします。
  達郎さんが この歌を歌う前に
  「中国や韓国とは個人同士では仲良くできるのに、国歌同士になるとどうしてギクシャクしてしまうんだろう」
  という言葉、とても印象的でした。

  (小林)ていう。
  そうですよね。
  山下達郎も、何か いつも伝えようと。
  僕は 最近の山下達郎っていう人は、もう60を超えて、その歳にふさわしい音楽をやっていますからねえ。
  それが、とても偉いと思います。
  [船橋市/男性]さん、山下達郎は夏が嫌いだそうですよ。
  さあ、それじゃ あなたのリクエスト、THE WAR SONG

  〜 山下達郎 / THE WAR SONG

351 :ジョン・キロックノン:2014/09/20(土) 18:58:46.38 ID:???0
□エンディング
  BGM 〜 The Beatles / Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band (Reprise)
  
@YouTube


  
  (小林)「ビートルズから始まる」今日はいかがでしたでしょうか?

  お話しの方は、1962年頃のね、バンドのキャバーンに出た頃の話し。
  ジョン・レノンは 大近眼でw ねえ。
  あと、視野が狭い人らしいんですよね。
  医学的に言うと、なんて言うんでしょう。
  視野狭窄症とか いう人だから、目がちょっと悪いから、無愛想に見える。
  だけど、それもあるのかもわからないですけども、性格ですよね、ジョン・レノンのね。
  それと、3人が並ぶと、後ろにはもちろんリンゴがいて。
  3人が並ぶと、ポールはいつもニコニコ。
  ジョージもどちらかというと ニコニコしてる方なんですよ。
  それで、3人ニコニコしたら、最悪ですよねえ。ええw。
  ジョンがいて、だからあの味で、ポールも生きて、お互いに生きて。
  ジョンがキツイ事を言っても、ポールやジョージの笑顔が吸収していた ていうことですよね。

  それから、今日はビートルズ中期の作品なんかも お送りしましたけど。
  ビートルズはねえ、だから、ちょっと番組の真ん中あたりで、64年、65年、アルバムを作る頃。
  ビートルズ 成長するんですけど。
  その頃はねえ、普通のラブソング作ったりするの 嫌になるんです。
  特にジョンはもう、「絶対に書かねえよ。15歳16歳の人間のために書くか!」なんて発言をしてるわけですよね。
  だから、ファンも 初心者のファンと、中級、上級、なんかになると、ビートルズが7年間ぐらい一緒だった間に。
  「これは、どれくらい成長したな」「ここら辺を 行った曲だな」とか、そういう風なのも見極めたりするのも 楽しいんじゃないかと思いますので。
  この時間には 必ずビートルズがかかります。
  いろんなビートルズがかかりますので、そういう所もキャッチしていただきたいと思います。

  それから10月14日。
  また石井食品提供「ビートルズから始まる」のスペシャルパーティやります。<略>
  http://www.bayfm.co.jp/info/index.html#beatles 

352 :ジョン・キロックノン:2014/09/22(月) 18:31:56.89 ID:???0
■石井食品Presents「ビートルズから始まる。」bayfm 78.0MHz
 2014年9月21日(日)18:00〜19:00 放送内容  DJ:小林克也

  BGM 〜 Instrumental / Eleanor Rigby
  
@YouTube



□ビートルズカレンダー(9月21日)
 ・1964年(今から54年前の今日)
  来ました。54年前の今日。ビートルズが、もう超有名になってね、54年の今日。
  アメリカで、ピーター&ゴードン(Peter & Gordon)が「I Don't Want To See You Again」ていうシングルを発売します。
  64年はビートルズが有名になった年。

  実はですね、ピーター&ゴードンの二人組の事は先日話したんですけども。
  ポールがジェーン・アッシャー(Jane Asher)という女優と婚約しますよね。
  もう、結婚するような感じなんですよ、雰囲気は。
  それで、ポールはジェーン・アッシャーのお父さんお母さんがOKっていうことで、ジェーンの家に下宿するんですよ。
  それで、下宿して ジェーンのお兄ちゃんのピーターと仲良くなって。
  ピーターは、ゴードン・ウォーラー(Gordon Waller)とピーター&ゴードンていう二人組を結成して、音楽の二人組ね。
  で、ポールが EMIパーラフォンレコードに紹介して、1964年の そのブリティッシュインベージョンに乗って、世界的にヒットして行くんです。
  ちなみに、この年の4月に出した「A world without love」ポール・マッカートニーが作った曲。
  これはもうアメリカで1位になって、一躍人気者ですよね。
  それから、次にシングルを出して、その次のシングルが 今日出たわけです。
  「I Don't Want To See You Again」これ、アメリカで16位まで上がる 中ヒットとなります。

  で、ピーター&ゴードンはアメリカツアーをやったりして、帰って来ると、もうちょっと時代が変わって来るわけですよね。
  フー(The Who)とか、轟音長丁場ミュージックバンドが台頭していて、1968年には解散して。  
  ピーターは、すぐポールとジョンがやっているアップルレコードのプロデューサーとして働くわけですが。
  その後、アメリカへ行って、アメリカで大成功です。
  とても有名なプロデューサーとして 成功するんですが。

353 :ジョン・キロックノン:2014/09/22(月) 18:32:51.33 ID:???0
  あ、それから2005年、ちょっとチャリティのために二人が再結成して、アメリカとかアジアでやったり。
  残念ながら、その4年後、ゴードンの方は 心臓発作で64歳で亡くなっています。

  さあ、それじゃ54年前の今日発売になった、その二人の若きハーモニーをお楽しみいただきましょう。
  ピーター&ゴードンで「I Don't Want To See You Again」

  〜 Peter & Gordon / I Don't Want To See You Again
  
@YouTube



  (小林)
  まあ、順当に行くと・・・ 
  ポールは結局ジェーンとは結婚しなかったんですが。
  結婚してたら、義理の兄にw なるわけですよね、ピーターはね。
  ピーター&ゴードンの I Don't Want To See You Again

354 :ジョン・キロックノン:2014/09/26(金) 18:03:21.48 ID:???0
□ストーリー
 ・「キャバーンにはメンバーの家族がひょっこり顔を出すこともありました。  
  ポールのお父さんのジムは、よく楽屋で待っていて、昼休みに買った食べ物を「みんなで食べて」と言ってポールに手渡していましたね。
  でもほとんどの場合、ポールがそれを持って帰って 自分の夜食にしてたみたいです。
  ピートとスチュアートのお母さんたちも顔を見せましたし。
  ジョージのお母さんなんか、自慢の息子を見て欲しいと、毎回友達を連れてやって来ていましたね。
  ただ、唯一ジョンの育ての親、あのミミ伯母さんだけは、なかなか顔を見せませんでした」

  こう証言するのは、ジョン・レノンの最初の妻となるロックの世界では重要人物とも言える女性シンシア・パウエル。
  ビートルズに関する本の中では最も真実に近いと言われる彼女の手記からのストーリー。
  今週もこの中からお送りしよう。

  シンシアはこう続けている。
  「私の知る限りでは、ミミ伯母さんはたった一度しか来なかったと記憶しています。
  ジョンがどんなことをしているか聞かされて、それを自分の眼で確かめなければ、と思ったみたいなんです。
  ジョンとミミがキャバーンで対面した時、ショックを受けたのはミミ伯母さんの方か、それとも意外にジョンなのか。
  私にはわかりません。
  ただ、はっきりしているのは、伯母さんはほんの数分いただけで、不意に背を向けて去って行ってしまったんです」

  もちろん、ジョンはショックだった。かなり傷ついた。
  自分が青春を賭けてガンバっていることを、ミミにちゃんと評価して欲しかった。
  ところが、ミミが残した言葉は
  「思っていたより ずっと汚ならしい所ね。こんな所からは すぐに出て行きたいわ!」
  という冷たいひと言だけ。
  それでもジョンは、ミミが認めてくれなくてもしょうがない。と割り切り。
  ただ 自分の信じるロックンロールの道を 真っ直ぐに歩いて行こうと、決心を堅く再認識するのであった。

355 :ジョン・キロックノン:2014/09/26(金) 18:04:21.14 ID:???0
  〜 The Beatles / Revolution
  
@YouTube



  〜 The Rolling Stones / Sympathy For The Devil(悪魔を憐れむ歌)
  
@YouTube



  (小林)これは久しぶりに聴いて喜んでいる方。
  「初めてだ」って言う方もいるかもわかりません。
  ローリングストーンズの「Sympathy For The Devil」
  これは1968年、アルバムは「Beggars Banquet」
  ピアノが聴こえますが、ニッキー・ホプキンズ(Nicky Hopkins)という有名な人です。
  まあ,ローリングストーンズは ビートルズのライバルとも言うか。
  まあ、ちょっとビートルズよりも遅れるんですが。
  1965年に「Satisfaction」 これがアメリカで1位になってから
  65,66,67,68,この4年間ぐらいが すごい成長。
  自分たちのサウンドを見つけています。

  そして、その前の曲は「Hey Jude!」のB面だったんですね。
  さっき言った ニッキー・ホプキンスがピアノで参加していました。
  これはジョンの名曲、Revolution

356 :ジョン・キロックノン:2014/09/26(金) 18:05:55.24 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「思っていたより ずっと汚らしい所ね。こんな所からは すぐに出て行きたいわ!」
  ビートルズがレギュラー出演するようになったクラブ=キャバーンを訪れたジョンの育ての親ミミ伯母さんは、このひと言を残して 店から去って行った。
  もちろん、こう言われたジョンは、すごく傷ついた。最悪である。
  こうしたエピソードは全て ジョンの最初の妻となる女性=シンシア・パウエル。
  そのジョンとの日々を回想して書いた手記からのものである。
  その貴重なアーカイブからストーリーは続く。

  リバプールのクラブ=キャバーンのレギュラーバンドとなり、連日多くのファンで賑わうようになった。
  ビートルズのメンバーは 全員大喜びである。
  しかし、ジョンとポールは、すでに5年近い下積みを経験していて、それは長かった道のり。
  若いながらも 感慨にふける時もあった。
  しかし、ついに自分たちの故郷で成功を手にしたのである。
  それでもなお、ビートルズはもう一度ハンブルグでステージに立つチャンスが欲しいと熱望していた。
  ハンブルグでの日々は 人生で最も素晴らしいひと時であった。
  しかし、メンバーのほとんどは強制送還されてしまったため、再入国が許されるかどうかは分からなかった。
  相変わらず他のバンドは次々と送り出されていて、ビートルズだけが取り残されるのが嫌だった。
  そこに救いの手を差し伸べしたのが、リバプールのロックシーンで活躍する人物=アラン・ウィリアムズ
  最初にビートルズのハンブルグ巡業の話しをしてくれたのが このウィリアムズである。

  彼はドイツの領事館に手紙を書いて、ビートルズの音楽的才能と メンバーの人柄を褒め称え。
  前回の訪問ではクラブのオーナーに搾取されたことを説明。
  そして今度は、トップテンクラブのオーナーで、立派な実業家でもある ペーター・エクホルンの元で仕事をする事になる、という事実も明記した。
  さて、このウィリアムズの頑張りは はたして功を奏するのであろうか。

357 :ジョン・キロックノン:2014/09/26(金) 18:06:45.45 ID:???0
  〜 The Beatles / Magical Mystery Tour
  
@YouTube



  (小林)ポール・マッカートニーが、今日話しをしている ジェーン・アッシャー(Jane Asher)=婚約者。
  アメリカ巡業行くんですよね。
  それで、ポールが彼女を追っかけて行って。その途中で。
  バスに乗ってビートルズのメンバーがいろんな所に行って、様々な体験をするっていうコンセプトを打ち出して、このアルバムが出来るわけですが。
  それがあれですよ、「Magical Mystery Tour」というわけです。

358 :ジョン・キロックノン:2014/09/26(金) 18:09:02.77 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「ビートルズのメンバーは、みんな音楽的な才能があるだけではなく、素晴らしい青年です。
  前回のハンブルグでの仕事では、クラブのオーナーにかなり搾取されたにもかかわらず、ハンブルグの音楽シーンを盛り上げるために、全てを捧げてがんばりました。
  そして今度は トップテンクラブのオーナーで立派な実業家でもある ペーター・エクホルンの元で仕事をすることになりました。
  これは、我がイングランドとドイツの新しい若者文化を盛り上げる上でも、大変有意義な事です。
  どうか、ビートルズに労働許可証を お与え頂く様、取り計らいをよろしくお願い致します」

  この熱の入った嘆願書は、リバプールのロックシーンで活躍するアラン・ウィリアムズによるもの。
  ビートルズの研究家の中には このウィリアムズを「最初のマネージャー」としてとらえる見方もある。
  それだけ重要人物であることは確かなこと。
 
  そのウィリアムズの嘆願書とも言える ドイツ領事館への手紙は 功を奏した。
  ビートルズには労働許可証が与えられ、ジョージ・ハリスンも18歳になっていたため、年齢的な問題も全く無くなった。
  こうしてビートルズは1961年4月、二度目のハンブルグ巡業に向けて旅立った。

  こうしたストーリーのほとんどは、ジョンの最初の妻となる女性=シンシア・パウエルの手記からの抜粋である。
  約10年もの間 ジョンの傍にいたシンシアの記憶は素晴らしいもので。
  ビートルズに関する文献の中でも極めて重要なものである。
  その手記の作者でもあるシンシアも、ビートルズの二度目のハンブルグ行きには 心を躍らせていた。
  その理由は、今回彼女は ポールと交際している女の子=ドット(Dorothy Rhone)と一緒にハンブルグに行くことが許されたからである。
  
  さて、来週以降はその「シンシアとドットが見たハンブルグ編」をお送りしよう。

359 :ジョン・キロックノン:2014/09/26(金) 18:10:29.61 ID:???0
  〜 The Beatles / Hello Goodbye
  
@YouTube



  〜 The Beatles / Octopus's Garden 
  
@YouTube



  (小林)2曲続きましたね。
  1967年の さっきお送りした「Magical Mystery Tour」のアルバムから Hello Goodbye
  これもビートルズの傑作。

  そして今聴いたのは、リンゴ・スターが歌っていました。
  もちろん、リンゴ・スターがジョージ・ハリスンの助けを借りて作った、自作自演の曲であります。
  「Abbey Road」の中から Octopus's Garden

360 :ジョン・キロックノン:2014/09/27(土) 16:54:43.22 ID:???0
□リクエスト
  (小林)採用の方にはイシイのミートボールなどセットにしてお送りしております。
  メールは beatles@bayfm.co.jp です。

□お知らせ
  10月14日の火曜日 オークラ千葉ホテルで
  石井食品提供の「ビートルズから始まる」 公開録音やります。
  スペシャルパーティです。音楽と食事の夕べです。
  <略>
  http://www.bayfm.co.jp/info/index.html#beatles 

361 :ジョン・キロックノン:2014/09/27(土) 16:56:07.75 ID:???0
□リクエスト
  (川崎市多摩区/女性)
  私は仕事のため この番組を聴いたことはないんですが。
  お父さんが「いつも聴いている」というのでリクエストします。
  お父さんは以前、私の事を書いて
  「大学を卒業したら地元に戻って就職すると言ってたけど、結局東京で就職してしまった。木綿のハンカチをリクエストします」
  というリクエストだったんだそうですが、没になってしまったみたいです。
  9月13日はお父さんの誕生日なのでリクエストします。
  「Birthday」と行きたいところですが、      (小林)あなたも よくビートルズの曲知っていますね。
  お父さんへの敬意を込めて「Sun King」をお願いします。
  
  (小林)ていうことで。
  Sun King ていうのはね、ちょっと短い曲なのでね。
  あそこら辺は やっぱり曲のつながりが面白いんで、アルバムで聴くとね。
  それで、まあ誕生日ということで、スペシャルサービス。
  [川崎市多摩区/女性]さん。お父さん、聴いていたらすぐ呼んでw
  あ、あなた聴かないのか。
  Sun King から Mean Mr. Mustard、Polythene Pam、そして She Came In Through The Bathroom Window ここまで4曲メドレーで行きます! 

  〜 The Beatles / Sun King-Mean Mr. Mustard-Polythene Pam-She Came In Through The Bathroom Window
  
@YouTube



  (小林)いかがでしたでしょうか?
  これで[川崎市多摩区/女性]さんのお父さんも そうとう喜んでw
  まあ[川崎市多摩区/女性]さんの 名前は、お父さんの名前書いてないんですけど。
  これ メドレーっていうか 組曲になっているんですよね。これね。
  Sun King そして Mean Mr. Mustard、Polythene Pam、She Came In Through The Bathroom Window
  あの、歌詞はw それぞれつながってないんだけどw 感覚がなんとなく つながってて やられちゃう感じですよ。

362 :ジョン・キロックノン:2014/09/27(土) 16:58:42.36 ID:???0
  (江戸川区/男性)
  毎週楽しく聴いています。
  フィオナ・アップル(Fiona Apple)の「アクロス・ザ・ユニバース」をお願いします。
                                           (小林)へえ、ビートルズじゃないわけですね。ジョンじゃないわけですね。
  この曲は僕が中学生だったころ、教育熱心な英語の先生のおかげで患った「英語大嫌い病」という不治だと思っていた病を治してくれた曲です。
                                           (小林)へえー、不治の病を治してくれた。
  聴いた時は 英語が全く分からないし、大嫌いでもあったので、ビートルズの曲だと知ったのはずいぶん後になってからでした。
  でも、そんな無知な人間を感動させたんだから、ビートルズもフィオナ・アップルも偉大だと思います。
  この曲に出会ったことで、英語の素晴らしさ、ビートルズの素晴らしさを知り。
  何より、英語や その他の言語というものは、答案用紙の上で・・・ (小林)w
  丸やバツを付けられるだけのものじゃない!、と気付きました。   (小林)えらい、偉い。
  聴き終わった時の感動と衝撃は、今でも 忘れられません。
  英語嫌いにしてくれた 英語の先生に感謝している。         (小林)ww ていう。
  
  (小林)これが、偉いね。
  英語嫌いにしてくれた 英語の先生に感謝している。
  英語嫌いになったからこそ、この感動があったというね。
  この また曲も深いですよ。
  それを、ビートルズじゃなくて、フィオナ・アップルていう人は、やっぱり ロック少女でねえ。
  ビートルズの曲を解釈するだけの資格があるアーティストです。
  だから、良い出会いだった。
  このあと ですよね、[江戸川区/男性]さんね、どこまで行くか。

  〜 Fiona Apple / Across The Universe
  
@YouTube



363 :ジョン・キロックノン:2014/09/27(土) 17:03:13.74 ID:???0
□エンディング
  BGM 〜 The Beatles / Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band (Reprise)
  
@YouTube


  
  (小林)「ビートルズから始まる」今日は いかがでしたでしょうか?

  もう 地元リバプールで、ファンの女の子たちが キャーキャー騒ぐようになった。
  キャバーンでやると 必ず満員。
  もう、ジョン・レノンやポール・マッカートニーたちは嬉しくてしょうがない。
  ジョンとポールは もう数年一緒にやって来たわけで、自分たちの苦労が報われた。
  ところが、ご存知の通り、これがもう 雪だるま、ていうか、なんて言やあいいんですかねw。
  どんどん どんどん転がって 大きくなって行く、その物語、お楽しみに。

  そして10月の14日火曜日。
  石井食品Presents「ビートルズから始まる」スペシャルパーティ。
  <略>
  締め切りは9月の終わり到着分まで有効ということになります。
  http://www.bayfm.co.jp/info/index.html#beatles

364 :ジョン・キロックノン:2014/09/29(月) 17:54:44.75 ID:yby+cnt+0
■石井食品Presents「ビートルズから始まる。」bayfm 78.0MHz
 2014年9月28日(日)18:00〜19:00 放送内容  DJ:小林克也

  BGM 〜 Instrumental / Eleanor Rigby
  
@YouTube



□ビートルズカレンダー(9月28日)
 ・1968年(46年前の今日)
  「Hey Jude」が ナンバーワン。
  これは、5週間かかってナンバーワン。
  最初の、ナンバーワンの最初の一週目です。
  ビートルズの一番の 最大のヒット曲。
  売り上げ枚数は700万枚を超えています。

  ちなみに ビートルズが作ったアップルレコードからのシングルとしては。
  メリー・ホプキン(Mary Hopkin)のね、「Those were the days」 これが、なんか、2000万枚のメガヒットになってますけど。
  これには敵わなかったw さすがビートルズ。
  でも、700万を突破しています。
  で この「Hey Jude」はポール・マッカートニーが書きました。
  ジョンとシンシアが離婚して、まだ5歳の息子=ジュリアンに対して、ポールが応援する慰める、そういう歌。
  だから、最初のタイトルは「Hey Jules」だったそうですね。

  で、これね録音的にとても面白いんですが。
  アビーロードじゃなくて トライデントスタジオ、これもちょっと有名なスタジオですが。
  トライデントスタジオで録ったために、機材の互換性が悪くて、テープの磁性体がボロボロに剥がれる事件があって。
  エンジニアはあわてて そのテープをコピーして、何とか何とか救急処置を取ったと。
  でも、ポールはメチャクチャ怒った、という。「どうしてくれるんだ!」ていう。
  で、これはですね 最初に音が問題になったのと。
  その音でいうと、演奏が7分なんですよ。
  当時の塩化ビニールのシングルで、だいたい2分、3分、多くて4分。
  それを7分を越えるとなるとね、音質的にとても難しい、
  でも、そんな弊害をものともせず、ポールは このシングルを完成させた、っていう。

365 :ジョン・キロックノン:2014/09/29(月) 17:55:42.09 ID:???0
  じゃあねw 改めて みんなよく知ってると思うよw。
  これを聴いてみたいと思います。
  ゴスペルフィーリングあふれる曲だよね。
  だから ポールは「アレサ・フランクリン(Aretha Franklin)に歌わせたかった」みたいなことも語っています。
  改めて ビートルズの「Hey Jude」
  
  〜 The Beatles / Hey Jude
  
@YouTube



  (小林)へへww、(曲途中)これからのね 繰り返しで、だんだんだんだん盛り上がって 良い気分になって行く、という。
  というわけで、これ、7分を超える曲ですよ。ねえ。よくやりましたよね。
  ビートルズはいろんなことを 初めて けっこうやってるよね。
  それで、シングルとしては一番売れたシングル。
  改めて紹介いたしました。
  今から46年前の今日、これがナンバーワンになった、ということで。

366 :ジョン・キロックノン:2014/10/01(水) 18:05:49.78 ID:???0
□ストーリー
 ・「やったあ! ドット。今度は私たちもハンブルグに行けるのよ。さあ、準備始めなきゃ!」
  かなり興奮気味で語るのは、ジョン・レノンの最初の妻となるシンシア・パウエル。
  ロックの世界では重要人物とも言われる女性である。
  ビートルズに関する本の中では最も真実に近いと言われる彼女の手記からのストーリー、今週もここからお送りしよう。

  シンシアが「ドット」と呼んでいるのは、ポールの彼女となったドット・ローン(Dorothy Rhone)という女の子。
  シンシアとドットは、ほとんど毎日のようにビートルズが出演するキャバーンに通っているうちに、すっかり仲良しになっていた。
  彼女たちの彼氏がいるビートルズは、この年1961年の3月、2回目のハンブルグ巡業が決まっていた。
  前回は、契約上のトラブルから難癖を付けられ、国外退去を命じられたビートルズの5人であったが。
  今回は、最年少のジョージも18歳になり、労働許可証も正式に発行された。
  不安材料は何ひとつなかった。
  ジョンやポールたちは すでにリバプールからハンブルグに向けて旅立っていたが。
  この二人の彼女たちは いよいよ明日が出発の日となり、あまりの興奮と不安とで夜眠れないほどであった。
  二人が旅立ったのは、メンバーに遅れること数週間。
  復活祭の休暇でジョンやシンシアが通う美術大学が2週間休みになり、これに日程を合わせ、薬剤師の助手をしていたドットも休暇を取ったのである。

  ポールとドットは付き合い始めて数か月。
  まだ17歳のドットは小柄で、ブロンドの髪に小顔でキュートな面白い女の子。
  シンシアにとっては、自分の彼氏であるジョン以外にも バンドのメンバーに彼女が出来たことが、とても嬉しかった。
  ライブハウスでボーイフレンドがステージを終えるのを一緒に待ったり。
  その彼氏が現われるまで、好意的なファンとおしゃべりをしたりするのが どんなに幸せな事か。
  分かち合う仲間が出来たのである。
  それはもう、それまでとは違う最高の時間だったのである。

367 :ジョン・キロックノン:2014/10/01(水) 18:06:29.86 ID:???0
  〜 The Beatles / All My Loving
  
@YouTube


 
  〜 The Beatles / This Boy(Anthology1)
  
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  (小林)おお、拍手がね、聴こえますけど。
  これは テレビでのライブですね。1963年。
  これは90年代になって出された「Anthology1」に入っています。
  
  そして、その前は1963年の All My Loving

368 :ジョン・キロックノン:2014/10/01(水) 18:07:28.10 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「ジョンが楽屋口から出て来るのを待っているのは少しも嫌ではなかったけど。
  他の女の子たちの生活とはずいぶん違っていましたねえ」
  こうした証言はジョンの最初の妻となる女性シンシア・パウエルが、ジョンとの日々を回想して書いた手記からのものである。
  おそらく、その全てが真実と言える貴重なロックのアーカイブから ストーリーは続く。

  この頃のシンシアが、ジョンと二人きりになるには、まず、夜まで、あるいは深夜まで ずっと待っていなければならなくて。
  その間、自分のボーイフレンドは といえば、たくさんの女の子の注目の的になっているのだ。
  シンシアはポールの彼女であるドットと仲良しになったことで、何時間も一緒に過ごす相手が出来ただけでなく、特権を共有する相手も出来たことになる。
  なにせ、ハンブルグにまで一緒に行くからだ。

  出発当日の朝、ポールの父親とシンシアの母親が ライムストリート駅まで来て、ドーバー海峡を渡るフェリーに連絡する急行列車に乗る私たちを見送ってくれた。
  シンシアとドットは、たくさんのチーズサンドとポットに入った紅茶をしっかり持って、夢中で手を振りながら「行ってきま〜す!」と大声で叫んだ。
  世間知らずの女の子が二人、自分たちがいったいどれだけ向う見ずな事をしようとしているのか、疑いもせずに、未知の世界に向けて旅立とうとしていた。

  列車は夜通し走り続け、早朝にはオランダ行きのフェリーに乗り、オランダで再び列車に乗り換えた。
  眠ったり起きたりの旅の2日目に、空腹という切実な問題が発生。
  サンドイッチは、とうの昔に食べてしまったばかりか、オランダからハンブルグへ向かう列車には食堂車が無い。
  食糧を調達できる唯一の手段は、途中の停車駅で買うこと。
  ところが、何か食べる物を探しているうちに列車に置いて行かれることの方が よっぽど恐怖であったので、列車を降りることもできなかった。
  シンシアもドットも、話せる言葉は英語だけ。
  目的地に着いてから摂る食事を夢見て、ただただ空腹に耐えるしかなかったのである。
  あまりに過酷な ハンブルグへの旅であった。

369 :ジョン・キロックノン:2014/10/01(水) 18:08:05.81 ID:???0
  〜 The Beatles / Ticket To Ride
  
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  〜 The Beatles / When I'm Sixty-Four
  
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  (小林)1965年の アルバムは「HELP!」 Ticket To Ride

  そして これは「Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band」67年。
  When I'm Sixty-Four

370 :ジョン・キロックノン:2014/10/01(水) 18:09:34.96 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「それはもう、あまりにも過酷なハンブルグへの旅でした」
  これはビートルズのリーダーであったジョン・レノンの最初の妻=シンシア・パウエルの発言。
  シンシアはジョンと暮らした数年の日々を回想した手記を発表している。
  その内容は全て彼女が直接見たり聞いたりしたことでまとめられている。
  この最も信憑性の高いビートルズ伝説から もう少し続けてみよう。

  シンシアとポールの彼女であるドット・ローンは ビートルズの待つドイツのハンブルグへ向けてフェリーと列車を乗り継いだ。  
  リバプールを出発する時に用意したサンドイッチはとっくに食べ尽くし、あとはただただ空腹との戦いである。
  そんな苦行の中、二人ともハンブルグに到着した時のロマンチックな光景を思い浮かべていた。
  デイジーの花のように はつらつとした二人が優雅な足取りで列車から降り立つと、
  霧の立ち込めたプラットホームに二人のボーイフレンドが腕を広げて待っていてくれる。

  ところが、現実はずいぶん違っていた。
  列車は早朝に到着。
  ドアを開けようとしたが、上手く行かなくて スッタモンダしたので、開いた時には転げ落ちそうになった。
  長旅で薄汚れた格好で、心身ともにくたびれ果てていた。
  そして何より お腹が空いてフラフラ状態。
  シンシアとドットは プラットホームを懸命に見渡した。
  でも、そこには誰もいない。
  果てしなく長いプラットホームで しばらくすると、ジョンとポールがこちらに向かって走って来るのが見えた。
  だんだん近付いて来ると 二人は自分たちよりも更に悲惨な格好をしていることが分かった。
  疲れ切って、腫れぼったい目をして、お酒の臭いをプンプンさせ、洋服といったら一週間も洗っていないのではないか、と思ったぐらいであった。
  みんな薄汚れて 悲惨な状態ではあったが、それでも素敵な再会に変わりはない。
  シンシアとドットのハンブルグ物語は 来週に続くのである。

371 :ジョン・キロックノン:2014/10/01(水) 18:11:44.08 ID:???0
  〜 The Beatles / Baby's in Black
  
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  〜 The Beatles / Across The Universe
  
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  (小林)2曲。とても有名な曲と、とても渋い曲が かかりました。
  
  今の曲は、よくご存知かと思いますが、Across The Universe
  僕が一番好きなのは、「いっぱいのアイデアが紙コップの中へ入って行く」っていうw
  あそこのあたりがw、「いったい何なんだ、この人の脳みそは?」ていう、感じがあって大好きですが。
  1970年の「Let It Be」に入っています。
  
  そして、その前は Baby's in Black
  ベイビーは「彼女は黒を着て」っていう意味ですかね。
  これは、ジョンたちが ビートルズがハンブルグへ行って、アートスチューデンツに会うわけですよね。
  その中の一人が、まあリーダー的な存在の女性=アストリッド・カーチャー(Astrid Kirchherr)。
  もう この人たちに影響を受けて、ビートルズのヘアスタイルもマッシュルームになっちゃったし。
  着る物も革ジャンから卒業するし、みたいなのがあったじゃないですか。外から見える影響だけでも、ね。
  で、アストリッドは、ビートルズの当時ベース、ジョンの親友、そして天才的な画家、スチュアート・サトクリフ(Stuart Sutcliffe)と結婚するんですが。
  サトクリフは亡くなるんですよね。
  で、傷心の日々を送っているアストリッド・カーチャーを励ますための Baby's in Black
  これはもう、この渋い曲は大好きな人っていうのは かなりいますよ。
  2曲 お送りいたしました。

372 :ジョン・キロックノン:2014/10/02(木) 17:56:55.42 ID:???0
□リクエスト
  (小林)イシイのミートボールなどセットにして用意してますから。
  採用の方には 皆さんに送ってますからね。よろしくお願いしますね。
  アドレスは beatles@bayfm.co.jp
-----------------------------------------------------
□公開録音スペシャルパーティのお知らせ(9月30日締め切り)
  <略>
  http://www.bayfm.co.jp/info/index.html#beatles
-----------------------------------------------------
  (千葉市/男性)
  中学の頃 ロックやエレキは不良という、聴いてはいけないイメージでした。  (小林)w 昔はねw
  しかし、昼休みの放送部の校内放送は日本語の曲が禁止で、ビートルズがかけられていました。
  「ああ、三ツ矢サイダーのCMで流れてる曲ね」という印象しかなくて、ロックとは思っていませんでした。
  ある時、優等生の会話に「ロック聴いてる?」という言葉があって、衝撃を受けました。
  そして、聴かせてもらったのが青と赤のアルバムで。
  そこからロックへの偏見が無くなり聴くようになりました。
  東京オリンピック年生まれより。            (小林)て書いてあります。

  (小林)
  じゃあ、あなたの・・・
  これまあ、エリック・クラプトン(Eric Clapton)が入ってて。 
  とても ジョージの優れたメッセージソングにもなっていて、良い曲だね。
  て言うとわかりますかね?。While My Guitar Gently Weeps
  
  〜 The Beatles / While My Guitar Gently Weeps
  
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373 :ジョン・キロックノン:2014/10/02(木) 17:59:36.16 ID:???0
  〜 George Harrison / What Is Life
  
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  (小林)
  名義はビートルズですが、 While My Guitar Gently Weeps

  そしてこれは、ジョージ・ハリスンの What Is Life
  まあ、ジョージの曲が2曲続きました。
  60年代から70年代。
  もうこれはジョージのソロの世界ですけれども。
  だいぶ変わっていますよね、音なんかがね。
  でも、本質的にジョージの、そのなんての 歌詞の部分とか、アイデアの部分とか、そんなに変わってないような気がしますよね。
  やっぱりアーティストって、いろいろ変わったように思っても、そんなに大きくは変わってないてのがよく分かる。
  それだけ強烈な人だったんじゃないか、と思いますが。

  (流山市/男性)
  ところで、私の家にはちょっと変わった「ラバーソウル(Rubber Soul)」  (小林)ああ、1965年の終わりに出たアルバムかな。
  ジャケットなどは同じですけど、曲目 数が違っています。
  これは何なんでしょうか? どうか教えてください。
  リクエストはジョージのソロ What Is Life
  この歌は人生の応援歌です。
 
  (小林)そうか[流山市/男性]さんはね、ジョージに励まされている。
  その、「ラバーソウル(Rubber Soul)」あたりは、もう各国いろんな、ほら、ビートルズはいろんな国で出るわけでしょう。
  何百 行ってないかw 百近い国で出てるわけですよ。
  そうするとねえ、国によってちょっと違ったりするんですよ。
  デザインなんか同じだけどね。
  あのほら、ビートルズは、シングルは別にしてたりとか いろいろあるじゃないですか。
  そういうの強引に入れたりとか、あったんじゃないかな、と思う。
  国?が違うんじゃないか、と思うんですけども、どうでしょうか?

374 :ジョン・キロックノン:2014/10/02(木) 18:01:18.39 ID:???0
  (鎌ヶ谷市/男性)
  ビートルズから始まる 毎回家族そろって聴いております。
  ビートルズ思い出の曲と言えば やっぱり「イエスタデイ」
  家族で見に行ったポールのコンサートでは「for fukusima」とポールが言った時は 感動しました。
  
  (小林)という[鎌ヶ谷市]のね・・・
  お馴染みの会社の採用試験を受けるんですねw。
  わかりましたw。
  こっちの方 匿名にしてどうするんでしょうw
  はい、それでは、この曲もよくかかっていますが。
  ポールは 仕事は早いんですけど。
  この曲を作って、歌詞は一年半待っててww ようやく出来たw という。
  わかる?
 
  〜 The Beatles / Yesterday
  
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375 :ジョン・キロックノン:2014/10/02(木) 18:03:04.47 ID:???0
□エンディング
  BGM 〜 The Beatles / Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band (Reprise)
  
@YouTube


  
  (小林)「ビートルズから始まる」いかがでしたでしょうか?

  ビートルズのね、特にジョンの彼女の話しは 面白い。
  来週も楽しみにしてくださいね。
  
□公開録音のお知らせ<略>

376 :ホワイトアルバムさん:2014/10/06(月) 04:48:25.12 ID:???0
Tomorrow Never Knows をバックに
大雨洪水警報というのがシュールだった

377 :ホワイトアルバムさん:2014/10/06(月) 18:14:03.97 ID:???0
>>376
あの状況にピッタリの選曲でしたよねw 狙ったのかw

378 :ジョン・キロックノン:2014/10/06(月) 18:18:30.73 ID:???0
■石井食品Presents「ビートルズから始まる。」bayfm 78.0MHz
 2014年10月5日(日)18:00〜19:00 放送内容  DJ:小林克也

  BGM 〜 Instrumental / Eleanor Rigby
  
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□ビートルズカレンダー(10月5日)
 ・1962年(52年前の今日)
  イギリスでのデビュー曲「Love Me Do」
  カップリングは「P.S. I Love You」 
  これが発売になった日です。
  まあこの Love Me Do は、デビューですから。
  デビューは けっこうね、そんなスンナリと行くもんじゃないんですから。曰(いわく)付きです。

  まず、その、ピート・ベストがドラマーのころに、オーディションを兼ねて録音するんですよね。
  で、ピート・ベストは、ご存知の通りクビになっちゃって、ね、もう、ほんとに迷惑な話しですよ、ピート・ベストにとっては。
  で、9月に入って、リンゴ・スター、新しいドラマー=リンゴ・スターと共に スタジオへ行って。
  「さあ、やろうかい」っていうと、
  プロデューサーのジョージ・マーティンが「ビートルズは、まだ曲は作ってるみたいだけどなあ。ちょっとプロにやらせた」っていう。
  「How Do You Do It」 これをやらせようとするんですよね。
  ところが、ジョンが偉かったのは「俺たちは 自分の曲で勝負する!」
  これが すごい。なんてのかな、独立宣言みたいなもんですよね。
  「自分たちのオリジナルで勝負する!」と言って、断わって Love Me Do をやるんだけども。

  Love Me Do リハーサルが足りないのと、ジョンがハモニカ吹いてすぐ歌わなきゃいけないんで、ポールが歌う。
  ポールのボーカルはちょっと不慣れでね、上手く行かない。
  リンゴ・スターはリハーサル不足で、「ちょっと、ドラマーが弱いなあ」
  で、「別の日にやろう」てことになって。

379 :ジョン・キロックノン:2014/10/06(月) 18:22:18.43 ID:???0
  9月11日に メンバーがスタジオ行ったら、知らないおじさんがいてw、おじさんかどうか知らないけどw 
  それが、スタジオで有名な アンディ・ホワイト(Andy White)というドラマー。
  この人がドラムズを叩く。リンゴ・スターはタンバリンに回っちゃう。
  もうリンゴはまあ、「俺もピートみたいに クビになるのか・・・」と思った、らしいですけどもね。
  だから、だいたい僕らが聴いているやつは、リンゴ・スターがタンバリンを叩いてるやつが、これがオフィシャルですからね。

  それでは、リンゴがドラムを叩いているやつ、これを改めて。
  まあこれ、比べて聴くわけにはいかないんで、ちょっと こちらを。
  まあ「ちょっと違うかなぁ?」っていう風なことを 感じる方もいるかもわかりませんが。
  それじゃあ、リンゴ・スターが、デビュー曲はドラムスを叩いていなかったんですけども。
  没になった方のやつを聴いてください。
  これは、ドラムスがリンゴです。
  
  〜 The Beatles / Love Me Do
  
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  (小林)リンゴ・スターがドラムスを叩いている Love Me Do
  これがイギリスでの、最初にシングルで出たのはこれなんですよね。
  でも、スタジオの習わしで、マスターテープを使ってシングルを録ったら、盤を作ったら、もうそれは消して良いってことになっちゃって。
  これは、無いんですよね。
  で、アンディ・ホワイトがドラムズを叩いているやつが残っていて、ずーっとそれがオフィシャルになっていたという話し。
  これも、マスターテープから録ったんじゃないんだよ。
  ちゃんと有ったシングルから、レコードから起こしたやつなんだよねw。
  まあ、ここら辺は、皆さん興味ないかもわかりませんが。

380 :ジョン・キロックノン:2014/10/09(木) 17:59:44.05 ID:???0
□ストーリー
 ・「ジョンもポールも薄汚れてくたびれた感じでしたが、ハンブルグで私たちとドットを待っていてくれました。
  あれは、ほんとうに嬉しかったですね」
  これはビートルズのリーダーであったジョン・レノンの最初の妻シンシア・パウエルの発言。
  シンシアはジョンと暮らした数年の日々を回想した手記を発表している。
  その内容は全て彼女が直接見たり聞いたりしたことでまとまられている。
  この最も信憑性の高いビートルズ伝説から 今週もお届けしよう。
 
  1961年3月、ビートルズは2回目のハンブルグ巡業に出かけた。
  前回は、ジョージが労働許可証を発行してもらえない17歳という年齢であったこと。
  そしてビートルズが契約していたライブクラブから、もっと条件の良い店に引き抜かれたことが反感を買い、強制退去を迫られてしまった。
  リバプールに戻ったビートルズは、あのキャバーンのレギュラーバンドとなり人気を博す中、再びハンブルグ行きの声がかかったのである。

  今回は、先にドイツに行っていたメンバーに遅れること数週間。
  シンシアはポールの彼女ドットと 女の子二人旅でハンブルグに向った。
  列車 フェリー そしてまた列車 と 時間がかかったばかりでなく、とにかく空腹との戦いであった。
  やっとハンブルグに着いたシンシアとドットは、あたりを見渡しても ジョンもポールもいない。
  すっかり落ち込んでしまいそうになったその矢先、こちらに向かって走って来るジョンとポールが見えた。
  ビートルズは夜中の2時までクラブで演奏し、
  自分たちのガールフレンドが来るということがあまりに嬉しくて 朝まで起きたままで迎えに来た。という事であった。

  だいぶアルコールが入っていたらしく、さらに、当時出回っていたイケナイ薬のせいで、二人とも興奮状態。
  ジョンもポールも ノンストップでしゃべり続けていた。
  やっとの思いでシンシアは、ドットも自分もお腹が空き過ぎて倒れそうであることを説明した。
  
  ようやく ジョンとポールは ハンブルグの埠頭にある船乗り用の食堂に二人を連れて行き、4人が全員大量の朝メシをがっついた。
  女子2名、やっと生きた心地がした瞬間であったことは 言うまでもない。

381 :ジョン・キロックノン:2014/10/09(木) 18:00:35.32 ID:???0
  〜 The Beatles / Ain't She Sweet
  
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  〜 The Beatles / Kansas City Hey, Hey, Hey, Hey
  
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  (小林)ビートルズの初期の録音が続きました。

  初期も初期、最初の曲は Ain't She Sweet
  これはドイツで1962年に録った。
  この一連のレコードを、NEMSの店に探しに来るわけですよ。ファンがね。
  それで、ビートルズのことを、マネージャーとなるブライアンが知るわけですよね。
  その切っ掛けになった Ain't She Sweet という。
  これはアメリカのスタンダードナンバー、それをジョンが中心にやっていました。
  
  そして Kansas City Hey, Hey, Hey, Hey
  これは Kansas City と Hey, Hey, Hey, Hey ていう ロックンロールの曲のメドレーですね。
  「Beatles For Sale」の中に入っています。1964年の作品。

382 :ジョン・キロックノン:2014/10/09(木) 18:03:28.17 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「自分たちが どれだけ薄汚れているかなんて、そんなこと全く気になりませんでした。
  それより何より、とにかく空腹が頂点に達していて倒れる寸前だったんです。
  それで、ジョンとポールは私とドットを船乗り組合の建物にある食堂に連れてってくれたんです。
  二日酔いの男子2人、そして年ごろの女の子2名の 4人が全員あきれるくらい大量の朝食をがっつきました。
  おそらく全部で10人分ぐらいだったのではないかと思います。
  ほほ笑ましい光景だったと思いますねえ」
  こうしたエピソードは全てジョンの最初の妻となる女性シンシア・パウエルがそのジョンとの日々を回想して書いた手記からのものである。
  その貴重なアーカイブからストーリーは続く。
  
  ジョンとポールは、シンシアには女流写真家であるアストリッド・キルヒャー(Astrid Kirchherr)が母親と住んでいる家に泊まれるようにしてくれていた。
  ポールの彼女である連れのドットは、トップテンクラブの掃除婦=ローザが持っている宿泊設備の付いたヨットに泊まれるように手配をしてくれていた。
  こうして、とりあえずシンシアとドットは二手に分かれた。

  シンシアはアストリッドと会うのが少し不安だった。
  なんせ、ジョンが送ってくれる手紙から、アストリッドはとても自信と魅力にあふれた女性だと想像していたので、
  自分がその隣に並んだら、さぞ、自分がぎこちなく不様に思えるだろう、と心配だったのだ。

  先方の家に到着すると、アストリッド本人が玄関に迎えに出てくれた。
  想像したとおり、彼女はハッとするほど美しい人であった。
  ジーンズを履き、タートルネックのセーターにレザーのジャケットを着ていた。全身黒である。
  ブロンドの髪はレイヤーを入れて短くカットしてあり、化粧は控えめなのが、かえって彼女をいっそう美しく見せていた。
  でも、それまでの心配はどこかに飛んで行ってしまった。
  アストリッドは実に美しく、そして聡明な女性だったからである。

383 :ジョン・キロックノン:2014/10/09(木) 18:04:30.72 ID:???0
  〜 The Beatles / Something
  
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  〜 The Beatles / Martha My Dear
  
@YouTube



  (小林)
  ビートルズの Martha My Dear
  「ホワイトアルバム(The Beatles)」から

  そして Something は あのジョージ・ハリスンの。
  やっぱり、ジョージ・ハリスンは成長したということを証明するような 名曲。
  2曲 お送りしました。

384 :ジョン・キロックノン:2014/10/09(木) 18:06:58.63 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「ハンブルグでは、アストリッド本人が玄関に迎えに出てくれました。想像したとおり彼女はハッとするほど美しい人でした。
  ジーンズを履き、タートルネックのセーターに、レザーのジャケット、全身黒なんです。
  ブロンドの髪はレイヤーを入れて短くカットしてあって、化粧は控えめなのが かえって彼女を一層美しく見せていました。
  でも、それまでの心配は次の瞬間どこかに飛んで行ってしまったんです」
  これは、ジョン・レノンの最初の妻となる女性シンシア・パウエルの手記に記されている大切な史実である。
  ビートルズ関連の書物の中で最も信憑性が高いとされるシンシアの手記から もう少し続けてみよう。
  
  ドアのベルを鳴らしたシンシアを出迎えてくれた女流写真家アストリッド・キルヒャーは親愛の意味を込めてシンシアを抱き寄せてくれ。
  その瞬間二人は、お互いを好きになってしまった。
  それはシンシアとアストリッドの温かな友情の始まり。
  アストリッドは華のある美しい人であると同時に愉快な女性でもあり、シンシアにとってはいつでも一緒にいたいタイプの人物でもあった。

  けれどもアストリッドの部屋となると、事情は少し違っていた。
  ああいうテイストの部屋は、シンシアにとって文字通りカルチャーショック。
  壁と天井はアルミホイールに覆われていて、その他は全て黒。
  ベッドには黒のサテンのシーツが敷いてあり、さらに黒のベッドカバーが掛かっていた。
  銀色の壁には スケッチや絵画が掛けてあり、スポットライトが当たっている。
  更には部屋のくっきりとした印象を和らげるために、ドライフラワーの素晴らしいアレンジメントが施されている。
  リバプールの自宅の部屋の花柄のベッドカバーと、面白味の無い壁紙と比べてしまったシンシアは、果たしてこの雰囲気に溶け込むことができるのか。
  気になる結果は来週に持ち越すことにしよう。

385 :ジョン・キロックノン:2014/10/09(木) 18:09:38.00 ID:???0
  〜 The Beatles / Tomorrow Never Knows
  
@YouTube



  (小林)
  どうですか? Tomorrow Never Knows
  あんまり かからないけどね。
  これは「リボルバー(Revolver)」1966年のアルバムの中に入っている、セッションですよね。
  セッションの曲です。
  で、エンジニアのジェフ・エメリック(Geoff Emerick)のデビューでもあります。
  ジョン・レノンは「山の上からダライ・ラマがしゃべっているような感じにしてくれ」ていう。
  ボーカルも、それから歌詞も また独特の世界で。
  こう すっごい勢いがあるでしょう。
  だから「ビートルズの最高のアルバムは何ですか?」つった時にね。
  「ラバーソウル(Rubber Soul)」最初のトータルな 最初のアルバム。
  だから、すごい野心だとか、これからってものが漂ってる「ラバーソウルが一番」ていう人と。
  それからこの「いや、リボルバーだろう」って言う人と。
  「いや、完成度から サージェント・ペパーだろう」って言う。
  みんな、どれも正しいw と思うんですけど。
  Tomorrow Never Knows 
  そういえば、ミスチルが・・ww

386 :ジョン・キロックノン:2014/10/10(金) 17:39:24.03 ID:???0
□リクエスト
  (小林)リクエスト採用の方にはイシイのミートボールなどセットにして・・・(略)
  メールアドレスは beatles@bayfm.co.jp

  (大分県別府市/男性)
                    (小林)ラジコで聴いている?
  私はスターダストレビューのファンです。  (小林)ほほう
  以前 ボーカルの根本要さんがビートルズの話しをしていた時
  「今夜だけきっと」は「No Reply」をヒントにして作ったと言っていました。
  改めて聴いてみると、なるほど、あのイメージです。
  「For Sale」の一発目、カッコイイですよね。
  リクエストは「今夜だけきっと」 
  「No Reply」を思い浮かべながら聴いてみてください。
  私アラシックスです。  (小林)ああ、アラカンをアラシックスとも言う。
  サッカーやってます。  (小林)サッカーはねえ、アラシックスでやるとキツイよw
  これからも番組続けてください。応援しています。

  (小林)
  ていう[大分県別府市/男性]さんリクエストありがとう。
  それじゃあ、スターダストレビューで「今夜だけきっと」

  〜 スターダストレビュー / 今夜だけきっと
  
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  (小林)スターダストレビューを聴きました。

387 :ジョン・キロックノン:2014/10/10(金) 17:44:43.88 ID:???0
  (千葉市美浜区/男性)
  今年はビートルズ日本デビュー50周年という事で ジャパンボックスも発売され、60年来のファン居には大変うれしいこと。
  また、イギリスのロックグループが大挙してアメリカにデビューしたのも50年前という事ですよね。
  デイブ・クラークファイブ(The Dave Clark Five)、ハーマンズ・ハーミッツ(Hermans Hermits)、マンフレッド・マン(Manfred Mann)など、たくさんいましたが。
  当時けっこうビックリしたのは、アニマルズ(Animals)の「朝日のあたる家」のエリック・バードン(Eric Burdon)の声。
  マージーサウンドとは全く違って、てっきりアメリカのグループと思ったぐらいでした。
  今聴いても この黒さはすごいと思います。
  
  (小林)ていうかね。
  これは、あの。
  難しい 問題ですけどね。
  はっきり言うとね、アメリカの白人にはね、絶対入ってはいけない黒人の領域があるんですよ。
  ところがイギリスは、外国だから、黒人のモノマネできるんですよ。
  だから、それがイギリスが独特のハードロックが生まれてね、イギリスが本家みたいな感じになれたのは、イギリスが外国だから なんだよね。
  それが証拠にね、エリック・バードンは、アメリカ行って「War」という黒人のグループを率いてレコーディングするんですけど。
  黒くないんですよ、彼の声は。マネ黒なんですよ。
  だから、人気出なかったんですよ。
  だから、まあちょっと良く聴いてね、イギリスのホワイトがやってるブラックだ、っていうのを ちょっと確かめていただきたいと思います。
  Animals の House of the Rising Sun
  
  〜 Animals / House of the Rising Sun
  
@YouTube



  (小林)アニマルズの「朝日のあたる家」いかがでしたか?。

388 :ジョン・キロックノン:2014/10/10(金) 17:53:53.72 ID:???0
  (千葉県松戸市/男性)
  天候は異常ですが、最近やっと秋らしくなってきました。
  秋の夜長は バラードを聴きながら 星空を観ていたくなります。
  私だけでしょうか?
  先日、克也さんの声を聴きながら綺麗な月を観ていた時、映画「アルマゲドン」を思い出しました。
  映画のラストシーンの 娘のリブ・タイラー(Liv Tyler)とブルース・ウィルスの会話に感動の涙を流し。
  本当の父親の歌声が聴こえ、さらに思い切り泣きました。
  最近、歳と共に涙もろくなってきたと思いますが、
  私にとって 一番泣けた映画でした。よろしく。

  (小林)っていう。
  曲はねえ、あの映画で使われた。
  これは エアロスミス(Aerosmith)が奏っています。もちろん。
  で、作ったのはね、ダイアン・ウォーレン(Diane Warren)ていう、もうほんとにこの人はヒット曲の天才的な人で。
  スティーブン・タイラー(Steven Tyler)を意識して。
  どういうことかと言うとね、ラブソングにもね、何キロも離れたね、会った同士が交わすラブソングがあるじゃない?。
  これはね、3センチしか離れていない、相手と。
  もうだから、エロいエロい。
  もう、一瞬も何秒も 君を逃がしたくない、っていう。そんな、官能的な歌なんですよ。
  で、初めてエアロが これでナンバーワンになっちゃったわけですよ。
  エアロスミスの I Don't Wanna Miss a Thing 

  〜 Aerosmith / I Don't Wanna Miss a Thing
  
@YouTube



  (小林)というわけで
  エアロスミスの I Don't Wanna Miss a Thing の終わりに隠しトラック、クレジットが無い不思議なサウンドが入っています。
  これを今日は特別に紹介しました。
  これはあれですね、今日は Tomorrow Never Knows やったですけどw。ああいう風な。
  僕はですね、エアロは I Don't Wanna Miss a Thing をやったあと
  「これは、俺たち妥協したかなぁ?」っていうことで、「ちょっと 暴れようよ」ってことでね、これ付けたんだと思うんですよ。
  みなさん、どう思いますかねw。

389 :ジョン・キロックノン:2014/10/10(金) 17:56:06.32 ID:???0
□エンディング
  BGM 〜 The Beatles / Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band (Reprise)
  
@YouTube


  
  (小林)「ビートルズから始まる」いかがでしたでしょうか?

  話の方のね、ジョンの嫁さんになるシンシアたちのw 行方気になりますよね。
  また、来週。

  それから リクエスト募集しています。
  イシイのミートボールなどセットにして採用の方には差し上げています。
  beatles@bayfm.co.jp
 
  今日はエアロがかかりましたけど。
  エアロだって なんかビートルズは、最後の隠しトラック聴いたら、「なんかビートルズの影響受けてるよなあ」ていう。
  なんか分かったような 気がしましたよ。
  ねえ、どうですかねえ? へへへw、強引ですかね?w
  はい。
  皆さんそれぞれ もう勝手にリクエストしていただきたいと思います。
  この番組の中に納まると なんとなく、まとまって来るものであります。
  小林克也 待っております。

390 :ホワイトアルバムさん:2014/10/10(金) 19:06:12.72 ID:???i
あー「外国」だからマネ黒許されるわけか

バンドやアーチスト個人のスタンスの違いだと思ってた

もやもやしてたのがスッキリした

391 :ジョン・キロックノン:2014/10/17(金) 12:49:17.54 ID:???0
いよいよ このスレも512KBまで あとわずかとなりました。
今週の放送分の途中ででDAT落ちになると思います。
次スレが立てられたらお会いしましょう。

392 :ジョン・キロックノン:2014/10/17(金) 12:50:57.92 ID:???0
■石井食品Presents「ビートルズから始まる。」bayfm 78.0MHz
 2014年10月12日(日)18:00〜19:00 放送内容 DJ:小林克也

  BGM 〜 Instrumental / Eleanor Rigby
  
@YouTube



□ビートルズカレンダー(10月12日)
 ・1965年(今から49年前の今日)
  これはとても重要な日です。
  この頃は、いろんな言い方が出来ると思いますが。
  ビートルズが、ただ単なるアイドルグループから、クリエイトする芸術的な香りも漂うグループになろうとしている頃。
  そんな感じです。
  アルバム「ラバーソウル(Rubber Soul)」のためにスタジオに入っている頃。

  49年前の今日はですね、何をやったかと言うと。
  仮のタイトルが「This Bird Has Flown」「ナンパした鳥が逃げちゃった」ていう。
  「This Bird Has Flown」のちに「ノルウェーの森」この日本語訳もwちょっと誤訳らしいですよね。
  ノルウェーの材木、ノルウェーの木、かな、というか、昔・・・
  これはね、ポールのアイデアで、ノルウェーの「Norwegian Wood」てのが決まったらしいんですよね。
  ジョン・レノンは「This Bird Has Flown」だったんだけども。
  ポールが、かつて最初の婚約者の家に下宿していた頃、お兄ちゃんの部屋に、この Norwegian Wood てのがあって。
  「なんか、安っぽいんだよ、この Norwegian Wood が。
  ジョン、やっぱり女の子のとこ行ったんだろ?。
  そしたら、ノルウェーの森が壁があった、てのはどう?」
  っていう、それを提案した。
  これも、やっぱりジョンとポールの組み合わせだから出来たんですよね。
  普通のやつが ね。 

393 :ジョン・キロックノン:2014/10/17(金) 12:52:37.87 ID:???0
  それと、ジョンとポールばっかりじゃないんです。
  この曲は、まあポップスのロックの名イントロ。
  それは何かと言うと、ジョージ・ハリスンのシタールです。
  ジョージ・ハリスンは シタールにもう凝って、凝り始めておりまして。
  この頃ですね、もうみんなやる気があるんですけども、ジョージ・ハリスンが手を挙げるんです。
  「このイントロ、シタールで、俺ヘタかもわかんないけど、やらせてくれ」って言うんです。
  で、やらせてみたら、「これは ぜんぜん違った」ということで皆大喜びです。
  それでまあ、何テイクかして、それを完成させたわけですが。  

  今日はですね、その日 ジョージ・ハリスンが手を挙げて「やらして」ってw言ったんですよ。
  で、やったテイク1、これが実は「アンソロジー(Anthology)2」に残ってるんです。
  これは「シタールっていう楽器が録音レベルをキープするのが大変だった」とエンジニアが回想していますが。
  その生々しいイントロを中心に聴いてください。
  このイントロがあったからこそ、まあ、ポールのサジェスチョン「ノルウェーのウッドにしようよ」っていうサジェスチョン。
  そして、ジョージ・ハリスンが手を挙げたからからこそ、この名曲は完成したと言えます。

394 :ジョン・キロックノン:2014/10/17(金) 12:53:39.42 ID:???0
  〜 The Beatles / Norwegian Wood(This Bird Has Flown)(Take1)
  
@YouTube



  (小林)えへww いやあ、生々しいよねえ、これは。すごいねえ。
  この話しで、要するに・・・ポールが「ノルウェーの材木」
  それでジョージが シタールで入ったわけですね。  
  で。この歌詞の歌の内容ですけども、あの、エンディングが あれですよね。
  シンシアと結婚してるから、ナンパした女の子のアパート行って。
  で、ジョン・レノンが朝起きたら、その鳥が逃げてた、ていうエンディングにしちゃったわけですよ。
  逃げられちゃった、ていう、気を使ってね。
  でも、最初の入って行った時に、その狭いアパートで、ちょっと周りを見て。
  「これ、ノルウェーの材木、いいでしょう?」「うん」「Isn't it good ?」てのが、ここがね、違うニュアンスに聴こえるの。
  「ああ、いいねえ」ってもw、「ほんとに良いね」ってジョンは思ってないんだよねw。
  で、それがこの曲の、なんか表情になっているってことに 気が付くんですよ。
  あー、いろいろこの番組やってて良かったな、いろいろ発見ができて。

395 :ジョン・キロックノン:2014/10/17(金) 12:55:04.04 ID:???0
□ストーリー
 ・「ジョンに紹介されたドイツ人の女流カメラマン=アストリッド・キルヒャー(Astrid Kirchherr)は、とにかく洗練されたセンスの持ち主で。
  それはもう カルチャーショックでした。
  そのころの私なんて、まだ少女趣味から卒業できてなかったんですが。
  アストリッドはすでに、百歩先を歩いていましたね」
  これはビートルズのリーダーであったジョン・レノンの最初の妻シンシア・パウエルの発言。
  シンシアはジョンと暮らした数年間の思い出を回想した手記を発表している。
  その内容は全て彼女が直接見たり聞いたりしたことだけ。
  この最も信憑性の高いビートルズ伝説から、今週もお届けしよう。

  1961年3月、ビートルズは2回目のハンブルグ巡業に出かけた。
  1年前の最初の渡航の際は、ジョージが未成年であったこと。
  腕を上げたビートルズが別のライブハウスに引き抜かれ。
  それに腹を立てたプロモーターから嫌がらせを受け強制送還されてしまう、というトラブルに巻き込まれた。
  しかし、今回はそういった問題は全てクリアした上での ハンブルグでのクラブ出演であったため、メンバー全員やる気に燃えていた。

  さらに今回は、ジョンの彼女であるシンシアと、ポールと付き合い始めたばかりのドット・ローン(Dorothy Rhone)という17歳の女の子もハンブルグに呼ばれていた。
  もちろん願っても無い事で二人は興奮していた。
  シンシアにとってハンブルグで過ごした2週間は、あらゆることに目覚めた経験でもあった。
  実家から遠く離れていることで何の校則も規則も無く、とても自由な気持ちになっていた。
  ハンブルグはリバプールより大きく よりワイルドにしたような感じの都市であった。
  港町であり港湾区域一帯は巨大な海運業で栄えていた。
  そこでは地球上の全ての国籍の人たちが来ているのではないか と思うほど、いろいろな人種が行き交っていた。
  そしてここで聴こえてくるドイツ語は、リバプールの訛りに似ているところがあった。
  もちろんシンシアはドイツ語が判らなかったが、その響きには嫌いになれない独特な郷愁を感じていたのである。 

396 :ジョン・キロックノン:2014/10/17(金) 12:58:00.16 ID:???0
  〜 The Beatles / Sie Liebt Dich(She Loves You)
  
@YouTube


 
  〜 The Beatles / I should've known better
  
@YouTube



  (小林)2曲続いています。
  やっぱり ハンブルグで聴こえるドイツ語は、っていう話しのあと Sie Liebt Dich
  ビートルズがドイツ語で She Loves You を歌っていました。
  これはもう 自分たちの曲が1位になって、パリに オランピアに出てて。
  「もう、録音したくない」って言うのを ジョージ・マーティンがね、逃げる四人を連れて録音したw 結果ですよね。
  「なんで俺たちがドイツ語で歌わなきゃダメなんだ?」って。
  でも、いいじゃない、これ。w。
  77年のレアものの「レアリティーズ(Rarities)」のアルバムに入っていました。
  
  そして I should've known better
  これは、「A Hard Day's Night」に入っていた有名な曲。

397 :ジョン・キロックノン:2014/10/17(金) 12:59:34.31 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「ハンブルグでの2週間は 私とドットにとって生涯忘れることのできない思い出。
  滞在する部屋を提供してくれたアストリッドの洗練されたセンスにも驚かされたし。
  とにかく港町であるハンブルグの雰囲気そのものが大好きになったんです。
  故郷のリバプールに似ている所もありましたが、その街の大きさといったら、リバプールとは比べ物にならないくらいでした」。
  この発言はジョンの最初の妻となる女性シンシア・パウエルがジョンと過ごした数年間を回想して書いた手記からのもの。
  その貴重なアーカイブからストーリーは続く。

  ハンブルグでの日々はジョンにとっては、育ての親であるミミ伯母さん。
  シンシアにとっては、母親からの監視の目の無い夢のような日々であった。
  二人とも何の気兼ねも無しに 手放しで楽しく過ごせる100%の自由な時間である。
  ジョンは自由な時間が出来ると、必ずシンシアと一緒にいて 誇らしげに市内のあちこちを案内してくれた。
  そのジョンが 連れて行ってくれたスポットの中に ハンブルグのソーホーと呼ばれているエリアがあり。
  そこには、ほとんど裸に近い格好の女が窓辺にたたずんでいる、という景色も珍しくはなかった。
  ジョンはわざとシンシアをそういうエリアに連れて行き、その反応を楽しんでいたのである。
  そんな場所も含めて、シンシアにとっては見る物の全てが衝撃であり、また、魅力を感じるものでもあった。
  そんな時シンシアは実家のあるリバプールでも、かなり地味な地域であるホイレイ区から自分がどれほど遠くに来ているのか
  ということを 改めて実感するのである。

  そして夜になるとシンシアは、ジョンたちの友人となったドイツ人の女流カメラマン=アストリッド・キルヒャーとオシャレをして
  ビートルズが出演しているトップテンクラブへ出かけた。
  ほとんど毎晩である。
  店の中は広々とした部屋に、何の飾り気も無い金属製のテーブルとイスが置かれただけの極めてシンプルなレイアウトになっていて。
  眼がくらむような天井のライトが、実に様々な種類の人たちを照らしていた。
  シンシアは現実味の無いこの空間と時間を、思う存分楽しんでいたのである。

398 :ジョン・キロックノン:2014/10/17(金) 13:00:59.22 ID:???0
  〜 The Beatles / Paperback Writer
  
@YouTube



  〜 The Beatles / Money
  
@YouTube



  (小林)2曲続いています。

  Money これはもともとは モータウンのバレット・ストロングス()のヒットですけど。
  これをジョン・レノンが、もう、違う曲にしてるもんねw。
  「お金が欲しい!」ってw、あの叫び方なんて、ジョンがもう 普通のR&Bをハードロックにしちゃってるような感じで、すっごい迫力だよね。
  
  で、その前は Paperback Writer で、これは1966年。
  ちょうど、ビートルズが日本へ来た頃 イギリスやアメリカで大・・・
  ちょうど来た頃ですね。
  その頃1位だった曲 Paperback Writer

399 :ジョン・キロックノン:2014/10/17(金) 17:45:46.92 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「夜になると私とアストリッド・キルヒャーと、オシャレをしてビートルズが出演しているトップテンクラブへ出かけました。
  ほとんど毎晩。
  クラブの中は広々とした部屋に何の飾り気も無い金属製のテーブルとイスが置かれただけの極めてシンプルなレイアウトになっていて。
  眼がくらむような天井のライトが 実に様々な人種の観客を照らしていましたね」
  これはジョン・レノンの最初の妻シンシア・パウエルの手記に記されている大切な史実である。
  ビートルズ関連の書物の中で最も信憑性が高いとされるシンシアの手記からもう少し続けてみよう。

  トップテンクラブの客の中には、楽しいひと時を過ごそうとやって来たティーンエイジャーもいれば、
  上陸許可をもらった船乗り、仕事帰りの恰幅の良い中年のお父さん、どこから見てもバレバレのギャングスター集団もいました。
  もちろん、シンシアとアストリッドは そういうコワイ系の客とは目を合わさない様に心がけた。
  そして ほとんど毎晩のようにケンカもあった。
  恐ろしいスピードでジャックナイフが飛び出してきた時には、安全な場所に避難するしかなかった。
  銃を持った警察官が突入し、ケンカの張本人を引きずり出すまで待つのである。

  ドットとアストリッドとシンシアは一緒に座ってビートルズの演奏を見て、休憩時間にはメンバーがテーブルに合流しに来るのを待っていた。
  メンバーが席にやって来るとジョンとシンシアはよくコッソリとみんなが寝泊まりしている部屋へ消えて愛し合った。
  そのあとジョンは次のショータイムのために大急ぎでステージへ戻って行った。
  ジョンは時々シンシアに「ねえ帰らないで朝まで一緒にいて欲しいんだよ」とせがんだ。
  二人の愛が一番熱く燃え盛っていた頃のお話しである。

mmpnca
lud20160528161043caこのスレへの固定リンク: http://2chb.net/r/beatles/1395720697/
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